第193話 今回はこれまで
「――そこまでだヨン」
突然デューイの声が、冷たい霧に反響して聞こえてくる。
その後指を鳴らす音がしたかと思えば、立ち込めていた霧は拡散し、元の騎士団宿舎の風景が戻ってきた。
「……は?」
「……え?」
アーサーとイザークは中途半端に構えたまま、周囲を見回す。何故か見知らぬ女性騎士が殺到していて、霧が晴れると同時に黄色い声を上げているが、そんなことはどうでもいい。
「最初に言ったロ、制限時間十分って。今丁度十分経ったんダ。ダカラ、今回はこれまで!」
「……マジかよ!?」
「そんなの……ありか!?」
「アリアリ大アリ。つーか最初にそれでいいって言ったのお前らジャン」
「「……」」
「あと向こうの方見てみ。あっちやばそうだったから、そろそろストップかけようかと思ってたんだよネー」
「「……?」」
デューイの指差す方向には、ダグラスに介抱されるルシュドとクラリアの姿が。
かなり疲弊しているようで、ジャバウォックとクラリスも立ち上がれていない。よろよろと支えられる形で、寮のある方向に向かっている。
「戦い方の違いっていうのもあるかもしんねえケドナ。あっちのお二人、早々にヤバくなっててサ」
「……そうだったのか」
「……あー!! でもやっぱ、スゲー悔しい!!」
「カッカッカ。いいぞォもっと悔しがれェ」
「そうですね。悔しさは成長のためのバネになりますから」
女性騎士達を見回していたカイルが、やっと二人に目線を戻して口を開く。
「イズヤは凄く楽しかったぜー! 魔法の霧に引っかかって、いい感じのリアクションをイズヤは見れたからだぜ!」
「リアクションって、そんな……」
「イズヤは反応を楽しむ性分なんだぜ! それとは別に言いたいことがあるけど、休憩しながら話したいとイズヤは考えているぜ!」
「その通りだな……気分が高揚して気付いていないかもしれませんが、貴方方も相当疲れている」
「え、そんなこと……」
言った側からイザークが膝から崩れ落ちる。サイリが素早く具現して、イザークの身体を支えに入った。
そんなことはないと思っていたアーサーも、カヴァスに小突かれ喉の渇きに気付いた。
「ほら。今すぐレベッカに治療をしてもらいましょう。あそこにいます」
「アイツは凄腕の衛生兵だからナ。回復魔法かけてもらえば一発ヨン。歩けるカイ?」
「……コイツに、支えてもらいますんで……」
「ああ、大丈夫です……」
「デューイさん、二人をお願いします。自分はこちらの対応に向かいます」
「全く。これは訓練であって見世物じゃないんだって、イズヤは憤慨しているぜ!」
そうしてカイルとイズヤは女性騎士達の方に向かって行った。足の向きを察した瞬間、彼女達は黄色い声を上げた。
「アーサー! お疲れ様!」
「イザークもお疲れ様。はいお水」
「……ありがとう」
「あざっすカタリナ~!」
寮の一階、渡り廊下の隅に座ってやっと一息つく。
「アーサー、すごかったね。わたし見てたよ。カイルさんと渡り合っていて、かっこよかった」
「……かっこよかった」
「うん。かっこよかった」
「……」
「エリスゥ~~~。ボクも何か褒めてくれよォォォ~~~。アーサーがスゲーのなんて分かり切ってるからさぁ~~~」
「ん、イザーク……イザークもかっこよったよ」
「……え?」
「霧の中で、見えないのにも関わらず果敢に立ち向かってて……諦めない姿がかっこよかったな」
「……」
露骨に照れるイザークと、露骨にむっとするアーサー。
「……そっ、そう!? ボクかっこよかった!? モテ期!? ボクにもモテ期来ちゃった感じ!?!?」
「カヴァス」
「いっでえーっ!!! オマッ、オマッ、怪我人に手加減しろよぉぉぉーーー!!」
イザークが悶絶している所に、チェスカが包帯と追加の水を持ってくる。
「……アルミラージ?」
「皆さんとお会いするのは初めてでございますなあ。ウチはチェスカ、あっちで衛生兵やっとるレベッカのナイトメアでありますの」
チェスカが振り向いた先では、レベッカが何やら道具を扱っている。
「まっ、雑な自己紹介はさておき。傷跡にはこの包帯を巻いておくれやす。すると治りが疾くなりますわ」
「……何かスースーするんだけど」
「五種類の薬草を練り込んだ特別な包帯どす。グレイスウィル騎士団医療班謹製、有難く薬効を味わってくださいどす」
「じゃああたしが巻きますね」
「カタリナさん? お手柔らかにしてよ? ボクまだ傷跡が疼いっでえええええ!!!!!」
エリスもチェスカから包帯を受け取り、アーサーに巻いていく。
「おおっとお嬢サン、もっときつく巻いてやって構わねえゼ」
「えっと……こうですか?」
「そうそう。でないと外れちまうからなア」
「……アーサー。悶絶してるけど大丈夫?」
「こ、このぐらい……」
