第455話 再戦?

「……はぁ……」






 今日も彼女は時に身を委ねる。



 背中に纏う快楽。彼と共にいられることへの喜び。



 その肉体を抱いて、少女はそっと目を閉じる。






「……」

「指輪が気になるのかい?」

「うん……」


「私と君と、お揃いの指輪だ。ほら、今日も輝いている」



 シャンデリアに照らして指輪を眺める。






「……もっと欲しいな」

「ん?」


「お揃い……指輪だけじゃ、ちょっと寂しいかも……」

「……」




 優しく微笑み、



 そして肩を抱く。




「あるんだ、お揃い。もう一つね」

「……ほんと?」

「ああそうだとも。今から見せてあげよう」

「うん……」






 そうして彼が自分のローブに手をかけたその時--






「……」






 彼の顔がほんの少しだけ、厳しいものになった。






 彼女はそれに気付いた。そして心に暗雲が立ち込める。






「……どうしたの?」

「……済まないね。用事ができてしまった。早急な用事――対処しないと、君に被害が及んでしまう」

「……」




「ふふ、そう心配そうな顔をしないでくれ。直ぐに片付けて帰ってくるからね……」




 それだけを残して、彼は部屋を出ていった。




 見送った後、不安を解消するように、苺に手を伸ばす。






「……」



「……ひとりぼっち……」



「わたし……また……」




 違う



       違う




             あなたには――
















「……もうどうにでもなれってなって、道に降りたけど」

「まさかここまで人がいないとは……」






 ジャファルの家を後にし、九人は城に続く大通りに出てきていた。



 視界の大半を埋め尽くす、最上階が目視できない程の巨大な城。



 それを見上げるようにして進む。大通りの中央を堂々と。






「ここまで来ると逆に不気味じゃない?」

「歓迎されているのか、俺達に対応している暇がないのか」

「どちらにしても、行くしかないんだ」






 入城を歓迎する者はない。



 整然と整いすぎた道、門、扉を通り、城へと踏み入れる――











「……っ」

「何だかがらっと雰囲気が変わったな……」



                      ……



「でっかい城だなあ……部屋が幾つあるかわかんねーぞ?」

「ここも、静か……」



                   ……ハハハ



「床も絨毯もつるつるすべすべで……気持ち悪いな?」

「壁の模様……時々浮かび上がってくるの、気持ち悪い……」



                ギャハハハハ……



「……どうしたの?」

「……正面」

「え……」








ギャーッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!








「――ションベン臭えガキ共!!!!! まさかこんな所で再遭さいかいできるとはなああああああ!!! ヒャッハッハッハッハッハッハーーーーーー!!!!」








 全員武器を構え戦闘態勢に入る。



 目の前にいたのは、一年前に交戦し、グレイスウィルの地下牢に投獄されているはずの人物。



 加えてアーサーは名前を知っている――






「マルティス……!!」

「それがアイツの名前かよ!?」

「ああ、ずっと前に教えてもらった……!!」




 ひそひそ会話を分断するように、



 マルティスは魔力を鞭のように唸らせる。



 辛くも避けられてしまったそれが、大扉の上の壁を抉る。






「ああーん!? テメエら避けんじゃねえ!!! 雑魚の癖によお!!!」




 両腕が変形している。触手よりもうなり、鋭く、確実に狙いを定めている。




「……上だ。真っ直ぐ行った階段の先。その先にエリスが……!!」

「だったらコイツは超邪魔ってことだな!?」

「それなら……!!」




 リーシャが氷魔法を放ち、



 マルティスの足を凍らせ、動きを封じる。








アッ!!!!ガアアッ!!!!何しやがる!!!

「……行って!! こいつは私達で食い止める!!」

「そんな、何を言って――!!」

「目的はそれだろうがくそがよ!!」

「くっ……!!」






 ハンスに合わせるようにしてサラも風魔法を放ち、



 アーサーを階段の上、広間が見渡せる位置まで吹き飛ばす。






「……ここまでやってあげたのよ。悪い結果は望んでないから!!」

        彼氏面アアアアアアアア……!!!


