第535話 グリモワールの特別レッスン・前編

 円卓の騎士がまだ生きていたという時点でひっくり返るのに、そのうち二人が身近な所にいるというまさかの展開から数日。


 今日は土曜日。いよいよ七月に差しかかろうとしている夏の城下町を、カタリナは友人五人と共に行く。






「ふー、あっついね」

「見て、あそこでアイスクリーム売ってるよ」


「おっ、ソフトクリームじゃないんだ。でも冷たいのには変わりないから買おう~」

「ワタシも買おうかしらね」

「アタシもだぜー!」

「えっと……あたしも」

「わたしも買う……リーシャちゃん?」

「……」




 まるで嫉妬するかのように、アイスクリーム売りの屋台を見つめるリーシャ。




「……私は買わない……」

「そ、そうなの?」

「この間の曲芸体操の練習でさあ……」

「うん……」


「カル先輩に真顔でさあ……」

「何言われたの……?」


「体付きが丸くなって、顔がぎとついてるって……!!」

「ああ……そりゃあ女子としては致命的だ」

「いや言う方も言う方でしょ。レディに対する配慮がないんすかカル先輩」

「逆にカル先輩なら躊躇なく言いそうという信頼感がある」






 リーシャの話を聞きながら、買ってきたアイスクリームをぺろぺろする五人。






「やめろー!!! 私を見ながら食うんじゃねー!!!」

「ヘイユー買っちゃいなよぉ」

「美味いぜ!」

「美味しいわよ~ぺろぺろ」

「黙れ!!! 誘うな!!! くっそこうなったのも全部あいつのせいだーーー!!!」


「だから言ったでしょうが、太るって」

「その分運動すればいいんだぜ! つーわけでリーシャも訓練だー!!」

「よっしゃあああーーーー!!! その前に今日の予定を終わらせよう!!! カタリナ!!!」

「あ、ああ、うん!」











 こうしてやってきたのはグリモワールの店。正面には普段通り人が詰めかけている。






「さて、どうして入ろうか」

「正面からは入れないよね……」



 とあれこれ考えていると。


 裏路地の入り口の方から声がかかる。



「先輩方、こちらにどうぞ! 師匠より話は聞いています!」



 その方向にいたのはセシルであった。






「あ、セシル。こんにちは」

「手芸部の後輩だっけ。初めまして!」

「ふふ、よろしくお願いします。それで、師匠に用があるんですよね?」

「うん。裏口とかあるのかな?」

「それはスタッフ専用になっているので――」




 セシルは地面に魔法陣を設置する。


 そこから上に向かって風が吹き上げているのが、目視でも確認できた。




「これに乗って、真上のベランダまでぴゅーっと」

「す、すごい入り方……」

「おりゃー!」

「ああもうクラリア、こういうのに対して思い切りが早い」

「行けたぜー!」




 推測するに四階ぐらいの高さのバルコニーから、クラリアは手を振っている。




「そこ、一応仕事場なんだから、静かに待ってなさいねー」

「わかったぜぇー!」

「よ、よし。覚悟を決めてっと……」






         びゅー



     びゅー



              びゅー






「おわわっと!」

「ふう、全員無事に入れましたね」

「いらっしゃい! 来てくれてありがと!」




 バルコニーから続いていた部屋は、グリモワールの作業場。布が多数広げられた横から、彼女が近付いてくる。




「こ、こんにちは!」

「うふふ、こんにちはカタリナちゃん。お友達も連れて来たのね?」

「はい……皆興味があるみたいだったので」

「全然構わないわ! アタシの仕事を知ってもらえるなら何より!」




 そのままセシルに視線を向ける。




「アタシは暫くこの子達と話をするわ。だから外してもらってもいいかしら?」

「わかりました。では先輩方、ごゆっくりどうぞ」




 軽くお辞儀をして、セシルは本来入るべき扉から出ていく。











「……えっと」

「グリモワール、がいいかな。今はそうして振る舞ってる途中だし」

「じゃ、じゃあグリモワール……さん」

「呼び捨てでも構わないわよ?」

「で、でも年齢的には上ですし!」

「そうね、確かにそうだわ!」




 主君を含めた少女六人を手招きするグリモワール。



 その先には選り取り見取りの布が並べられている。




「「「わぁ~!」」」

「世界中から様々な色や模様の布を集めたの。触ってもいいわよ!」




「あっ、これっ、ふわふわ~!」

「こっちは手触り抜群だぜー!」

「こっちもさらさらしてていいなあ……」




 カタリナも同様に、手触りや柄を確認していく。






「……あの、訊いてもいいですか。あたしを呼んだ理由……」

「それは勿論。先日の授業の場でわかったことは二つあってね。それはエリス様がアーサー様の伴侶だということ、アナタが魔法防御ソーサラー系だということよ」

「あたしの系統を……」「待ってくださいさり気ない伴侶呼びについて一言ください」




「だってそういう関係なんでしょ? うっふっふ~♪」

「ふええ……わたし死にそう……」

「死ぬならさっさと死んで頂戴。話を逸らすな」

「サラ先生に叱咤叱咤された……生きる……」





 グリモワールはカタリナの両手を、自分の両手で包み込む。





「そういえば……ベディウェアは魔法防御ソーサラー系の始祖とされているわね」

「そうそう、アタシは魔法防御ソーサラー系。だからアナタの気持ちが手に取るようにわかって……あのデザインを見て思ったの。アナタもしかして、無理をしているんじゃないかって」

