第476話 三騎士鼎臨

「猊下……今回の出張、大変お疲れ様でした」

「本当にその通りだ。お陰で何度腰をやったか覚えていないよ」

「後で特注の塗り薬をご用意いたしましょう」

「頼むよ……」



 部下のリチャード、イズエルトから引き戻したジャスティンと共に廊下を進む。


 ヘンリー八世はその途中で、留守を任せていたメリアとばったり出くわした。



「猊下! お戻りになられていたのですね!」

「……どうした? 随分と慌てた様子だが」

「聖域からのお呼び出しです! 女王の様子は今如何程なのかと!」

「そうかそうか。何、私も今から聖域に向かおうとしていたのでな……都合がいい」











 四人は聖堂を昇る。



 昇るにつれて人が少なくなっていき、神秘と静謐が辺りを覆う。



 それが頂点に達するのは最上階――











「……失礼致します。ヘンリー八世、只今参上し……」



 言葉を遮ったのは、



 正面から飛んできた酒瓶だった。



「おやおや。大層ご機嫌な様子ですな?」

「米酒ですか。ははっ、一年前に徴収したあれがお気に召したようでなによりだ――」




「――我等が聖教会の、偉大なる大司教。エリザベス・ピュリア様」




















ゲハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!











「ヒックッ!!! ヒックゥ!!! おぉーいヘンリー、さっさとこっち来いやぁ!!! 話があんだよボケナスがよぉ!!!!!!」


「ええ、今まさに向かおうとしていた所ですよ」


「ウィーーーーーーーヒックゥ!!!」








 正面に鎮座していたのは、何処にでもあるような一人用のバスタブであった。



 そこに注がれた水は鮮血の如く赤く滴っており、臭いも鉄錆が酷い。



 入っているのは一人の女。金色の髪をだらりと伸ばし、青い瞳は酷く見開かれ、三白眼となっている。



 ヘンリーが来て挨拶をする前に、茶色い酒瓶を一気に飲み干し、彼女から見て右に投げた。割れる音が響く。



 そしてすぐ隣に侍ていた聖教会の司祭が、暇を与えぬ速さで次の酒瓶を手渡す。






 酒精と血の混じったおどろおどろしい臭い、女の奇妙な嗤い声。



 これだけの悪環境であるにも関わらず、



 関与している人間は皆真顔か、或いは笑顔を浮かべているか。








「まあメリアをパシりにさせたから、話は聞いてるよんぁ!?!?!? 女王は今どうなってるんだよ!?!?!」

「それがですね。我々も手に入れようと努力したのですが、何分下の教育不足が響いてしまいまして。魔法学園の支配に気を取られているうちに、カムランの者に奪われてしまいましたのです」

