第58話 幕間:砂漠の遺跡
「さて……本日はご招待に預り感謝する、ベルシュ殿下」
ルドミリアは目の前の男性に対して甲斐甲斐しく頭を下げた。彼女の隣の、緑色のタキシードを着たスケルトンも、それに続いて手を添えお辞儀をする。
「頭をお上げください。こちらこそ本日は彼方グレイスウィルからお越し頂き誠に感謝申し上げます、ルドミリア様」
「グォッ?」
瑠璃色の髪を刈り上げ、白いローブを着た男性、ベルシュもまた恭しく頭を下げた。その隣で一匹のトロールが、決まりが悪そうに頭を掻く。
「こらこらクラブ、お前も頭を下げろ……すみません、どうも頭が悪い奴で」
「それもナイトメアの個性というものだ。謝られることではないさ」
「おお、流石はグレイスウィルの貴族でいらっしゃる。広く見聞をお持ちで……」
「褒めても何も差し上げられないぞ?」
白い壁に民族的な絵が綴られたタペストリー。幾多の扉を通りすぎ、大理石の床を歩きながら二人は談笑を交わす。
「ラース砂漠で新たに発見された遺跡……その初調査に歴史学者でもあられる貴女にご同行していただけるとは。感激の極みでございます」
「それはこちらもだ。エレナージュの一大発見に外国の私が関われるなんて。あまりにも嬉しすぎてナイトメアも連れてきてしまったよ――」
タキシードのスケルトンが恭しく頭を下げ、ルドミリアに対して感謝を示す。
「主君よ。久々に私を連れ出してくれたこと、感涙の極みでございます。こうして貴女と共に行動できる喜び……思う存分堪能させて頂きます」
「ふっ、照れるじゃないかキャメロン。お前にはいつも領主の仕事を押し付けてしまって、悪いと思っていた所だ――」
嬉しそうに語らう二人を、そっと見守るベルシュとクラブであった。
「――それよりも私としては、逆に王子であられる貴方が調査に赴いても良いのか、そちらの方が心配なのだが」
「貴女様をお迎えすることを、家臣に任せるなんて無礼なことはできません」
「私はそんな偉い立場にいる自覚はないのだがな」
ふと二人は、窓の一つから外を眺める。
暑さを和らげるための白土の建物。屋根代わりの布の下に並べられた果物や掘り出し物。そこに行き交う褐色肌の人々。
砂漠の王国エレナージュ。その城下町ペスタは今日も賑声で溢れ返っていた。
「この方向は……裏口か? 正門からは行かないのか」
「正門から王族や関係者が出入りする時は祝祭の時のみですので。特に何もない時はこちらから出ます」
裏口から町の外に出た所では、ローブを羽織った人間が三人待っていた。
「彼らが今回の調査に同行する者達です。敏腕の魔術師でもあるんですよ」
「成程。では挨拶をしておこうか」
ルドミリアと共に、キャメロンもお辞儀をする。
「私の名前はルドミリア。このスケルトンがキャメロン、私のナイトメアだ。知っているかもしれないが、グレイスウィルで領主をやらせてもらっている。だが今回は領主というよりは、一介の考古学者として君達と関わっていきたい。よろしく頼む」
「「「よろしくお願いします!」」」
それぞれ頭を下げて挨拶をしていると、
突然前からベルジュによく似た、白いローブを着た瑠璃色の長髪の男性が駆け寄ってきた。
「あ、兄上……お待ちしておりました。ごほっ……」
「クラジュ!? お前……部屋にいないから心配してたんだぞ!!」
「おやおや、どうやら私よりも珍しい方がご同行するようで」
クラジュはルドミリアとキャメロンに挨拶をしようとするが、
激しく咳き込んでしまい、その場に崩れ落ちてしまう。
「……駄目だ。いいから城に居ろ。今日は俺とルドミリア様がいれば十分だ」
「いえ、ごほっ……僕も遺跡には、興味があるので。それで侍女に無理を言って……ごほっ……」
「くそっ……こんな時にニュクスがいてくれれば。ナイトメアともあろうものが、主君をほったらかしにして……あいつは本当にどこに行ってしまったんだ……」
「どれどれ……
心配を重ねるベルシュの隣で、ルドミリアは杖を取り出しクラジュに当てる。
呪文を詠唱した後即座に緑色の光が現れ、クラジュの身体を包んでいく。
光が強くなっていくにつれて、彼の呼吸が少しずつ落ち着いていった。
「はぁ、はぁ……ふぅ」
「たった今呼吸を安定させる魔法を行使した。今日調査に行く分だけなら大丈夫なはず……」
「……申し訳ございません」
「クラジュ殿下が無理を言ってまでご同行したいと申し出たんだ。それを尊重してやるのが筋というものであると、私は考えるな」
「はは……貴女には本当に適いませんね」
すると砂嵐が止まり始め、微かに太陽の光が差し込む。
「さあ、丁度砂嵐も止んだし出発しよう。皆、視力向上と体温低下の魔法を各自付与しておくように」
それから砂漠を歩くこと一時間。
熱線と蒸気に身をやられながらも、一行は目的の遺跡に辿り着いた。
「この柱は……神殿跡か」
「ですが遺跡の範囲は結構広いです。加えて暖炉の跡があったので、人が生活していたのではないでしょうか」
「神殿都市の可能性もある、か……」
その時。
身を焦がすような砂塵と共にやってくる、甲高い唸り声。
「この声は……!!」
「……前方か。キャメロン、支援を」
「御意」
キャメロンが返事をすると、忽ち魔力体となりルドミリアの身体に入る。
そしてルドミリアは杖を構えて、柱の背後を睨み付けた。
