第317話 ナイトメア=オリジン

<魔法学園対抗戦・魔術戦 十日目 午後一時>




 こちらはグレイスウィルの司令本部。今日も今日とて快声が飛ぶ。






「只今の戦況報告ですわー!!」

「パルズミール三十、ウィーエル三十三、こっち二十七ー! 劣勢ー!」

「んへえマジかよ! 残り一時間!!」


「こうなったら魔術戦の最終兵器を用いるしかございませんわ……!!」

「何その不穏な二つ名俺知らねーぞ!?」

「もしかして、リリアンさん……?」

「私今回はやんないよ!? 前回やったし!?」

「マチルダー!! マイケルー!! 聞こえましてー!?」






「……んあー!! お前の声はいつも透き通ってるからなー!! ばっちし聞こえるぞー!!」

「わかってらっしゃると思いますけどもう時間がありませんのー!! そろそろ本気をお出しになられてー!!」

「あいよー!! やっぱり劇はこうじゃなくっちゃ!! ギリギリまで引き付けて、ずばばっと形勢逆転!!」

「その通りでございますわマチルダ!! わたくしもそこに向かいますから、いい感じに時間を稼いでくださいませー!!」

「よぉーしわかった!! 今は劇じゃないんだけど敢えてそこはスルーだ!! ここから天才劇作家マイケル様の実力発揮だー!!」




「……ちょっと待って!!! 今お前も行くって言ったのかアザーリア!?」








<午後二時 中央広場>






「さあさあ残り一時間だ!!」

「これ本当に大丈夫なんですか先輩!?」

「演劇部と生徒会を信じろー!! あいつらなら何かしらしでかしてくれる!!」

「しでかしちゃ駄目だろうが」




 エリスをローザ達に預け、ダレンやラディウスと共に最前列で観戦するアーサー。手に汗握り、一滴も逃さない。


 そんなアーサーを乾いた目で見つめるイザーク。あとはダレンに誘われてやってきたアサイア、イザークに誘われたアデルも隣で熱狂している。




「……んへぁ」

「何だお前気の抜けた声を出して……」

「いやさ……オマエ、ダレン先輩といると人が変わるよなあって」

「はぁ?」

「はぁ? じゃないんだよ」


「うびょーーーイザーク先輩!! 今の魔法見ましたか!! 紫のオーラがばひゅーんって!! そしたら生徒達がめっちゃ元気に!!」

「闇属性の回復魔法だね。イメージ悪いから使ってる人あんまりいないけど、属性を一致させれば効果は大きいからね」

「はぁ~いつか私もあんな魔法を使えるように……」

「アーサー!?」

「ボ、ボクも訓練頑張んないとなあ!!!」




 そこでアサイアを引き寄せ、耳打ちをするアーサー。




「……そういえば、ファルネアの奴はどうしたんだ」

「ファルネアですか? あの子ならお爺様に呼ばれています」

「お爺……ああ、ファルネアの祖父って……」

「そうそう、ハインライン陛下。武術戦の時も一緒にいることが多かったんですよ」


「だとするとあまり顔を合わせる機会はないか……」

「立食会の時も一緒に歩き回る気満々でしたからねー。偶の機会なんだから友達と食べさせてもいいでしょうって、レオナ様が反対したらしくて」

「レオナ様が?」

「ファルネアによると、教育係らしくて――」




 そこでダレンに肩を掴まれ、前に振り向かせられる。




「どわっ!?」

「アーサー!! しでかしが来るぞ!! マチルダとマイケルだ!!」

「えっ!?」

「しでかす前提なんですね先輩!?」

「そりゃあねえ、あの二人の目と構えを見たらねえ」











<試合経過午後二時十分 残り五十分>




『何てことだ、主役も恋人も死んでしまった!』

『そうだ、これは奴の仕業に違いない! 千の顔持つ暗黒のカイザー!』


『何たる悲劇だ、戦争の果てに残る物は果て無き荒野だけ!』

『全ては奴が仕組んだこと、無貌の顔の黒きその人!』


『何という誤算だ! 悪逆極めし大魔王、結構しぶとく死に絶えない!』

『ならば奴に殺してもらおう、這い寄る混沌嘆きの恐怖!』




「一度奴が現れば、かかる問題一挙に解決!!」


「空想紡ぎし者共よ、その神を讃えるがいい!! 汝が持て余し虚構は、奴が無慈悲に飾ってくれる!! 例え惨めであろうとも、かの者出でれば清音幽韻!! さあ、その名を呼びたまえ――」