「カ!!!ム!!!!ラ!!!!ン!!!!だぁ~~~~~~~~~~!?!?!?!?!?!?ゲエッッッッッッッッップ!!!!」



 再び酒瓶を投げる。また渡される。



「あの鬼畜野郎遂に動き出したか!!! ウエップ!!!! そーかそかそかそかそかそかそかソーカソカ!!!ヒック!!!」

「恥ずかしながら今の我々では力不足だと実感いたしまして……貴女様のお力を借りられたら、と」

「んなら一個訊くがよぉ!!!!キャメロットは!?!?!?!あんのイン*バスが何もしないってことはないよなぁ!?!?!?!」

「恐らくはそうでしょう。カムランが憎いのは向こうも同じですから」

「ギャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」






 酒瓶を飲み干した後、エリザベスはバスタブから上がる。



 全裸になっているのを咎める人間はいない。






「うーいスイッチスイッチ~~~~~~~~オオ~~~~ン!?!?!?!?!」






 背後のカーテンを開くと、そこには巨大な魔術結晶が。






 血のように赤黒いそれに触れると、彼女の姿は変貌する。








「……ふぅ」



「思えば、これを作動させるのも千年ぶりね……」








 目鼻立ちの整った清楚な顔立ち。



 身体には線が走っており、胎動するようにそれが疼く。少しするとそれは薄れていき、完全に消え去った。








「ヘンリー、貴方はもう引きなさい。そして下層に行って手配をして。先ずは士気を高めなくっちゃ」

「仰せのままに」

「あとは……メリア、私の着替えの手伝いをしなさい。他はヘンリーの応援に」

「「「はっ!!!」」」




 きびきびと立ち去っていき、二人だけが残される。








「……エリザベス様」

「何かしら?」

「その……カムランは、モードレッドは、何を目的にしているのでしょうか? どうにも只者じゃない気がして……」


「あらぁ~ん……いいわ、教えてあげる。タンザナイア制圧戦は知っているわね?」

「王族が暴走したあの?」

「その暴走の原因、連中よ。連中が王族を唆して、ギリメカラの魂が封じられた魔石を手渡した」

「ギリメカラ……恐るべき八の巨人?」


「どうも連中は他にも巨人の情報を収集していてね。何かしらの形で巨人を甦らそうと模索しているのは間違いないわ。だから邪魔してやろうと思って、クリングソルを遣わせてるんだけどね……ただじゃ行かないわ」

「それは……世界に何か変革を齎そうと?」

「さあ? そこは知らない。でも鬼畜のことよ、どうせ禄でもないこと考えてるに決まってるわ」




「でもギリメカラに手を出したってんなら、残りの巨人にも必ず何かする筈……」




「だったらこちらに利はあるわ。既に二つは手の内にあるもの」






 そんな話が終わる頃には、着替えが完了して、聖教会の司祭に比べて一際豪華なローブを着用していた。






「……」

「気になるぅ? これねえ、少女の血を集めて魔力で溶かした物。これに浸かれば少女の活力が皮膚を通して流れてきて、永遠の時を生きられるって算段なのよ」

「血というと……ヴァンパイア?」

「まあそんな感じねえ。覚えとくといいわ、連中と聖教会は友好関係にあるって……ふふ」




「では行くわよ。それにしても……貴女は幸運ね。運命の針が動き出す瞬間に立ち会ってるのだから」

「は、はい……!」











 聖教会。創世の女神を讃える教えを第一とする団体。






「――親愛なる女王の臣下達よ、よくぞここに集った!」




 エリザベス・ピュリアが創設した、創世の女神を後ろ盾に、ひたすら金を稼ぐことを目的とした、恐らく世界で最も闇に染まっている商人の集合体。






「既に話を聞いている者も、そうでない者も、我が御言葉を心して聞け! 我が名はエリザベス・ピュリア、イングレンスの世界で一番初めに、偉大なる女王の託宣を受けし者!」




 女王の教えを仮面とし、裏で醜い笑顔を浮かべる。






「我等が奉じ、信ずる女王は、今この世に舞い降りなさった! 陛下は今もイングレンスの世界を彷徨い、庇護を必要としてなさる!」




 金になる者は何でも使う。高潔な女王であっても、穢れに塗れた排泄物であっても。






「それを行うのが我等聖教会の役目! 私は、聖教会の始祖たるエリザベス・ピュリアは、かの冥府の地より再び舞い戻った! 全ては女王を迎え入れ、理想たる世界に人々を導く為に!」




「汝等集え、汝等戦え、大いなる女王の為に――今こそ決起の時が来たれり、恐怖を勇気に変えて進む時なのだ――!!!」






\オオオオオオオオオーーーーーーー!!!!!/











(……ざっとこんなもんね。あーちょっろ、こんな言葉程度で乗せられるんだもの)


(女王は……あの小娘は今度こそ手に入れる。そしてダシにしまくってがっぽがっぽと金儲け……理想たる世界、但し私にとってね!)


(モードレッドにマーリン、カムランにキャメロット。つくづく足掻いてなさい。運命は我が身に収束する――最後に勝つのは、この私なのよ!)
