「っ……」


「図星ね。で、可愛い服を作りたいというのは願いとしてある。でも心の何処かで、自分は可愛くないって思ってるんじゃない?」

「それは……」

「きっとそれが無理の原因。アナタはまだ自分の気持ちに正直になれていない。だから……」






 後ろのカーテンを開く。そこには針や鋏、型紙やマネキンがずらりと。






「グリモワールの特別レッスン! 自分が正直になれるような、服を作っちゃいましょう!」

「服を着て気持ちを変えるってことだな!!」

「その通りよ狼ちゃん!」

「クラリアだぜー!! うおおおおお!! 興奮してきたぜー!!」

「ちょっと、興奮するのはいいけど物を散らかさないで頂戴ね。ここ一応有名店なんだから」

「ふおおおお!! アタシも手伝うぜー!!」



 早速道具を取りに向かおうとするクラリアだが――



「あ、待って待って!」

「ん!?」

「まだ実際には作らないわ。先ずはアイデアを出さなくっちゃ。カタリナちゃんが着たいと思う服――なりたいと思う姿。それを描き起こしてみましょう!」

「わかったぜ! 座るぜ!」


「わたし達もここにいていいんですか?」

「大歓迎よ! 人と話さないと気付けないこともあるしね!」






「となると……私は食べ物が欲しい。もぐもぐしながら話したい」

「買ってこさせましょうか。サリア、薄荷飴を」「!」


「クラリス! フライドポテトだ!」「了解!」


「ギネヴィアも行く?」

「行くー。果実水買ってくるよ」

「カロリー低めのサムシングを買ってきてちょうだいスノウちゃん……」

「なのです!」


「セバスンは……あたしの傍にいて。一緒に話そう」

「承知致しました」








 そうしてナイトメア達が食料調達に向かい――






 その間の十分程度で、紙には様々なイメージが連なっていた。








「ただいまー。ふいー」

「お帰りギネヴィアー。あ、これコップね。グリモワールさんが用意してくれたの」

「何から何まで頭が上がらない……!」


「うおおおお油物の香りーーーー!!!」

「リーシャも食べようぜー!」

「ぐっ……ぐぬぅ……!!」

「クラリスにサリアも、食料置くならこっちにしなさい。万が一油飛んだら大変だわ」

「了解した」

「♪」


「リーシャ、アナタはこっちにするかしら。薄荷飴」

「食べりゅ!!」






 果実水を注ぎながら、ギネヴィアはイメージ図を覗き込む。






「ロングドレスだね……」

「う、うん」

「魔女だぜ、魔女!」

「魔女?」


「そ、その……あたしと言えば、毒、みたいなとこあるから。毒が映えるデザインってどうなんだろう……って」

「そういえばこの間授業で描いたのも、黒いフリルだったよね。ほうほう……ドレスとかスカートとか、そういうのが好きなのね」

「だってカタリナはお嬢様だもん」




 さらっと言ったエリスの言葉に、口を両手で覆うカタリナ。




「え、あ、その……!」

「ほっほっほ……」

「それって、セバスンがいるから? タキシード着てて執事っぽいし」

「んっとねー、セバスンも影響されたの。カタリナはね、小さい頃おままごとでお嬢様役してたんだって」


「……」

「なぁーるほどぉ。憧れってやつですな!」

「……う、うん」




 肩を縮こませながら、また言葉が漏れ出す。




「……母さんが本を買ってきてくれたの。あたし達とは縁の遠い世界、絢爛な貴族の暮らしぶりの本。それが大好きで……せめて真似をしようって思って、姉さんと遊んでた」

「そうだったのね……」

「ドレス着れば誰だってお嬢様! だぜ!」

「と本物のお嬢様が申し上げていますが」

「あ、そうだった! クラリアちゃんはお嬢様だった!」

「アタシも忘れていたぜー! がっはっはー!」

「ロズウェリ家の未来や如何に……」






 そんな話を聞きながら、グリモワールは本棚を漁り出し――


 城の夜景が表紙になっている分厚い本を持ってきた。






「ロングドレスのデザイン集ならこの辺ね。ちょっと見てみて」

「もう表紙からしゅごい……」



 中を開くともっとしゅごいドレスが連なっている。スパンコールを張り巡らせた物から背中や胸元がばっくり開いた物まで。



「こういうの着れる人ってすごいよねえ……」

「露出って度胸いるよねー! 私も自分の身体に自信持ちたい!」

「アタシはスカート丈は短い方が好きだぜ!」

「あらそれはどうしてかしら」

「脚を動かしやすいからだぜー!!」

「うん知ってたわ」




「わたしも見せ……えー……」



 ちらちらと周囲を見回すギネヴィア。その視線に気付くグリモワール。



「買い出しにも行ってきたからね。トイレ行きたいんでしょ」

「はいっ、その通りです!」

「ならアタシがついていくわ。その間この本見て、気に入ったデザインをピックアップしてて頂戴!」


「はい!」

   「わかりましたぁー!」

        「お願いしまーす!」

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