第13話 武術と家政学
エプロンを買って次の月曜日。たった今授業が終わり、生徒達は次の教室に向けて移動を開始する時間になった。
「アーサー、次の授業何だっけ」
「武術だ」
「武術か。じゃあわたしの授業は……」
「男が武術で女が家政学だ」
「そうそう。だからわたしは家政学の授業で……五階の裁縫室に行くんだ。そしてアーサーが外の演習場」
「死ぬなよ」
「そんな物騒なことにはならないよ」
話をしているとカタリナが、ぽんぽんと肩を叩いてくる。
「……エリス。その……一緒に行かない? あたしも裁縫、同じ教室、だから」
「いいよ、一緒に行こう。じゃあわたし達もう行ってるね」
「わかった」
アーサーは座ったままエリスとカタリナを見送る。
(……あいつはもう外に出たか。オレも行こう)
二人が出ていった頃合いを見て教室を出て、カヴァスがそれを早足で追っていく。
校舎を出て正門の少し前に道が整備されている。そこに入って整備されている通りに進んでいけば、校舎の隣にある演習場にはすぐ到着できた。
アーサーが来る頃には既にたくさんの男子生徒が集まっていた。生徒達は大体が真っ直ぐに並んでおり、その先頭には立て看板が設置されている。
(科目ごとに教員の前に並ぶ……か)
教員を眺めながらハインリヒからの指示を思い出す。
「この学園には武術という授業があります。剣、槍、斧、弓、そして格闘術から一つ選んで学ぶことになっているのですが……貴方は剣以外の武術を選択するようにしてください。既に極めている武術を取るよりは触れたことがないものを選んだ方が、為になりますからね」
(……ならばこれだな。これならあいつも来ないだろ)
アーサーは格闘術と書かれた張り紙の列に並んだ。
「よぉアーサー、オマエも格闘術にしたのか?」
手前の生徒が、並んだ瞬間に後ろを振り向き話しかけてきた。なんとイザークである。
あいつは来ない、と踏んだあいつが目の前にいたのである。
「あれ? なんつー表情しているんだよオマエ。ボクがいたのがそんなに予想外?」
「……剣術にするんじゃなかったのか」
「え、そんなこと一言も言ってないぜ。迷っているとは言ったけど。ガイダンスでは迷ったら剣術にしとけって言われたけど。でも悩んだ末に格闘術にしたよ?」
「……はぁ……」
「……なあ、あんた」
溜息をついている所に、今度は後ろの生徒が肩を叩いて話しかけてきた。
紺色のツンツン頭で、黒い子竜を連れた生徒である。
「ま、また、会ったな。えっと、おれ、料理部、えーっと……」
「……」
再び会話の花が枯れると思われたが、今度は正面から大雨が降り注ぐ。
「おっ? 何だアーサー、課外活動でも知り合い出来てんじゃん」
「……あんたには関係ない」
「関係あるって。知り合いの知り合いは知り合い! ボクはイザーク、こっちの黒いのがサイリ。んでコイツがアーサーだ。下にいる犬がナイトメアなんだってさ」
「ワン!」
「……」
アーサーは終始無言を貫き、腕を組んでいる。イザークはやれやれと溜息をついた。
「……オマエさあ、同じ活動のヤツぐらいには挨拶した方がいいぞ。ボクは気にしないからいいけど、殆どの連中はそうじゃないんだぜ」
「挨拶する義理がない」
「ハッ、くだらねえな。そんなの行動を共にするだけだからでいいだろうが」
「……」
素っ気ない態度のイザークを、半目になって見つめるアーサー。
「まあいいや。武術頑張って行こうな、えーと……」
「……ルシュド、こっちがジャバウォック」
「よろしく、ルシュド。ていうか課外活動一緒ならアーサーの名前知ってるじゃねえか。今気付いたわ、てへっ」
「そうだ。おれ、気、付いた。アーサー、会った、嬉しい。だから、おれ、忘れた」
「ははは、面白いヤツめぇ。それじゃあ握手しようぜ握手」
「あ、握手……?」
「初めましてとこれからよろしくの握手だ」
アーサーの横で握手を交わす二人。イザークは笑顔で、ルシュドはどこか戸惑いながら。
「ついでだからオマエも握手しろよ。ルシュドも終わったらボクともな」
