第45話 宿題と女子

「うおおおおおおおお!!! 終わらねえぞおおおおおおおおおお!!!」




 ある日の裁縫の授業の途中、天を仰いで叫ぶクラリア。



 真横からの大音量攻撃を受けて、眉間に皺を寄せて嫌がるサラ。




「……耳が割れると思ったわ」

「ど、どうしたのクラリア……?」

「だから!!! 宿題が終わんねえんだ!!! 見ろよこれ!!!」



 クラリアは手元のプリント類を指差す。それはつい先ほど試験対策として配られたものだった。



「今になって追加されても困るぞおおおおおお!!!」

「ふふっ、今までやらないでいたツケが回ってきたな」


「んだとぉクラリス!! 魔法学は頑張っていたじゃねーか!!」

「魔法学だけはな。それ以外は全て投げ出して斧術の訓練――いい機会だ、やるべきことをやらないとどうなるかということを身に染みて体感できるな」

「体感したくないぞこんなのーーーっ!!!」




 クラリアは机から立ち上がり周囲をうろうろしている。そして珍しいことにクラリスはクラリアを嘲っていたのだった。



 そんな二人を横目に、エリス、カタリナ、サラの三人は話を続ける。




「ねえ……多分笑い話じゃないと思うんだよね、クラリアのこと。二人は宿題どこまで終わった?」

「全部よ」

「えっ、すごい」

「凄いも何も、当たり前だと思うんだけど?」


「えーそんな……わたしまだ帝国語と地理学が……」

「……アナタは色々あったから、まあ仕方ないんじゃないかしら」

「あ、あのっ……あたし……」

「何よ。さっさと言いなさい」

「う……」



 棘のある声に押されたのか、カタリナは肩を竦め下を向く。



 その体勢から、エリスにだけ聞こえるように話した。



「……宿題、終わってない……」

「え、そうなの?」

「ううん……本当は、大体、終わったんだけど……わからない所があって、それでどうしようって……」

「そっか……」



 その後顔を上げたエリスは、まだ狼狽したままのクラリアに向かって呼びかけた。



「クラリアー!」

「んー!? どうしたー!?」

「今週の日曜日って暇ー?」

「斧術の訓練しないといけないから暇じゃないぜー!」


「じゃあそれお休みにして! 一緒に宿題やろーよ!」

「宿題だとぉ!?」

「わたしもまだ残ってるからー! 一緒にやればきっと終わるよー!」

「うおおおおお! それはいい考えだぜー! アタシも混ぜやがれー!!!」



 クラリアの言葉に頷くエリス。そのままサラに向き直ると、



「というわけだから。サラも来てよね」





「……何でワタシ? 何でワタシ!?」

「だってぇ……わたしの知り合いの中で宿題終わってるの、サラぐらいなんだもぉん……」

「嫌よ。何故わざわざアナタ達に付き合ってやんなきゃいけないのよ。絶対行かない」


「じゃあ部屋まで呼びに行くね」

「だから何でそうなるのよ!!」

「お願いっ、人助けだと思って。終わったら苺あげるから……ね?」

「……」



 再び過ぎる逃げられないという確信――



 サラは眉間に皺をくっきりと浮かべて、心底嫌そうに言った。



「ああもう……わかったわ。行けばいいんでしょう行けば。ただあまり五月蠅いことしたら帰るから」

「ありがとっ、サラ」



 その隣でカタリナが手を挙げたのを、エリスは見逃さなかった。



「どうしたのカタリナ?」

「あ、えっと……これは……」

「何かあるんでしょ? 言ってもいいよっ」

「え、えっと……」



 カタリナは目を泳がせながらも、一歩踏み出して提案する。



「その……リーシャも誘わない? ほら、前一緒に宿題やったから、それで……」

「いいね、賛成っ。じゃあ手紙を……百合の塔にある個人の連絡箱に入れればいいんだっけ?」

「じゃあ……それはあたしがやるよ。集合場所はカフェでいいよね?」

「うんカフェで。サラもクラリアもそれでよろしくね!」

「了解したぜー!」




「……ちょっと待ちなさい。この期に及んでまだ増えるの!?」






 そして日曜日。



「リーシャ……」

「うーん……」

「リーシャ!」

「なあにぃうっさいなあ……」

「うっさいじゃないよ、今日約束してたんでしょ!」

「約束ぅ……」




「……あ゛あっ!! そうだった!!」





 リーシャはベッドから飛び起き、大慌てで洗面所に向かう。





「ちょっと!! いきなり起きないでよ!! 壁に打ち付けられるかと思ったよ!! 私体重軽いんだからね!!」

「ああごめん!!」



 リーシャを揺り起こしていた、妖精はフェアリー族のルームメイトが翅をはためかせぷりぷり怒る。



「おはよ~。洗面所ならまだ貸さないよ~」

「ええ、嘘でしょ……って!! 毎朝いっつも貴女が占領してるでしょ!! こういう日ぐらい貸してよ!!」

「早いもん勝ちだって言ってるでしょ~。ルールだよルール~」



 縮れた髪を櫛で丹念に溶かしているのは、褐色肌のトールマン族のルームメイト。