「……聞いたか? マルティスについて」

「何だよ」

「あいつキャメロット抜けてカムランに引き抜かれたらしいぜ」

「マジか……まあ、有り得たっちゃ有り得た。というかいなくなってせいせいしたよ、これで怒鳴りつけられることもそうなくなる」




「にしても……肩が凝ったよ」

「大丈夫か? お前数日前からそんなこと言ってないか?」

「もう何日研究室に引き籠ってると……正直こんな研究やりたくないよ。何が偉大なるマーリン様だよ……」






 そう呟いた直後に、



 背後から並々ならぬ気配を感じる。






「「ひっ……!!」」





 背後に立っていたのはヴィーナ、自分達の上司である。



 しかし彼女以上に神々しく、そして白い目をした男が、共に立っていた。





 

 銀髪の赤い瞳。まるで久々にそうしているとでも言うかのように、立ち姿がぎこちない。






「……誰が何だと?」

「い、いえ……!! 何でもございません!!」

「偉大なるマーリン様の理想たる世界を創るべく、我々はこの花園に身を投じた次第でございますっ……!!」

「……」




 それ以上は何も言わず、隣に突っ立っていたヴィーナに声をかけ、その場を後にした。






 名乗りはしなかったが本能が訴えてくる。



 彼こそが、そう彼こそが。
















「……これで全部か?」

「ええ……この間、聖教会やカムランと余計な戦闘をしてしまったせいで、少し減ってしまったけれど」

「了解した……」






 神秘塔の上階、大広間に消臭されたのは魔法人間ホムンクルス達。落ち着かない個体、空気を察して静かにしている個体、さながら人間のように様々な動きをする彼らを、男はじっと眺めている。




 モルゴース、エレーヌ、ゴルロイスも当然その中に混ざっていた。








「……あの御方が」

「そうよ、あの御方が……」




 自分達の上司、自分達の母にも匹敵する存在。



 ヴィーナが恭しく頭を下げる、唯一と言ってもいい相手。




「……マーリンさま」

「グレイスウィル帝国初代皇帝……マーリン・グレイスウィル様……」

「……」






 現在のエレーヌは、自分の知識の範疇にない事象が目の前で起こっている為、感情の制御が取れない状態である。




 思ったことを安直に口にしない、という行動も取れない。






「……マーリン様は千年以上も昔の御方。今蘇るなんて有り得ない」


「ならどうして――「知りたい? ねえ知りたいのエレーヌ!!!!!」




「はっ……!?」






 先程までマーリンの傍で身の回りの世話をしていたヴィーナが、


 いつの間にか背後に詰め寄っていた。






 その表情は恍惚で、恋慕に焦がれた、狂喜の感情。






「いいわいいわいいわいいわ!!! 好きなだけ話してあげる!!! 時は遡ることそれこそ千年も昔!!! 緑深く生い茂る名も知られぬ森でわたくし達は出逢った――そう、その森はわたくしが住処としていた、聖域たる森!!! そこに立ち入るマーリン様――そう、その時、あの御方は薬草を採取しておりましたの!!! ニンフの力滾る光属性の薬草――当初のわたくしは、あろうことに賊が森を荒らしにきたのだと勘違いしてしまい――刃を向けるなどという恥晒しな真似を――!!!」




「ヴィーナ、もう戻ってこい」



「はぁい!!! 直ちに!!!」








 ヴィーナが戻っていった先には、黄金に輝く浴槽が設置されていた。周囲は花や蔦で飾られ、如何にして飾り付けた者がここに住まう者のことを考えたかが窺える。








「そうだな……そこの。先程貴君と話をしていた魔法人間ホムンクルス三人」

「かしこまりました!!! エレーヌ、モルゴース、ゴルロイス!!! 何してるの早く!!!」




 マーリンに対してはとろけるような、一方自分達に対しては突き刺すような。



 明らかに態度が違う。



 今まで見たことない彼女の姿に驚愕しながらも、三人は前へ進み出る。











「……」

「貴君は……エレーヌか。自己紹介は省くぞ、私は回りくどいのが嫌いなんだ……」






 銀髪で赤い瞳。彼の周囲に流れる時間は他とは異なっていて、遥か古代の時間がそのまま現代に持ってこられて、流されることなくその形のまま居座っている。






「この中では貴君等が一番物分かりが良さそうだから話をしてやろう」

「ゴルロイ……この大男もそうだとお考えですか」

「それを言葉にするのが難しいだけで、何をすべきかは理解できる能力がある。そう報告を受けているぞ」

「え……」

「当然貴君についてもだ。そもそも貴君等全てを造るように指示したのは私だ。キャメロット魔術協会を率いているのは今も昔も私だ」








 以降はエレーヌやモルゴースの疑問も挟ませることなく、口が悪魔のようにべらべら回る。








「理想の世界……争うこともなく、人々が平穏に暮らせる世界……私はそれを創る為に選ばれたんだ……そう、私に流れてる、この血……強大な魔の力を秘めた夢魔の血……私は何としてでも成し遂げなければ……」




