第550話 ぎぃちゃんの夏帰省

青い空白い雲、緑の平原そしてお前

……


いつもと変わらぬこの平原の光景……確か、ログレスって名前だったわね

……


……ちょっとー? 私が乗ってるんだから、もっと安定して歩いてよね?

……


返事をしないのはこの際いいんだけどさあ。一応私と一番仲良いのはお前ってことになってるからさあ。だから、もう少し丁寧に歩け?

……グルルゥ


ん? ……ちょっと、血が出てるじゃない。また連中相手に手加減したの?

ガル……


はいはい、治してあげるわよっと……へえ、深淵に襲われてる人間達、助けてあげたの。

グルゥン


お前はそういう所だよな。性格出てるわ。私ならぜーったい見過ごす。そういうもんでしょ?

ガオオオオオオッ


おっと、街が見えてきたか。じゃあ私何か持ってくるから、この辺で待機してていいわよ

グオッ?


帰りも乗せてくのかって? 当たり前でしょ! 
















 そして一学期も終了し、帰省の時期がやってきた。




 エリス、アーサー、ギネヴィアの三人は、鞄に荷物を詰め込み船に乗る。向かう先は当然グランチェスターだ。






「うわっと……」

「っ……」

「ああもう、何でこんな……」





 アルブリア島を取り巻くミダイル海、その海域も最近は安全ではなくなってきた。魔物が水面から襲ってきたり、空から果敢に襲ってきたり。



 船にはそのような魔物に対する対処手段も配備しているので航海に支障が出ることはないのだが、そうして攻撃する度船体が揺れる。





「今回は空かな……?」

「あの魔物、ワイバーンだね……海渡ってくる種類とか聞いたことないけど」

「でも翼が生えているのだから飛べてもおかしくはないだろう」

「そうだけどさっ」




 三人にカヴァスを加えた彼らは、船室で静かに過ごしていた。窓から見える水平線も美しい。まだ昇っている途中の太陽に照らされている。




「わあ、見てよあの島。ローディウム島じゃない?」

「どれどれ……おお、見事なまでに巨大な橋だ」




 数年前はほんのちょっと島から出ていただけの橋が、今では形すらもはっきりと見える。一定間隔で海に向かって柱が伸び、そこに道が通る。道からはまた柱が立ち、他の柱との間にアーチ状の造形を生やしている。




「でっかくなったねえ。来年完成だっけ?」

「再来年だ。オレ達は六年生だな」

「そっかー」

「アオーン」


「どうした」

「気持ち良かっただけだよい」




 カヴァスはエリスの膝に乗って撫でてもらっていた。喋るようになってから心なしか重くなったように感じる。




「言葉の重みぃ……」     ぶおおおおおおん




「む、船笛の音だ」

「そろそろ着くみたいね。降りる準備だ」

「ワンワン~!」

「急に犬らしくするな」
















 こうして船が到着し、三人と一匹は降りる。出迎えてくれたのは――




「皆、久しぶりね!」

「元気してたかお前らぁ」

「お母さん、ジョージも!」




 母と娘の二人は互いに歩き、走って行って、そして抱き合う。赤い牛だけはのっそりと後を追ってきた。






「えへへ……お母さん、久しぶり!」

「うふふ……元気そうで良かったわ」

「エリシアさんお久しぶりです」

「アーサーも元気そうね。で、そこの子が……」

「はいっ! ギネヴィアと申します!」



 荷物をよそにビシッと頭を下げるギネヴィア。



「エリスが手紙に貴女のことを書いてくれていたわ。頼れるナイトメアだって」

「あ、え、ソウデスカ」

「嘘つくぐらいならもう言っちゃった方がいいかなって」

「それもそうだねー……」


「何かと迷惑をかけることもあるでしょうけど、エリスのことよろしくね」

「はいっ!! 肝に銘じます!!」



 寧ろ世話になっているのはこっちの方であるのだが。






「じゃあ馬車に行こう! 早く早く!」

「おおーいエリス、そっちは違うぞぉ」

「まあまあ、あんなに張り切っちゃって……」






 勇み足のエリスと、それを追っていくエリシアとジョージ。



 三人の姿をアーサー達は見送っていた。






「……何だろう。もっと疑うとかしてもいいと思うのに、あっさりと受け入れてくれたね」

「確かにな……農業やってると、自然と胆力が身に着くのかもしれない」

「そういう問題かー? むむっ」

「どうしたカヴァス」


「何かざわざわしてる」

「ざわざわとは」

「そしてそのざわざわがこっち向かってきている」

「ほう」




 カヴァスが向いている方向に二人も振り向くと、確かにざわざわしていた。








「ほ、本当だって!!! おらぁ見たんだ!!!」

「何を見たってんだこの飲んだくれがぁ!!!」


「だからぁー!!! 言ってんだろ!!! あのバルトロスの上にべっぴんの姉ちゃんが跨ってたんだ!!!」

「ふざけるなあああああ!!! あのログレスの狩人バルトロスだぞ!!! 誇り高きあやつが女なんぞに気を許すか!!!」

「本当だってばぁ~!!! おらのこと信じてくれぇ!!!」


「大体なあ!!! そのお前が見たって主張する光景と、タダ酒キメようとしていたという事実には、何の因果関係もねえじゃねえかぁ!!!」

「この話ネタにしていいから!!! だからおらの酒代見逃せ? なっ!?!?」

「ざっけんじゃねえぞこの乞食があああああああ!!!!」








 という襤褸切れを纏った男と酒場の店主らしき男の攻防が、通りかかった人の注目を浴びている。



「……あ。エリスちゃん達、あれに足止め喰らってるね」

「なら今のうちに追い付いてしまおうか。しかし……想像すると、中々趣のある光景じゃないか?」

「猛獣を従えている美女かあ。確かに古典絵画のネタになりそうだね」

「犬を従えている美女も絵になると思わない?」

「どうして意地を張ろうとするんだカヴァス」
















プッ、アハハ! あーもう、最っ高!

