第554話 少女騎士と騎士王の夜・後編

 アヴァロン村を囲む森を抜けると、そこはもうログレスの大平原。


 地平の彼方より月が望む。森や村が転々としているこの地で、それは唯一の道標のように感じられる。




 そんな夏夜の平原を、村の男達は武器を手に行く。


 アーサー達は敢えて背後からついていき、様子を窺うことにした。






「アヴァロン村にまで声が聞こえたってことは……」

「非常に強い魔物か、村の近くで襲われているか」

「どうやらどっちにも該当するみたいだよ?」




 カヴァスが尻尾を振って、四肢を力強く踏み入れる。



 視線の先では交戦が始まった――








「うわああああああ!!!」

「な、何だこいつはっ!?」

「来るなあああああ!! あっちいけ!!!」





 魔物ハンター魔物に食われる――


 正にその、文字通りのような光景。





 倒れているのは赤い服を着た人間達。それを囲むようにして獰猛な声を上げる魔物共。その種族はというと、ゴブリンだったりコボルトだったり、一般的には大したことはないと認識されるのばかり。



 だが、狂ったように奇声を上げ、そしてその腕からは推測できない威力の殴打を繰り返す。






「何かに影響されたか?」

「……!」

「どうした?」

「見て、後ろから……!」




 ギネヴィアが指差した方向。




 そこから人間が近付いてくる。






 馬よりも早く、鷹よりも静かに。白い肌に赤い目、時代錯誤なチュニックの男。






「あいつは!」

「……ごめん、わたしは記憶が曖昧だ!」

「アラクネが暴れてた時、一息で沈めた奴だ――片方だけみたいだがな!」




 騎士王が剣を抜きながら駆け出す。



 合わせて忠狼の遠吠えが響く。











「おっ……おわっ!?」



「な、何だこれ!? 結界的な何かか!?」






 村の者達は慌てふためくが、害がないことを知ると、すぐに別の行動に移る。




 怪我の様相が様々な男達に近付く。申し訳程度の回復魔法を口にしながら。






「お、お前! お前らアルビム商会の連中だな!?」

「……ぐふっ」

「何でアルビムが魔物に襲われてんだ!? 何かやったのか!? いやそれも気になるけど、それ以上に――」

「……怪我人に、こぞって訊くことがそれかいな……」



 解放した男達は一様に目付きが悪い。どれだけ睨み付けられようとも、肩で息をされて血を流されては、多少の同情も生まれるというもの。



「と、とにかく! わしらは近くの村に住んどるんだ! そこで介抱しちゃるから、安心せい!」

「……何が目的だ」

「そりゃあ、あんたらが無事に助かることさ!」





 村の者の数が十数名なのに対して、アルビム商会の面々は三十程度。これに彼らが輸送していたであろう積荷も加わる。





「ナイトメアも動かして……起こすか!? 村のもん起こしてくっか!?」

「おい、そこまでするな、大事になる……」

「村に運び込む時点で大事だっちゃ!」

「だから、ここで治療しろ……! いいなぁ!!!」




 残っていた気迫に押され、流石の村人達も行動を変化せざるを得ない。




「わ、わかったよ……でもそれなら、何で襲われたのかだけ教えてくんねえかい? 流石に怪我人のこと何も知らねえってのは……」

「……想定外……」


「え?」

「来るだろうとは思っていたが……それ以上の……」

「な、何だよ。もうちょっと大きな声で言ってくれ?」

「てめえにゃ関係ねえっ!!!」

「ああっ、そうすると傷口が……! 訊かない、訊かないから安静にしてくれ!!」
















 村人達が、治療を始めたのをゆっくり横目にしながら――



 アーサー、ギネヴィア、カヴァスの二人と一匹は正面を向く。




「カヴァス、結界を構築してくれてどうも」

「フンッ、これぐらい造作もない。で……どうする。治療は続くっぽいけど」

「姿がバレないように展開を続けよう。わたしとカヴァスでいいかな?」

「ああ――あいつの相手は、オレ一人でいい」




 鎧と王冠を纏ったアーサーが、聖剣エクスカリバーで正面のそいつを差す。









