第194話 兄と妹と傍観者

「サラせんぱぁ~い! またしてもクラリア先輩と合い挽き肉デートですかぁ~!?」



 突拍子もないサネットの言葉に、サラは風の刃を飛ばす。



「うぼあ!!!! いだい!!!」

「……誰が言ってんのよそんなこと」

「私が言って私の中で話題にしてます!!」

「そう。ならその言葉は丁重に否定させてもらうわ」



 サラは作業服から学生服に着替え終え、鞄を担いだ所だった。



「でも今から武術部に向かうのは事実でしょう!?」

「その口どうやって黙らせようかしら……」



 彼女の方に振り返った瞬間、鞄の中身が見えてしまう。本の表紙を見て眉間に皺が寄る。



「『騎士王総受け円卓カプ大全第五版』」

「ぎゃアーッ!!!!! 何で読み上げるんですカアーッ!!!!!」




 絶叫したサネット、残像をも残す速度で鞄のチャックを閉める。




「見るつもりはなかったのよ?」

「見るつもりでしたよねえ今の目は!!!」

「何でそんなの学園に持ってきたんだが……」

「昨日買って鞄に入れっ放しだったの忘れてたんです!!!」



 焦るサネットとは対照的に、サラは考え込む。





「……こういうのは半分ネタにしてる感あるけど。でも本当にそういう性癖だったら、面白いわよね」


「実際に会えたら死ぬ程訊いてみたいわ。騎士王という人物の本性……」





「……サラせんぱーい?」

「失礼。じゃあ、ワタシもう行くわね」

「アッハイ息災で!!!」



 片手を挙げるのを挨拶代わりに、サラは温室を出て行く。






 午後四時台、まだまだ日の明るい道を、サラはのんびりと歩いていった。




「全く、あのサネットとかいう一年生……真面目な時はいいんだけど、不真面目な時はとことん扱いにくいわね」


「……でもいいわ。刺激を与えた時の反応は、強い方がいいから」



「――」

「そうそう。クラリアもワタシの魔法に合わせて、どんどん適応していって――ってサリア、何様なのアナタ」




 こっそりサラから出ていたサリアは、くるくると手に持っている花を回し、嬉しそうにその花弁を散らす。




「――」

「は? 最近ワタシが楽しそうですって?」

「――」

「……フン。確かに……否定、できないわね」




「――!」

「え、今度は何……」



 サリアが見つめている方向に、すっと振り向くサラ。



 そこにいたのは――






「……アーサー。ここ最近の演習場は、いつもこのような状態なのか?」

「……ああ。武術部でない生徒も沢山集まっている」

「そうか、そうか……」




 腕を組んで舐めるように演習場を眺めるのは、最近めっきり姿を見せなくなっていたヴィクトール。


 その隣にいたのはアーサーだった。




「……最近はどうしていたんだ?」

「他の生徒会連中が五月蠅くてな……やれここがわからないだの、ここはどうだの。俺に任せると言った割には余計な口を挟んできて、煩わしいことこの上なかったよ」

「……」


「安心しろ、連中には貴様のことは伝えていない。最初の取引通りな」

「……」





 間に入ろうとするサリアを抑えつつ、サラは目を見開いて聞き耳を立てる。





「……『騎士王』アーサーよ。俺は貴様に訊いてみたいことが山程ある」

「……例えば?」

「古い、古い、昔の話だ。貴様に眠る戦の記憶……そうだな、カムランの戦いとかはどうだ?」

「……覚えていない」

「ほう?」



「本当に記憶がないんだ。今のオレの中で一番古い記憶は……エリスの元に現れた時だ。歴史書に描かれているオレの姿を見ても、実感が沸かない」

「……」




 沈黙がしばしの間訪れた後、アーサーはその場を立ち去ろうとする。




「……予定が入っていたのを思い出した。ハインリヒ先生に会いに行く」



 ヴィクトールは顔を顰め、影に潜むシャドウに合図を送った。



「……イザークがさ。あいつナイトメアとの戦い方を学ぶんだって言ってさ。ナイトメアのことならハインリヒ先生に訊けばいいだろって……それで」



 それを受けてにんまりと微笑む。まるで安堵するように。



「……じゃあな。お前も元気でいろよ」




 そうしてアーサーはそそくさと去っていく。




 ヴィクトールも後にしようとした所に――




「……へえ。興味深い話をしてたじゃない」



 入れ替わる形で、サラが話しかけてくる。






「……貴様」

「いつからと訊かれたら、最近の様子を話してた辺りから」

「……そうか」

「……」




「ねえ、今話してたこと――」

「全部訊こうとするなら殺す」

「……は?」

夜想曲の幕を上げよ、カオティック・混沌たる闇の神よエクスバート――確か貴様は光属性だったよな?」




 ヴィクトールは淡々と闇の球体を生成し、隣ではシャドウが槍を持った兵士の姿で発現している。




「……じゃあ一つだけなら教えなさいよ。全部と言った手前、それならいいでしょ?」

「そうだな……貴様と俺の関係に免じてな。いいだろう、何が知りたい?」

「そうねえ……」




 ヴィクトールが言っていた計画の詳細、アーサーの正体。



 今この状況で訊くことは――