……


あらごめんね? いやあもう、町で買い物した時に聞いた声がさ、面白くて思い出し笑いしちゃった

ガルッ


ええとね? 女なぞに気を許すかだって! あはは! 愚か過ぎて笑えるわ!

……


凡弱な生命風情が、超常の存在を決めつけて定義しようとしてんの! 自分の常識の範疇に収める為に! 実にそれらしくて、滑稽だわ!

……ガァァァァァ


自分もそうだが、私も大概だって? はんっ、私はそういう信条の元ね? 時の奔流に身を預けてきたわけだから。久遠を超えて尚もそうしていくわよ

ガルルル……


そうね、昔そんなこともあったわ。そして……今回やってきたのは、それ関連でもあるのよね

ガウッ?


別に生命共がどうなろうが関係ないけど、アイツがまた大地にぬけぬけと出てくるのは許せない。だって――






醜いもの、美しくないもの
















 こうしてグランチェスターを発ったエリス達の馬車は、のんびりと安全な道を行く。ジョージが引っ張っているので正確に言うなら牛車である。




 エリシアが率いていく馬車は、数日かかる日程をゆったりと向かっていた。途中で野営をしたり、町で食料を補給して、夏下がりに平穏な旅路が送られる。






「魔法を行使しないとここまでゆっくりなもんだな」

「あの人だったら複雑な魔法使って、数時間でさっさと行っちゃうものね」

「言っとくが何されてるか俺もわかってないんだ」

「ジョージそれでいいの?」

「もう慣れた、俺の主君だしな」


「それに今の情勢じゃ、闇雲に疾走するのが危険ってのもある。魔物や賊は整備された道を通れば問題ないが、その道が壊れていたり、そもそも属性の影響で地形が変わっている所もあったりしてな」

「まだ……元通りじゃないんだね」




 隣に座っているアーサーの服を、ちょっとだけ握るエリス。




「エリス、もう元通りってことにはならないと思うぞ。新時代に入って最も大きな災害だ、どこもかしこも損害は計り知れねえ。そしてキャメロットも聖教会も勢力を強めてるってなったら、いつ何時戦闘に巻き込まれてもおかしくはねえんだ」

「……」


「でもまっ、そんな中でも楽しく過ごしていくってのが人間ってもんだ。お前らも夏のひと時、楽しんでいってくれや」

「そうするよ」

「ありがとうジョージさん!」

「さんってなんださんって。俺はそういう言い方されるとむずがゆくなっちまうんだよ」

「でへへー」

「……ありがと、ジョージ」








 そんな話をしていると、遂に見えてきた。



 森の中にある小さな村。その地形が影響して、外部からの脅威をあまり受けることはない。








「アヴァロン村……懐かしいなあ」

「家に帰ったらユーリスが飯用意してくれてるぞ。あいつが飯作ることなんて滅多にないんだから、ありがたく食え」

「ん……そういやどうして、今日はお父さんとクロは一緒じゃないの?」

「お父さんは色々あって疲れちゃったのよ。一人だと不安だから、クロはその付き添い」

「ふーん……」 
















 アヴァロン村に到着する頃にはすっかり夕暮れ。帰る前に村の人達に挨拶をして、それも終わってようやく家に到着。



「……」



 ユーリスとクロは玄関の前で、仁王立ちして待っていた。



「……」

「……」


「あ゛っ……」

「やっぱり腰治ってないじゃないかにゃ」

「い、いやこれは、不慮の事故……」

「事故って何にゃ。っていうか来ちゃったにゃ」

「シャキーン!!!」



 勢いよく腰を伸ばしたのでまた嫌な音がしたが、それも気にせず笑顔で駆けていく。






「やあお帰り! ご飯作って待ってたよ! チキンソテーだ!」

「ただいまお父さん。お父さんの料理、とても楽しみ♪」

「はっはっはっこの子は本当にぃ~!」




 エリスに数秒だけハグをすると、ぱっと離れてアーサーとギネヴィアに向き直る。




「やあアーサー! エリスのこといつも守ってくれてありがとう!」

「は、はあ」

「何だその微妙な返事は!」

「いや、普段面持ってお礼とか言わないじゃないですか」

「何かもうそういう気分になったんだよ! で、君が件の!」


「ギネヴィアです! ナイトメアです! エリスちゃんの!」

「そうか! エリスにまた頼もしい友達が増えたな! 今後ともよろしく!」

「はいっ!」

「ヴッ!!!」



 遂に限界を迎え、腰をさするユーリス。



「……ぎっくり腰?」

「に、近い、何かぁ……」

「一体何があったんですか……」

「それについてはご飯食べながら話すにゃ。とにかく入るにゃ」

「うんっ!」

「お邪魔しまーす!」

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