第263話 海岸線の訓練

 それから特に特別な出来事もなく、三日間に渡るフィールドワークが終了した。


 四日目からは特別訓練。海岸線と猛暑下という特殊な環境での訓練だ。








「というわけで、格闘術組はこちらに集合だ」

「ういーっす」

「よろしくお願いします」

「おれ、頑張る!」




 学園が貸し切った砂浜に、普段通りの武道着で集合する生徒達。この時点でもう汗の量が段違いである。






「そうだな……先ずは腕慣らしと行こう。全員一人ずつ、俺に攻撃してこい。一分程度でいいぞ。武術戦を通してどれだけ成長できたか、俺に改めて見せてくれ」




 籠手を装備したクラヴィルの前に、適当に並ぶ生徒達。五つのクラスが合同で行っているので、普段より人数が多い。




「自信がないな……」

「は?」

「暫く剣しか振るってなかったからな」

「そういうの強者の余裕って言うんだぞ?」


「おれ、やる気、もりもり。先、いい?」

「ああうん、それは勿論」

「行くぞー!」




 ルシュドが張り切って飛び出す。




 その勢いで砂が飛び散っていく。






「くら……おわあああっ!」




 そのまま飛び上がったが、如何せん地面がさらさらとした砂なので、足を取られてしまう。




 予想よりも飛び上がれず、そのまま拳も勢いをなくして、




 地面に飛び込む。







「っと……不意打ちか! 威勢がいいな!」

「先手必勝って言ってくれよなー!」

「へえ、随分と口が回るじゃないかい!」

「いてて……」




 口に入った砂をぺっと吐き、ルシュドは立ち上がる。ジャバウォックは隣でふわふわ飛んでいるので、悠々自適だ。




「違う、いつも、今。むずかし……」

「普段と違う中で戦う感覚を身に着けるのが、今回の訓練の目的だからな! では……かかってこい!」

「はい!」











 今回の訓練は選択制。武術か魔術のどちらかを選んで、好きな方の訓練を受けることができる。




 訓練を行っている場所は、本島の海岸線の三分の一を占める広い砂浜。武術の訓練から南に数メートル行った先で、魔術の訓練も行われている。











円舞曲は今此処に、サレヴィア・残虐たる氷の神よカルシクル






 ヴィクトールが鋭い声で詠唱を行うと――




 彼の付近一帯に風が吹き荒れ、直後に凍り付く。






「……うむ、結構だ。ありがとう」

「このぐらい造作もないことです」




 威張る様子もなく、すたすたと元の位置に戻っていくヴィクトール。他の生徒同様半袖の学生服に身を包んでいる。




「さて、実演はこんな所かな。知っての通り今日は五つのクラスが集まっている。普段授業を共にしない生徒もいるだろう。だからといって臆することなく、声をかけ合って魔法の腕を磨いていってほしい」

