第533話 円卓の騎士

「やっぱり……こっち、だよね……」

「うん……」

「グリモワールさんも、魔法音楽に興味あんのかなー?」

「だったらわざわざ透明化の魔法なんて使わないでしょ」






 まだ壁の塗り替え途中の階段を進むエリス達。サラの言葉の通り、グリモワールが透明になってこの地下に向かっていくのを、エリスが目撃したからである。どういう理屈かはわからないがエリスには見えたらしい。




 降り切った所で、入り口で休憩中の宮廷魔術師達の中にブルーノとチャールズの姿を見つけて声をかける。






「んあー、お前達はエリスと愉快な仲間達」

「何ですかその括りは」

「名前呼ぶのが面倒臭かったの巻。で、何用だ?」

「えーと、こちらにグリモワールさんが来たと思うんですけど」


「グリモワール殿であるか? 彼女はアーサー殿達に話があるとのことだ」

「アーサー達に?」

「それで秘密の話ってことだから、大広間にいるぞ。別にエリスなら行ってもいいんじゃないかな」

「わかりました、ありがとうございまーす」











 そして通路をとことこ歩いて、大広間の入り口に到着。言伝通り周囲には誰もいない。



「まだ秘密の話してっかなー?」

「ノックしてみようよ」

「……」


「エリス?」

「……んっとね、ノックはいらない。入ろう」

「え、何でそんな?」

「聖杯としての、直感――」



 そうして扉を開けた先には、






「――え?」




 目を疑う光景が広がっていた。











「……」






 アーサーの前に、人が一人跪いている。



 その姿は白い鎧。外套も白く染められた高級な物で、芸術的に入った緑のラインが美しい。






「あー、そのー、何だ……顔、上げていいぞ……」






 アーサーの言葉に応え彼女は顔を上げる。



 ベージュ色の髪を後ろで一纏めにし、緑の布で包み上げている。これまた黄緑の瞳を輝かせじっと主の顔を見上げる。



 女子達の話題をかっさらう有名仕立て屋と同一人物であるということが、信じられない程の変貌である。








「……あ。エリス達だ」

「あー……ああー。固まってるな……」

「取り敢えずこっち来い。あ、もう立ち上がっていいぞ……ベディウェア」




「「「……ベディウェア!?!?!?」」」






 そう叫んだと同時に、彼女の姿を視界に入れる女子一同。



 その眼は確かに、先程まで服飾学を担当していたミセス・グリモワールの物であった。姿こそ違うが眼だけは変わらない。






「……そういうこと。ウィーエル出身の天才仕立て屋ミセス・グリモワール。その正体はなんと、円卓の騎士が一人ベディウェアでした……ってね」






 尚も一言も発さない女子達。サラは突然の暴露に唖然として、クラリアは何度も目を擦って、残り四人は思考すらも放棄していた。






「えー……じゃあその、確認するぞ。先ずお前は円卓の騎士と呼ばれる――ナイトメアだ」

「そうよ。昔々、マーリンに造られた戦略兵器。その一つが私」


「時代の流れと共に円卓の騎士も姿を消したと伝えられているが……完全に姿を消したわけではなく、長い間眠っていた」

「そうそう、魔力生命体だから死ねなかったのよね。で、帝国も滅んで新時代に突入したある日。ある仕立て屋に私は発掘されたのよ」

「そこで服飾を学んだということか……」

「そういうことね。私はあの人の夢を継いで、世界で一番素敵な仕立て屋になることにしたの」


「それが今日まで続いていて……記憶を思い出したのが一月の戦闘の最中」

「突然ビビッと来たのよね。恐らくアーサー様が本当の力を得た影響」

「急な様付けはドキッとするからよしてくれ……うん。確認してみたが本当に奇跡的なことだな……」






 服にさほどの興味を示さない男子達は、徐々に現実を飲み込めてきていた。






「今後ボクらはミセス・グリモワールとすれ違った時、どんな反応を示せばいいんだろう」

「普通でいいわよ。仕立て屋とお客様、たったそれだけの関係。でも鎧を纏ったらその時は、私は貴方にお仕えする身」

「というか一人称も変わってる……スゲえな、切り替えがはっきりしている」

「服が変われば気持ちも変わるもの。皆だってそうでしょ?」

「確かに学生服着てると学園に行く気持ちになるなあ」


「……気持ちは変わっても本質は変わらない、か」

「そうそう、わかってるじゃない眼鏡君」

「ヴィクトールです」

「ヴィクトール君。あ、様と敬語のセットがいいかしら? アーサー様のご友人だもの、敬意を払う道理はあるわ。どうかしら?」

「普通でお願いします」


「年齢的にはそっちの方が上なんだし……」

