第553話 少女騎士と騎士王の夜・前編
それからは平穏な時が流れていった。夕食を食べて、風呂に入って、リビングでくつろぐ。
そのような団欒の時間も終わり、夜は深まっていく。あっという間に就寝の時間になった。
「エリス、思ったが一人部屋で大丈夫なのか?」
「んー、平気。怖かったらお母さんの部屋に行くもん」
「わたしじゃないんかい」
「だってお母さんに甘えられることって、滅多にないじゃない?」
「まあね~」
一緒に階段を昇った後、アーサーとギネヴィアは別の部屋に向かう。
「じゃあお休み。明日こそ訓練な」
「ぐ、ぐぬぅ。頑張ります」
「ははは、また明日」
「お休みぃー!」
「お休みぃ」
とたとた内履きを鳴らして部屋に向かうエリス。それを見送ってから二人は部屋に入った。
「ふう……」
「出ていいぞカヴァス」
「あいー」
それぞれ部屋の適当な場所に身を投げ出す。アーサーは一人掛けソファー、カヴァスは丸いラグにうつ伏せに、ギネヴィアはベッドに転がり込む。
「いやー、今日も疲れた疲れた」
「全くだ。薬草でも買っておけばよかったな」
「多分ユーリスの部屋とかにあったりするだろ」
「……呼び捨てなんだな、カヴァスは」
「ボクはそーゆーとこ気にする性分じゃないし~。ワオ~ン!」
少し外でうろちょろしている野犬に聞こえなくもない遠吠えが、目の前で寝っ転がっている白い犬の口から放たれる。
「毛並みでも整えてやろうか」
「やってぇ~」
ひょいと膝に飛び乗り、慣れた手付きでアーサーは撫でていく。
「……あのさ」
「んあ?」
「何かうやむやになっちゃった感じあるけど……結局カヴァスって何なの?」
「ボク? ボクはマーリンのクソッタレに造られた制御装置だよ」
「制御装置……」
「ご主人様が持ってる
「そうだったんだ……でも、昔の記憶の時にはいたような?」
「剣こそ抜いていたけど力は抑えてたって感じだったんだよ。んでもエリスがやっているように、魔力錬成の訓練すればいつでも実体化できるんじゃね〜」
「そんな他人事みたいな言い方」
「頑張るのはキミだからなアーサー?」
「……わかったよ」
「……まっ、そんな経緯で造られたけど今となってはこの通り。従順なカワイイワンコさ~」
「……その性格も昔からなのか?」
「さあ? 正直覚えてないよ。覚えてたとしても黒塗りの歴史だよ」
くぅーんと気紛れに鳴くカヴァス。
「しかし風情のある夜だねえ。こうなってくると歌でも歌いたいねえ」
「……」
「その顔は何ぞー!? わたしにだって自由はあるだろー!?」
「まあ、好きにするといいさ……そうだ、あれ歌ってみてくれよ。フェンサリルの姫君」
「いいよー! エリスちゃんの中にいた頃に、歌詞はばっちり覚えたからね!」
我らは人形から始まって、黎明の大地に翼を広げようで終わる旋律を、ギネヴィアは一通り歌う。
「本当に歌詞は覚えていたな……」
「舐めんじゃねーぞぅ?」
「でも音程スッカスカだったよね」
「ちょっとぉ!」
「まっ、ストラムの奴にこってりしごかれるといいさ……ははっ」
窓の外には半月が浮かんで、夜を行く者を照らしている。
「アーサー……」
「何だ?」
「その……紙束の件なんだけど」
「ん……そうだ、お前には内容を伝えていなかったな」
「うん、だからここで教えてよ。そだ、何かお夜食でも持ってこよう」
「皆寝てるし静かにな」
こうしてギネヴィアが持ってきた苺牛乳を手に、二人は事のあらましを伝えたり伝えられたりした。
「魔術協会に入ったらしい人物……秘密教団……」
「率直にお前はどう思う?」
「何か……わたしすかんぴんだからさ。偶然にも倉庫で見つけた紙束から、そんなことがわかるなんてすごいって思っちゃった」
「それならオレの方も思っているから安心しろ」
「そっかあ」
会話をして互いに目は冴えた。今夜はまだ眠れそうにない。
「その日記書いた人、今はどこで何をしてるんだろうね」
「生きているかどうかもわからないけどな……」
「それはそう。でも案外、農業に従事してたりするかもね」
「これだけコケにしておいてか?」
「そういうもんでしょ、人生って」
「……お前が言うと何だか不思議だな。何だかんだで騎士になったお前が」
「にへにへ~」
「……わたしさ。日記とは全く関係ないんだけど、気になってることがあって」
「……言ってみろ」
「ユーリスさんとエリシアさん……エリスちゃんを見つけたの、本当に聖剣岩だったのかなって」
カヴァスを撫でる手が止まる。止められた方も、んおっと素っ頓狂な声を出す。
