第351話 雑な召集

「ロシェ先輩」

「何だよヴィクトール」

「先輩当てに手紙が届いております」

「誰から」


「……キャサリンという者から」




 宛名を聞いた瞬間、ロシェはがばっと振り向き、彼から手紙を強奪する。




「……受け取ったのがお前で良かった」

「別にキャサリンとは一般的な名前だと思いますが」

「お前は秘密を守ってくれるからな……」




 誰にも見られないように隠れながら、ふんふんと手紙を読むロシェ。その間、ヴィクトールは普段いない一匹の存在に気付いた。




「……グレッザ殿」

「おおう、お前出てきていたのか」

「久しいですね。最後に会ったのは、確か学園祭の時でしょうか」




 黒頭巾を被った灰色の鼠が、机の上にちょこんと乗っている。


 グレッザという名の彼は現在はアザーリアが持ってきたチーズタルトに興味を示していた。ロシェのナイトメアだが、生徒会の面々に姿を見せることは殆どない。






「……それでですのー! エリスちゃんったらわたくしの腕の中で、嬉しそうにしていて……顔が真っ赤で、本当に愛らしくて……!」

「そ、そうだったんだですか……!」

「マイク君、エリスちゃんについてはご存知? 武術戦と魔術戦、双方の立食会を提案してくださった素晴らしい子なのですわよー!」

「何とまあ驚きだです! じ、実はおら、先輩を見かけたことが何度かありまして……!」

「まあ! そうだったんですの! どうでしょう、とっても魅力的な子に見えまして!?」

「はい! きらきらしていて、眩しい先輩だっただです!」






 そのアザーリアは今こんな感じであった。ヴィクトールは片肘をついてそれを見ているが、




「何だよお前~。後輩取られて悔しいのか? おん?」

「……何処からどう見てそう判断されたんですか」

「じーっとあの二人恨めしそうに見ててさ。混ざりたいんか? おん?」

「そのようなことではございません」




 チーズタルトに手を伸ばした、その時。






「……ん」

「おー戻ってきたか。ハンス、このチーズタルト美味いぞ」



 しかしハンスは、ロシェにもチーズタルトにも一瞥もくれず、



「とと……」

「……あ?」

「ハンス君? 何処に行かれるおつもりかしら?」

「先輩? おーい?」

「……」



 他の生徒の言葉にも耳を貸さず、ヴィクトールを引っ張ってどこかに向かっていく。











「いやー大変大変。こっちにも霜が着いちゃってます」

「丁寧に落とすのよ。葉が破けないようにね」

「へぇい」



 温室の片隅で、花や作物の様子を検査する三人。サラとサネット、そしてジャミルだ。



「今度は魔術空調も購入するように貯金しましょうか……」

「それここで言わないでよ。リーン先生とか先輩とかに言いなさいよ」

「それもそうですね……」



 凍った葉に指を滑らせながら、ジャミルはふと思い出す。



「……そういえば、魔術戦にクラジュ王子がいらしていたみたいですね」

「……」


「実は僕も、クラジュ王子に支援されてグレイスウィルに入学したんですよ」

「……そうなの」

「両親が支援金を貰ったんです。だから直接お眼鏡に適ったってわけじゃないんですけど、実質的にはそうです」

「……」


「そーいやうちのお父さんもクラジュ王子からお金貰ったって言ってました。何か、色んな生徒を支援してるんですね?」

「病弱で外に出れない分、色んな人の支援を行って貢献していると聞きました。特に生徒や魔術師への支援が多く……」

「自分の病気を治してくれる人を探してるんでしょ。はっ、馬鹿らしい」



 虫に食われた葉を、鋏を用いて丁寧に切る。



「馬鹿らしいって、本人にとっては重要なことなんですよぉ。そんなこと言っちゃ駄目です。思うだけにしておいてください」

「何最後の言葉」

「いや、私も聖教会なんぞクソ食らって暴発しちまえって思ってるので、そんな大それたことは言えないなーと。人に物を教えていいのは聖人君子なジャミル先輩だけですね☆」

「ぼ、僕はそんな……」

「……」






 ふと、あの王子と目の前の彼の共通点を思い出す。






「……アナタも病弱なのよね」

「え、ああはい。僕は喘息だけですので、魔術による治療が効くんですけど……殿下はそうではありませんから。きっとお辛いでしょうね……」

「……それはどうかしら」

「へ?」


「病弱ってだけで色んな人から同情を買っているのよ、アイツ。だから構ってもらえて――内心ではほくそ笑んでいるかもね」

「そ、そんなこと……」

「アナタも病弱だろうけど、内心はそうじゃないでしょ。何となくわかるわ」

「え、あ、そりゃあどうも」

「だってアイツと目の色が違うもの。母さんの本を愛読している人間に悪人は――」






 続く言葉は、温室の扉が開き放たれる音に遮られた。






「……ぶえっくしゅい!!」

「風魔法で開けてきましたね……」

「クソ野郎……」






 悪態をつきながら、サラは渋々その人物の元に向かう。風魔法を起用に扱うエルフ、ハンスだった。






「……何の用よ」

「話がある」

「どれぐらいかかる」

「知らない」

「はぁ?」

「いいから来い」

「ちょっとねえ……」




 腕を掴まれ連行される瞬間、サリアを呼び出し二人の元に向かわせる。











「……カタリナ先輩」

「ん……」

「布の準備ができました。作業を始めましょう」

「ありがと……」



 窓の外から空を見ていたカタリナは、ルドベックと共に席に着く。今日は曇り空。ちらちらと雪が舞ってきてもおかしくはないような色をしていた。



「……」

「……セシルなら大丈夫ですよ。心配しないでください」

「うん……」



 二人が普段作業をしているテーブル。そこから一個飛び、もう一つ離れたテーブルで、セシルはラクスナと一緒に作業をしている。






