第342話 相対する者

<試合経過二時間二十分 残り四十分>




「ぶえっくしょい!! ぶえっくしょい!! ぶえーーーーーっくしょい!!」

「クラリア!! そのくしゃみを止めろって言っても無理だろうな!!」

「さみーよちくしょー!! 雪と風なんて起こったらよー!!」

「お、おおっ、おれ……」

「ルシュド、無理して魔法を使おうとすんな……!!」






 中央広場、投影映像付近は現在大慌て。魔術師達が火属性魔法で暖を取り、購買部が温かいものを配って回り、商人が防寒アイテムを出張販売。それでも耐えられず、保健室に向かう生徒もいた。






「ガタガタガタガタガタ」

「何だよイザーク、ビビってんのか!!!」

「さみーんですよ!!! あーあーいいなー宮廷魔術師は!!!」

「私は北国常駐してっことが多いからな!!! それもあるんだよ!!!」

「ところで騎士のお二方!!! いい加減目を覚ましませんかね!?」


「……」

「……」

「これが徹夜ってやつか……!?」

「ていうか寒い所で寝たら死なない!? 起きてー午後四時だよー!!!」








 寒さに対して対抗する人々の様を見つめながら、



 一向に収まらない胸のざわつき。



 それと戦い続けるが、益々大きくなっていくばかり。






(……!)




(来る……!)






 次の瞬間、






「ぐおおおおっ!?」

「目がやられたあああああ!!」

「真っ暗だぁ何も見えないいいいい!!!」

「くっ……」






 全員が目を覆い、視界を閉ざされて慌てていた。




 アーサーも何とか視界を開こうとしている中で、




 自分だけは正常だった。






(行かなきゃ……)




(このままじゃ、大変なことに……!!)











「ぐっ……!!」



 ウィーエルの本部がある空を飛ぶ。



 周囲に張ってあった不可侵結界を、やっとのことで破壊した瞬間、



 歪みが襲う。






「……出てきたのか」


「どこに行った……!?」



「――」

「向こうか!?」






 シルフィが導く先には――






「……!!!」






 一人の生徒によって、倒れてしまった複数の生徒。




 彼と対峙して立っていたのは――サラだった。











「……アナタねえ」

「ふふふふふふふふふふふ。何かねありましたかね僕にね」

「アナタねえ……!!! この惨状、何とも思わないわけ!?」

「敵を倒すのがね対抗戦の目的だとね説明されましたがね「限度ってもんがあるでしょうが!!!」





 風に打ち付けられて血を流す生徒。高濃度の魔力に煽られて血を吐く生徒。戦闘不能にまで追い込まれた生徒が、サラの視界の中に数多くいる。





「武術戦でもね血を流していたね気がするんですがね魔術戦でもね血を流すことのね何がおかし「コイツらは肉弾戦を想定して訓練してないの!!! 無防備な所に殴りかかったのと変わりない!!!」


