第109話 クラリアとサラ

 早くも季節は十二月、一年最後の月である。赤と橙の日常は白と茶色に様変わりして、落ち葉に代わって霜が降りる。一年の締めくくりに相応しい装いをするべく、師はもちろん徒であってもそこら中を駆けずり回る。






「……以上の通り、ログレス平原には沢山の村がある」

「ぶー」


「特に有名なのは石材で名を挙げたバンガム村、畜産が主力のグスゴー村、魔物や動物の研究が盛んなレイズ村だな。いずれも村と呼ぶには惜しいほどの経済力を有している」

「ぶー」


「あとはそうだな……ここの中央より少し西にある、森に囲まれたアヴァロン村でも押さえておけ。他と区別するために、ストロベリー・アヴァロンと呼ばれていることもあるぞ。その名の通り近年苺の出荷量が著しく上昇している」

「ぶー」




「……」




 放課後になり生徒が帰った一年三組の教室。ヴィクトールは真正面にいるクラリアの羽根ペンを奪い取り、遠くに投げ飛ばす。




「おい! 何だよ、急に人の物取りやがって!」

「ほう。意識はあったのか、灰色豚」

「豚じゃねえ! アタシは狼だ!」

「先程豚の様な鳴き声が貴様の口から発せられていたが」

「……うー……」



 どうやら自覚しているのか、クラリアは追い詰められた子犬のような呻き声を出し、とぼとぼと自分の羽根ペンを回収していった。



「さて、次の問題は……イズエルトの気候だな」

「うおおおおお! イズエルトはやめろおおおおお!」

「……人に頼み込んでいる分際でそれか」

「違う! 違うんだあああああ!」



 音を立てて歩き回り出したクラリアを見て、隣で監視していたクラリスが溜息をつく。



「……実はエリス達がイズエルトの方まで旅行に出かけることになってな」

「旅行だと? この忙しい時期に」

「まあどんな事情でそうなったかは知らないが……それにクラリアも誘われてな。だけど断ったんだ」

「宿題か?」


「そうだ。最近は武術部に精を出しすぎて、魔法学の宿題も手に着けなくなってきたからな。このままでは不味いと思い心を鬼にした次第だ」

「留まらせたら後は優秀な教え手が必要。それで俺の下に来たと」

「……君が手伝ってくれて助かっているよ」

「……」




 ヴィクトールは隣の机に突っ伏して寝ているハンスを一瞥する。本来なら彼は断っているはずだが、またしてもハンスにより強引に連れてこられたのだ。彼がいなかったら教えてやるつもりなぞ毛頭なかった。




