第352話 過去と友

 数日前に雪が降った影響で、屋上は半分ぐらいが雪と水に覆われていた。


 中途半端に道を切り開いた所為か、歩く度に水っぽい音がする。






「ここで話するの?」

「……」

「……って、何よぉ皆いるじゃん」




 パラソル付きテーブルの一つに、ヴィクトールとサラとカタリナが既に座らされていた。リーシャが座ることを想定したであろう席も一個空いている。




「どういう集まり?」

「此奴に連行されてきた」

「ねえ何でコイツ怪我してんの」

「んーまー一悶着ありまして……」

「はぁ……ほれ、幻想曲と共に有り、ニブリス高潔たる光の神よ・シュセ



 光がハンスの身体を包み、傷口を塞いでいく。



「後でキャンディでも頂戴。それで代金にしてあげる」

「……頼んでねえよ」

「息も絶え絶えに話されても困るのよ」

「……」


「……俺からも一つ言わせてもらうが。話をしたい相手を一人ずつここまで連行してきて、待機させるという手法はどうかと思うが」

「うるせえ……いい方法が思いつかなかったんだよ……」

「あの……普通に手紙送るとか、休み時間とかに声かけるとか……」

「止めようカタリナ。此奴にそのような、まともな手段が取れるとは思わない……」

「……」






 殺す、と投げかけるのを止めて話を切り出した。






「……きみ達」



「正直に教えろ」



「……ぼくのことをどう思っている」








「……はぁ?」

「え……」

「頭でも打ったか」

「風邪でもひいたの?」



 やっぱり殺してやろう、と思ったのを堪えて続ける。



「……あいつらは、ぼくのことを友人だと言った」

「どいつらよ」

「あいつらだよ」

「だからあいつって誰よ」

「あいつに決まってんだろ……!」

「名前出してもらわなきゃわーかんないって」

「名前出さなくてもわかってるだろ!!」




 苛立ちに任せてハンスは机を叩く。それを受けてリーシャは肩を竦めた。




「……はいはい。真面目なようだから、からかうのは止めにするよ。エリスにイザーク、ルシュドにクラリアでしょ?」

「……そうだ」

「まあ連中は単純だからな。長く付き合っていれば、そのような感情を抱くだろう」

「でもアーサーはどうでしょうね。アイツアナタに殺されかけたじゃない」

「……あいつも友達だって、言ってくれたよ」



 眉を吊り上げるヴィクトール。



「……ほう」

「んー……それってかれこれ一年半も前の話じゃん。えっ、一年半も前の話なの!?」

「何で自分の言葉に驚いているの……?」

「時の流れにびっくりしたのー! はぁー……かれこれ一年半もハンスとお付き合いしてんのか! びっくり!」


「わざと言ってんのか?」

「自覚してほしいから敢えて言ってるんだけど?」

「てめえ……」

「いやいや、重要なことでしょ。一年半も関係持ってるんだから、そりゃあ友達だって思うよねって」

「……」


「んー、理詰めで考えるには難しいか……でも、私はそう思うな! あれは一時の気の迷いだったって!」

「まあ……貴様のように、人間関係の構築を得意とする輩は、そう思うのだろう」




 ヴィクトールはシャドウを影から呼び出し、生徒会室のチーズタルトを拝借してこいと指示を出す。




「で、何の話してたっけ? 全然別の話してた気がするんだけど?」

「このメティアの血筋を鼻にかける寛雅たる女神の血族ルミナスクランの捻くれ者に対して、俺達はどのような感情を抱いているかという話だ」

「てめえもわざと言ってんのか?」

「判断材料になる情報を提供したまでだが」

「……」


「でもさー、また話戻しちゃって悪いんだけどさー、ハンスが今引き合いに出したの、アーサー達が友達だって言ってくれた話じゃん」

「……そうだけど」

「私達にもそのような答えを期待しているわけ?」




 動揺するハンスの様子も気にせず、リーシャは続ける。




「さっき、カトリーヌ達に殴られてたよね。反撃もしないで。普段のハンスなら返り討ちにして窓硝子全部割ると思うのに、全然そうしないからびっくりしちゃった」

「……」


「殴っちゃうと、今までの自分と変わりないって思ったの? だから我慢してたの?」

「……くそっ」




「……もしかして、ウィリアムズ・ライト?」

「……っ! てめえ……」




 やっぱりそうかとカタリナは視線を落とす。




「普段していることをしなかったって、それは普段の自分を変えたいってことなんだよ。そう思う切っ掛けがアーサー達の言葉で、更にそれを切っ掛けになったのが、彼でしょ?」

「……」




「……もう隠しても無駄だぞ。情報は仕入れている」






 シャドウが持ってきたチーズタルトを口に入れて、腹を満たしてからヴィクトールは続ける。






「貴様がウィーエルにいた頃に虐めていた生徒だ。偶々道を塞いでいた人間、気に食わなかった、そんな理由でな」

「……理由まで」

「生徒会の情報網を舐めるな。最もウィーエルは寛雅たる女神の血族ルミナスクランの統制が厳しいから、情報を仕入れるのに時間がかかってしまったがな」

「だったらあれについても知ってるのかしら。アイツの発狂の原因」

「……深淵結晶に手を出していたそうだ」

「しんえんけっしょー?」



 シャドウが五人全員にチーズタルトを配り終え、ヴィクトールの影に戻っていく。



「黒魔法の触媒として多く用いられる魔力結晶だ。生きたままの人間を数人配置、魔法陣を起動させて息の根を止める。その時発生した負の力を結晶化させて簡単に魔力が供給できるようにするんだ」

