憐華狂月

 宵闇が星と踊る。エスコートされるがままに、命じられるがままにそれは瞬く。






 輝月はその光を更に増し、溢れんばかりの狂気で地を包み込む。








 イングレンスの最北東、日の元で暮らす者が容易に近付けぬ黒魔法の島、カムラン。



 中央に聳え立つ城は、客人を失い、また静謐を取り戻していた所だった。






 そのような城の一階の広間を、



 正面階段を昇った先から、モードレッドは眺めている。











「ほほーい!! 只今帰還したぞー!!」




 太ましいその声が聞こえると、他に待機していた黒魔術師が一同に動き出し、歓迎の態勢に入る。



 ルナリス――傀儡として用意した、カムラン魔術協会の指導者。






「おい!? 参謀よ、私が帰還しているというのに背を向けているというのかね!? 指導者たる私が帰ってきたからにはこちらを向いて、頭を下げるべきではないのかねぇ!?」

「テメエ誰のお陰で戻ってこられたと思ってんだよ!?」




 胸倉に掴みかかるのは黒い鎧の青年。名をボールス。




「……貴様がヘマしたから!!! 貴様が研究途中のザイクロトルを放出したから、我が主君が我々を寄越した!!! 強引に捻じ伏せてやらなきゃ、貴様は一生アルブリアの豚箱の中だったんだぞ!?!?」




 続けて怒鳴り散らすのは臍を出した扇動的な風貌の女。名をペリノア。




「でも助けたのは貴様等であって、参謀ではないだろうがーっ!?」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!! ワレ、シッテイル!!!! ヘリクツ!!!! グオオオオオオオオオ!!!」




 毛皮を纏った大男が獣のように叫ぶ。名をライオネル。




「貴様ワガハイの台詞を取りおって……まあいい。兎にも角にも我が主君は貴様如きに関わりたくないと考えておられる。直ぐに消え失せろ」

「がーっ!?」




 風魔法で強引に押し出すしわがれた老人。名をアグラウェイン。








「……モードレッド様!!! これにてワタクシめの使命は全う致しました!!!」

「次なる命令を拝命してくださいませ!!! モードレッド様!!!」

「グオオオオオオオ!!! モードレッドサマノテキ、ワレ、コロス!!!!!! グオオオオオオオオ!!!」

「……我が主君、モードレッド様。キャメロットも聖教会も動き出した今、どうなさるおつもりで?」








 十四年前の黒魔術師達の、ナイトメアの魔力構造についての研究。



 それを掻き集め、応用して生み出したのがこの四人だ。



 そういう点では彼等もナイトメアであると言えるが――基本的な構造はまるで異なると言ってもいい。











「……あの子も聖杯の力に目覚めてしまった。最もそのことは連中は気付いていないだろうが……いずれにしてもだ。今後はあらゆる手段を持ってあの子を強奪しに行くだろう」




「当然あの子自身もそれには従わない。あの子を管理しているアルブリア、グレイスウィルだって何かしらの手は打つだろうさ」




「すると、今後は益々君達には活躍してもらわなければならない」






 遠くで一時の歓喜に酔いしれるルナリスを横目にしながら、



 足元で跪く四人を見下ろす。






「君達には既に伝えておいた筈だ。私の目的は何だ?」



「あのキャメロットのクソ野郎に奪われた小聖杯を全て掻き集め、貴方様が神になることでございます!!!」

「元々小聖杯はモードレッド様が研究していたもの。それを奪い去りあたかも自分が生み出したかのように利用するとは、何たる下劣!!!」



「グオオオオオオオ!!! キョジン、コロス!!! マセキ、テニイレル!!!」

「八つの小聖杯と、恐るべき八の巨人より取り出した八の魔石。全て揃いし時、名実共に貴方様に逆らえる者は誰一人としていなくなる。文字通り貴方様は神になるのです」








 『黒き翼の神が降臨するその時まで、下僕足り得る力を蓄える』




 カムラン魔術協会の合言葉、しかしその起源は聖杯時代の末期にまで遡る。




 何せその言葉が生まれる原因になったのは、他でもない自分だ。








「……元々はあの戦いから、二十四年で蘇る予定だったのだがな」



「何時まで経っても蘇らないものだから、段々と当時のカムランの指導者の存在は神格化されていったようだ」



「大方ギネヴィアが何かしたのだろう……蘇り、更に力を蓄えるまでにも十四年かかった。全く、実に余計なことをしてくれたよ」






 彼が瞳を閉じると、



 一緒に翼も羽ばたいたかのように、突風が起こる。






「早速動いてもらおうか。ボールス、君はリネス近辺を掻き回せ。水の小聖杯は防衛が厳しいからな。何かしら手を打てる手段を探れ。一緒にローディウムの進捗状況も確かめてくるように。君は私によく似て戦闘技術が高い。万が一の場合にも対応できるだろう」