一方の先に運ばれた二人、ルシュドとクラリアは。
「……よっと。ほい、追加の魔力飲用水だよ。塩分と魔力を加えているから、栄養分が行き渡る」
「寄越せ」
「ちょっ」
「ほらルシュド、水だ。飲めよ」
「……ありがとう……」
「飲めるか? コップ持てるか? 身体震えているけどさ? 大丈夫? 息はできるよな?」
「あ、ああ」
「ってくっせえ! 汗すげえ量吹き出してんじゃねえか! くそが! タオル持ってくるから、その間にどうにかしろ雑魚が!」
「――」
「ど、どうも……」
シルフィがハンスに命令されて、穏やかな涼風をルシュドに送る。その間にハンスがずんずんとレベッカに迫る。
「おらぁ!! タオル寄越せタオル!!」
「ええ、ええっとぉ……じゃあこれ……」
「さっさと出せよくそが!」
「え、えっと……」
「ルシュド!! てめえ何でこっち来やがった!!」
「えー、えーと……ハンス、その……」
「てめえは今一番楽にしなくちゃなんねえんだよ!! 座れ!! ぼくがタオルで顔拭いてやる!!」
その光景に唖然とするリーシャ。ウェンディからとんとんと肩を叩かれる。
「……ねえリーシャちゃん。エルフの彼もリーシャちゃんのお友達なの?」
「ま、まあ……一応。あの、誤解しないように言っときますけど、普段あんなに面倒見良くないです」
「え、本当? 口が悪い割には優しいよね?」
「
口を挟んできたのはサラ。彼女も彼女で、クラリアの側に付きっ切りで汗を拭いてあげている。
「ぷはー!! 生き返ったぜー!!」
「そう、それは何よりだわ。にしても奮闘したわよ、本当」
「行けると思ったけど、全然行けなかった!! 強かったぜ!!」
右腕で額の汗を拭うクラリア。耳と腕の毛が汗でぐっしょりと濡れているのが、激戦の証明だ。
そこに鎧を脱いで、爽やかなシャツに着替えたダグラスがやってくる。
「おおっ、灰色の狼だとは。お前はロズウェリに連なる血筋なのか?」
「クラリア・パルズ・ロズウェリ! それがアタシの本名だ!」
「えっ……? ロズウェリ家のご令嬢様……?」
「気にするな、彼女は身分とか気にしない性分だから」
「そーだそーだ! 寧ろダグラスさんはアタシよりも強かったんだし、敬意を払うのはアタシの方だぜー!」
「ははっ……そりゃあどうも。如何せんこの角と牙のせいで、つい気を使ってしまうんだ」
そう言ってダグラスは頭の角を叩く。そこにマベリが這い寄ってきて、ぐるりと巻き付く。
「猪……っ」
「どうしたクラリス?」
「いや、何でもない……」
「……ナイトメアのお嬢さん。一応言っておくが、俺はログレスのバンガム村って所の出身だ。ラズ家とは殆ど関係ないぜ?」
「そうか……気を使わせてしまってすまない」
「……??」
話に一切ついていけてないクラリア。脳に考えるエネルギーが回ってない以上、さも当然とも言える。
なので話題を切り替えようとした矢先――
「おーっすオマエら! さっきはお疲れ!」
「イザーク! アーサー! お前らも凄かったぞー!」
「口だけを走らせるな。自分のことで手一杯で、殆ど見ていなかっただろう」
「でも凄かったのは事実だろ!?」
「まあな……」
クラリアの隣に座るイザークとアーサー。そこにようやくカイルとイズヤも合流する。
「カイルさん、これお水です」
「ありがとうございます、エリス殿」
「「……!?」」
「ウェンディさん? レベッカさん? 二人共固まっちゃってどうしたんですか?」
「な、何でもないよっ!?」
「な、何でもないしっ!?」
「「わっかりやす~……」」
ロイとチェスカが溜息をついた辺りで、カイルもアーサーの隣に座り、話を切り出す。
「先ずは皆様より話を訊きましょうか。自分達と一戦交えてみてどうでしたか?」
「強かったー!! アタシもまだまだだー!!」
「……おれも、まだまだ」
「……ここまで熱くなるとは思ってもいませんでした」
「え~っと……何か見えたような気がします!」
「……成程」
カイルは汗を拭いて更に水を飲む。赤く火照った顔とは対照的に、表情は涼しげだ。
「イザーク殿、具体的には何が見えてきたのでしょう?」
「ぐ、具体的ぃ……? うーんと……」
「イズヤはわかっているけど、敢えて答えは出さないでおくぜ。因みにアーサーも同じものが見えてきたはずだとイズヤは勝手に思っているぜ」
「オレもだと?」
パチンと生きの良い、指を鳴らす音が響く。
「……思い出した! さっきボクはサイリに助けてもらってた! 内部強化、今まで授業でしかやったことなかったけど、気合いでやってみた!」
「そうするようにイズヤが仕向けたからな!」
「そうだったんですか!?」
「忘れていませんか、これは訓練ですよ。開始一分程度で貴方がたの様子を見て、弱点を突けるように展開していきました」
「戦いの中で見える物もあると思うとカイルとイズヤは考えているからなー!」