「……」




 しかしその、時代錯誤な風貌の彼は一切動じない。



 それどころか目を閉じ始めた。






「は……?」

「瞑想ってやつ? 体力回復とか身体強化とか来るんじゃないの!?」

「なら、今のうちに――」






 剣を構えた所で、



 その男の蹴りが飛んできた。






「っ……!!!」








 どうにか構えていた剣で受け流したが、衝撃で数メートルは後ろに下がる。



 それを確認した彼は手を組み、臍の近くに持っていってから、




「我が主の命令です。貴方の実力を確かめます」

「何?」






 それだけ言った後、男はまた距離を詰める。今度は拳。



 剣が間に合わなかったので――



 手に渾身の魔力を込め、掌でそれを跳ね返す。






「魔力量、及第点。急激に成長したという所感」

「どの口で――!!」






 押されてばかりではいられない。剣を掲げて前に走る。



 振り下ろした剣は、彼の腕に食い込み――



 掠り傷を付けた所で弾き飛ばされる。






「ふんっ!!」

「姿勢変化の速度も早い。思考能力も同様に」

「あんた!! オレの質問には答えられるか!!」




 剣を用いて受け止め、跳ね返すと同時に攻撃を加えつつ、アーサーは叫ぶ。



 拳を間髪入れずに打ち込み、変則的に足や体当たりを挟みながら、男は対応する。




「内容によっては我が主に返答の必要があるか伺いますので、それは時間が必要です。我の知識の範疇で答えられる内容ならば、即座に返答します」

「構わん!! あの魔物共を、けしかけたのはあんたか!?」






 すると、男のラッシュ攻撃が急に停止した。




 そしてまたあの態勢。臍の近くに組んだ両手を置き、直立して目を閉じる。






(我が主とやらと交信できる姿勢なのか?)






 実質的な休憩時間が約十五秒。






「はい。我が主は彼等の実力を確かめるべく、我に連中を襲わせました」

「襲わせ……たあっ!」

「そこに貴方が現れたので、我が主は興味を示した」






 簡潔に答えるとすぐに攻撃は再開される。




 近接攻撃が主なので顔がよく見える。一切の口角を上げない、平たい目をした、意図の読めない表情。






「じゃあ魔物は無関係ってことか!?」

「それは我の知識によって答えられます。我の解放した力に当てられて、狂化した魔物が従属してきたと推測」

「従属って……!」




 それも無意識のうちに、副作用で。



 彼が持つ力とでも言うのか。







「ぐおおおおおおお……っ!」

「……」






 こちらも負けてはいられない。実力を確かめるとは言うが、何をするかわかったものではない。




 勢いを乗せて剣を振り下ろす。男の腕の半分を、この一撃で地面に落とした。






「……」

「くっ!! 何なんだあんたは……!!」





 すると残った右手で殴りかかってくる。落ちた左腕に対して、痛む様子も見当たらない。



 手数が減って多少戦いやすくなったとは思うが、一撃の重さは変わらぬまま。顔は相も変わらず無表情。



 避け切れぬ一撃の積み重ねは、徐々に肉体を疲弊させていく。








「あんた……! その主ってのは、一体どんな奴なんだ!?」

「それは我の知識によって答えられま――」




     否、もう良い




「……」

「なっ……」






 男は不気味な程突然に。



 攻撃の手を止めたかと思うと、まだ血が滴る腕を身体の脇に持っていく。



 腕が残っていたら、先程と同様の姿勢になっていた。






 足音が二つ聞こえる――








「アーサー、村の人達治療終わったみたいよ!」

「結界解除するけど、いいよね? そっちもある程度片付いたんだろう?」

「……」




「……さっきの声みたいなの、気にしてるの?」



    ほう、小娘も聞こえているか






「っ……」

「おいお前!! 一体どこにいるんだ!! 月か!? 月にいるんだな!?」




       月だと? 