「特に魔術の方に来た生徒達は、これから対抗戦も控えているからね。この訓練が自分にとって有益な何かを見つけられる切っ掛けにしてくれるといいな」


「ディレオ先生の言う通りだ。もしわからないことがあったり、我々に指導してほしいことがあれば、いつでも呼んでくれ」




 それでは解散、と言ってケビンは手を叩く。








「はー。確かに新鮮だね、皆で魔法の授業やるの」

「リーシャって氷魔法得意なんでしょ? 見せて見せてよー」

「いいけど……」


「何故俺を見るんだ」

「いやだってぇ、あんなの見せられたら自信失くすっていうかぁ……」

「あとさらっと風魔法も組み合わせていたよね。どう見てもぼくへの当て付けだよねくそが死ねよ」

「自信がないならないなりにやってみろ。見てみないことには始まらん」

「ふえ~……仕方ない、やりまーす」

「ぼくのこと無視かよ」




 リーシャはふらりと歩き、少し離れた場所に立つ。


 そのまま杖を水平線の彼方へと向けて、






「――円舞曲は今此処に、サレヴィア・残虐たる氷の神よカルシクル!」





 すると杖先から氷の弾が出る。




 それは周囲の地面に落ちていき、冷たい冷気となって霧散した。




 凍り付けることができた地面は僅かである。






「わあ、すごいすごーい!」

「うん、ありがと……」


「何よ、浮かない顔ねえ」

「あー……」


「伸び悩んでいるのか?」

「うわ、ドンピシャ。そうなんだよね……」




 手先で杖をくるくる回す。その先端からは冷たい霧が漏れている。




「その杖は氷属性特化のものか」

「そうそう。特化って程じゃないけど、少し唱えやすい? 的な?」

「成程な……それと、貴様は普段から氷魔法のみを訓練しているのか?」

「そうなるかなー。他もちょいちょいやってるけど、日常生活でも使えるか怪しいレベル。私氷属性だし、これだけは負けたくないって思ってさ。最近は特に氷魔法ばっかやってる」

「それでは伸び悩むのも当然だな」




「……むっ」


「睨み付けるな。正面から壊せない壁なら、他の方向から叩いてみろと言っているのだ」






 そこまで言うと、ヴィクトールはリーシャの隣に立つ。




「軽くでもいいから合成魔法も訓練してみるといい。少しやってみろ」

「うーん、何にしよう……」






 少し悩んだ後、再度杖を地面に向けて、呪文を唱える。






「……狂詩曲を響かせよ、イライズ・暴虐たる雷の神よウェッシャー




「うわっ……?」

「足元をきらきらと……?」

「それにひんやりする……雷と氷かな?」


「正解。霧出してぴりぴり~って。でも思ってたより氷が強くなっちゃったなあ……」

「まあ最初はそんなものだ。少しずつ力を調節していくといい」

「でもこれでいいの? 氷属性一辺倒じゃないから、効率悪くない?」

「ペンを走らせ続けていると、手が凝って疲れてしまい、却って効率が下がるだろう。今の貴様はそれと同じ状態だ。同じ流れの変換と放出を続けているから、魔力の流れが鈍っているのだろう」

「それをストレッチしてほぐすってわけね。よし、わかった! ありがと!」




 何かを掴めた様子のリーシャは駆け出し、離れた所で一人魔法の訓練を始める。






「よし……では貴様等も見てやるとしよう。順に来い」

「対抗戦経たからか優しくなったんじゃない?」

「黙れサラ……」


「カタリナからいいよー。わたしは最後で」

「う、うん」

「ハンスはワタシの前ね。抜け駆けは許さないわ」

「くそがよ」











「おんどりゃー!!!」






 足を取られている所を、無理矢理飛び上がり――




 斧を垂直に振り下ろす。






 これで割った薪の数は百本目。普段と同じ訓練だが、疲労感は比ではない。






「うう……クラリス! 水!」

「ほらよ」

「どうも!」






     ごくごくごくごく






「んー……」

「どうした? 訓練内容に不満か?」

「いや……いつもルシュドとかといるから、静かだなって」

「そういえばそうだな……」




 遠目にはイザークが、クラヴィルにカウンターをされて吹き飛ばされているのが目に入る。




「斧術取っている仲間が少なくて、ちょっと寂しいぜ!」

「だが普段通りやるのだろう?」

「そうだぜ! おーい、そこの奴ー!」




 同じく薪を相手に練習をしていた生徒に声をかけ、いつもと大体同じテンションで走り出す。











「ごはぁ!!」

「どうしたイザーク、腕が落ちていないか?」

「え、そんなことないっすよ!?」

「海だから浮かれているんじゃないだろうねえ!」

「そんなことは――あれ!?」




 地面につんのめった所で、時間切れ。次の生徒の番になる。






「訓練量が減っただけでこれか……」

「めっちゃ足痛い……」


「これはしごき甲斐がありそうだ……」

「やめてください、拳を掌に打ち付けないで」




 そこに汗をきらきら輝かせるルシュドがやってくる。




「お疲れ。海、訓練。楽しい」

「お疲れ。ルシュドはスゲーよなあ、どんな時でも訓練楽しんでて」

「強くなる、目標。だから、頑張る。楽しい!」

「そうかあ、そういうもんかあ」



 薄い表情で頷くイザーク。



「……疲れたか?」

「まあ……ね」

「なら任せろ」

「え? 何々?」




 アーサーはイザークの足に手を当てる。






(杖はないが……オレの魔力を放出する感じでいけるか?)