「……んでさ! アタシが斧をバーッてやったらそこにいなかったんだよ! 確かにそこにいたのにさ!」

「成程、幻惑系の魔法か」

「そうそうそれだよ! いやーアタシびっくりしちまった! あんな戦い方できるなんて!」

「お前も一応妨害系の魔法に適性はあるんだぞ? やろうと思えばできるはずだ」

「そうかぁ? そんなもんかぁ?」

「何なら実際にやってみるかい?」

「やってみたいぜー!」 




 日曜日に騎士達と訓練した興奮が、未だに冷めていない様子のクラリア。兄のクラヴィルは頷きながら話を聞いている。



 そこに涼しげな顔をして、サラがやってきた。




「おっす!! サラ!! 元気か!!」

「元気よ。アナタも元気そうでよかったわ」

「アタシはバリバリ元気だぜー! なんてったって今日は、ヴィル兄が稽古つけてくれるからな!」

「そうなの? じゃあワタシは余計だったかしら」


「だったらアタシの稽古見ていてくれ! アタシ頑張るからな!」

「……はぁ」

「ではそろそろ準備に入ろうか」




 クラリスとアネッサが出現し、倉庫に武器を取りに向かう。クラヴィルも立ち上がりそれに続く。


 サラはあくまでも涼しげな顔で、その流れを見守る。




「……ねえ」

「何だ?」


「……その、ねえ。もしもの話として聞いてほしいのだけど」

「もしもってどういうことだー?」

「仮にその状況になったらってことよ」

「じゃあ起こるかもしれないし、起こらないかもしれないってことだな! それで何だ!?」

「……はぁ」



 話しやすいんだがしにくいんだが。サラは両手を組んで上に伸ばす。



「アナタ、今していることが全て無駄になったらどう思う?」

「無駄?」

「例えばそうね……アナタよりももっと強いヤツが現れて、アナタの出る幕がなく戦いが終わったら、どう思う?」


「……んんー? それって次の対抗戦の話かー?」

「そう思ってくれて構わないわ」

「おいおい、対抗戦でそんな奴出るわけねえだろー!」

「だからもしもの話だって言ってるじゃない」

「そうだったぜ! うーん……」



 頭を唸り、首を回し、尻尾をばたばたさせて考える。奇妙な仮定だと自分でも思うが、それでも否定することなく真摯に向き合ってくれていた。



「……あ、一つ追加。その強いヤツについてよ」

「何だ?」

「強いと言っても、単に技法が上手ってことではないわ。どうしようもない差を持つ強者……学生の試合に、王国の騎士が混ざるようなものだと思って」



「アタシ達の試合に……ダグラスさんやカイルさんが……」

「ついでにもう一つ。その騎士はアナタ達が率いる指揮官が、必勝法として呼び寄せた者よ」

「……戦略ってことか?」

「そういうこと」




 ヴィクトールから聞き出した計画の内容。アーサーの力を用いて一瞬で試合を終わらせるという内容を、わかりやすいように噛み砕きながら。





「……」



 頭も尻尾も動かさない。腕を組んで、目を閉じて真剣に考える。



「……なあサラ。その指揮官は、どうして勝ちたいと思ったんだろうな?」



 ぽつりと言うクラリア。普段の彼女が出さないような、落ち着いて真面目なトーンだ。





「……どうして、ですって?」

「ああ。勝つという結果を残すだけなら簡単なんだ。魔物を投入したり奇襲をかけたりとかな。だからこそどうやって勝ったかが重要なんだ。ほら、卑怯者とかってよく言うだろ?」

「……」




「アタシはやれることを頑張って、本番でも死力を尽くして勝ちたい。でもその指揮官は……勝つという結果だけ求めているように感じる。それってそれなりの理由があるってことだろ?」




「……じゃあ、それを訊けたらどうするつもり?」

「……どうする。どうする? うーん……」



 また尻尾がばたばたと動く。



「悪い理由だったら……ぶん殴る! 良い理由だったら……うん、ぶん殴る! とにかくアタシはそう思わないことを伝えてやるぜ!」






「……そう。アナタらしいわね」

「まあな!」



 そこに武器を取ってきた二人と一匹が戻ってくる。



「お待たせクラリア。それじゃ稽古を始めようか」

「よろしくだぜヴィル兄ー!」

「やる気満々だねえ。これも騎士と一戦交えたおかげってもんかね!」

「今の彼女は気合に満ち溢れているぞ。まあいつものことだが」

「よっしゃー行くぞークラリスー!!」



 クラヴィルとクラリアの兄妹は、それぞれ剣と斧を手に取る。



 横にアネッサとクラリスが控えた所で、木と木がかち合う音が響く。




「くっ……クラリア、力が強くなったな!?」

「当然だ! 毎日腕立ては三百回してるからな!」

「ふふっ……こっちも負けていられないな! アネッサ、行くぞ!」

「了解っ!」


「クラリスー!! アタシ達もぶっ飛ばしていくぜー!!」

「任せておけ!」




 徐々に日が沈む空を後ろに、狼の兄妹は武器を交わせる。





 サラはそれを見ながら、一つ欠伸をした。何だか今日はよく出てくる。




(ぶん殴る、ねえ)


(……どのみちアイツ、対抗戦が終わったらタダでは済まないでしょうね)

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