第551話 ぎぃちゃんの夏休み・前編
こうして迎えた夏休み。ギネヴィアの朝は照り付ける朝日にじわじわ温められる所から始まる。
「んがー……ねみーよぉー……」
今は使っていなかった部屋に布団を敷いてもらい、そこで寝泊まり。本人が許可を下ろしたのでアーサーも一緒だ。
「朝から言う台詞がそれか……」
「だってねみーんだもん」
「もっと言い方を考えろっつってんだよぉ」
「何だこのクソ犬」
「クソ犬じゃねえよカヴァスだよ」
「はいはい、喧嘩するな。起きたならさっさと支度して下行く」
「「うーい」」
一階に降りると、香ばしい食べ物が焼ける匂いが感じられる。
台所を覗くとそこにはエリスとエリシアが立っていて、一足先に起きて準備をしていたらしい。
「おはようエリス」
「エリスちゃんおはよ! ご飯作っててくれたの!」
「ん、みんなおはよう。お母さんと一緒に料理できるなんて、久しぶりだからね」
中に入ると、耳の切られた食パンが皿の上に並べられ、隣にはハムやチーズといった食材が置いてある皿が。
「サンドイッチだ!」
「ちょっと違うわ。サンドイッチの様に挟んだら、それを焼くの。ホットサンドって言うらしいわ」
「火を通したら何でも美味しくなる。よって美味しい」
「摂理だな。そういえばユーリスさんは?」
「あの人は朝仕事よ。そろそろ戻ってくるわ」
「ご飯食べたら皆も畑仕事手伝うんだにゃー」
台所の床を歩いているクロが、にゃあと一つ大欠伸。
「……」
「……」
「……シャア」
「ワゥン」
「ニャー!!」
「ヴァンッ!!」
「いや言葉で話せよ」
犬猫牛、人間は五名。たった三人の家族でもこれ程までに賑やかだ。
「カリッと中からチーズ! うう~ん絶品!」
「夏場とはいえ、やっぱり朝は温かいものがいいね……」
「そりゃあまだ身体が目覚め切ってないからねえ」
ダイニングに椅子を並べて、五人揃ってもりもり食べる。ユーリスはまだ身体の疲れが残っているようで、時々痛む箇所をさすっていた。
「お父さん本当に大丈夫? 休まないの?」
「農家ってのはね~……自然と戦う職業だから、休みなんて皆無なのよ~……」
「んー……」
疲れの原因は働きすぎかな、と考えてみる。
「アーサー君トマトスープのお代わりはいるかしら」
「ください」
「はいはい」
「エリシアさんわたしも」
「待っててね」
ここまで二人で食べたトマトスープは約十五杯である。
「二人とも食べすぎだよぉ」
「だって美味しいんだもん」
「腹が満たされないのだから仕方ないだろう」
「二人共成長期だもの、仕方ないわ。エリスもお代わりしていいのよ?」
「……苺ゼリー、お代わり」
村の周囲に広がる森のように、もりもり朝食を食べて。午前の時間が始まる。
三人はクロに言われた通り、ユーリスの畑仕事を手伝うことにした。作業着に着替えて準備は万端。因みにこれは農学の授業で、必要になるから注文販売するということで購入した物である。
「よよよよ、よろしくお願いしまーす……」
「そんなよそよそしくしなくても、畑は全てを受け入れてくれるよ」
「で、でも、あまりにも大きかったもんで、委縮しちゃいました」
「はっはっはそうかそうか」
「はぁ……」
久々に改めて見ると、家の畑は非常に広い。この畑で十を超える品種の苺を栽培して、そして誰かの食卓に届ける。それを仕事にしているのだ。
「あ゛づい゛よぉアーサーぁ」
「我慢しろ。虫に食われるよりはマシだろう」
「でも汗が止まらない……」
「やばいと感じたら家に戻って、休憩していいからね。水分補給大事大事」
授業でも習ったつもりではいたが、やはり畑仕事はやることが多い。加えて畑の面積も広いので、あちらこちらを歩き回る。
「ユーリスさん、地面に除草陣張ってないんですか」
「おっとさては授業で習ったな? だとすると、魔術干渉は行った分だけ作物の品質に影響するってことも知ってるはずだよね?」
「いや、でも規模が……」
「わっはっは、大丈夫大丈夫これを見ろ?」
「ん……?」
アーサーの足元の地面を、足で擦って削る。
すると魔法陣の一部と思われる、曲線と模様が一瞬光った。
「これは……防虫陣ですね」
「こん中に除草陣の効果も混ぜてるんだ」
「へえ」
「でもただ排除するだけじゃないよ? 土と上手い具合に干渉してもらってね、ある程度自滅してもらうようにしているんだ」
「ある程度ですか」
「何もないってのはね、不健全なんだよ。ちょっとだけ雑草とかが生えてるぐらいが丁度いいの。で、それだと不味いから人の手で摘み取る」
「つまり、作業を最小限に抑える努力ということですか」
「そゆこと~」
「……この魔法陣、売り出したら金になりませんかね」