(……慰めと癒し)






 小声で呟くと、一度見たことのある光が発生し、イザークの足を包む。






「うおっ……!? 何だこれ!?」

「おまじないだよ。これで痛みが消えるはずだ」

「マジでその通りだわ! やべえ! サンキュー!」

「……」




 ふとルシュドの方を見ると、彼は必死でこちらの方を見ないようにしていた。


 恐らく見てしまうと、何か言ってしまうと判断したのだろう。そう思うとちょっと微笑ましい。




(あいつなりに気遣ってくれているのか……感謝しないとな)











幻想曲と共に有り、ニブリス高潔たる光の神よ・シュセ




 サラが素っ気なく呪文を唱えると、


 彼女を中心に、クリーム色に光る円状の領域が展開される。




 そこに足を踏み入れると、身体が浄化されていく感覚が味わえた。






「わあ~身体がしぱしぱするぅ~。気持ちい~」

「継続回復領域か。貴様高度な魔法を使えるのだな」

「後ろで回復や支援やってるのが性に合ってるのよねえ。それで勉強したの」


「普通の回復領域と何が違うのー?」

「一秒当たりの効能は低めだけど、その分長く領域が展開されるのよ。短時間展開だと普通の回復領域の方が手っ取り早いけど、長時間展開ならこっちの方が元が取れるわ」

「対抗戦にハマりそうだなあ」

「引っ張りだこになる未来が今から見えるわ」

「へぇ……」




 物珍しそうにしていたハンスも、好奇心に負けて領域に足を踏み入れる。




「ぬおっ……!?」

「逃がさない☆」

「くそが!」


「領域魔法を展開しながら、普通の拘束魔法を用いただとぉー!」

「貴様、まだ隠している実力があるのではないか?」

「さーあどうかしらねえー」

「絶対そうでしょ~」




 エリスは領域から一歩出て、そしてしげしげと観察する。




「だって領域系の魔法って、高度で難しめだって習ったよ。すっごい集中しないといけないって」

「大地に自分の魔力を押し付けるようなもんだからねえ。そこそこ魔力を取り込んで、放出できるようにならないといけない」

「とはいえ抜け道というか、コツがあってな。自身と同じ属性だと、一連の流れが楽になるから行使しやすくなる。この領域は光属性、サラも光属性だな」




「はへぇ……あ、そういえばさ。こういうのって武術戦でルシュドもやってなかった? 平原をばーっと燃やしてたやつ」

「あれは単純に炎を出して燃やしただけだ。水をかけて風に吹かれ、土を被せればすぐに消える」

「これが領域魔法だと、自然物による消火は起きなくなるってわけ。消化させるにはその領域以上の魔力を用いて、生成した水とかをやらないといけないの」

「その上領域を展開した者から魔力が供給される限り、延々と燃え続ける。まあ燃焼するのに酸素が必要な所が、魔力に置き換わっただけだ。どのみち限界は来る」




「ふーむ。魔法で使い捨ての物質を生成するか、領域魔法で魔力を使うか。どちらを選ぶかは、戦況に応じての判断が必要ですな」

「それとどちらによる現象なのかを、瞬時に判断する能力も必要だ。それに応じて適切な方法で、迅速に処理することが求められる」

「頭が痛いよぉ。でも、勉強になるなあ」

「魔術戦は武術戦と比べて、より頭を捻ることが要求される。魔術に関する技術は今のうちに吸収しておけ」




 そうしてヴィクトールは、少しの間だけ領域の外に出る。






 カタリナが杖を振って魔法の訓練をしていたからだ。








「ふむ……いい調子だな」

「!?」

「驚きすぎだ」




 カタリナの隣に立ち、彼女と杖とを交互に見つめる。




「貴様は魔法の癖が分かりやすいな。堅実で、真っ直ぐな魔法を放つ」

「……」


「まあ初心者の動きと言った所だな。だがそれは悪いことではない。変に捻ろうとして、霧散していくだけよりかは余程マシだ」




 それだけ言うと、今度は隣で訓練していたリーシャの元に向かう。




「……」


「……お嬢様。ヴィクトール様は、決してお嬢様を非難するおつもりで申し上げたのではないと思いますよ」

「……うん。わかってる」






 それからも、生徒達の訓練は日が沈むまで続いていったのだった。

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