「んじゃーもういい!! 先着替えるわ!!」

「……」




「ちょっ、クローゼットも先客がー!?」

「バタバタうるsいなあ……何? 着替えるの?」



 渋々と場所を開けたのは、体長百八十センチ程で、且つ鬣のような長髪を持つ、獅子の獣人のルームメイト。



「ぬおおおおおおおお間に合ええええええええ……!!」

「そもそも約束があるってわかっていたのに、何で寝坊したの?」

「ぜぇんぶケビン先生のせいです!! 宿題が!! いっぱい!!」

「……応援してるよー。頑張れー」





 そんなドタバタがあったとは知られないような素振りで、



 リーシャは一階のカフェ前に赴き、入り口で屯していたエリスに声をかけたのだった。





「おはよ! 何だか知らない人と一緒だね?」

「……フン」


「おはようと初めましてだぜー!」

「おはよ、リーシャ。眼鏡の子がサラで、大きい耳の子がクラリアだよ。二人とは裁縫の授業で一緒なんだ。サラはね、とっても頭が良くて宿題が終わってるの。だから来てもらったんだ」

「アタシは宿題が終わってねえぜー! わはははははー!」


「なるほどね、よろしく二人共。ということはこれで全員かな」

「そうだね、今日は五人で宿題」

「じゃあもうカフェ入ろう!」

「あ……それが……」




 カタリナが止める直前に、リーシャが扉を開く。



 そしてリーシャは、そのまま顔を顰めて中を見回した。




「……うげえ」



 まだ九時台であるにも関わらず、カフェは大盛況だった。見回す限りの席は全て埋まっている。



「店員さんにもう空いている席ないって言われて……もっと早く来るべきだったなって」

「それでこの後どうしよう……って感じ」




「うーん……自習室、はうるさくできないからダメね。じゃあ第二階層?」

「カーセラムとか? でも埋まってそうだなあ……」

「まあ第二階層なら他にもお店あるよ」

「じゃあ行くだけ行ってみようか」



 意見が一致した五人は、百合の塔の外へと歩を進める。



「一致したって五人って何よ勝手にワタシの意見決めないで頂戴」

「だったらサラはこのぎゅうぎゅう詰めの中で勉強する?」

「……」




「……そういえばエリス、今日一人なんだね。珍しい」

「あー、今日は女子だけで頑張ろうって思って。女子会女子会。もっともアーサーの方もどこかに行っちゃったみたいだけど」

「へー、それは重ねて珍しい。多分あっちもあっちで宿題会やってんじゃない?」


「どうなんだろう? でもイザークの誘いなら行ってそう」

「めっちゃわかるっていうかなんていうか……そもそもあやつの交友関係がイマイチ謎だなー」

「案外生徒会とつるんでいたりして」

「その反対の不良とかもね……」

「何よぅサラァ、わたし達とお話したいの!?」

「……」






(……久々に帰ってきたな。たまにはこうして散歩をするのも悪くない)



 首元にマントのように氷を纏い、上質な服に身を包んだが広場の群衆を見つめている。



(やはり民を放っておいて国外に行くのは心が痛む……)



 少年が感傷に耽りながら噴水の縁から立ち上がると、



(……ぐわっ!?)



 後頭部に何かが衝突し、顔面を石畳に叩き付けることになってしまった。






「スノウ! そんなに張り切らないで……あっ、君大丈夫!?」



 リーシャが少年の元に駆け寄った。スノウも慌てて少年に駆け寄り、動向を見守っている。



「……大丈夫じゃないんだが?」

「ああ、鼻血出ちゃってる……!」

「ご、ごめんなさいなのです!」

「えっと、回復魔法、回復魔法……!」

「そんなものはいらない」



 少年は強く鼻を押さえ、噴水にもたれかかる。



「少量なら止血方法はいくらでもある。何かあったらすぐに魔法に頼る、そんな悪癖はよくないぞ」




「……そうね。確かにそうだけど……」

「そうだけど、何だ?」

「……」



 リーシャは鬱陶しそうな視線を少年に向けて。



「何かイラっときた」

「……はぁ!?」




「ねえねえ、わたし達宿題をする場所を探しているの。いいお店とか知らない?」

「……こいつら」



 少年はぼそっと呟き、周囲のビル群を一望する。



「……そこだ。僕の左手前の建物。そこの三階のクローバータイムって店のコーヒーは美味いぞ」

「本当? ありがとうっ!」

「早く行こうぜー!」

「……全く。これはワタシからのお詫びよ」



 サラは小銭入れから銅貨を取り出し少年に渡す。そして先に建物に入っていった四人の後を追って行った。






 その後少年は、五人がいた場所に何かを見つける。



「……何だこれは」



 それは花柄のハンカチだった。どう考えても自分の物ではない。



「さっきの小娘のか……宿題と言っていたから生徒か。くそぉ……」

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