「ナイ・アーラト・テップ!! 万能の黒幕、作家の神よ!!」






 マイケルが詠唱を終え、手を地面につけると、



 彼の影からそれは這い寄る。






「ひっ、ひいいいいい!?」

「な、何だあれえええええ!?」




 人の形をしているが、頭はなく代わりに触手が生えている。しかも目が幾つもついている。


 それは手も同様だが、足は影の中なのでわからない。というより足もだったら精神が壊される。






「煮詰まった時は、こいつを出せば割といい感じになるってなぁ!! よーしいくぞー!!」




 マイケルが動き出したのに合わせて、それも行動を起こす。



 手当たり次第に動く者を触手で絡め取り、握り締め、叩き付ける。




 だが正直、勢いは大して強くない。






「がっ……ああっ!! ん!! それ程でもないな!!」

「んだよ!! 見た目だけかこれ!! ざっこ!!」

「そうだよこれめっちゃかっこいいけど魔力消費半端ないんだよ!!! でもな――」




「僕以外の奴と、手を組んだら――!?」




 劇のカットを決め込むか如く手を叩いたのを合図に、


 上空から彼女が現れる。






『何ということかしら! 主役も恋人も死んでしまったわ!』

『でしたらこれは如何でしょう! 二人の美しい愛を見て、感涙の雫が降り注いだ!』


『何という結末なの! 戦争が終わって残ったのは不毛の荒野だけ!』

『それならこう計りましょう! 気まぐれな神が緑豊かな平原に戻した!』


『何でもいい、助けてくれ! 悪逆極めし大魔王、裁いて地獄を見せてくれ!』

『そういうことならお任せを! 勧善懲悪、焼いて煮詰めて差し上げます!』






「一度奴が顕現すれば、物事全て元通り!!」


「空想彩る者共よ、その神を崇めるがいい!! 汝が苦悩し虚像は、奴が慈悲深く飾ってくれる!! 例え凡庸であろうとも、かの者出でれば石破天驚!! さあ、かの名を叫びたまえ――」


「デウス・エクス・マキナ!! 劇場の主神、演出家の王よ!!」






 歯車、木材、工具。様々な物体が、人の形を模すように重なっている。



 申し訳程度に兎耳が生えたそれを侍らせていたのは、



 マイケルの上を通って華麗に着地したマチルダ。






「煮詰まった時は、こいつを出せば割といい感じになるやつその二ー!!」

「つまり二倍どうにかなるってこった!!」




 マイケルとそれが相手の動きを封じているうちに、


 マチルダとそれが魔法で追撃を加える。




 相手は為す術なく撤退していくだけ、残るのは未制圧のフラッグライト。






「おっしゃらー!! このまま進軍うっ!!」

「何くらくらしてんのよマイケルー!! ほれ魔力水!! ちゃんとスタミナ管理はしてよー!?」











「……ナイトメア=オリジン。いつ見ても凄いよなあ、あの二人のは……」

「やっぱり話考えてる奴は違うな! 俺もあそこまでスマートにできたらなあ!」

「オリジン?」




 感心するダレンとラディウスに、アーサーが首を傾げて尋ねる。




「主君と騎士の心が完全に同調し、共鳴し合った時に起こる強化現象。その主君のイメージ通りにナイトメアが姿を変え、力を与えるんだ」

「マチルダの持ってる杖と、マイケルの持ってるメガホンあるだろ? あれが二人のナイトメア。それが今守護霊的なやつに姿を変えてるってわけさ」

「守護霊……かっこいいですね」


「だろぉー!? でも魔術師の方に言わせると、これはオリジンじゃないらしい。感情がヒートアップしてるだけで願いではないからね。定義されているオリジンになると、完全に名前も関係なくなって、本質的な願いを解き放つんだってさ。巡り合う運命の狭間にってやつだ」