「はっ!!!」


「ペリノア、君は偵察が主になるだろう。ロズウェリ家とアルビム、それからタキトスという盗賊共。リューヴィンディの第二王子にも接触してこい。女だから色仕掛けを使えるだろう?」

「仰せのままに!!!」


「ライオネル。やはり君は暴れ回るのが似合う。暫くはゴーツウッドで力を蓄えてもらって、そうだな。次の戦場はガラティアとイズエルト――ガラティアはヴァレイス辺りがいいだろう。イズエルトはリーズンスに行くように。あの内戦の記憶をもう一度呼び起こすのも、また一興だ」

「グオオオオオオオ!!!」


「アグラウェイン、君には交渉を行ってもらう。寛雅たる女神の血族ルミナスクランと関係を結べ。それからケルヴィンに鎌をかけてみてくれ。この際あの豚共を利用しても構わん。君のその頭で最善の利益を齎してくれ」

「畏まりました……」








 それぞれ頭を下げた後、足早に城を出ていく四人。



 見送った後、城には誰にも残っていない。ルナリス達も寝ることにしたようだ。











「……嗚呼。聖杯の力を使えれば、彼等に頼むまでもないことであるのに」



「しかしそればかりはできないようだ。ギネヴィア――いや、あの子も無意識の内に抗っているのだろう」



「だがそれは君も同じこと――」






 風がざわめき、一瞬のうちに外に出る。





 最上階、自分の部屋から出れるバルコニー。





 新月は聖杯の命令に応え、狂おしい満月に様変わり。








「――実に刹那的だ。ギネヴィアを現世に繋ぎ止める為だけに、その力を使うとは」



「そして自分の願望の為だけに力を使うと、そう誓いを立てているようだが――果たしていつになったら気付くかな」



「力を使う度、私に近付いていくことに」








 ローブを脱いで背中を露わにする。



 月光の下で黒翼が燦然と輝く。






 神にしか持つことを許されない壮麗な翼をこうして宿しているのだ。



 其れは神に匹敵する力を持つことの証左――







「聖杯の力は本来一つだけ。故に私と君は二人で一つだ。例え転生を繰り返すことになろうとも――離れることは許さない」



「そして千年前、君が苦しむことになった理由がそれだ。私と力を分け合っているにも関わらず、それ以上の力を引き出すように要求された――」



「今思い出しても胸が締め付けられる。苦しむ君は実に美しかった」






「……狂おしい。狂おしいよ。千年前君を照らし出したあの時と、何ら変わりない月だ――イグレーヌ」






 その名は彼が、この世界において最初に愛した人。




 狂姦の果てに彼女は赤子を身籠った。聖杯の真実に気付いたのはその時。二人の血が結び付く瞬間に、心臓が急激な魔力量の変化に押し潰される感覚を覚えた。




 その後に生まれてきた子は、父親の面影も感じられないような、母親によく似た赤髪と緑の瞳を有していて――






「私を拒むように似ていないと思っていたら、やっと似ている所を見つけたよ。君も私も機嫌がいいと歌を歌う……」



「内容は全くもって正反対だが。束縛と解放は絶対に相容れない。君が朝に旅立っていくのを、夜の象徴たる私は好ましく思っていない」








「君には二人の血が流れている。一人はイグレーヌ、この世で最も美しく、可憐に咲く華。もう一人が私――天上に赴くことすら許されない、翼を失った者共。連中を照らし出す狂いし月」



「そのようにして生まれた愛しい娘を――手放したくないと感じる方が狂っていると、そう思うだろう」








 星は一切の静寂を保ち、月が嬉々として輝く。



 嗚呼その通りだと、至極当然に答えるように。








「エリス――私の愛しい人よ」


「君はあの騎士王を、大切な人だと言っていたが――運命はそれを許さない私がそれを許すとでも








      可憐な華には狂いし月を








「私の妃として久遠なる時を添い遂げる――」



「決して別たれることは許されない。それが君の運命だ」

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