「……おれも。様、使われる。どきどき……」

「あ、ルシュド。やっと正気に戻ったか……で」






 女子達もようやく事態を飲み込めてきた。サラはうんうん唸りながら、クラリアははえーとかわーとか何か言いながらベディウェアを見つめる。




 エリスとカタリナとリーシャは、無垢な子供が示す憧景の眼差しを向け続ける。そして――






「ギネヴィア?」

「……」



 彼女だけは複雑そうな表情を浮かべて、目の前の騎士を見上げていた。






「……ごめん、なさい。わたしがまだ受け止め切れてないだけ。貴女は悪いことしてないのに……」

「ああ……そうか」

「何か訳ありのようね……」






 アーサーはいつかの回想を思い出す。



 初めて円卓の騎士と会った時の、否定するような表情を。



 こうして対面してみて、自分達以上に思う所はあるのだろう――






「ふー……どれどれ。皆落ち着け。正気に戻れ」

「ギネヴィア 何で 冷静なの」

「色々あったから……てかエリスちゃん、片言になってるよ」

「そうですね……アーサー様の主とあらば。貴女も仕えるべき御方です、エリス様」

「ぶしゅああああああああ」

「どわっ!?」




 断末魔を吹いて、隣にいたクラリアに倒れ込むエリス。




「いででー……無事か?」

「あああああごめん……よっとぉ」

「うっし! なあなあ、円卓の騎士ってことはつえーんだろ!? 今度アタシと打ち合いしようぜ!」

「あーあーアナタの普段通りな所、ほんっと羨ましい!!!」


「そういうサラちゃんは今どんな心境よ」

「正直万物を支配する存在が友人である以上、何が起こってもおかしくはないわ。それとは別に受け入れるには時間がかかるわ」

「ザットイズ真理」

「そもそもアーサー様がこの時代に蘇った時点で、引き合うことは女神の意志だったのかもね。そうでしょう、っと!」






 男子達の隣で唖然としていた、ストラムの急所であろう脛を、鋼の靴で思いっ切り蹴り上げるベディウェア。






「あでーっ!!!」

「バカみたいな悲鳴上げてないで。アナタもでしょうが」

「え? 何が?」

「……今までの会話を一から繰り返さないと理解できない?」

「……」




「……いや!!! そうだよ!!! そもそもの僕の目的それ!!!」








「は……」

「何か華麗に流されちゃったり僕も違う方に逸れちゃったりしてたけど、本来は忠誠を誓いに来たんだ――」








 また視界が光に覆われる。








「彗星の如き威光を湛えし、親愛なる我が主よ――」



 




 今度は冷たくも気高い、氷が肌に触れていく。








「円卓の騎士が一人トリスタン、久遠に包まれし凍土の地より、貴方にお仕えするべく馳せ参じました――」








 雪の結晶のような模様が特徴的な、銀色の鎧。



 水色の長髪は相変わらず。片目が隠れているのも相変わらず。



 されどその言葉は、氷のように冷たく透き通っている。








「……」






「はあああああああああああああああ」

「ぎゃあああああああああああ!!!」






 忠誠を誓った主君からは、言葉よりも先に頬をはたかれた。






「ちょっ!!! いだっ!!! どういうことなのっ!!!」

「お前ええええええええそれはないだろーーーーーーー!!!」

「ふぁーーーーーーーーー!!!!!」

「あ~~~~~!!!! だぁ~~~~~~~~~れがトリスタンだってぇぇぇぇぇ~~~~~~~!?!?!?」

「……」

「……流石の俺も思考を放棄したいのだが」

              (……トリスタン?)






 やっと落ち着いてきた女子達とは対照的に、今度は男子達がパニック状態。






「いやだから!!! 僕がトリスタン!!! 円卓の騎士!!!」

「それはわかってるんだよ!!!」

「あでーっ!!!」

「鎧着てもリアクション変わらないなオマエ!!!」

「そりゃあ僕は世界で一番美しいからな!!!」

             (……ナルシスト!?)


「あと服も変われば気持ちも変わるって「私の台詞パクるな!!!」ぎゃああああああああああ!!!」




 何ということだろう。かの伝説の円卓の騎士は、脛を蹴って蹴られて大騒ぎするような人物だったのだ。




「待て……状況を……整理してみよう……」

「どうぞどうぞしてみて☆」

「ああああああああああーーーーーーーっっっ!!!」

「ぬぎゃー!!! ちょっと!!! 僕の可愛いおほっぺが真っ赤に染まっちゃうでしょうが!!!」

        (……殴られまくってる!?!?)




