第486話 交わる音色、交わる思い

「……人間及び異種族が他の動物と区別される理由。色々ありますがその中に、体毛を捨てて服を着るようになったというものがあります」


「知能が発達していく過程で恥じらいの感情を覚え、それを解消する為に衣を纏い、その影響で体毛が薄くなっていき、いつしか服無しでは生きていけなくなってしまったと言われています」


「また服は人に与える印象も操作します。権力者は豪華な服を着ることが許され、それは金と力を持っていることの証明でもありました」


「このように服飾と人間達は切っても切れない関係にあるんです。皆さんにはその歴史を学びながら、自分達も新たな歴史を紡げるような人になってほしいと先生は思います……」








 そんな担当教師の話をしっかりと聞き、ノートを取るカタリナ。



 現在は服飾学の授業。担当教師は元々仕立て屋だったらしく、第一回目だと言うのに現場の話も多少は出てきた。隣にはリーシャも座っている。






「ふわあ……」

「もう、何欠伸しているの」

「眠いんだもん……魔法学と魔物学で体力使い果たした」

「あはは……そうだったんだ」

「どっちも見知った先生だったから嬉しくてさ……ん」



 ふと窓の外を見遣ったリーシャは、ある人影を見つける。



「イザークだ……イザークだ?」

「どうしたの?」


「何か持ってる……黒い箱?」

「……」

「中庭からどっか行くみたいだけど……」



 いつの間にかリーシャと同じ方向を向いていたカタリナ。窓の外も当然見える。






「……ねえリーシャ」

「何ぃ」

「あたし、用事を思い出したんだけど

「先生に言ったら許してくれるんじゃない?」

「じゃあ言うね」

「はいよ。さーて、板書頑張りますかぁ……」
















 ……




 ……




 ……あー




「……何でこれ、持ってきちまったんだろうなあ……」






 背負った箱を見ながら、溜息をつくイザーク。






「やっぱり……無理なんだよ。所詮ここも昔に縛られているだけだ。理解、理解なんてして……」




              <イザーク!