「ラクスナ先輩。これ、ビーズです」

「……あ?」


「おや、水色はご所望でありませんでしたか。では、黄色は如何でしょう?」

「……けっ」


「ふふっ、ではピンク色ですかね。カナ、ビーズ入れに入っていますか?」

「今探してるわ☆ 待ってね☆」






「……度胸あるなあ」

「自分もそう思いますよ」




 ちまちまと針を動かしながら、ちょこちょこと口を動かす。




「……そういえば。ルドベックは、イズエルトの出身なんだっけ」

「ええ。雪がよく積もる、しがない田舎の島からやってきました」

「だったら、今日みたいな天気とか、懐かしくなるのかな」

「そうですね……実家の弟や妹は、雪遊びでもしているのでしょうと、そんなことを考えています」

「へえ……何だか、いいね」



 針を置いて、腕を伸ばして休憩する。



「実家に帰っても、下の子達が待っていてくれている……そういうのも、ありかも」

「先輩には兄弟はいらっしゃるのですか?」

「いるよ。弟妹じゃなくって、姉さんだけどね。その姉さんも、数年前に出たっきり帰ってこなくなっちゃった」

「……すみません」

「いいよ。大丈夫。事実だから、もう受け入れたから……」




                   がらがら




「ん……」

「おやおや」






 ノックもせずに扉を開けてきたのはハンス。会話を咲かせていた他の女子生徒が、蛇のような目になって睨み付ける。




「先輩、何のご用……でっ」

「セシル?」

「このクソアマに用はねえんだよ」




 そう言ってセシルを押し退け、カタリナの腕を握る。




「ちょっ、ちょっと……」

「来い」

「連れていくじゃん……もう、セバスン」

「承知」

「先輩の分まで仕事やっておきますね」

「ごめんね、ルドベック……」









 


「はぁっ……とおっ!!」




 助走を数歩つけて、体操マットに入った瞬間に片手を着ける。



 後は勢いに任せて回るだけ。




「……ふんっ!! どやっ!!」




「良かったぞ」

「はいっ!」






 リーシャの見せた側転二回転に、賞賛を送りながら近付くカル。その隣にはミーナもいた。






「ミーナ……貴女もいたの」

「ええ。こちらの先輩に許可を取りましたら、下ろしてくれまして」

「少し緊張があった方がいいと判断した」

「むぅ……」



 確かにそうだな、と思うことにした。



「では……指導の程、お願いします!」

「ええ、任せてください」

「……貴女に敬語使ったんじゃないだけどぉ!」

「わかってますよ? でも傍から見ればそういう流れじゃないですか」

「ぐぬぬ……」




       <ぬわーーーーーーーーーー!!!




「……ネヴィル君?」

「またご令嬢方ですか?」

「いや……」






            ぼこすか 

                 ぴきーーーーーーん


      ぼこすか  






「……魔法の音!?」

「彼が心配ですね。見に行きましょうか」

「……ああ、そうだな」











 体育館の外、程なく入り口に近い所で――




「このっ!! クソエルフッ!! わたくしに何をしたかっ!! 忘れたとはっ!!」


「ね~えあの服三十万ヴォンドもしたのよ~!? どう弁償してくれるっていうのっ!!!」


「私のネックレスもだわ!! 土にまみれて泥にまみれて……ああっ!! 今思い出しても吐き気がする!!」




 いつもの長いドレスを着た女子生徒達が、寄ってたかって一人の生徒を殴ったり蹴ったり。ネヴィルが抑え込むことのできない規模に膨らみつつあった。






「うわああああんタクティどうすりゃいいんだよこれもう!!!」

「……タクティ?」

「僕のナイトメアですね!! この指揮棒です!! 普通の指揮棒に見えるかもしれませんが絶対音感と広域に渡る聴覚を兼ね備えた素晴らしい性能のナイトメアで


 ってーーーーーリーシャさあああああああん!?!?」






 ミーナにカルもいたのだが、そんなことは知ったことではないように続ける。






「その、お客様がいらしまして!! リーシャさんに用があると仰られたから案内しようとした矢先、お嬢様方が血相変えて飛んできて――!!」

「私に用……?」



 それで且つカトリーヌ達に目を付けられそうな人物と言えば、大体一人。



「やっぱりハンスだ……」

「お知り合いの方でしたか!! ならば救出しないと!! 最も僕一人じゃどうにもできなくて困ってたんですけど!!」

「……」






 世界が凍る。






「っ……!」

「なっ、貴方は……!」

「どうしていらしているの……!!!」






 碧い瞳の先に広がるのは、冬より寒い零度の世界。



 氷山のように鋭い眼差しが、愚鈍な暴虐を束して遮する。






「……マタイイトコトラレタ……」

「よ、よーし……」




 カトリーヌ達が動けないうちに、リーシャはそろりそろりとハンスを救出。






「……てめえか」

「てめえかって、私に用事あって来たんでしょ。何よ」

「話がある……」


「……ここで話す?」

「場所を取ってある……屋上に来い」

「どうしても屋上?」

「拒否したら殺す」

「殺されかけてるのによく言うわ……」






 リーシャが振り向くタイミングで、行ってこいと指でサインを送るカル。ミーナもお辞儀をして送り出す。






「……課外活動の時間中に帰してよ?」

「……」




 リーシャが支えようとしたが、ハンスはそれを振り払い、



 負傷した右腕を支えながら階段に向かっていく。

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