第454話 黒魔法の島

 貨物船での騒動も一段落し。



 暫くは静かな、脅迫の元に訪れた平穏の下で船は進む。



 船にあった時計が示す所は、約数日。溜め込んであった食料も続々頂き、航海を続ける。








「……あー。すっかりこの風景にも慣れちまったな」

「そうだな……」

「でも……わかるぜ。空気がピリピリしてきた。こうしているだけでも冷や汗が出る……」





 寝室で二人、アーサーとイザークは身体を休めている。





「……美味い」




「ルシュドが持ってきてくれたニギリメシーか。取ってたんだな」

「ああ。折角の気持ちなんだし、受け取らないと。食うか?」

「オマエの物なんだから食えるわけないだろ」

「優しいな……」




「……オマエだって、譲ってやろうって気持ちがあったんだろ」

「……ああ。イザーク、疲れているみたいだったから」

「そうオマエの目には見えたってことだ。やっさしいなあ~」

「……皮肉のつもりか?」

「全然! ただ……」




「騎士王伝説にあるようなオマエだったら、決してやってやんなかったような行為だと思ってさ――」








(あんたは絶対にそれを手に入れられる--オレが手に入れられなかったものの幾つかは! 既にあんたの周囲には溢れているからだ……!)






「……ああ」




「そういうことか」






「急に何の話――「二人共、失礼するよ」





 扉を開けてやってきたのはカタリナだった。そして、船の揺れが僅かになってきていることに気付く。





「もうすぐ到着するみたい。着岸したらすぐ戦闘態勢に入るから、準備して」

「……わかった」

「あー……やったりますかぁ」
















 船を降りた先は岩に囲まれた港。



 どうやら島の下層を切り取り、一角を改造しているらしい。






 物々しい雰囲気に包まれる中――



 船乗り達を押し退け九人は外に出る――






「さて――っておい?」

「……」




 アーサーが剣を構え、振りかぶるよりも先にサラが動く。




 その目的はある魔術師だった。






「……サ、サラ?」

「死にたくなければ見逃せ」


「えっと……」

「拒否権はないって話をしたよなぁ?」



 魔力を滾らせた杖の先を、その男の首に突き付ける。



 垂れ目の温厚そうな男性。クラリアとヴィクトールは彼に見覚えがあった。



「えっと……ジャファルさん! サラの父さん! 学園に参観に来ていた!」

「サラの父親?」

「恥ずかしながらそうよ」



 すっかり観念した様子のジャファルの、ローブの裾を乱暴に掴み引っ張ってくる。






「……親が黒魔法を……?」

「おい誤解を生んでるぞ説明しろ」

「ああ、はいはい……えっとね。僕はエレナージュに所属している魔術師なんだけど。エレナージュとカムランは協定を結んでいてね……戦力の派遣とか、研究内容の共有とか。その一環で僕はここに派遣されたんだ」

