第7話 唐突なる一軒家

「……おっ! 来たよブランカ!」

「モーゥ!」




 白いシャツと紺色のショートパンツ、そして腰のベルトにたくさんの道具を吊り下げた女性が言うと、白黒模様の牛がそれに応える。



 次の瞬間彼女の目の前に光に包まれて、数人の人間が現れた。




「どうも、ビアンカさん。お疲れ様です」

「お疲れ様です先生! それで、そっちの二人が?」

「そうですね――」




 彼女はハインリヒが説明をする前に、自分の方から即座に声をかけにいく。




「初めまして、私はビアンカ、こっちがナイトメアのブランカよ。アレックスの嫁で、夫婦二人で寮長をしているの。よろしくね」

「……」



 少年の方は話しかけられているのは理解しているようだが、どうやら返事をする必要性を感じていないらしい。



「……あの、彼がアーサー君でいいんですよね?」

「彼はどうもこんな調子なので、気にしないでください。それよりも彼女の方が」

「んー……おやおや」




 ビアンカはもう一人の新入生、エリスの方を見る。



 彼女が目をぱちぱちさせてせわしなく周囲を見回していたので、一声かけることにした。




「貴女がエリスちゃんね。私はビアンカ。ナイトメアはこの牛、ブランカよ。これから貴女達の生活、サポートさせてもらうからねっ」

「あ、え、あ、よ、よろしくお願いしますぅ……」


「あはは、転送魔法陣なんていきなり体験したらびっくりするわよねえ。大丈夫?」

「はひぃ……え、えっと、ビアンカさん……これ、魔法、なんですか?」

「そうよ、魔法陣を使った転送魔法。予め指定された魔法陣に瞬間移動するの。便利だけど色々条件付き。それが何なのかはこれから勉強していくからねっ」


「は、はい……あ、あと一つだけ……」

「ん?」

「風景がすごい……変わって……」




 今いる場所は小高くなっているらしく、エリスの眼下には街並みが広がっている。



 先程見た街並みよりも豪華で、多くの人々が行き交っている。そして最大の違いとして空が見えていた。



 居住区は岩の天井があって暗く、立っている横から光が入ってきていた。しかし今いる所は真上から太陽の光が降り注いでいる。




「あはは、こっちもびっくりするよね……って、ハインリヒ先生から何も聞いていなかったの?」

「驚いてほしかったので敢えて話さなかったんですよ」

「えーっ、先生も意地が悪いなあ。でも確かにそっちの方が感動しますよね、色々と」


「……グレイスウィル第五階層、地上階。この国で最も重要とされるものが住まうことが許される王国の顔。魔法学園もこの階層、空を見据えることができる所に建設されているんです」

「はへぇ……」




 頬をつねってから、改めて周囲を見回す。自分が育ってきたアヴァロン村と、もう想像が付かないぐらい凄い技術で縦に伸びているグレイスウィルは、同じ世界に存在しているという事実。断じてこれは夢ではない。




「さっ、挨拶はこれぐらいにして、二人が生活する場所に案内するわ。早くしないと入学式に遅れちゃう」

「……目の前にあるこれじゃないのか」



 突然割って入ったアーサーは、前方を指差す。そこには薔薇の花で装飾された大きい塔が立っており、今はこの塔の入り口部分に立って話をしていた。



「あーそうなんだけど……アレックスっ」

「えーとだな。原則というかこの世界の常識として、主君とナイトメアは片時も離れないことになっている。学園内では特にそうなんだが、生徒として扱う以上どうしても学生寮の問題が挙がってな……それで話し合った結果がこれだ」

「まあそういうことよ。ついてきてね!」



 一行はビアンカについていく。エリスもワンテンポ遅れたのに気付き、早足でついて行った。






「……一軒家?」


「そう、一軒家だ」


「ああ、そういうことですか……」




 薔薇の塔から離れた所に木々が連なり、その中に木造の一軒家が立っている。周囲は森で囲まれ、申し訳程度に開けて庭を為している。



 そこにエリス達は案内された。それを見てハインリヒは悲嘆の声を漏らす。




「ちょうど薔薇の塔と百合の塔――あ、さっきのが薔薇の塔だな。んで向こうにあるのが百合の塔。薔薇が男子寮で百合が女子寮だ。その互いが離れている距離のちょうど真ん中にあるのがここだ。お前達二人にはここで共同生活を送ってもらう」

「きょ、きょーどーせーかつぅ……?」



 今まで我慢していた分の変な声を、とうとう出してしまったエリス。



「もちろん何かあったら俺達がサポートする。あと塔にある施設は使っていいぞ。離れに住んでいるからといって遠慮はしなくていい。泊まりは許可しないが」

「……でも、寝る時は一緒?」

「まあ個別の部屋はある。どう使うかは話し合ってくれ」


「……私は何も聞いてないのですが」

「手紙をやる前に来ちゃいましたからね。仕方ないですよ、時間がなかったんです」

「まあ……さしずめバックス先生あたりが何か言ってきたんでしょう。彼ならあり得る」



 エリスはアーサーを見遣る。流石のアーサーもこれには口を僅かに開けてしまっていた。


 女子と生活する、というよりは想定外のことが起こった為、と見えたが――




 そんな風にエリスが現状を上手く飲み込めないでいると、鐘の音が耳に入ってくる。




「……午後一時の鐘ですね。そろそろ行かないと入学式が始まる」

「さっ、まずは荷物だけ置いていって頂戴。詳しい話は入学式が終わってから! 最初の行事、しっかりと臨んできてね!」

「は、はいっ!」

「……」

「ワン!」



 ビアンカに言われるがまま、エリスとアーサーは急いで家の中に入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る