「ユーサーの……それってもしかして、オリジンのことを指しているんですか?」

「そーんな学説もあったけど、よく考えりゃユーサーはナイトメアが登場する以前の人物。つまり偶々その通りになったってだけだ!」




「……とは言ってもなあ。一般的に今の守護霊的なやつがオリジンだと思われてることが多いんだよ。本物のオリジンについては資料が少なすぎる。魔術師でもない限り、聞いた話から推測するしかないからな」

「それってつまり、歴史の中でも共鳴するに至った人物は数少ないということですよね」

「察しがいいなあアーサー、その通りだ!」

「へへっ……」




 今褒められたのはアサイアの方である。そうでないアーサーはというと、別のことを考えていた。




「……ダレン先輩もできるんですか?」

「んあー、一応できるぞ? リグレイがムキムキになる」

「へぇ……気になります」

「余程じゃないと使わないんだよ。魔力の消費が激しくて……筋トレの十倍はきついぞ」

「先輩がそこまで言うってことは相当ですね……」


「何か魔術師達の間では、役者や劇作家、演出家はオリジンしやすいって言われてるみたいだよ。恐らく空想の物語を考えて、それに自分を投影してるからだと思う」

「役に入り込み過ぎちまって結果……って感じっすかね?」

「まっそういうことだ。僕も一応できるし彼女もたった今やらかしてる最中だ」

「えっ」











「おーっほっほっほー!!! わたくし、ここに参上ですわ!!!」




 金色の髪をクラウンヘアーに整え、素朴さと清楚さを兼ね備えたワンピース。肩紐のついた白をベースに、黄緑と緑のボーダーが入っている。




「わたくしが参ったからにはー、もう心配はいりませんのー!!」

「――」




 透き通る緑の肌を持つ、風が擬人化したような精霊。


 自在に風を吹かせ、主君と共に中を舞う。






「く、くそっ、グレイスウィル……!! 何で厄介なのがこんなにいるんだよ!!」

「だが落ち着いてほしい!!」

「どう落ち着けって言うんだ!?」

「頑張ればスカートの中が見えるかもしれない!!!」

「落ち着くべきはお前の方だー!!!」




 二つの学園の生徒が翻弄されている間にも、


 艶やかに叩き付ける風が、彼らの身体を痛め付けていく。




「うふふー、わたくしの華麗さにお見惚れになられてー?」

「わー、フラッグライトが取られたー!!」

「不味いぞ、パルズミール残り二十! フラッグライトも北に残ってるのしか……!!」


「「ほーう、それはいいことを聞いたぁ」」






 このタイミングでマイケルとマチルダが合流。



 マイケルが捉え、マチルダが翻弄し、



 アザーリアがそれら全てをひっくるめてとどめを刺す――








「で、三人集結してしまったわけだけど」

「わたくしはこの風を活かして北に向かいますわー!」

「そうか、空飛べば属性の影響受けないか。いやー気楽でいいなあ」


「そうですわ! 二人も風に吹かせれば良いのではなくって!?」

「えっ」

「マジ!? やってくれんの!?」

祝歌を共に、クェンダム・奔放たる風の神よエルフォード!! ですわー!!」





 上機嫌な彼女の声と共に、


 背後に浮かび上がっている存在ごと、二人は宙に舞う。





「にゅわああああああ!!」

「少しだけ魔力を放出してくださる? そうすれば安定いたしますわ!」

「あ、ああもう!! わーったよ!!」

「見てー!! ドローンこっち来てるー!!」

「本当ですの!?」




 複数のプロペラがついた物体が、三人に負けじと後を追いかける。球状の物体の奥には、大勢の観客が待っていることも当然知っている。




「うふふ~♪」

「えへへっ!」

「……」


「マイケルもやるんだよ!!」

「やるのですわー!!」

「くっそがよー!!」    




         ぱちぱち      ぱちり