「お前の記憶にあったりしないのか?」
「わたしの記憶は……エリスちゃんと同一だからさ。エリスちゃんが忘れたことは覚えていないの」
「だとすると三歳前後が一番古いか」
「うん……突然走ってて、転んだ所から始まってる」
「そうか……」
コップに残った苺色の液体を眺める。
「……本当に目が冴えてしまった。眠れそうにない」
「じゃあ何かやる?」
「そうだな……外に出たいな。折角だから」
「いいよー」
「ボクもお供するとしましょう、ご主人様」
幾ら以前とは様相が変わったとはいえ、夜は暗いことに変わりない片田舎--と思っていたが、ふと集落の方を見る。
ぼんやりと明かりが見えた。
「人が増えたからかな……」
「行ってみるか?」
「いいの?」
「まあ、オレもふらりと外に出てみたかっただけだし」
「……お前と二人きりなんて機会、滅多にないからな」
「そうだねぇ」
ある程度風が吹いていて、纏わり付くような暑さではないものの、夏であるからには夜は暑い。
そんな暑さがどうでもよくなるような喧騒が、集落の方では広げられていた。
「わぁ、お祭りみたい」
「ちょっとした屋台まで……」
流石に昼のような規模ではないが、若者が集まっているのに合わせて、ちょっとした天幕が張られて飲み物を振る舞っている。レモンの果実水だ。
「おじさーん、ばんわんこん」
「おや、ペンドラゴンさんとこの。こんな時間に出歩くとはそちも悪よのう」
「フィールドワークでこの時間に出歩いたことありますし」
「へえ、魔法学園ではそんなこともやってんのかい。おれにゃあわっかんねーが、難しいことやってんだな」
そんなことを言いながら、店主は売り物とは違う飲み物を紙コップに入れて、二つ渡してくる。
「何ですかこれ」
「臭いからわたし飲まないよ」
「おっと、まあおなごにゃきついもんがあるかもしれねえが、がはは。ついでにこれもくれてやろう」
「豚バラ串……しかも塩胡椒ががっつりの……」
「まあ飲んで食ってみろって」
「……」
言われた通りにやってみるアーサー。
黄色がかったその飲料は、飲むと喉を抉ったような味がしたので、それを豚バラ串で流すようにすると、何となく快感が得られた。
「ぷはあ。……ちょっときつかったですが、中々いいと思います。何なんですかそれ」
「麦酒だよ。丁度いいのが入ったんで、皆に振る舞ってたとこだ……」
「ちょっとぉ、わたし達まだ未成年なんですけど!」
「おれ達が同年代の頃はこ~して初体験キメてたぜぇ?」
「それはそれこれはこれです!」
「まあ、味としては覚えておきますよ。将来嵌るかどうかは別として」
ぷりぷり怒ったギネヴィアと、初体験の酒精に意外と手応えを感じていたアーサー。そして主君を通じて酒精の影響をモロに受けたカヴァス。
「ぐえ~~~~~」
「臭いし、えぐいって言うじゃない。何でそんなもんの為に命懸けれるんだろ……」
「酒精が入ると人間は快感を得られるそうだぞ」
「あんなえぐい味なのに?」
「何というか……生命構造に直接干渉してくるそうだ。身体を温めたりとか、気分を和らげたりとか」
「そんなのタピオカでいいじゃん」
「お前は特にそうだろうな」
「うう~……」
「……わかった、昔の主君か。如何にも麦酒大好きって風貌してたよな」
「そうだよ~~~。あれのせいでわたしがどれだけこき使われたか……今思い返すと腹立ってきた!」
適当なベンチに座って一旦休憩。どんちゃん騒ぎを理性で制御できる段階に留めて繰り広げている若者達を、ぼんやり眺めている。
「うえっひ~~~~~」
「それにつけても酷いなカヴァス」
「肝臓の仕事をナイトメアに任せちゃいかんぞう~~~」
「面白いと思って言っているのか」
「違うって、真面目にそうなんだって、キミの肝臓が酒精を分解する仕事をボクが受け持ってっていうか勝手に分担されてこうね? ヴぇ~~~~~~~」
グエエエエエエエエーーーーーーッ!!!
「……おい、流石に汚いぞ」
「いや今のボクじゃないよ?」
「……」
「……」
あれだけ喧しくしていた村人達も、皆それぞれの行動を止めて声が聞こえた方向を見ている。
それから誰かが呼びかけて、戦えそうな者が集うまでそう時間はかからない。
「……見に行った方がいいよね」
「ああ。それで無理そうだったら……力を開放しよう」
「個人的にはその方がボクの酔いも覚めるからさっさとしてほしいんだけどね」
「個人……? 人……?」
「ツッコむのそこかよ!?」
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