第487話 課外活動日和・前編
学業に励んだら課外活動がしたくなる。新学期の始まりと共に課外活動も徐々に再開し出し、生徒達の生活に潤いを齎していた。
「先輩、こちらの糸使いますか?」
「うん使う。置いててね」
「はーい」
ここは裁縫室、拠点にして活動している手芸部。カタリナは今日も今日とて作品の製作に励んでいる。
「……」
着々と道具の準備をする彼女を、乾いた目で見つめる生徒が数人。
すっと手を伸ばして、
鋏入れの鍵を隠そうとするが――
「よっと」
「あっ……」
「これ借りるね? あたし使うから」
「え、あ、うん……」
ひらりと取っていき、がちゃがちゃやって鋏を取り出す。
それからルドベックとセシルが待ついつもの机に向かう。
「カタリナ先輩は何を作るんですか?」
「学園祭で販売予定のポシェット……と並行して、服作ろうかなって」
「服ですか?」
「うん? 先ずは簡単なシャツでも作ってみるつもり。服飾学取ってるし、為になるかなって」
「……将来はデザイナー希望なんですか?」
「まだわからないけど……興味があるの」
そうして布を裁断し、
ちくちく針を進めていく。
途中途中でセバスンが菓子を差し入れてきて、それをつまみながら。
「……セシル」
「何でしょうルドベック」
「カタリナ先輩……変わった気がするな」
「ぼくもそう思います。何だかすかっとした感じです」
「ああ。前よりも安定しているというか、意志が伝わってくるよな」
「……先の戦闘で何か体験したのでしょうね」
「ふーんっ……」
「……たあっ!!」
助走を加えて体操マットに飛び込む。
行うのは側転を二回だけだけ。勢いだけで言うなら、身体を温めるのには十二分だ。綺麗に着地も決まる。
「……よしっ!!」
「手応えありましたか?」
いつものように逆半円の目をしたミーナが話しかけてくる。しかしリーシャの視線は彼女の後ろに行った。
「シンシンとスノウが何かしてる……」
「ああ、何かスノウさんからちょっかいかけてきましてね。今日は仲がいいみたいですよ?」
「どういう風の吹き回し……」
<リーシャさああああああああん!!!
「リーシャさん!!! 差し入れの最新型魔力水を……」
「リーシャ。マジカルショートブレッドなるものを仕入れてきたぞ」
<うっああああああああん!!!
「何というブッキング」
「カル先輩! お疲れ様です!」
いつも通り表情を崩さないカルと項垂れるネヴィルから、それぞれ差し入れを受け取る。
「ミーナさぁぁぁぁぁん……」
「私を見られても困るのですが」
「よーし……やるか!」
「先輩もう休憩終わりですか?」
「半年近くやれてなかったからねー! 学園祭まであっという間なんだし、練習量増やしていかないと!」
ちらりと横目でカルを見遣る。
ちょっと表情が緩んだ間に、どこか憂いを感じさせるものがあった。
「どうしたんですか」
「……ん?」
「何か心配事でもあるんですか?」
「……いや」
「それはリーシャ先輩のことですか?」
「どうしてそこまで……」
「貴方が思い詰めていると、先輩の士気にも関わるんですよ」
倉庫からバトンを引っ張ってきたリーシャを見ながら、ミーナはカルに話す。
「私からは特に何も言いませんけどね。でも先輩は貴方のこと、かなり意識していると思いますよ」
「……」
ふとネヴィルの方を見遣ると、彼はまた令嬢連中を窘めに行っていた。
一月の戦闘でその影響力を弱め、或いは転入や退学で直接数を減らしてはいたが、まだこうして残っているのは残っている。
「ああ~……またカトリーヌ一派ですね。ちょっと私手助けに入ってきますよ」
「……気を病まない程度にな」
「その加減は理解していますよ」
更衣室の方に向かうミーナを見る。
ついでに一年生が野次を飛ばされているのも目に入って、回想に結び付く。
「……君もそうだった。入部したての頃は、君も……」
「……ヴェローナ」
(……へ?)