「……ん」








 正門の近くで二人は合流する。




 追いかけてきたカタリナを、珍しそうに見つめるイザーク。






「……授業はどうしたん?」

「嘘ついて抜けてきた」

「はぁ?」

「初回だし、リーシャもいるから大丈夫だよ」

「そ、そっすか」

「ねえ……」




 カタリナは、イザークが背負った箱を、ぐるりと回って全体を見つめている。




「それ何? 随分と重そうな物だけど」

「……オマエそれ訊く為だけに抜けてきたんじゃないだろうな」

「えへへ、バレちゃった」


「はあ……まあいいけど。箱を開けてもいいけど、ここじゃあ駄目だな……二人きりで且つ静かな所」

「島に行く?」

「いや遠いだろ」

「魔法で急げばどうにかなるんじゃない?」


「……マジでオマエ何があったん?」

「何もないよ? さあさあ、早く島に行こう!」

「……まあ、別にいいけどな?」











 こうして第一階層まで降り、島に到着。



 二人以外は授業か、そうでなくとも課題に追われているらしく、誰もいなかった。






「ふう……今日もいい春空だなっと」

「この椅子座っていいの?」

「座る為に作ったんだしいいよ。ハンモックでもいいぜ」

「椅子で大丈夫」



 二人がやってきたのは小さな泉の畔。冬に作った椅子に座り、のんびりと自然を感じる。



「春だね……長かった」

「冬は色んなことがありすぎたからな」

「あたし達あの後……一ヶ月近く眠っていたんだっけ」


「……そうだな。気付いたら二月が終わって三月に、そしてあっという間に四月が来た」

「そうして五月も六月も過ぎ去っていく」

「あっという間だな、一年って」



 などと駄弁りながら、そよそよと風が吹く音を聞く。








「……って、そうだそうだ本題。箱の中身は?」

「ん、ああそうだった……」




 机に箱を置いて開ける。



 そこには長い金属製の物体に、五本の弦が張られた楽器が入っていた。




「……」

「カタリナも……見たことないか。まあ受動的に見ることは殆どないもんなあ」


「楽器……なの?」

「そうだぜ楽器。ギターだけど、木一辺倒で造られたアコースティックとは違う。魔力回路が通ったエレキギターだ」

「魔力回路が通ってるの?」

「だから痺れるような音色が出るんだぜ。ほら」




 立ち上がった後、手に持って適当に掻き鳴らす。



 心臓を脈打つ、肉体を振動させる、派手に震える音が響いた。




「……」

「驚いてるな?」

「えっと……前に一度だけ、こんな音を聞いたことがあるよ」

「マジか。いつどこでだ」

「対抗戦の時。リネスの街にいた時、ボナリスさんって人に……」

「ああ、何だ。その時か……了解了解」




「……」

「……」






 驚いたのも束の間で、それは興味深い目に変わっていく。






「……楽器ってことはさ。弾けるの」

「まあな」

「じゃあ……弾いてみてよ。あたし聴いてみたい」

「……」






「……なら、オマエには特別」




「作りかけの新曲を聞かせてやるよ」






 そのまま手を振り下ろす。



 掻き鳴らされる音は曲の開始を告げる。








『十年後二十年後三十年後

 僕らはどんな風になっているのかな?


 素敵な人に出会えているのかな?

 子供は何人生まれているのかな?』


『Heygays,too bad

 今日もまた退屈な時を過ごして


 Always,boring

 量産型のくだらない日々を』


『確かに誰かがそう言った

 杓子定規であればいい


 しかし心がこう言った

 人形なんかになりたくない』


『信じるべきはどちらだろう

 悩み迷って抱え込む


 けれでも答えは見えている

 決めて定めて吹っ切れる』






『狭い器に収まらない


 好きなようにやるからな!


 雄叫び上げれば無敵になれる


 自由はこの手に……Ah!』






『可能性なんてゼロじゃない

 僕らは何でもできるさ!


 くぐもったセカイにサヨナラ

 餞別に舌を出して』


『さあ両手を上げて踊ろうか

 彼奴等に見せつけるぞ


 羨んだってもう遅い

 加速していくぜ……Let's Go!』








 その後演奏が数秒続いた後、この曲は幕引きを迎える。











「……ふう。こんなもんかな……」



 感想を聞く前に、拍手が飛んでくる。何とか世界を割ろうとしていた。



「……どうも」

「素敵! 素敵だった! 先ず曲を作れるっていうのが凄いよ!」

「まあ……ね」


「演奏も上手だったし、歌も良かった! 歌詞が響いて、あたし、泣きそうだった……」

「ちょっ……そこまで言われるとちょっと恥ずいな……」

「もっと誇りに持っていいと思うな? それに今までどうして、ギターが弾けるってこと教えてくれなかったの?」

「それは……まあ」






 再び椅子に座り、カタリナの正面に入る。






「……魔法音楽。魔力回路を通した楽器を用いた音楽を、そう呼ぶんだけど。これ最近の流行りでさ、大人には理解してもらえてねえのよ」

「……」






「勿論わかってくれる人はいる。実際広めたの大人だし。でもそうでない大人が大多数なんだ」




「グレイスウィルでも第二階層にひっそりと店があるだけだし、ましてライブ……あ、魔法音楽における演奏会のことな。それが開かれたなんて話は聞いたことない。リネスだけの流行なんだ……」




「それでも、ボクは好きなんだけどさ。この音色が、旋律が。何物にも縛られないっていいよな……」






 嬉しそうな、しかし物寂しそうな顔をして、イザークは語る。




 暫くしてからカタリナは口を開いた。






「……イザークはさ。好きなんだよね、魔法音楽」

「ああ、大好きさ。世界で一番かもしれない」

「なら自分から動いて、魔法音楽を広めることもできるんじゃないかな?」




 目を丸くする。今日のカタリナは本当に積極的だった。




「だってお店があるってことはさ、少なくともグレイスウィルにはいるんじゃいかな? 魔法音楽好きな人。ただ機会がないからそれを言うことができないだけで。呼びかけたら仲間が集まらないかな?」

「……」


「それこそ、今の歌詞の通りだよ。答えは案外見えているのかもしれなくて、あとは吹っ切れることだけが必要。そうすれば自分の好きなようにやれる! 自由にやれるよ!」

「……」






「……あー」




 あまりにも想定外のことを言われたものだから、


 言葉に詰まってしまう。




「まあ……考えておくよ」






 曖昧に返事を返した後、彼女の瞳を見つめる。






「うん! あと他の皆にも、このこと伝えていい? イザークは歌は上手だって! 曲を作ってるんだって!」




 その瞳にこそ、真に吹っ切れた気持ちが宿っていたように思える。






「いや……それは勘弁してくれ。ボクとオマエの秘密ってことで」

「そう?」

「この曲さ、一番まで作って後は未完成なんだよ。もしも皆に披露することがあったら、ちゃんと完成したのにしたい」


「そっか……それも一理あるね。わかった、秘密にするよ」

「……サンキュー」








 雷のような旋律の残響が、春風に乗って空に泳ぐ。

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