「つまり魔術大麻と何ら変わりない危険物ってことでよろし?」

「その認識でいい」

「そんな物にまで手を出すなんて……あっ」

「気付いたようだな、カタリナ。此奴による虐めが、奴をそこまで追い込んだのだろう」






 ハンスを見つめるヴィクトールの視線は終始冷ややかだ。






「話が見えてきたわ。今のワタシ達と仲良くやっていきたい自分と、昔の罪を犯した自分。間に挟まれて苦しんでいるのね」

「罪を犯した自分ではあるが、仲良くしてくれるかどうかということだな。先ずは二人の意見を聞こうか」




 カタリナとリーシャに話が振られる。






「……私は、さっきも言った通り。昔やってしまったことは割り切って、今を大事に仲良くしていく。でも……ウィリアムズにとっては、これは絶対に割り切れないことだったんだなって思うよ」

「……」


「だから大事だなって思うのは、ウィリアムズがどうしてほしかったってことだけど……絶対に死ぬことだよね。ハンスが」

「そうね……あれは絶対に殺す目付きをしていたわ」


「でも、私はハンスに死んでほしくないと思う。だって友達だから。でも、でも、ウィリアムズにとってはそうじゃなくて、あとウィーエルの人達とかからしてもハンスは悪い奴で……あれ?」


「……何だか、自分でも言っててわかんなくなってきた……」






 項垂れて頭を抱えるリーシャ。






「……割り切りが足りないよ、リーシャ」




 励ますように、諫めるように、カタリナが話し出す。






「……え」

「今のハンスはウィーエルの生徒じゃない、グレイスウィルの生徒であたし達の友達。ウィーエルであったことを振り返ることはあっても、縛られるようなことはあってはならないと思う」

「……」


「どれだけ辛くても、今を生きていることには変わりないんだ……過去に引き摺られて、前に進めなくなってはいけないんだ」




     (あたしが言える口じゃないんだけど)




「だからハンスが友達になりたいって言うなら、あたしは受け入れる。それがハンスの望むことなら、あたしに拒む理由は特にないよ」


「……こんな感じかな。どう?」






 ヴィクトールとサラは、二人の意見を頷きながら聞いていた。






「……過去を引き摺るなという点では同意だ。それはさておき、俺は貴様のことを厄介だと思っている。理由は言わずともわかるな?」

「……けっ」


「最初の方はその扱いにくい性格を矯正してもらおうと考えていたがな。今は素直な貴様の面なんぞ見たくもないわ。その性格のまま言うことを聞くようになったら友人と呼んでもよい」

「……」


「……人の性格というのは、そう簡単に矯正できるものではないのだ。恐らく数日後、数ヶ月後には、また貴様は人を殴っているだろうよ」

「は……」

「だから無理せず、殴りたくなるような奴とは付き合わなければいい。そうすれば殴ることはなくなり、またウィリアムズのような奴を生み出すことはなくなる。そうは思わないか?」

「……」




「……なぁんか、やけに流暢に喋るのねぇ」

「……くそっ」

「今になって恥ずかしがらないでよ……で」

「……ふん」


「最初の方こそ物珍しさはあった。正直今もあるわ。だからこそ長く付き合っていって、もっと観察したいわ」

「……それは何でだ?」


「決まってるじゃなぁい、揶揄うと面白いからよ。あと純血のエルフだから」

「……そう、なのか」

「そうよ、アナタの性格目当て。その点ではまあ、親しくしていきたいとは思っているわねぇ。昔のことなんて、ワタシは気にしないわ。特にアナタに関しては」






 意見を一通り出し終えた頃には全員、チーズタルトを食べ終えていた。








「あー、ごちそうさま。これどっから持ってきたのよ」

「アザーリア先輩だ。沢山あったのを思い出して、シャドウに持ってきてもらった」

「ふーん……金持ちはいいわねえ」


「ねえねえ、そのチーズタルトってどこのお店かな? 私買いたいんだけど!」

「先輩に尋ねれば判明すると思うが、何故そのようなことを」

「何よ忘れちゃったのー!? いつもの島で打ち上げパーティーやるって予定入れたじゃんー!」

「ああ……そんなこともあったわねえ」


「お菓子買うの私達の役目だよ? 何てったって魔術戦報酬、たんまり貰ったんだから!」

「金の使い方が刹那的ね」

「私は今を全力で生きるからぁー! つーわけだ、ハンス!」

「は?」

「友達に食べてもらうお菓子、買いに行こうねっ!」






 眩しいリーシャの笑顔、後ろにあるのはカタリナ、ヴィクトール、サラの顔。



 なんだかんだで、自分と付き合ってくれる――






「……はぁ」




「わかったよ」




「このぼくが、買い物に付き合ってやる」






 ふんっと胸を張る前に、



 リーシャが背中をばしばし叩いてきた。






「話のわかる奴だなおまえー!!」

「だっ、なっ、やめっ、やめろよっ!!」

「いいよー調子戻ってきた! そのノリこそがハンスだ!」






 曇り空が切れかかり、そこから太陽が差し込み出した。

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