その柱の陰に隠れていた二足歩行の魔物に対して、敵意を向けたのである。
「「「クキャァァァァァ……!!!」」」
肉体は橙色の固い鱗に覆われ、目玉は少し飛び出てぎょろぎょろと動く。口を開くと細長い舌と鋭い牙が現れ、唾液を飛び散らせて大声で笑う。
まるで
「オレンジリザード……! くそっ、一丁前に武器なんて持ちやがって!!」
「この遺跡を根城にしていたか……彼らには悪いが、戦うしかあるまい」
たじろぐ調査団一行を、何処かより現れた数十体のオレンジリザード達が取り囲む。
「クラジュッ!!」
「っ――!!」
「――
オレンジリザードの一体が、クラジュに石斧を振り被る前に、
ルドミリアの詠唱がそれを弾く。
「ギャッ……?」
「ギャァァァァァ!!!」
砂と熱気で乾いた空に雨が降り注ぐ。水滴はオレンジリザードの身体に触れると、炎になって包み込んだ。
「今だクラブ!! 叩き割ってやれ!!」
「ギャオッ!」
ベルジュの声と共に、クラブが現れオレンジリザード達の群れに向かって行く。
そして群れの中心になだれ込むと、手に持った棍棒で、燃えているリザードの頭をかち割っていく。
「ギャァァァァ!! グガアアアアア!!!」
だが、クラブが取りこぼした数体が、炎を纏ったまま突進してくる。
「くそっ、しぶといなこいつら!?」
「た、た、たたた、
眼鏡をかけた魔術師が、腰を引けさせながら杖を向けて呪文を唱えた。
土弾が放たれ、突進してくる個体に命中する。
するとその身体にまだ残っていた炎を忽ちかき消していった。
「馬鹿野郎!!! 土属性の魔物に土魔法を当ててどうする!!!」
「ごっ、ごめんなさい~~~っ!!!」
「もう、動転しすぎ!!
女魔術師が呪文を唱えると、光の籠が現れる。
「さあ、観念しなさいっ――!!」
それはオレンジリザードを捕らえると、
「ギャァァァァ……!!!!!!」
一点に収束し、オレンジリザードの身体を膨らませて、隙を与えることなく破裂させた。
「……これで全部か」
数分の戦闘の後、ルドミリアは杖を降ろして辺りを見回す。そこに眼鏡の魔術師がおどおどしながら駆け寄ってきた。
「び、びっくりしました……まさかリザードがいるなんて……」
「まさかも何も、防衛結界も張っていない野晒しの砂漠だぞ? 寧ろいない方が不自然だ」
「うう……そうですよね……」
「考古学の追求はいつも危険と隣り合わせなのさ。さて……」
ルドミリアは柱の一つに近付き、手を当てる。
「キャメロン。これは何年前にできた柱か調べるぞ」
「御意」
二人揃って柱に手を触れ、目を閉じる。
そして数分後に再び目を開けた。
「……かなり古いですね。帝国時代初期の頃ではないかと思われます」
「ほう……すると大体千年前か」
「……凄い。触っただけでわかるんですか」
「ナイトメアの力と……後は長年の勘だな。君もいずれはこうなるよ、新人君」
「え、ぼ、僕のこともわかるんですか……?」
「これも長年の勘……というか、態度とかを見ていればわかるよ。リザード程度に震え上がるぐらいだからな」
そこに他の魔術師二人とベルシュもやってきて、合流する。
「ルドミリア様、この辺りに簡易的な防御結界を張っておきました。暫くは魔物も襲ってこないでしょう」
「助かる。そうだ、君達はこの遺跡のどこから探索を行いたい? 私はあくまでも客賓だ、君達の意見に従おう」
「うーん……それが気になる所が多すぎて、決められないんですよねえ」
「だからルドミリア様が決めちゃってください。その方が確実ですから」
「いいのか?」
「構いませんよ。寧ろこちらからお願いしたいぐらいだ」
「そうか、では……」
遺跡を一望した後、大きな穴がぼんやりと見えるのを確認して。
「柱はこっちに続いている。このまま行けば本堂――この神殿で祀っていた何かがあるはずだ。進むぞ」
「……あれ? クラジュ様は?」
眼鏡の魔術師の言葉を聞いて、四人ははっとして周囲を見回す。
まさか、この砂煙の中で行方不明になったのか。
だがその心配は杞憂に終わった。
「……クラジュ!? そんな所で何やってるんだ!?」
「あ、方針決まりましたか。すみません、暇を潰していました」
クラジュは柱の裏にあったオレンジリザードの死体の側から立ち上がり、すたすたと歩いてきた。
「その、魔物の死体って興味深くって。それで観察していたんです」
「……驚かせるなよ、全く」
「では気を取り直して……行くとしよう」
調査団はそれぞれ返事をし、ルドミリアについていく。
「主君、あちらを。広場の跡と思われますが……」
「どうした……?」
数歩歩いた後、今度はキャメロンが耳打ちをして広場跡にある壁を指差す。
そこには壁画らしきものが描かれていたが、砂に埋もれてしまっていた。
「あの壁画の一部分を私は記憶しております」
「……私もだ。ここから見ただけでも何となくわかるよ。だが先ずは向こうに行かないといけないから、砂をどけておいてもらえるか」
「御意」
キャメロンは広場に向かって駆け出していく。話をしている間、ルドミリアは止まってしまったので、魔術師達が先に進んでいる事態になった。
「ルドミリア様ー! どうしたんですかー?」
「済まない、今行く!」
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