「その元凶は何故寝息を立てているのか……」



 ヴィクトールは羽根ペンの先でハンスを小突くが、目覚める様子は全くない。



「ぜーっ、ぜーっ……疲れて来たぞー……ん?」



 その一方でクラリアは足を止め、窓に顔を張り付けて外を見る。




 そこには温室を出て、どこかに向かおうとしているサラがいた。





「むむっ……あれはサラ! よし、あいつも宿題に誘うぞ!」

「おい待て――」



 ヴィクトールの前髪を、走り去るクラリアによって起こされた風が靡かせる。



「くそっ、追わないといけないな」

「……」



 クラリスも慌ただしくそれを追いかけて出ていく。




「……シャドウ」



 二人きりになった教室で、ヴィクトールが己のナイトメアに呼びかけると、シャドウは土塊のゴーレムへと変貌しハンスの背中を殴り付ける。



「ぐはっ!?」

「戻るぞ。こちらは頼まれている立場故、待ってやる筋合いはない」


「えっ、待って待って待って!? あいつどこ行ったの!?」

「俺が教えてやっているのに、それを放棄してどこかに行った。だから戻るぞ、荷物を置いてある生徒会室にな」

「おい、待ってえええ……!!」



 ハンスはゴーレムに担ぎ上げられ、ヴィクトールと一緒に生徒会室への道を進むこととなった。






「全く……この忙しい時期に旅行って、どんな神経しているのかしら」



 サラは愚痴を垂れ流しながら、第一階層への道を進んでいく。



「おかげで花の水やり全部ワタシの担当……アイツら、急に押しかけきて三日間の水やり全部任せたとか抜かしやがって……」



 サリアはその心境を受け止めるように、サラの隣でこくこくと頷く。



「帰ってきたら……何してやろうかしら」



 物騒なことを考えているうちに、目的の島に到着した。





「……ふぅ」



 グレイスウィルにも雪が降り出した始めたのと同様に、この島も徐々に雪化粧をしつつあった。葉にも幹にもこずえにも、ゆったりと雪が積もっている所が見られる。



「……まあ元はこの森について調べるのが目的だし。いないならいないで勝手に調べるだけよ。でも先ずは水やりを――」

「うおおおおお!!! なんじゃこりゃああああ!?」




 道具を置いておいた木の洞に向かおうとした時、やや古めかしい叫び声が聞こえてきた。






「なんじゃこりゃあああああ!?」

「これは……」

「なんじゃこりゃあああああ!?」

「これは……!」

「なんじゃーこりゃー!?!?!?」

「凄いな……!」




 いつも冷静にクラリアを牽制するクラリスが、今は主君と同じ程度の知能まで落ちぶれている。




 サラは途端に鬼気迫った表情になり、耳と尻尾をぴくぴくさせる二人に接近。




「アナタ、どうして……!!」

「サラ!!! ここなんだ!? 何でこんな所に島があるんだ!?」


「その前にこっちの質問に答えなさい!! まさかワタシの後をついてきたって言うんじゃないでしょうね!!」

「ああ、そのまさかだ。宿題に誘おうとしたんだが、どうにも早足でどこかに向かっているようだったからな……」

「声かける前にここに到着しちまったぜ!!! うおおおおお!!! ふがっ!!!」




 クラリアは両足でぴょんぴょん飛び跳ねながら動き回り、石柱の一つに顔面から衝突した。




「ぷぎゃ~……」

「クラリア! 大丈夫か!?」

「んにゃ~……アタシ、石頭だから、大丈夫……」



 クラリスに支えられクラリアはよろよろと立ち上がる。これで興奮が覚めたと判断し、サラは切り出す。



「……そうねえ。説明をする前に約束して頂戴」

「ん!? 何がだ!?」

「この島のこと。今から言う四人以外には絶ッ対に口外しないこと。したら殺す」

「うおおおおお!!! 死にたくないから言わないぜ!!! それで四人って誰だ!?」


「一年一組の生徒、エリス、カタリナ、アーサー、イザーク。多分アナタの知り合いでしょ」

「……おお!! 確かに全部アタシの知っている名前だ!! ということは、皆アタシに内緒でこんな島見つけていたのか!?」

「まあ、そうみたいね。誰も人がいないから、秘密基地にするんですって」


「うおおおおお!! こんなすっげー場所のこと、何でアタシに教えてくれなかったんだあああああ!!」

「それはアイツらに直接訊きなさいな」




 これで説明事項は全て伝えたと判断し、サラは改めて森へと足を向ける。




「アイツらが旅行に行ったのは知ってるでしょ。アナタがここに来たことはアイツらが帰ってきてから検討するわ。だから今は手伝いなさい」

「何だ!? 何を手伝えばいいんだ!?」

「花の水やり。手順は教えるから、その通りにやりなさい」


「わかったぜ!! 花のことはわかんないから、サラに従うぜ!!」

「……ん? 手伝いするのか? 宿題はどうする?」

「これ手伝ってから戻るぜー!! うおおおおお!!」



 クラリアは叫ぶと、一目散に森へと駆け出していく。



「待ちなさい!! ワタシにちゃんとついてきなさい、この脳筋狼が!!」

「まあ……この島の見学も悪くはないか」



 ヴィクトールに帰られたことも知らず、この後クラリアとクラリスは島中を駆け回り、へとへとになって戻っていくのであった。

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