最後の名前は、奇しくもスノウの耳に入っていた。
最も彼女には、その名前が意味する所は理解できないが。
曲芸体操部が練習をする前で、同じく練習に奮闘する演劇部。
エリスはギネヴィアを伴い顔を出しに来ていたのだった。
「お邪魔しまー……」
「よく来たな!」
「ぎゃあっ!?」
驚いてだみ声を上げるギネヴィア。出迎えたのはダレンだったのだが、
服装が目を引く。それこそ今曲芸体操部でごねている令嬢共が、普段着こなしているような装飾の激しいドレスだった。
「ちょっとギネヴィア! 先輩に失礼でしょ!」
「いやいや、まあ驚くのも無理ないか! 俺もようやく恥ずかしさがなくなってきた所だし!」
「ダレンー、何事ですのー?」
「エリスともう一人が来たぞー!」
「まあ!! エリスちゃんともう一人ちゃん!!」
舞台袖からやってきたアザーリアは、脚がすっぽり覆われるメイド服を着用し、団子にした髪をヘッドドレスで纏めていた。
「もう一人! 名前何だっけ!? 四年に転入生が来たって話は聞いてるんだけどな!?」
「え!? えっと、ギネヴィアです!? よろしくお願いします!?」
「気が動転しすぎだよ!」
今度は背後の扉がぎぎーと開く。天然パーマが激しいマイケルと銀のショートヘアが眩しいアサイアが入ってきた。
「……はえ? え?」
「あー、エリス先輩こんにちは。えっとですね……演劇部の皆には、何かバレちゃってたみたいで、隠す必要もないかなと……」
「そうだったの……」
「アーサー君! じゃないアサイアちゃん!! わたしギネヴィアだよ!!!」
「ギネヴィア先輩、話は聞いていますよ。ファルネアが素敵な先輩だって言っていました」
「す、すすすっす、素敵ぃ~~~~!?!?」
「卒倒しないで! 気を強く持って!」
「ふー……どっこいしょ。アサイアも早くそれこっちに置いて」
「すみませーん」
「何の道具ですか?」
「手芸部から借りてきた裁縫キット……ダレンは激しく動くもんだから、破けやすくてさあ」
「何か悪いな!!!」
「いや全然!!! そういう役柄だしな!!!」
「そうですそうです。何でダレン先輩がドレス着てるんですか。正直わたしもびっくりしちゃいましたよ」
「よーしエリス、この台本を読んでみろ!」
マイケルが渡してきた台本を受け取り、そのまま目を通す。
「『インペリアル・レディ』……」
「帝国時代中期を舞台にした勧善懲悪の冒険活劇ですわー!」
「ログレス平原は北東、レヴァーヌ地方に領地を構える貴族の青年ヴェアーネス。普段城に住んでいる彼は、町や周辺の視察にこっそりと赴き、そこで悪人や魔物を懲らしめる。正義の女騎士ベアトリスとしてな!」
「なるほど、女装もの! だったらアサイアちゃんが適任では?」
「そこがミソだ! 原作となった小説においても、ヴェアーネスは身長二メートル弱、でもって体重百キロの超大柄な若者として描かれている! 普段の戦闘スタイルは重鎧を着こむ防御型! そんなザ・漢みたいな奴がコッテコテの女装をして、痛快に正義を成すっていうのがこの劇、そして原作小説の面白い所だ!」
「私だと細すぎるし小さすぎますからね。武術部で筋肉鍛えてるダレン先輩が適任ってことなんですよ」
「ここで活きてくる筋肉!」
「面白いなぁ……! 劇を演じるって、色んな趣味や経験がどこかで役に立つってことなんですね!」
「いいこと言いますわギネヴィアちゃんー!!!」
アザーリアに抱擁され、共にくるくる回るギネヴィア。
「むぎゃああああ……!!」
「その辺にしろアザーリア。あ、今ダレンはすっぴんだけど、これから化粧も仕上げていく予定。完成した暁には面白いことになるぞ~」
「これ学園祭でやるんですか?」
「そのつもりっ! 今回はガチで気合入れてるからね、まあ期待しててよ!」
「期待してます!」
演習場。課外活動でも使うだだっ広いだけの演習場では、今日も武術部が元気に活動中。
「せいっ!!」
「よっと!!」
「「おらおらおらおらーーーー!!!」」
激しい打ち合いをするのはアーサーとクラリアの二人。新たに使用許可が下りた鉄の武具で、鋭い金属音を響かせ合う。
「っ!!」
「しめた!!」
「があっ!!」
クラリアの斧が脇腹に入り、鉄鎧を砕く。肉体にも僅かに傷が入った。
「く、くそ……」
「へっへーん、一本取ったり!」
「……何が駄目だったかな」
「アーサー、踏み込みが足りなかったぜ。もっと力入れてばーって押し返さないと!」
「そうか……成程」
うんうんと頷く姿を、休憩中のルシュドがじっと見ている。
「えへへ……嬉しい、おれ」
「何だ?」
「アーサー、一緒、武術部。わくわく」
「そうだな……ふふっ」
本格的に打ち込みをしたいと思ったアーサーは、武術部に正式に入部希望を届け、晴れて一員となっていたのだ。
「んでもアーサーはアーサーだからめっちゃつえーと思ってたんだがなー。案外そうでもないのか?」
「……意外とな。物語の中で誇張されていただけで、実際はそうでもなかった」
あの時に受けた傷。
古の戦闘と最近の戦闘、二つを思い起こす。
「アーサー、成長、一緒、おれ達」
「そういうことだな」
「よーし。おれ、休憩、終わり!」
「オレとやるか?」
「やりたい!」
「じゃあアタシが休むとするぜー!」
と、クラリアがベンチに手を伸ばしかけた時。
「……ルシュドせんぱーい!」
「クラリアせんぱぁ~い♪」
「アーサー先輩っ♪♪♪ アデルですぅっ♪♪♪」
「キアラ! お疲れ!」
「メーチェもお疲れだぜー!」
「……」
<ぎゃああああああ!!! 何で蹴るのアーサー先輩ー!!!
挨拶から流れで後輩達が持ってきた差し入れに手をつけようとしたが、
来訪者がもう一人いるのに気付く。
「……ハンス?」
「あ……」
「何で後輩達に紛れてやり過ごそうとしているんだ」
「い、いや……」
「でもハンス先輩、ずっと演習場の入り口でうろうろしてたんです。ルシュド先輩に用があるならそんなことする必要はないと思うんですけど……」
「てめえ余計なことを!!」
それなら導き出される答えは一つ。
自分達以外に対して用事があるのだ。
「ハンス、入る、武術部?」
「え……」
「アタシ達以外に用があるってことは、そういうことだろ!」
「う……」
「別にオレも新規入部したし、一向に歓迎してくれるぞ?」
「……」
「……弓術……」
ぼそっと呟いた単語を、一切聞き逃さない。
「弓……?」
「メーチェと同じか!!」
「えっあっそうですね!?」
「弓なら向こうで訓練やっているぞ」
「一緒、行こう!」
「ついでに入部申請も終わらせちゃいましょーん!!」
「アデルの謎テンションは一体何なんだ……」
こんな友人と後輩に引っ張られて、ハンスは即座に連行されてしまう。
「あっ、ああっ……覚えてろよ!?」
「そのつもりで来たのになんだその口は! ははっ!」
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