第552話 ぎぃちゃんの夏休み・後編
ペンドラゴン家は集落から離れた小高い丘の上にあり、他の村人からは大きめの家に住んでいる専業農家という認識を持たれている。
立地上そこまで頻繁にご近所付き合いがあるわけでもないので、買い物に行くだけでも新鮮な気分になれるのだ。
「で、ここが中央広場だ」
「わあでっかい。グレイスウィル程じゃないけど」
「世界最大の王国と比べてはいけない」
アーサーとカヴァス、エリスとギネヴィアの四人は、ユーリスから小遣いとした渡された銀貨一枚を手に集落までやってきていた。ここは最も賑わう中央広場である。
「アヴァロン村ってさ、森に囲まれて周囲との交流があんまないって話だったけど、そんなことないみたい?」
「まあここ最近でログレスの動向も変わってしまったからのう」
三人の背後から話しかけてくる老人。ギネヴィアは記憶が飛んでいて、カヴァスは興味がなかったので知らないが、エリスとアーサーは彼がこの村の村長であることを知っている。
「村長さんこんにちは。グレイスウィルより帰省してきました」
「ほっほっほ、元気そうで何よりじゃ。お前さん達はこの村の有名人じゃよ。何てったってあのグレイスウィルに通っておるんじゃからな」
「ええ、それ程でもぉ」
「何でギネヴィアが照れるの……」
「……はて、そちらのお嬢さんは?」
KAKUKAKU=SIKAZIKA
「成程、今度から一緒に過ごすことになった友人と、そういうことじゃな」
「そうですそうです」
流石に第三者に、後から生まれ出たナイトメアということを説明するのもややこしくなりそうなので、こうなった。
「それで村長、どうなんですか最近のアヴァロンは」
「まあ結論から言うと特需が来ておる。ユーリス君が作ってくれた結界によってこの村はほぼ損害ゼロじゃったからのう」
「つまり色々とまたとない盛り上がりを見せていると」
「その通りじゃ。ほれ、ここを歩いている者の姿を見るだけでも、活気づいているのがわかってくるぞい」
「んー?」
言われた通り周囲を見回す。大道芸人や屋台の数々は見慣れた物だ。
しかしその数や、またそれに集まる人々を見ると、確かに変わっている。
「何か、若い人が多いですね?」
「その通りじゃ。住んでいる場所が壊滅した者、壊滅までには至ってないが心機一転新天地に行こうと志した者、それらに便乗して移り住んだ者、実に様々じゃ。人口はわしが認識しているだけでも八割増えたぞい」
「八割……そんなに人住めるのか、この村」
「今は仮設の小屋を建てていたりするが、それも限界が来そうでのう。周辺の森を切り倒すのを検討している」
「じゃあそのうち、森に囲まれたアヴァロン村じゃなくなるのかー」
「アヴァロン村じゃなくってアヴァロンの町になっているかもな」
「農業やってる人が多い以上それはないでしょ」
率直なエリスの一言が村長の精神を抉る。
「まあいいや、直接わたし達に関係あるわけじゃないし。頑張ってくださいね」
「お、おう。頑張りますとも」
「流石アヴァロン村生まれアンド育ちだと説得力が違う」
「ねえねえ、小腹が空いたから何か買おうよ」
「そうだな、折角貰ったのだから使わせてもらおう。この銀貨をな」
こうして買ってきたのは鶏のもも肉のフライドチキン。
手に持ちやすいように袋に入れてもらって、はふはふしながらある場所にやってきた。
「ここだ……聖剣岩」
「……」
流石に八割も人が増えれば、閑古鳥が鳴いていたこの場所にもそれなりに人が来ている。観光案内気取りの村人がいたり、客を狙って菓子の屋台が出ていたり。
しかし流石に乱暴する人が多くて管理に辟易したのか、以前までついていた階段は取り払われ、穴を覗き込むことはできなくなっていた。
「伝説ではここに聖剣……
「……」
「どうかな。自分が抜いた場所、ここだったりする?」
「……」
腕を顎に当てて、唸りながら考えるギネヴィア。
暫くすると、快活そうに手を鳴らして、
「わかんない!」
「……まあそんな気はしてた」
「千年以上も昔のことだもんね……」
「周囲の環境だって変わっててもおかしくないしね~」
「ん~、でも今ならあれでわかるんじゃないか? 魔力的なあれで」
「あーそれは……前までなら触れたんだけどなあ」
「わざわざ触る為だけに秩序捻じ曲げるのもなあ」
「近くにいけば、何か……」
ということで近くに寄る。わいわいとがやがやとした人々の声が、閑静な森に響いていた。
「……おーっと」
