第311話 ウィリアムズ

「……」

「出る幕無くなりましたねえ」

「全く……」


「いやー、それにしても。いつご覧になっても心が幸せになるなあ! 淑女の鑑だ!」

「……ふん」

「嬉しそうにしてんじゃねーよ! このやろー!」






 とか言いながら、遠巻きに一部始終を眺めていた四人。


 ヒルメ、ノーラ、パーシー、そしてカル。特にカルは、表情をころころ変えて気難しそうに観察していた。






「でもってどうする? ウチの朝練、朝食終わってからでもいいよ?」

「……」


「あのお方がいる分には気まずいでしょ? でぇじょーぶ時間がズレ込むだけだ、何とかなる! トールマン舐めんな!」

「……済まない。そうしてもらってもいいだろうか」

「それなら次に為すべきことは、朝食ですかね。購買部に行って食材を買ってきましょう」

「それならいいものがぁーある!」




 パーシーは手元の魔法具を弄り、何かを召集する。


 それはプロペラと四本の突起が着いた空飛ぶ物体だった。




「ウィングレーの魔術師が飛ばしてたやつー!」

「ドローンって言うんだぜ! 因みにこれは俺専用カスタムで「いいから行くぞ。売り切れる」


「……昔からカルはそうだよなー!?!? 俺の話聞いてくれないよなー!?!?」

「君の話が難解なのがいけないんですよ」

「ロマンと言えロマンと!!!」











 こうして購買部から食材を調達し、カルの天幕にお邪魔させてもらうことになった。






「しっつれいしまー」

「俺一人でしか使っていないんだ。挨拶はいいぞ」

「そうなのか?」

「……基本俺は一人で行動しているからな」

「貴族館には同年代の子はいないんですか」

「いないんだなそれが」




 鶏肉をこんがり焼いた所に、ブイヨンやトマトペーストやその他の野菜を入れ、最後にパスタを加えて煮込む。ヒルメは慣れた手付きで鍋を火にかけている。




「デザート何調達してきたん?」

「ミッドサマープディング!」

「おおう、あの見た目がおぞましいあれか」

「ブラックベリーを使った赤黒いやつだけをミッドサマーって言うんでしたっけ?」

「他の果物なら普通のサマープディングだな。血を食ってる感触がたまんね~んだ!」

「おめーの頭ヴァンパイアかよ」

「辛辣ぅー!?」


「……」




 並べた調味料を見て、カルは右手で頭を抱える。




「どしたんだよ。ウチの料理の腕が信用ならんって?」

「……シナモンを切らしていたのを忘れていた」

「マジマジ? ……あ、ホントだ。ソルトもビネガーもあるのに」


「これでは俺好みの味にならん……」

「香辛料たっぷりミルクティーでしたっけ。如何にも北国の人が好みそうな味ですよねぇ」

「調達してくる。冷めそうになったら、勝手に食べてていいぞ」

「そうだついでにカシューナッツも調達してきてくれ!」











 そして中央広場にて。購買部には多くの生徒が詰めかけ、食材や惣菜を物色している。朝日が輝き、眩しさに目を細める生徒もいた。






「はいよ、スパイスミルクティーセット。お値段は銅貨四枚だ」

「これで」

「へいへい、お釣りの銅貨六枚だよー」



 薄茶色の小袋を受け取るカル。左手にはパーシーの要望通りの、カシューナッツの入った袋が握られている。



「さて……用事は済んだな」

          キィィィィィー!!!!






「……」






 広場の中央から聞こえてきた。


 精神をすり減らすような甲高い声。思わず見に行ってしまうのは、生存本能からなのだろうか。








「……これは」


「凄惨だな……」






 先程見たカトリーヌが、名前も知らない生徒を相手を蹴り飛ばしている。




 辺りは散乱、生徒は傷だらけ。当然ディアス家の令嬢であることは知られている為、誰も口を出せずにいた。






「何故、何故っ、何でですの!!! 何でわたくしよりもあの溝鼠の方が、女王陛下に愛されていますのっ!!!」


「……」

「なあに? わたくしに何か不満がお有りで?」


「……!」

「フンッ!!!」






 暴力を加える勢いは留まる所を知らない。




 じっと眺めていたカルも、魔法の準備をし出すが――






「……」


「……ん?」




 歪みを感じた。




 一瞬だけあらゆる動きが止まる感覚。




 それを一旦気のせいだと感じることにして、再び彼女を視界に捉え直す。






「……」



「なっ、何なんですのあな……」



「……たぁ!?」






 彼はカトリーヌの腹に向かって、容赦なく殴りかかった。






「……」




 それを見ていた人々は、誰もが驚愕する。高飛車な彼女に臆することなく立ち向かったのもそうだが、




 彼は、突然現れたのだ。






「……ふ、ふふ」

「……!」

「あまりね。弱い者虐めはしないほうがいいですよね……」




 隙間風が通るような、途切れ途切れで歯切れの悪い声。


 髪色は緑が入ったベージュ、瞳は濁っているが、淡い水色だった。服は茶色の学生服、グレイスウィルのものとデザインは似ているブレザー型。




「……っ」

「おっと……」




 歩いていく彼は、丁度カルとぶつかってしまう。その際に、もう一度歪む感覚を感じた。




 既に人々はもう野次馬であることを止めて、ただの一般人に戻っている。






「……」

「ふふ……どうしましたかね。僕の顔じっと見つめてね……」




 血行が悪い。肌が少し黒ずんでいる。


 足元も若干千鳥足になっているように思えた。目も焦点が合っていないようで、自分と目線が合わない。




「……いや。まさか彼女に立ち向かう者がいるだなんて、信じられなくてな」

「ああ……そうでしたかね。いやあね。僕ね。弱い者虐めはね。放っておけないんでね。つい手が伸びたんですよね」

「……そうか」




 ふと、彼の背後に視線を向けると――


 大人が数人迫ってきていた。






「……ウィリアムズ!! ここにいたのか!!」

「ああ、先生ね。すみませんね。ちょっとグレイスウィルの様子が気になりましてね」

「お前、散々言いつけているだろう!! 自分の立場がわかっているのか!!」

「わかっていますよね。でも気になったんだから仕方ないですよね。教師風情がね。僕の好奇心をね。止められるとでも思っていますがね」

「いいから帰るぞ!!」

「あの――」






 カルのことは最初から存在していないかのように、彼らはすごすごと撤収していく。


 彼らのローブに描かれていたのは、月桂樹に囲まれた剣と杖の紋章。よく目を凝らすと、ウィリアムズと呼ばれた少年の学生服にも、それが描かれているのがわかる。






「……おい! 聞いたか!? こいつイズエルト貴族の令嬢に殴りかかったって……!!」

「わかってるよそんなん!! どうせこっちに来ても大丈夫だ、寛雅たる女神の血族ルミナスクランのお偉方がどうにかしてくれる!!」




 去り際のそんな会話が、カルの耳に入っていった。






「……折角休暇を取られて、気分転換に参られたのでしょうに」


「厄介事に巻き込まれるかもしれませんね――」






 カルはそう心配する一方で、ウィリアムズに対して感じた違和感は拭えないままであった。

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