       何のことかは知らぬが、

       まあ答えるわけがなかろうよ






「あんた……会うのは、いや、接触するのは三回目だな。武術戦、アラクネ、そして今回」



       そうだ、そうだ。

       振り返ってみると、

       まだ三回しか経っていないのだな。




       クククッ……






「連中の実力を確かめると言っていたが、そんなことして何になる?」




           我は連中の礼節に対して

           相応の返答をしたまでだ




「礼節……?」






       連中が吹っかけてきたものだから

       我も吹っ掛かけてやった――




       ただ、それだけよ――






「何か、それ以上は答える気はないみたいね?」






  当然だ。我はまだまだ飢えておる



  先の戦いはしかと見ていた



  ようやくうぬも本来の力を取り戻したようで、

  これからが本番だと言うに――




  終わらせるわけがなかろう


  まだまだ、味わせてもらうぞ








「またそれか……あんた、本当にオレの何だっていうんだ? オレと昔何があった?」




    そのような核心に触れること、


    易々教えるわけがなかろう




「……」








     だが――そうだな






     言葉によって泳がされるのは、




     流石に苛立ちも募るだろう






     故に特別だ




     核心ではないことなら一つ教えてやろう








「……何だ?」






     我の眷属の中でも、

     一際優れた者共がおってな




     そのうち一つ、

     炎が慟哭に打ちひしがれている――




     慟哭はやがて懐疑に、懐疑はやがて憤怒に




     憤怒は身を突き動かし、そして顕現する




     地上は何に染まっていくだろうな?






   そしてうぬはその最中においても生き残れるか? 




   否、生き残ってみせろ。我を楽しませてくれ








「……」






     さて、今宵は実りある夜であった。


     連中がそろそろ逃げそうなのは残念だが、


     引き換えに騎士王に接触できた






     戻ってこい。その腕を治す時間も必要だろう






「承知いたしました」

「治せるのか? 酷い傷じゃないか、どうやって」

「それは我の――」




     構うな、下がれ




「承知いたしました」

「くっ……」

「アーサー、ここはもう帰ろう……」








 男の背中を追おうとしたら、肉体がズキリと疼いた。



 ギネヴィアに窘められて、唇を噛み締めながらそれを見送る。











「……元通り、かな」

「ギネヴィア、治療は済んだんだな?」

「うん。でも何で村に戻っていかなかったのかは、わかんないけど……」

「後で尋ねてみよう……」



 緩む緊張の糸が、肉体にも影響を与え、徐々に身体を重くする。



「カヴァス、身体に戻ってくれないか。きついんだ」

「いや待て、ボクに乗っていくのはどうだろう。戦っている間に遠くまで来ちゃったみたいだよ?」



 言われてみると確かに、アヴァロン村を取り巻く森は遠くに位置している。



「ならそうするか。というかお前はオレを乗せれるということを忘れていたよ」

「ボクはただの犬じゃなくって騎士王の忠犬だって言ってるだろうが」

「わたしもケツに乗っていい~?」

「言い方ぁ!!」






 そうしてわらわら乗った後、狼は静かに駆け出す。



 夜に溶けるような足取りで、風になったかのような速度で、月明かり麗しい真夜中を行く。






「何だかワクワクしないか? まるで騎士王伝説の一シーンだ!」

「悪しき魔物より旅人を救い、凱旋する騎士王と忠犬。と……」

「……その辺の村娘?」

「それでいいのかお前は」








 慟哭はやがて懐疑に、懐疑はやがて憤怒に。


 謎の声が言ったそれの意味。




 それと同時に明日はエリシアにホールケーキを作ってもらおう、クロにちょっかいでも出そう、エリスの膝枕で昼寝でもしようと考えながら、帰路に着く彼らであった。

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