「そうなんですかねまあ僕にとってはどうでもいいんですがねあとね僕のね言葉にね被せるのはねやめてほ「喋り方がウザったいのよテメエはぁ!!!」





 彼女自身も血の涙を流しながら、杖を掲げてサリアに指示する。





「てかげんしない!!!!!!!」

「上等!!! くたばりやが――」








 この時荒んできた風は、同時に悲鳴も運んできた。






「……うおおおおおおおおあああああああ……!!!」

「くっ……あああああああああああああああ!!!!」




 生徒達は一斉に、地面に向かって杖を向ける。




夜想曲の幕を上げよ、カオティック・混沌たる闇の神よエクスバートッ!!!」

「続けえええええ!!!」






 呪文を唱えた生徒に、他の生徒の魔力が注ぎ込まれる。




 そして――




 地面に向かって一本の鎖が伸びた。






 強固に接続されたそれを伝い、彼らは地面に降り立つ。








「……ふひぃ、助かったぁ……」

「いや全然助かってなくね!?」

「な、何かやばい雰囲気……!?」


「……」

「……大丈夫?」

「……正直、辛い」




 第一攻撃部隊と第三混成部隊。リーシャとカタリナを含む生徒達だった。






「……アナタ達」

「ん、サラかぁ! いやー、私二十番の方にいたんだけどね!? 吹き飛ばされてここまで来ちゃった!」

「あたしもそんな感じ……」

「こりゃああれだね! アザーリア先輩がやってたのと「ふざけないで!!! 今の状況わかってるの!?」




「……わかってますよぉ。目の前に何かいるよ?」






 その生徒は、突如新しく増えた生徒に対して、



 首を鳴らして退屈そうにしていた。






「……ウィリアムズ?」

「十中八九そうでしょうね」

「何でこの時間になって……」

「知るわけないでしょ……!!」





 彼が静かなのに呼応するかの如く、風も収まった。



 雑音交じりの声が聞こえる――





「……繋がった!! こちらヴィクトール、応答しろ!!」

「……サラ。こちらサラ。要監視対象、前方数メートルに位置」

「やはりか……!!」


「ど、どうすんのよ……多分、耐久すればこっちの勝ちだよね!?」

「リネスの生徒も同様に飛ばされ、消耗しているからな――」

「けど万が一のこともあるわ。数人で奴の対応をして、残りは「なんのおはなし?????????????????






「「「……!?」」」




けっけっけけっけけけけっけっけっえっけけけっうえけけけけけ




「な、何……?」

「……気付かなかった……」

「瞬間移動――? いえ、これは――」






 三人は顔を引き攣らせて、手を叩いて跳ね回る、彼の様子を注視する。






「僕ね人探しねしてるんですねそのひとねいたんですけどねその汚物ひとね何処かに行きましてねその絶対悪ひとね何処かにいるんですけどねそのきちがいひとね「構えて!!!」もう死んで!!!!






 歪みが彼から発せられ、




 正面から飲み込んでくる――






 筈だった。








「――」




 その生徒が、全てを受け取め、




「――ふんっ!」




 跳ね返してくれた。








「……!! ハンス!! 貴女どこ行ってたの!?」

ウィリアムズは真顔になった。

「テメエ……この期に及んでのこのこと……!!」

ウィリアムズは手をだらんと下げた。

「ハン……ス? ねえ、大丈夫……?」

ウィリアムズは口角を上げた。

「……」

ウィリアムズは目尻を上げた。

ウィリアムズは目を大きく見開いた。

ウィリアムズは口を大きく開いた。

ウィリアムズは歯を見せた。

ウィリアムズはウィリアムズはウィリアムズはウィリアムズはウィリアムズはウィリアムズはウィリアムズはウィリアムズはウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィーーーーーーーーーーーーーー




「ずっちゃかずっちゃかずっちゃずっちゃずん!!!!!!!!!!ずずん!!!!!!!!ずずん!!!!!!ずずん!!!!!ずずずずずずずずず!!!!




みつけたぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」








 見え透いた狂気を前にしても、ハンスは恐れない。






「てめえは、ぼくが相手してやる……!!!」






 つむじ風を吹かせた後、




 何もかもを差し置き二人は上空に舞う。











 一心不乱に走ってきた。ここがどこかもわからない。




 ただ言えるのは、試合の会場には近付いてきているということ――






(強い風……)



(間違いなく、こっちに……!)






 暴風は勢いを増し、収まることを知らない。



 全てが眩むようなそれに、乗ってやってきたのは――






(……!)



(ハンス……!!)








「あっはっはははははははははつかまえてごらん!!!!!!!!」

「ちっ……!!」





 丸い目をしながら殴りかかってくるのを、風を巧みに操り避ける。



 彼も実に器用に風を乗りこなし、自分の動きに喰らい付いている。





「ねえ何で逃げるの?????お話よ?????僕とたいじなだいしなお話よ?????おはなしおはなしおなはし!!!!!!たのちいいいいいいい!!!!」

「てめえとする話なんてねえよ!!!」





 そこで、ウィリアムズの動きがぴたりと止まり、




 口がもぞもぞ動く。





「おはなしはなしないいはなしははははななんあしひひひひひひひなななしししししししよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおよおおおおおおおおおおおおおおおお」






 黒が彼を包み出す。



 それは彼と一体になって、力になって、



 行き場のない全てが、ハンスに向かって放出される。






「ぐっ……!!!」




 そろそろ攻撃を避けるのも辛くなってきた。



 自分の逃げる速度よりも、相手の攻撃する速度の方が上回る。



 掠り傷ができた。






「あ゛……ああああ……!!!」


                 ハンス……


「ちくしょ……てめえ、何かに……」


                 ハンス……!


