第534話 壮大な解釈違い

 そんな騒ぎがあった、その日の夜。






「リーシャちゃん……これ、たぴおかのオレンジソーダ……」

「そこに置いてて」

「ハイ……」

「あ、お父さんから苺が届いてるんだった……」

「エリスが許せる量を全部くれ」

「はい……」


「えーと……あたし、夜食のトースト作ろうかなって」

「私の分も焼いてカタリナ」

「うん……」

「ただいまだぜー! 購買部に行ったらおからドーナツの出張販売がやってたぜー! 六個入りセットを五個買ってきたぜー!」

「箱の状態で三つ寄越せクラリア」

「わかったぜー!」


「はいこれ青汁」

「ごくごくごくごく美味い」

「ブッフォ」




 むせたサラの背中をさするのはクラリア。






「サラちゃん今のは酷くない?」

「ちょっと、ちょっとだけ、揶揄ってやろうと思ったら……ゲホゲホッ、あ゛ー、やばい」

「もぐもぐもぐもぐ……」

「ていうかアナタ、こんなに食べたら太るの目に見えているでしょうが……」

「わかってんだよ!!! そんなことは!!!」






 リビングには机が出され、そこには片っ端から調達してきた菓子やら惣菜やら飲料やらが並べられ、リーシャに食べられるのを頑なに待ち続けている。






「しょうがないよ……これは俗に言うヤケ食いだもの」

「そんなに衝撃だった? グリモワールさんとストラムさんのこと」

「その名をーーーーーーー!!! 出すなーーーーーーー!!!」

「にゅわーーーーー!!!」



 菓子の空箱をギネヴィアに向かって投げる。



「うーむ。何でリーシャがこんなになっちまってるのか、アタシにはちょっとわからないぜ」

「スノウ!!! あれ持ってきて!!!」

「なのです!!!」



 ぴゅーっと足元を通り過ぎて、



 箪笥に走って一冊の本を持ってくるスノウ。



「何だこれ……『トリスタンとイソルデ』?」

「あー……やっぱりそれ関連か……」

「薄々予想はついていたけど……」

「どれどれ……」






 クラリアは本を捲る。固く抱き合う男女の挿絵が目に入った。






「なあなあ、トリスタンって放課後に会ったあの人と同じ名前だな。この本はどういう内容なんだ?」

「円卓の騎士トリスタンとウェンディゴ族の女性イソルデがキャッキャウフフでランデブーするラブロマンスの話よ」

「ラブ……エリスとアーサーみたいな感じか!」

「そういう解釈してるのねアナタ。で、この話の中のトリスタンは、一途で情熱的で危険を省みない、強く気高く愛を貫く理想の騎士として描かれているわ」

「んー……?」




 本の中では情熱的。しかし実際はあのザマ。


 この事実が何を示しているのか、狼少女の知識の中で、情報の一般化を試みる。








「……そうか! わかったぜ!」




「確かにアタシも……滅茶苦茶強いって思って挑んだ相手が、実は武器も持てない雑魚だったら、とってもがっかりするぜー!!!」






「そういうことよクラリアァァァァァーーーーー!!!」




「勇敢な悲恋の騎士に憧れていた――乙女のピュアッピュアッでキュアッキュアッな心を、よくも、よくもよくもよくもッ、いたぶりやがってぇぇぇぇぇーーーーー!!!」






 食料に伸ばされる手は、そして解釈違いに悶え苦しむリーシャの苦悩は、まだ収まりそうにない――
















「……」

「おい、随分と爆速で読んでいるが……内容は理解できたか」


「勿論。要は昔の人間が、この僕の三面六臂の活躍を受けてカップリングさせようとしたわけでしょ?」

「そういう所だぞ……」

「まあイケメンには美人の女性とのイチャコラが必要不可欠だからね☆」

「だからそういう所だぞ……!!!」




 夕食は薔薇の塔の食堂でご馳走になったストラム。それからアーサー達五人とロビーのベンチに座り、食後の雑談に興じている。


 現在ストラムは、帰りに図書室で借りてきた『トリスタンとイソルデ』の軽小説版を読み進めていた。




「むぅ……あの、質問」

「おおルシュド、質問できる程落ち着いたか。よかったよかった」

「その本……本当、こと?」

「へい?」


「お前は本当にイソルデを愛していたのかを訊いている」

「そんな昔のことなんて覚えてるわけないでしょ」

「それもそうか……」




 ストラムは本を閉じて、表紙を穴が空くように見つめる。




「僕こんな変な顔してないんだけどなあ」

「昔の人が描いた絵なんてそんなもんだろ」

「なら現代の人に描かせれば僕イケメンになるね☆」

「もう止めてくれ……ぼくは腹いっぱいだよ……」

「そんなんじゃあーこれから先の課外活動どうなるのさぁ! ハンスっち!」


「軽々しく変な風に呼ぶな……あとぼく魔法音楽部入ってねえし……」

「ありっそうなの? 一緒に来てたのに?」

「まあ課外活動は基本出入り自由だからな」




 ここで考え込んでいるヴィクトールに気付くアーサー。






「どうした? お前は今、一言もこいつと絡んでいないが」

「絡むとは何だ……考え着いたことがあってな。今日俺達はベディウェア殿とトリスタンに巡り会えた」

「さらっと僕を呼び捨てにするの止めない?」



「円卓の騎士八人のうち、二人は生きていた……ならば残り六人も、イングレンスの何処かで生きているのだろうと思ってな」

「確かに……生命としての構成は、八人一緒だもんな」

「あ、六人のうち五人は場所知ってるよ」