「殲滅効果を調整する為に複雑な改造施しすぎて、結果僕しか術式を理解できなくなっちまってなあ。これ展開した後も常に魔力を調整しないといけないんだけど、別の農家さんに使わせたら全然効果を発揮できなかった」
「成程……」
草むしりは農業の基本。更にこの畑では様々な品種を栽培している為、当然収穫時期も様々。
「よっと……」
「そうそう、大分様になってきたじゃねえかギネヴィア」
「ありがとうございますっ」
「だからそういうのやめろぉ? っと……」
「どうしたの?」
「お前、この苺は……ちょっと売りに出せねえな」
「何で、綺麗な形でしょ」
「裏まで見ろ、ちょっと潰れてるだろ? こういうのを収穫時点で見つけたら、それは排除しなくちゃなんねえ」
「もったいない……」
「いや、こいつはジャムとかムースとかにすんだ。形が潰れてても味には変わりないからな」
「そっか……じゅるり」
「何だ、食べるか?」
「食べていいの!?」
「ああ、ちょっとだけならつまんでいいぞ。農家の特権だ」
「いただきます! ぱく! うま!」
「ははは、エリスみてえな食べっぷりだなあ」
畑から離れてもやることはいっぱい。農具の手入れ、収穫物の梱包、それから売りに出す際の売り文句を考えたり。
「むへぇー疲れたぁー」
「お疲れ様。休憩していってね」
「ありがとぉー……む。お母さん、これは新しい品種なの?」
「ええ、魔術品種改良で生まれた最新のね。ストロベリーシャワーですって」
「ぱく……む、しゅわしゅわする」
「果肉の中にしゅわしゅわする成分が入ってるみたい。サイダーとかと同じ原理ね」
「何か、面白いの造ったね……」
「まあうちは一般的な品種は取り揃えちゃってるからね。こうした出回ったばかりも品種を貰ってきて、実証試験を行うのも最近はやってるのよ」
「貢献してるぅ~。で、これも売りに出すんだよね。そっちの箱に入ってる」
「先ずは村で売り出して様子を見るみたい。反応が楽しみね」
「値札とか作ってみようかな。お口しゅわしゅわ、味覚にあまずっぱ~い苺のにわか雨……」
「まあ、素敵な売り文句ね。魔法学園で色んな言葉を学んできたのかしら?」
「そうかも~。えへへ」
そうして午前の仕事を終えたら、昼食休憩である。
「お前らー! 飯の時間だぞー!」
「シャアー! 飯の時間にゃー!」
「姿を見かけなかったが、何をしていたんだお前ら」
「周囲の警戒! 害獣が襲ってこないようにね!」
「悪い魔物を見かけたら魔法で追っ払うのにゃー! 実際追っ払ったにゃー!」
「すっかり意気投合してるな……よっこいせっ」
汗だくのアーサーとユーリスが、庭に用意していた椅子に座る。ギネヴィアとジョージも続き、最後にエリスとエリシアがサンドイッチを持ってきた。
「はい、今日のお昼ご飯。ベーコンレタストマトサンドイッチよ」
「びーえるてぃ。うまいっ!」
「ライムの果実水もどうぞ~」
「ごくごくごく、ぷはあ」
魔法を使って日差しを作る。快適になった所で、大自然の中での昼食だ。
「いや~やっぱり人が多いっていいねえ」
「魔術で管理できるっつっても、結局一人であれこれやることには変わりねえからな」
「そういえば三人は農学を取ってるんですってね?」
「うん。将来やりたいことって言われたら、やっぱり実家を継ぐことかなって」
「いい心構えだぞぉエリス。やっぱり僕の娘だな!」
「えへへっ」
ユーリスに頭を撫でられて、満更でもない様子のエリス。
「てか三人か。アーサーとギネヴィアもか。ありがとうね」
「はい」
「どうもです!」
「何か村の方で奢ってあげようか?」
「あの、信頼関係の寄せ方が雑じゃないですか」
「まあまあ、この人なりのやり方ってことでいいじゃない」
「そうだぞー。僕からの信頼を甘んじて受け取れ特にアーサー」
「ははは、それはそれは甘んじて」
思えばあの衝撃の出会いから、実に四年も経ったのだ。
「そういや皆午後からの予定は?」
「ないと言ったらまた畑ですか?」
「いやぁ僕だってそんなことはしないよぉ。だって僕にも午後の時間あるもん」
「まあ午後は……村を散歩して、それから課題かな」
「わたしアーサーについてく~。この村のこと気になるし」
「アーサー、全部終わってからでいいから剣術訓練の続きやろうよっ」
「そうするか。時間もあるしな」
「エリスが剣術ってどういう風の吹き回しだにゃー?」
「色々あったんだよ、色々とね」
「まあ武術を学んで損になることはないわよ。頑張ってね」
「うん!」
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