「させねえ!!!」

「ふんっ!!!」




 クラリアとルシュドが割って入り、



 氷を剥がして階上に詰め寄ろうとしていたマルティスを制する。






「……皆」



「ありがとう……!!」




 それだけを残して、アーサーは階段の先に進む。











「……」



「ガキ風情がぁ……」



「偉大なる――偉大なる偉大なる偉大なる偉大なる俺様の邪魔をするんじゃねええええええええ!!!!」






 発狂している間に階段の前に全員集合。壁になるように立つ。






「へへっ……残念だったな! 偉大が何だか知らねえが、ボクらは一度オマエに勝っている!」



「悪いがボクらにも譲れないモノがあるんでね! 絶対に勝たせてもらうぜ! なあ、皆!?」






 合意を求めてイザークは後ろを振り向く。











 しかし合意は得られなかった。











「……え」








 否、合意をすることができなかったのだ。






 あれだけ奮い立って、万全の準備をしてきたのも数瞬前。






 今ではすっかり、






 血を噴き出し、地に伏し、虫のような呼吸で生死を彷徨っている。











 そして、自分もそうなった。






 腹部を貫かれる痛み。






 それが全身を伝っていき、神経は痺れ、四肢は強張り、瞳は霞んだ世界しか投影しない。鼓膜は振るわず音を伝えない。






 最早行動の選択肢は、




 地に伏すこと以外に残されていなかった。











「……」



「これは、これは……」






 マルティスは魔力で変形した腕を元に戻し、




 彼の背後から一瞬で少年少女に詰め寄り、そして認知する間も与えずに、




 その右手に握った黒い槍で貫いた、






 白髪黒目の彼を穿るように睨む。








「……おかしいな。君はまだ城に立ち入っていい約束ではなかったはずだが」

「まあそんな堅ッ苦しいこと言わずにさ~~~~~!!! やろうじゃん!!!!! スリーパーソンでいいから!!!!!」

「ふふ……そう慌てなくてもいいものを」




「……あの子はまだ私にも心を開いていないんだ」




「なのに君も乱入してこられたら、誰も信用できなくなってしまう」




 槍に着いた血を煩わしそうに拭きながら、その顔には嗤顔を湛えて、彼は言う。






「……私が感じた気配は九人。中でも一際強い魔力を有していた者が、何処にも見当たらない」

「そうだよ、彼氏面!!! あの畜生上に行ったぜ!!!」

「彼氏面?」


「あいつよぉ~~~~~俺様がエリスちゃんを連れてこうってした時!!! 俺様に殴りかかってきやがったんだよ!!! 今思い出してもマジムカつくわ!!! あ゛ー!!!」

「……」






 彼の微笑みは、凍り付く恐ろしい夜のよう。






「……君は暫し此処にいてもらおうか。何、期待は裏切らないさ」

「ヒャッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

「ついでに言っとくが抜け駆けは許さねえからなぁ!?」






 魔法陣から転移しながら叫んだのは、あのぎらつく瞳をした、黒い鎧の青年。



 次いで臍を出した風貌の女、獣皮を被った大男、しわがれた老人の順に転移してくる。






 壁として立つ己だけの騎士を背に、彼は上階へ向かう。








「自覚してんのかクズ。テメエなんぞ我が主君が情けをかけてくれなきゃ、一生豚箱の中だったんだぞ???」

「ならば我が主君の命令に従うのが道理なんだが?」

「グオオオオオオオオ!!! ワレ、オマエ、クイタイ!!! デモワガシュクン、メイレイ、カンシ!!! グオオオオオオオ!!!」

「ついでのこの餓鬼共が動き出さないように監視しろ。これも我が主君からの命令だ」


「ハッ――こいつらほっといても死ぬだろ」

「テメエ僕の言うことに答えろよ!!!」

「ギャハハハハハハハハハハハハ!!! 面白れえぐらいキレやすい奴だなあ、出来損ないのナイトメアは!!!」






「ヒャッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

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