第399話 四月ヴィーナの狂乱

「ぐっ、この人、達っ……!!」

「キャメロットの人間ですね。何処から沸いてきたのか……!」




 彼らは騎士団管轄区の前にも立ち塞がっていた。多くの騎士が立ち往生し、強行突破を試みようとしている。




「……っと! 先に行きたいんだが!!」

「失礼ですがどちら様でしょう? ここから先は我々が対処しますので、騎士の皆様は出動する必要はございませんよ」

「あー悪いが俺らは騎士じゃないんだ! 研鑽大会を観に偶々来ていた一般人! ヤバそうな空気なんで帰りたいんだ!」

「そうでありましたか。ではどうぞ」

「サンキューアンドお疲れーション!」






 暫く走って距離を置いた後、走りながら話をする。






「……着替えずに急いで来たのが功を奏しましたね!」

「功を奏したのは構いませんが……自分は流石に、あれで通れるとは思っていませんでしたよ!?」

「一瞬見えた、目が死んでた! 多分何かの魔術で操られている!!」

「そこまでして何を――」




 城下町は騒然としていた。突然の轟音に加え、火災も発生している。それから逃げようと人々がごった返しているのだ。


 それらを掻き分けて――






「確かこちらの方から音が……!!」

「あそこだ!! 瓦礫があんなに――っ!!」






 カイルは誰よりも早く、全霊の力を込めて、


 駆けて行った――











        ……



        ……カ



        ……レベッカぁ






「……何よぉ」


        うち、今どうなってるぅ?


「……真鯛みたいに真っ赤っ赤よぉ」


        腕、千切れそうなんだけどぉ?


「私がギリギリ、くっつけたから、大丈夫よぉ」


        それはぁ、ありがとぉ


「まあ、礼には、及ばないわぁ」






     あのねぇ、今のレベッカ、しわしわだよぉ


「ええっ」


     魔力の使い過ぎでばあちゃんみたいだぁ


「そんなぁ」


     呼吸でも魔力逃げてくから、

     多分、そのうち干からびるねぇ


「こんなしわしわじゃなあ」


     こんな真っ赤っ赤じゃなあ








『カイル君は、カイルは、




 好きになってくれないよねぇ』











「――ウェンディ!!! レベッカ!!!」








 そこは悲惨な光景が広がっていた。




 洒落たカフェの前には赤い血だまりが広がっている。




 石畳に染み込んでいって、それは取れない黒染みへと変貌していくのだろう。




 その中央で、倒れている女性が二人。






 助けようとしている一般人は、何かに拒まれるようにして先に進めていない。



 恐らくは結界であろうそれを、壊す術を騎士は知っている。






「イズヤ!!!」

「わかってる……わかってるんだぜ!!!」

「くそっ、くそっ……!!!」






 冷静な彼が大いに取り乱している所に、アルベルトとアーサーが遅れて到着する。






「ウェンディさん、レベッカさん……!!」

「……酷い有様だ。何と戦ったら、こんな風に……」




 言いながらアルベルトはシャツを脱ぎ、力のままに引き裂く。


 細長い布切れと化したそれを、傷口に巻いて血を止めていった。




「取り敢えずの止血だ。凝固作用が効いている、レベッカの回復魔法……いや、皮膚にも付着しているから領域系か……」

「……先輩」

「レベッカは限界まで魔力消費したか……こういう時は、呼吸を安定させて……」

「先輩……」


「……カイル?」

「魔法が、効きません」

「……は?」

「回復魔法……傷を埋めようとしても、繋がらなくて……」




 青褪めるカイルの隣で、アルベルトも無詠唱で回復魔法を行使するが、




「っ……何だこの感覚……!?」

「……傷口を通じて、妨害……色々、入れられて……」

「ロイ、チェスカ、なあ、二人共、いるんだろ……? せめて、お前達だけでも、応えて……何か言ってくれよ……!!!」






      悲痛に歪むカイルの手を、



      アーサーはぐっと握り締めた。






「……魔法で妨害されているなら、より強い魔力を送ればこじ開けられるのでは?」

「……アーサー殿?」

「オレも一緒に魔法を使います。医術師を呼んでも間に合うとは限らない。もしかしたらキャメロットの連中が封鎖しているかもしれない……だったら、今はそれに懸けるしか……!」

「……」






 そうだ、そうだったじゃないか。



 彼はそれができる。



 ナイトメア――魔力生命体たる彼は、膨大な魔力を有しているじゃないか。






「……」




「……時間がありません。ここは二人同時に回復魔法を行使します。その分貴方も集中してください。いいですね?」

「はい!」


「イズヤ、お前も頼むぞ。領域を構築しろ」

「全身全霊を懸けてイズヤは二人を助けることを誓うぜ!!!」

「んじゃあ俺も力添え――その前にだな!」




 道を阻むことはできても、声を阻むことはできまい。




「そこの連中!!! 誰でもいい!!! 医術師の奴を呼んでくるんだ!!! 人が死にかけているんだ――一般人の頼みなら、連中だって動かざるを得ないだろうさ!!!」











 こうして地上階の騒乱は収まりつつあった。



 しかし騒乱の舞台が、



 地上から地下に移っただけとも言える――











「何処? ねえいずこ? わたくしの愛しいあの子は何処に行ったの!!!!!」




 ヴィーナは空を飛んでいた。




「あの子は片割れ。あの人に必要な道具。あの人に相応しい供物。ねえ、どこに行ったの!!!!」




 見下ろした建物が悉く崩れているが、どうでもいい。




「出てきなさい!!! 貴女はあの人に捧げるの!!! あの人の笑顔を導くの!!! さあ!!! わたくしに従って!!!」




 そうだ、彼女にとってはこちらが最重要課題だ。




「――!!!!!」






 第三階層に続く階段――




 そこに、雑魚二人とあの子が――






「ああああああああああああああああああ!!! 待ちなさい待ちなさい待ちなさいいいいいいいいいいいいいい!!!」











「ぐっ……!!!」




 背後で嵐かと思える程の風が走った。


 それを背に、三人は第三階層の入り口から、全体を見回す。




「はぁ、はぁっ……!!」

「う、うう……ど、どうするの、ロザリン……」

「……正直ここで逃げ回りたくはない。アルブリアの食糧事情が危うくなる……」




 今ここで働いている人は、上層の騒乱なんて知る由もない。


 突然それが破壊されたらどうなるというんだ?