「……魔法人間ホムンクルスはその世界に住まうべき生命の姿だ。衰えることもなく己の意志の元に肉体は命令を遂行する。傷を負っても治療は容易だ……今を生きる人間や異種族、魔物共よりも高等な存在だ」




「それと並行して世界を手に入れなければならない……人形だけがあっても箱庭が存在していないと本末転倒だ。各国各地域は大したことはない、重要なのはカムランと聖教会……あの反逆者と下衆醜女の……」




「……聖杯だ。且つてティンタジェルに安置してあった大聖杯と、帝国が管理していた八の小聖杯。今でこそ世界各地に散らばってしまったが、あれは元々帝国の、キャメロットの、私の――そうだ、一つは盗られた。闇の小聖杯はカムランに奪われてしまった。あの反逆者は何を企んで――禄でもないことだろう、世界に仇成すこと――」




「大聖杯は二つに分かれてしまった。半分はあの反逆者に、もう半分は女王――アルブリアの地で今ものうのうと暮らしているあの小娘に。血が繋がっているということはそういうことだ、カムランの戦いと呼ばれているあの戦いの数ヶ月前に、それに気付いたんだ――」




「故に女王だ、女王を狙え。半分だけでも大聖杯の力を手に入れられれば、あとはキャメロットの誇る魔術で反逆者も滅してくれる。さすれば世界が、理想の世界が――」




「運命は、私の元に集う。それが、世界にとって、一番の――」








「うっ……」






 マーリンは突然悶えたかと思うと、



 ただでさえ虚ろだった目が更にぼんやりとし始め、



 近くにいたゴルロイスの腕を引っ張り、浴槽に引き入れる。






「あ……?」

「……」


「マーリン、さま? 何、するの?」

「……」


「あっ、あっ、ねえ、ねえ、何、する、ヴィーナ、さま?」






 状況が飲み込めず、何度も何度も周囲を見回す大男。



 その体躯とは裏腹に幼児のような声で困惑し続け、



 自分が脱がされ、目の前の男に押し倒されているという現実を受け入れはしない。








「……」

「……」






「うふふ……ねえ、さっきの御言葉、聞いていたでしょう? マーリン様には夢魔の血が流れているの」

「夢魔……インキュバス……?」



「そうよ、そうよ、昔はいーーーーっぱいいたの、夢魔との間に生まれ落ちて、自分の中に眠る性欲と日々戦い続けている人間が。殆どは抗えずに只の鬼畜に堕ちてしまうのだけど、マーリン様はなおも抗い続けた……でもやっぱり本能には逆らえなくって、こうして無意識のうちに発作が出てしまうの……」



「……」

「……」



「強い御方でしょう? 儚い御方でしょう? 健気な御方でしょう? だからわたくしは尽くすことに決めたの。マーリン様の理想はわたくしが死んでも叶えてみせる。千年前、森の中で愛を誓い合った時からの使命。妖精の秘術を用いて、千年の間生き永らえさせたのも、理想の世界の完成をその眼で見てもらう為……」




「う、うふふ、うふふふふふふふふ」








 歓喜しながら彼女はマーリンの世話を続ける。








「ねえマーリン様。一階から奴隷を何人か連れてきますわ。ゴルロイスは頑丈だからいいけど、魔法人間ホムンクルスは基本的に未熟。そんな激しくされたら文字通り壊れてしまいますわ……うふふふふふふふふふふ……」








 残された二人は、或いはこの光景を見ていた他の魔法人間ホムンクルスの中には、



 今眼前に映る光景を狂気だと思う者もいた。



 しかし逆らうことはしない。逆らえるように、魔法人間ホムンクルスは造られていない――

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