「はぁ!?」

「でも言わないよ。だって疲れてるだろう?」

「察してくれて助かる」

「はっはっはもっと褒め給え。でもまあ――」




 ベンチの背に寄りかかるストラム。




「ベディウェアが言っていたこと覚えてるよね? 記憶を思い出したのは一月だって。僕も大体そのぐらい。すると他の六人も、その時に思い出した可能性が極めて高い」

「そうだな。真面目に考察してるのがムカつくけどそうだな」

「敢えてスルーしよう。で、円卓の騎士にとって騎士王は絶対な存在であり、必ず優先しないといけない主君だ。円卓の騎士としての自分を思い出した以上、何があろうとも馳せ参じないといけない。でも実際はそうじゃないだろう?」

「わかる。それ正しい、なら。八人いる、今頃」



「その通り。つまり他の六人には、他に優先しないといけないことがあるってこと。ベディウェアが仕立て屋としての自分を優先していたようにね。僕だってイズエルトのあれこれを優先していたわけだし」

「オレも生徒としての生活を優先しているしな」

「そゆことそゆこと。だから何だ、気長に待つといいと思うよ。向こうには向こうのタイミングがある。僕とベディウェアはそれが今日だったってだけさ」

「ところでさり気なく主君に対してため口を使ったな」

「んん~~~~~四年間もなんやかんやで絡みあったのに今更それ言うかな~~~~~~~!?!?」

「冗談だ。まあ関わり方も、個人の好みってことだろう……」








 空気の入れ替えとして、開かれていた正面の大扉から――



 人込みの中でも目立つ、小柄どころか小さい身長の女性がやってくる。






「あのドレッドヘアーは」

「ボナリスさん!」




 イザークが立ち上がり、走って彼女を迎えに行く。






 そしてまた戻ってきた。




「なのだわー! 久しぶりなのだわー! ってあら! フライハルトもいるじゃない!!」

「えっ? フライハルト?」

「あのさあ、前対抗戦の時に会った時も僕のことそう呼んでたよね。一体何なの? 別人じゃない?」

「むぎー!! やっぱり思い出してないのだわー!!」

「あー……」




 納得していない様子のストラムと、納得した様子のイザーク。




「いや、ボクも断言しますよ。貴方はフライハルト、『トゥルー・リバティ・キング』のギター兼ボーカルです」

「……え?」

「やっぱり、どっかで会ったことがあった気がしてたんっすよね……」


「そうね、彼はいっつもスカしてばっかりで、口数が数える程しかなかったもの! 今はべらべら喋っているけど、私には後ろ姿だけでもわかってしまうのだわー!」

「……」




 腕を組んで益々考え込むストラム。




「……本当に記憶を失っているようだな」

「うーん、そうなんだよね。六年ぐらい前からの記憶がぽっかりと」

「海に落ちてしまったんですもの、記憶を失っていても無理ないのだわ! 命が失われていなかったことをマーシイ神に感謝しなければ!」

「全くその通りっす!」

「……」


「まだ信じられないか?」

「いや……」




 自分が座っていた隣に立て掛けていた、バイオリンを手に取る。




「真実味のある証拠がこれだけ出てきたなら、きっとその通りだと思う。それに、僕がどうして魔法音楽も行けるか説明ができるし」

「まあ! それはバイオリンね! 貴方が弾いてるの?」

「そうだよー! 因みにこれ、魔力を固めて生成してるからね!!」

「な、な、な、なのだわー!?!?」



 卒倒しかけたボナリスを、ルシュドが受け止める。



「よっと。大丈夫ですか」

「ふぅ! 助かったのだわ!」

「ていうかボナリスさん、学園なんかに来ちゃってアスクレピオスの仕事はいいんですか?」

「そうなのだわ! それで報告がてら挨拶と思ってきたのだわー!」

「お、何すか?」

「アスクレピオスは、この度グレイスウィルに支部を作ることになったのだわー!」




 わー、と彼女に合わせて言ってみる。




「もしかして支部務めに!」

「そう、そうなのだわー! これからはイザークのギター、たんまり聴くことができるのだわー!! 当然貴方の作る、魔法音楽部に顔を出せることもできるのだわー!!!」

「これは……激アツでは!?」

「トゥバキンメンバーの三人のうち二人が集結したものな……」



「折角だからヴァーパウスも呼びたいけど……今何処にいるかわからないのだわー!!」

「バンドの……一緒に演奏する仲間じゃねえのかよ」

「偶然リネスで出会ってバンド組んで、それから瞬間移動で集まっていたのだわ! 音楽で繋がれば素性なんて関係ないのだわー!!!」


「……何となく、何となくだけどさ。ヴァーパウスはひょっこりと顔出してきそうな気がするわ」

「フライハルト!?」

「いや、完全に思い出したわけじゃないんだけどね!? 何となーく、そんな気がして……!?」




「再会記念にセッションをするのだわー!!!」

「ぎゃああああああーーーー!!!」

「それじゃ、また今度ーーーー!!!」






 こうしてボナリスに連行されていくストラムなのであった。








「……俺は疲れた。もう寝たい」

「今日は情報盛り沢山だったな!!」

「明日への期待を胸に風呂に入ろう!!」

「そうしてから寝ような」

「ぐー」

「だからまだ寝ちゃ駄目だぞルシュド」

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