「……下に行くぞ。第二階層なら私も知れて――」




 きゃははははははははははははは!!!




「……っ!!!」








「ふ……ふふふふふふふふふふふふ……」






 人々の暮らしなんて彼女にとっては知ったことではないのだ。






「逃げ回っても無駄よ……逃げるならわたくしは地の果てまで追い詰める……」






 理不尽と呼ばれようとも関係ないのだ。






「あの人に!!! 貴女を捧げるの!!!!! あの人の理想の礎になってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」








 金切り声で叫んだ瞬間、




 エリスの周囲の空間が、




 切り取られたような感覚に陥る。








「……!!!」




 幾多の棘で射抜かれて、ローザは壁に叩き付けられた。受け止めた壁すらも彼女と共に崩れ落ちている。




「いや……!!!」




 幾多の青痣をつけられた後、ソラは地面に叩き付けられた。抉られた地面すらも彼女の姿に悲鳴を上げている。








「ふふふ」


「もう、誰もいないわね」


「あの方が仰っていた--貴女は、出来損ない、欠陥品の、」




女王陛下ああああああああああああああ!!!!!!!!!








「ああああああああああああ」






「ああああああああああああああ……!!!!!」











 ヴィーナが突進し、エリスを拘束しようとした瞬間、




 背後からの無色透明の鎖が、彼女を雁字搦めにして拘束した。








「よ、よかったっ……間に合ってっ……!!!」

「ローザ!!!」

「ソラ!!!」


「おや、先にそちらの心配ですかな?」






 慌てて駆け寄ってきたのは、トレック、ルドミリア、アドルフの三人。



 そして、有り得ない程、常識の範疇ならば疑ってしまう程に、



 悠然と歩いてくるのはヘンリー八世。








「……チび」

「喋るな!!! 今止血を行う!!!」


「……ま……ぼう……傷……ふさが……」 

「僕を誰だと思っている!!! アールイン家領主トレックだぞ!!! 妨害魔法の一つや二つなんだ、絶対にお前を治す――!!!」

「ご主人、落ち着いて!!! 冷静さを欠いていたら手順間違えます!!!」

「あっ、ああ……」


「……く、れーべっ」

「あっしも手伝いしますんで、確実にやってきましょう。さあ――」

「……む、か、つく……」






「ソラ、ソラ、ああ……」

「せんせ……」

「くそっ、くそっ!!! あの女、ソラにここまでのっ……!!!」


「……領域展開完了。主君、これで滞りなく治療が行えます」

「キャメロン……お前は……」

「御託は後程聞きます。医術師が来るまでの間、ソラ殿の治療を行ってください」

「そ、そうだ、な……」


「……せんせえ」

「何だ……頼むから、喋るのは止めてくれ……」

「また……ぎゅぅ、して……」

「……してやるさ。昔試験で満点取った時のようにな……」






「……エリス」

「……学園長、先生……」ああああああああああ!!!




「……彼女は問題ない。我々が構築した拘束魔法で、魔力を弱めているからな。しかしそれを構築するのに時間がかかってしまった……」

「……」離せえええええええええ!!!




「……とにかく今日は休め。休んでくれ。あの離れが不安なら保健室でも構わない」

「……わたし、わたしは……」

「状況を整理するのは明日になってからだ。今は心を落ち着けること。不安なら誰かにぶつけたっていい。お前が望む物は何だって用意しよう――」

「……ううっ、ああああっ……」行くな、連れていくなあああああああ!!!!











 怪我人、崩れた街、奔走する人間、




 ――そして、自分達も狙っている女王。






 それらを乾いた目で見つめるヘンリー八世。




 背後から聞こえてくる足音は、自分の部下の物だ。








「猊下」

「ああ、わかってるよリチャード。君の言いたいことはね」


「……随分と強行に出ましたね?」

「強行というよりは、彼女が一人で暴走したと見るのが適切だろう」

「彼女もまた、キャメロットのグレイスウィル支部の支部長も兼任すると、そういう話でしたね」

「まあ数日足らずにこのザマだ。即座にあの孤島に送り返されるだろうよ」

「キャメロットはこの事件以降どうなるか。グレイスウィルでの立場が危うくなって、出ていってもらえるのが理想ですが」

「そうすれば我々が女王を楽に狙えるからな。最も、連中はあらゆる魔術を用いても、ここに居座り続けるだろうがな……」






「……ところで」

「何だ」

「何故彼らの協力を飲んだのです」

「困っているようだったからに決まっている」

「猊下お一人でもあの女を止められたでしょう?」

「まあ、やれないことはないが――貸しを作っておきたかったっていうのもある」

「貸しですか」


「今回力を貸す条件として、魔法学園に我々が出入りすることを要求したんだ。これで女王の動向を探れるというもの。ついでに一般人でも許可が降りれば自由に参観できるようにしてもらったよ」

「流石です猊下。一体誰が得するのかわからないことを、ごり押すのには定評があられる」

「何か言ったかね?」

「いいえ」

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