「あー恥っず!!!」

「ねえアザーリア! あの子もこの試合観てるかな! ほら、この間お見舞いに行った――」

「まあ! そうですわね!」




 くるっと宙で一回転、




 それからウインクと投げキッス。






 現時点で残り時間四十分。三人の演劇部が、瞬く間に戦況を覆していく――











「ここの演劇部って化物しかいないのか?」

「僕らん時もそうだったよね~。やっぱり役者系統ってそんな人が多いんだろうね」

「まあ王立劇団もこんな感じだったか……」

「……」


「エリス? 顔赤いぞ?」

「……!」




 投影映像から離れた場所で、購買部の軽食をつまみながら観戦していたエリス達。






「……」


「……ぁ……」




「気になったんだけど、騎士とか宮廷魔術師ってどんなご飯食べてるの?」

「……す……」


「購買部と同じかそれ以上? だって専属の料理人来てるからね。陛下のご飯作るためにさ」

「……ご……」


「宮廷魔術師も似たようなもんかなあ……やべえ、一回来ないと記憶が消滅する」

「……い……」






 その時、四人と一匹が揃ってエリスを見つめる。




 一番驚いているのは、他でもないエリス自身だ。






「……エリス」

「……」


「……今、言ったよね? 凄いって言ったよね……!!」

「……!」


「これは改善の兆しだぞ……!」

「ワンワン、アオーン!」




 すると広場が騒がしくなる。




 三年生の生徒が戻ってきたのだ。




「!」

「おっと、ぼちぼちと……あの子かな? アザーリアちゃん!」


「~!」

「会いに行くかって訊く前に行っちゃうんだもんなあ!」











「いや~、今回も快勝! 果たしてマイケルはどれぐらいの被害を出したのか!」

「自分で薙ぎ倒した数より精神分析させた人数の方が気になるなあ!!」

「うーんこの外道」

「さーて、わたくしが凱旋し……!!」




 見知った顔を見つけて、アザーリアは頬を綻ばせる。




「エリスちゃーん!!」

「!」




 互いに駆け寄り、中央で抱き合う。






「~~~!!」

「うふふー、わたくしの一騎当千の活躍、観ててくださったことー!?」

「!!」


「お疲れー。えっと、三年のアザーリアだっけ」

「そうでございますわ!! 三年は演劇部及び生徒会が一員、アザーリア・フェリスでございますの!!」




 エリスから身体を離し優雅に一礼。




「おぅいアザーリア、お前誰と話してうがあああああ?」

「あんたはダレンとこ行ってなさい!!」

「ちょっと、いくら何でも雑過ぎない!?」

「事情があるのよ事情が!! さて……」




 マイケルを追い返した後、マチルダもやってきて、胸に手を当て瀟洒な一礼。






「今の試合観てたよね? 大丈夫? 発作起きなかった?」

「あの触手のことだろ? ばっちり目を背けていたぜ」

「あーよかった。無理な人は本当に無理だからねあれ……」

「……」




 アザーリアとマチルダを、申し訳なさげに交互に見遣るエリス。




「あら? どうされましたの?」

「……」


『差し入れないです ごめんなさい』


「まあ……そのようなこと……」

「いいよー!! 全然いいよー!! その気持ちだけで腹いっぺえだー!!」




 マチルダもここぞとばかりに抱き着く。それを見て我に返るアザーリア。




「あーっ!! わたくしもぎゅーぎゅーさせてくださいましー!!」

「~~!!」

「ふっふっふー、お前は可愛いなあエリスゥー!!」




「……愛されてるなあ」

「微笑ましいねっ♪」


「先輩からここまで好かれてるって相当だな」

「ロザリンだってアルシェス「黙れぇ黙れぇ!!!」

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