「負けて、たまるかよ……!!」


           ハンス、ハンス、ハンス、








「ハンス――っ!!!」






          ――




          え――








「ハンス、逃げて――!!!」




「彼は、危険、なの――!!!!」




「戦わずに、逃げて――!!!!!」








「……!!!」






 エリスの叫びを、視界に捉えた、




 その隙に、




 奴が視界を塗り替えていく











「……あ……」



 一瞬だった



「ああ……」



 その一瞬のうちに



「いや……」



 いなくなってしまった



「そんな……!!」











「……エリスーッ!!!」






 彼方から自分を呼ぶ声が聞こえる。




 それが聞こえても、足は立ち上がろうとしない。




 茫然と、地面にへたり込んでしまって、




 事を受け止めるだけで精一杯で。






「……ヴァンッ!!! ヴァオオオオン……!!!」

「カヴァス、叱るのは後だ!! エリス、お前急にいなくなってっ……!?」




 近付いてきたアーサーに身体を預ける。



 どうしようもなくて、どうしようもなくて、



 涙が零れてしまう。






「エリス……?」

          ……どうしよう


「……なあオマエ、さっき少しの間視界が暗くなったよな? それは平気だったのか?」


          どうしよう……


「ここ、遠い、広場。きた、走って? 疲れ、ない?」


          わたしのせいだ……!




「!! エリス、お前……!!」

「クラリア、今は話を聞こう……」






 アーサーゆっくりと彼女の身体を起こして、言葉を待つ。イザークもルシュドもクラリアも、同様にして確かに待った。








「……わたしの、せいなの……」



「……わたしが、わたしが!! ここに来て、叫ばなければ、ハンスは、ハンスは……!!」



「……巻き込まれたり、しなかったの……!!!」
















「うええ~めっちゃ酔ったわ……つら……」

「ほれー!! 酔ってる間に試合終了五分前だー!!」

「えっ嘘っマジっ!? えーっとんじゃあ戦況を確認する間に終わるかな!!」




「グレイスウィル、四十八! リネス、四十二! ウィーエル、十!」




「よってこの試合は、タイムアーーーーーーップ!!!!」




「赤薔薇のグレイスウィルが、風に負けずに花弁を湛えて勝利を収めたぞ――!!!」











 角笛と実況の音が聞こえた瞬間、



 風に負けじと張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる。






「ふっ……ふわああ……」

「……お疲れ様、リーシャ」

「カタリナもねええええ……」


「ああ……」

「サラ、大丈夫? 魔力水取ってくるよ」

「お願いするわ……」






 他の生徒も続々と倒れ込み、互いに支え合ったり補給物資を摂ったり。


 試合に勝ったというよりは、災厄を凌ぎ切った。そんな感傷に浸っている。






「……っと!」

「あー! ヴィクトールー!! 遅いよ何やってんのー!!!」

「言い訳をするが、風が酷くて補給部隊も満足に編成できなかったのだ。生徒に指示をするのもやっとでな……」

「あっ、そっかラクスナ……」

「敵はともかく、味方には何事もなかったことが幸いだろう……」




 とか言う割には、彼の表情は晴れやかではない。伝声器を手に溜息をつく。




「……やはり連絡が着かん」

「マジかぁ……」


「ただいま。持ってきたよ、魔力水」

「ありがと……」

「カタリナか……ご苦労だった」

「……うん。ヴィクトールの言いたいこと、わかるよ……ハンスでしょ?」

「……」




 雑音を垂れ流す伝声器を呆然と見つめた後、力なく腕を落とす。




「他の生徒の治療を行うぞ」

「ちょっ……何それ! ハンスのことを見捨てろっていうの!」

「何も情報が得られていない状況で、闇雲に体力だけを消費するつもりか。そこの連中みたいに血を吐いても知らんぞ」

「っ……」


「……貴様の心配する心情もわかるが。俺達はもうやるべきことをやった。後は先生方や先輩方、それ以外の大人に任せよう」

「~~~っ……」






 リーシャは一回だけ力を込めて地面を踏む。当たり所が悪かったのか、痺れが走ってきた。






「……でもさあ、嫌な予感がするのには変わりないの……」

「……あたしも」

「無事でいてくれるかしらね、アイツ」

「……」




 彼を信じることができるのは、今この状況では彼ら四人だけだった。








「……んー?」

「どうしたの?」

「今誰か……アーサーとか、いたような……」

「え……?」

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