「とはいえ内部強化を仕向けるってのは、かなりマジだったんでねえかイ?」
「ふふ……少々、気が入りすぎてしまいまして」
はにかむカイルに飛び跳ねるイズヤ。それを見ていたウェンディがきゅうと言って倒れ込み、一番側にいたリーシャが介抱に入る。
「圧倒的な力と強さを求める姿勢……でしたっけ?」
「ええ。戦うことに対して真摯な人間は、自分の好みです」
「マジでイズヤの言ってることと同じですね」
「イズヤはずっとカイルのナイトメアをやっているから理解できるんだぜ!」
「……ともかく、貴方がたの課題はそこです。折角発現したナイトメアなのですから、一緒に戦った方がいいですよ。それが共闘でも支援でも、どのような形であってもね」
「その点で言えば、お前らは上手くナイトメアと戦えていたな」
ダグラスが割って入り、そこからルシュドとクラリアに話題の対象が向けられる。
「へっへっへー。これは兄貴から教わった戦い方なんだぜ。クラリスに魔法をかけてもらって、アタシはガンガン攻めていく!」
「おれ、ジャバウォック、一緒。いつもそう」
「つまりナイトメアとの戦い方は、こちら二人の方が先輩ってわけだな!」
ダグラスはルシュドの背中をバンと叩く。それに対して、一瞬ハンスの目がぎろりと剥いた。
「だったら教えてもらうのもありでしょうね。加えて日々の実践も必要です」
「それもありかー! ボク、なんてて言うかサイリと上手く合わせられなかった感じでさ……」
「確かに授業という形で段階を踏んで学んではいきますが。戦場で一線を張るのは、それを言い訳にしないで訓練していく者です。より強さを求めるのであれば無駄な時間を削っていくのが近道ですよ」
「訓練かー、うーん訓練……」
イザークがうんうん唸っている所に、エリス、カタリナ、レベッカの三人が袋を抱えてきてやってきた。
「あれ? エリスにカタリナ、いつの間にいなくなってたの?」
「えっへへ~。レベッカさんに頼まれて、取りに行ってた!」
「まっ、まああなた達も頑張っていたことだし。カイルにあげる分のこれ、食べていってちょうだいね?」
そう言って三人が広げたのは、キャンディの袋。淡い黄色の小さい円柱状で、中が透けて見える。
「おおおお!! ありがとうだぜー!!」
「もぐ……。ん。しょっぱい。すっぱい」
「塩レモンのキャンディよ。甘味を取って、疲労回復!」
「うめええええ! あざあああす! ほらサイリも食え!」
「……これはこれは。ほらカヴァスも」
「ワン!」
次々とキャンディの山に手を伸ばす生徒達。アーサー、イザーク、そしてエリス。
「あ! ねえエリスちゃん、今アーサー君とイザーク君に紛れてちゃっかりキャンディ取ったでしょ!」
「バレちゃったぁ。いいじゃないですか一個ぐらい~」
「そんなこと言ったってねえ! それは私のお給料をはたいて買ったお菓子で……!」
「ここまで来たのも何かの縁だ。レベッカ、彼女達にもくれてやれ」
「カイルが言うなら仕方ないわね!! カイルが言うなら!!」
「……」
リーシャは訝しそうな、推測するような視線をレベッカに向けていた。その隣でカイルとイズヤがキャンディを口にしている。ウェンディはまだ気を取り戻しそうにない。
「何よリーシャ! その目付きは何なのよー!」
「……いやあ? レベッカさん、そういう人なんだなあって。あ、私三個もらっていきますね。一個は起きたらウェンディさん、一個はスノウに」
「ありがとーなのでーす!」
「ワイもキャンディ貰っていくとするかね!」
「何五個も取っているんどす!!」
「うひょーーー!! こっち来んなーーー!!」
「……」
ロイとチェスカの追いかけっこを眺めるサラ。そんな彼女の方がどすどす叩かれる。
「……何よ」
「サラ! お前も食え!」
「ワタシはいいわ、そんなに疲れてないし。それはアナタが食べなさい」
「いいのか! いただきますだぜー!」
「ハンス、おまえも。はい」
「……どうも」
「――♪」
「うわっ!?!? 何だこのスライム!! あっち行けよ気持ち悪い!!」
ハンスの肩に纏わり付くマベリ。手ではたき落そうとするが、離れる気配は一切ない。
「はっはっは、マベリはお前のことが気に入ったらしい。こぉーんなにもべっとりくっついちゃって……」
「知るかよ!! てめえのことなんて知るか!! ぼくはてめえが嫌いなんだよくそが!!」
「こいつ弄るの面白いなあ!」
「……彼の実家に知られたらただじゃ済まなさそうね」
「え? 何か言ったかサラ?」
「いいえ、なぁんでも」
「くそがあああああ!!」
この後追加の反省や軽めの素振りなどを終えた頃には、すっかり日は沈もうとしている所だった。
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