「断る」
「何でぇ!? やる流れだろ今のは!」
「関係ないことだ」
「……はぁ。マジで人間関係が危ういぞ、オマエ」
そうしていると、周囲が静かになり始め、代わりに教員たちの声が響く。
そしてアーサー達の方にに大きな耳と尻尾を生やした青年が近付いてくる。彼の足元には派手な色の亀がのっそりとついてきていた。
「この辺りにいるのは格闘術希望の生徒で間違いないな?」
「そうだと思いますよ」
「よし、じゃあ一旦向こうに移動しよう。っとその前に……俺の名前はクラヴィル、格闘術を担当することになった。それ以外にも剣術も教えられるから、まあよろしくな」
「でもってあたいはアネッサ。こいつのナイトメアさ」
足元の亀はそう言うと大きく身体を起こす。彼女なりに挨拶を行っている様だった。
「よろしくお願いしまーす」
「よ、よろしく、お願いします!」
「……」
「うん、いい返事だ。一部そうじゃなかったが……まあいいか。俺についてきてくれ」
エリスとカタリナが五階の裁縫室に入ると、そこは花園と形容せざるを得ない空間だった。生徒は女子しかいないため、花の様に可憐な会話が飛び交っている。
黒板の前には教員と思われる女性が立っていて生徒達に声をかけながら授業の準備をしていた。
「空いている席……あそこしかないかな」
二人は座れそうなテーブルを見つけて座る。そこには既に一人の生徒がおり、机に顔を突っ伏していた。
「ん……おい起きろクラリア。人が来たぞ」
「もがー!?」
狼の耳と尻尾が生えた彼女は、二人を見るや否や生徒に声をかけた。クラリアと呼ばれた生徒は咄嗟に顔を上げ二人を見つめる。
「おう! お前らよろしくな! アタシはクラリア、こっちがクラリスだ!」
「よ、よろしく……」
「全く、声が大きすぎるぞ。まあとにかく座るといい」
クラリスに声をかけられ、二人は腰を落ち着ける。
クラリアとクラリスは並ぶと非常に似ている顔付きだった。クラリアを五、六歳程度に幼くするとクラリスになるのではないかと、自然にそう思える程だ。
「わたしはエリス・ペンドラゴン……ナイトメアは恥ずかしがり屋だから出てこないんだ」
「そうなのか!? でもアタシ会ってみたいぞ! そんな風に言われたらすげー興味ある!」
「あ、えっと、それは……」
「やめておけ。人には人の事情があるんだ、容易く首を突っ込んでいいものじゃない」
「ぶー。でも、クラリスが言うなら我慢するぜ! お前は?」
「……カタリナ。こっちがセバスン」
「皆様よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
クラリスとセバスンはちょこんと机の上に乗り、そして互いに会釈をする。その間もエリスはクラリアの顔をじっと見つめていた。
灰色のベリーショートの髪で、橙色の目をしているが、何よりも特徴的なのは頭から生えている大きい耳と、毛がふっさりと生えている手だった。
「ん? アタシの耳に興味あるのか? アタシは獣人なんだ! それも狼のな! でも野生の奴とかワーウルフと違って人は襲わないぜ!」
「……そうなんだ。えっと、これまでにも何回か大きい耳が生えている人は見たことはあるけど、こんなに近くで見ると違うなって……」
「触るか? 触ってもいいぞ?」
「え、ちょ、ちょっと……そ、それじゃあ遠慮なく……」
クラリアは顔を机につけ、耳をエリスに向ける。恐る恐る耳に触れると――
「……すごく、もふもふしている……」
「だろー!? 獣人はもふもふしている奴がレベル高いんだぜ! カタリナも触れよ!」
「あ、ありがとう……」
カタリナが耳に触れている最中に、生徒達は喋るのをやめて黒板に身体を向けていた。
「……始まるみたいだぞ」
「そうか! んじゃこれからよろしくな!」
「よろしくね、クラリア」
「よ、よろしくお願いします……」
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