「どう?」
「何か……微かに感じる。魔力的なサムシング」
「本当?」
「まあ、本当に微かだから、詳細まではわかんないんだけど」
「ならやはり無理か。これが本物の聖剣岩だという証明は」
「でもぶっちゃけさあ、聖剣岩って
「次なる勇者の為に眠らせておくわけではないものな」
「まあロマンがあるって言われたらそうだけど……わたしの存在自体がロマンみたいなもんだしね」
「事実ぅ」
「ならば帰るとするか。また屋台で何か買っていこう」
早速動こうとするアーサーだったが--
エリスはその素振りを見せず、立ち尽くしたままだった。
「……どうした?」
「ん……えっとね」
「思い出してたの……わたしって、この聖剣岩の根元で見つけられたんだって」
そうなのかという感嘆の声を、アーサーもギネヴィアも出した。
「前にお父さんとお母さんが、本当の両親じゃないって教えてくれて……その時に」
「教えてくれたんだ……」
「後で拗らせるよりは、今はっきりさせといた方がいいって。わたし、その時は驚いちゃったけど、すぐに受け入れられたよ」
「そんな簡単にできるものなのか?」
「何かできちゃったんだよねー……」
「もしかすると、
「「……」」
爽やかな夏の空気とは反対に、場の空気は重々しい。
その存在が出てしまえばそうなってしまうのだ。
「……早く屋台を見に行こう。売り切れとかあるかもしれない」
「うん……」
屋台で売っていたのはチョコレイト・ヴァ・ナーナ。最近来ているスイーツで、ヴァ・ナーナの希少性故値段は高め。それでも満足する味であった。
こうして屋台で腹を満たした後、三人は家に帰ってくる。時刻は午後三時の昼下がり。
「ただいまー」
「お帰りなさい。丁度いいわ、今ケーキを焼いたのよ」
「やったあ! 食べる!」
「チキンにヴァ・ナーナも食べたのにか?」
「ケーキは別腹! お母さんのなら尚更!」
「めっちゃわかるぅ」
三人は椅子に座って、夏日を窓から浴びながら、ケーキがやってくるのを待つ。
それから数分して、クリームが丁寧に塗られたショートケーキが三つも。
「こ、これが、エリシアさんお手製ケーキ……!」
「ギネヴィアは食べるのは初めてね。お代わりはまだあるから、いっぱい食べて頂戴ね」
「はーい! いただきまーす!」
もぐもぐむしゃむしゃとフォークを動かすギネヴィア。続いて、ん~! と感嘆の声を放つ。
「おいひい……!!」
「でしょー。お母さんの作るケーキは一番美味しいの!」
「店のもいいが手作りもまた風情があるものだ」
アーサーは果実水をコップに入れて、三つ持ってきて机に置いた。
「……」
「さり気なく隣に座るぅ」
「い、いいだろ」
「……」
「……」
また使っていないフォークを手に。
アーサーの分のケーキをちょっとだけ掬う。
「はい」
「……人前なんだが」
「でも……ここでじゃないと、できるチャンスないもん」
「何だよ、それは……」
とか言いながらはにかんで、口を開いて、
フォークの先にちょこんと乗ったケーキをぱくり。
「……」
「……」
「……美味しい」
「えへへ……」
ひゅーひゅーと軽く煽るギネヴィアとカヴァスの背後から、
ひょっこりユーリスとジョージ、クロが顔を出す。
「ひゅわぁ!」
「何だその声。ていうか、戻ってきていたんだね」
「ん、ただいまお父さん。ケーキできたって」
「そうかそうか。母さんのケーキは美味しいからね。僕もいただくよ」
「俺にも」「クロも食べるにゃー!」「スルーしてたけどボクにもくれよぉ!」
「はいはい、そんなに急がなくてもケーキはなくならないわよ」
白い大地に赤の恵み。ふわふわスポンジあまあまクリーム。つぶつぶ苺のシンフォニー。
ケーキ、ケーキ、苺のケーキ。安らかな午後に素敵な甘味を。
「ん……お腹いっぱいだよぉ……」
「今から寝ると夕食間に合わないわよ~?」
「課題しながら起きてる……」
「剣術修行はどうした?」
「う~……お腹いっぱいなのに動いたら、お腹痛くなっちゃう……」
「ははは……じゃあ今日は風呂上がりの訓練を多めにしよう」
「アーサーも優しいなあ。そこは鬼教官みたいに、甘ったれるなーとか言うのかと思ってた」
「無理せず無理する。武術に慣れてないなら尚更大事なことだ」
「我が主君ながら名言だぁ」
夏の日は実にやることがいっぱい。あっという間に時は過ぎる。
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