「お前の言葉と顔を見る度衝動に襲われるんだよ!!! 駄目だ!!! オレはもう駄目だヴィクトール!!!」

「俺に投げるなクソ騎士王が!!!」

「ルシュド!!!」

「……!?」

「ルシュドに投げるなテメエ殺すぞ!!!」

「ならボクがキャッチするといたしましょうっ!!!」






 イザークはトリスタンの顔をじっと見つめる。



 つい先刻まで、自分がこれから作る課外活動の顧問を受け持つと言ってくれた男である。



 そんな男は自分に向けてキメ顔や決めポーズをこれでもかと連発してくる。鰻もドン引きの速度でウザさが急上昇。

         (……ウザすぎっ!?!?!?)






「やっぱ無理でしたーーーーー!!! 殴るーーーー!!!」

「ふんっ!!! 鎧着てるから鳩尾は平気さっ!!! 更に僕は円卓の騎士故魔力に関しても優秀!!! 魔法妨害フェンサー系のスペシャリストであるこの僕にかなひんぶきしっっっっっっ!!!」




 背中からギターで殴られ前のめりに倒れ込む。


 サイリを呼び出し、戦闘態勢に入って無理矢理ギターを召喚した模様。




「君さあ!!! 今後の顧問且つ円卓の騎士に対して背中からギターで殴るって!!! どうなのそれは!!!」

「殴られるような性格してるアナタが悪いでしょ」

「ベディウェアーーーー!!! 君もさあ!!! 同僚なんだからちょっとはフォローしてよ!!!」

「やだっ」

「酷い!!! あっ、この際だからついでに訊いちゃうけどこれから君の店に下宿してもいい? 手伝いとかするから☆」

                 (手伝い……)




「何でそうなるのよ」

「顧問やるにはアルブリアに住処持ってないといけなくてさ!! だから、ねっ☆」

 (人差し指を突き合わせておねだりのポーズ……)




「はぁ……それなら仕方ないわね。だけど、ちゃんと私の指示は聞いてよ。でないと迷惑掛かるから。場合によってはぶっ飛ばす」

「やったぁ~~~~!!! ベディウェア様だぁ~いちゅきっ♡」







     

  (だいちゅき……っっっっっ……!?!?!?)








その時、リーシャの中で辛うじて理性を保たせていた何かが、




爆発音と爆風を立てて崩壊する――!!!








「うきゃあああああああああーーーーーーーーーー!!!」

「ひよわあああああああーーーーーーーーー!?!?!?」




「えっ、あっ、ちょっ、リーシャぁぁぁぁぁーーー!?!?」






 腰に下げていた杖を持ち、そんじょそこらに氷弾を撒き散らす。勢い余って身体から飛び出たスノウが、どうにか抑えようとする。






「おおおおおおおお落ち着くのでーーーーーす!!!」

「これが落ち着いてっ、いられるかーーーーーー!!!」




 完全に白目を剥いて、半狂乱な笑い声を上げて大広間中を走り回る。


 氷が塗り替え途中の壁に付着する。まだ構築半ばの術式と反応して、変色したり煙吐いたりし出した。




 見兼ねた友人達が彼女を止めに入る――






「……ヤバいんじゃねえのこれ!?」

「リーシャちゃーん!! 何があったから知らないけど落ち着いてー!!」

「ここは私の魔法で……!」

「ベディウェア!! お前はここで待機だ!! 多分お前が行くと益々混乱する!!」

「御意!」

「でも僕ちゃんは援護に入るよ!!」

「待て!! お前が行くともっと不味い!!」






 彼は騎士王の言葉も待たず華麗に氷の雨を掻い潜るが、勿論その場にいる誰もが見ていない。

 





「お嬢さん!!! 君はどうやら氷属性のようだね!!! このトリスタンも氷属性に造詣が深い故君と波長が合うかもしれない!!!」

「殺す」

「え゛っ」


「お前は絶対に殺す」

「え゛っ」



「お前は死んでも許さない」

「え゛っ」




「あの世で私に詫び続けろクソ野郎ーーーーーーー!!!!」

「あっぴゃあああああーーーーー!?!?」






 トリスタンを追尾する氷弾、トリスタンを狙う氷柱、トリスタンを拘束しようとする床を這う氷。




 全然揃ってほしくない三拍子がそろったこのタイミングで、閉めていた扉が叩かれる。








「……おーい? 俺だ、ブルーノだー。お前ら大広間で何かやったか? 音は漏れてないが冷気が漏れてきてな……壁は魔術を用いて塗り替えてるんだが、それと変な反応起こしてないかー?」

「ちょっと手に負えないようだったらぁ、私達が見るから中入ってもいいっ?」








「……もう駄目だ!!! エリス!!!」

「え、えっとリーシャをどうにか落ち着かせるだけでいい!?」

「それだけでいい!! あとベディウェア、トリスタン!! 早急に鎧を脱いで元の姿に戻れ!!」

「御意!」

「え~でもまだトリスタンとしての僕様の魅力が「従いなさいこのバカ!!!」ぬひい!!!」

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