「……」



 すらすらと話してくれた彼を、受け止められないような視線で迎える他八人。



「……今の、国家機密とかそんなんじゃ……?」

「そうだけど……でも、サラには逆らえないからね」

「わかってるじゃねえかよ……」

「あうっ」



 サラはジャファルをまた粗雑に投げ捨て、周囲を観察する。




 数人程隠れている黒魔術師がいたが、びくびくと怯えて出てこようとはしない。人が動く音より波打つ環境音の方が大きく聞こえてくる。






「……おかしくない? この船結構重要そうな物を積んでたみたいだけど、それを迎えるには人が少ないわ」

「……僕も詳しくは知らないけど、どうやらルナリス殿が何かしてしまったみたいで。熟練の魔術師達は殆どそれへの対処に回されてしまった」

「ルナリス……確かグレイスウィルに……」



 悪寒が走る。



 しかしそれを排除する方法は、今の現状では持ち合わせていない。



「……ワタシ達はワタシ達の目的を果たしましょう。ねえアーサー?」

「……一旦地上に出たい。そこから改めて感知する」

「了解。というわけだ、話聞いていたな?」

「それなら……僕が拠点にしている家があるから、そこに案内するよ」
















 中央に聳え立つ巨大な城。ティンタジェルにあったあの城と同等かそれ以上。古代建築の意匠を凝らした壮麗な建物。



 それを取り囲むようにして、雑多な街並みが広がる。とりわけ港から入ってすぐは、貧民街のような荒れて汚れた日常が広がっていた。



 ジャファルが住処にしているという部屋は、その集合住宅の一角にあった。








「ふう、ようこそ。特におもてなしとかできないけど、まあ上がってってよ」




 そう案内された部屋は、こじんまりとしていて、九人入るのがやっとであった。




「エレナージュから派遣されたってんなら、もっと豪華な部屋に住んでるもんだと」

「一応あるよ、城に近い所にね。でもそこは荷物が管理されてて、余計な物は持ち込めない。ここには僕の私物を置いてあるんだ」

「……」




 サラは一切の興味を向けず、窓際から階下を眺めている。他の面々はジャファルが持ってきた茶菓子に手を付けていた。




「……アーサー、探知しないの?」

「……オレは構わないが。皆はまだ芳しくないだろう。何せ黒魔法の気がな……」

「確かに……それは言えてる」




 ピンクレモネードを飲み干したリーシャが、サラの隣に立つ。




「何よ」

「いいじゃん」

「……フン」

「はぁ……何か、歪んだ街並みだなあ」






 比較的近場にある繁華街は、建物の角度や道幅、干された洗濯物等全てが雑念として、秩序のちの字も見当たらない。



 そこから徐々に視線を上げ、遠くを見ると、整然とした街並みが目に入る。城に向かって続く道、高さまで統制された建物の数々。ゴミの一つも落ちていないと確信させる。






「カムランに限らず、黒魔法が関与している街並みはこんなもんさ。ゴーツウッドがいい例だ、あそこは整然としすぎて逆に吐き気がする」

「おっさんゴーツウッドにも行ったことあるんすか……」

「どんな町?」


「カムランがアンディネ大陸での活動の足掛かりにしている町だ。聞いた話だと最近は幅を利かせているようだが」

「ああ、ログレスの一件があったからね。事前に予測していたのか、それとも別の要因があったのか。わからないけどあの町だけはほぼ無傷で、寧ろ物資や人員を提供して被害に遭った町の復興を積極的に支援していった。それでお金が流れていってね」

「実質カムランが勢いづく要因になってるのか……」

「そりゃあグレイスウィルにも顔出したくなるかもしれねえな……」

「……」




 クラリアはジャファルの後に、サラに視線を向ける。



 こうして話す限りではいい人だ。



 故にサラがどうしてここまで嫌うのか、理解できなかったのである。





「なあ、サラ……」




「……何よ」

「あのさ、前にアタシが渡した書類……あれ、渡さなくていいのか?」


「ああ……あれはもうワタシの物になったから」

「なっ、それっていいのかよ?」

「いいんだよクソが、こいつには無用の長物だ……」





 そう言ってサラは学生服のポケットから、


 拳サイズの武器を取り出す。




 ジャファルにもそれが見え、口を開こうとしたが--


 

「さて……」

「んあ……」



 アーサーが立ち上がり部屋を出ていこうとした為、状況は変わる。






「えっと、探知とか言ってたよね。それならここを出てすぐに階段がある。昇ると屋上に出るから、そこなら見晴らしが良い」

「ありがとうございます」

「ワタシも行くわ」

「食い気味ぃ。監視担当としてボクも行くー」

「あたしも行こうかな。この街をもっと見てみたい」

「そういうことなら私もー」











 建物の上に昇ると更に街が見渡せる。



 生活感溢れる軒下と、そこから壁で隔たれたような異なる世界。



 二つの街並みを卑下するように、巨大な城が悠然と建っている。








「……城だ」

「やっぱり?」

「あの城の……上層から、気配を感じる……」

「上層って。囚われの姫様って感じだな」

「……」



 イザークに指摘され、俯くアーサー。



「そう恥ずかしがるなって。オマエにとっちゃ姫様みたいなもんだろ」

「お前なあ……」

「事実じゃろがー」

「リーシャまで……」

「馬鹿なこと言ってないで。ほら、目的地が見えたんならルートを考えるわよ」

「……」



 この間、カタリナはじっと道を眺めていた。






「……人が少なすぎる」

「やっぱりそうなの?」

「こんなに栄えているのに、道を歩く人が反比例して少ない」

「それはまあ……何か駆り出されてるってヤツじゃないのか?」

「きっとそうだね。そして、あまりにも人がいないから、あたし達が堂々と歩いていても問題ないんじゃないかな」



 カタリナの言葉には妙な説得力があった。



 どうやら黒魔法を操ると言っても、一概に括れず様々な人間がいるらしい。



「でも警戒するのに越したことはないと思うよ。路地裏を通っていこう」

「それならジャファルさんの部屋に地図とかないの? それ見せてもらおうよ」

「あるとは思うけどないなら吐かせるわ」

「サラ、何で一々物騒なの……」






 今後の方向性も決まった所で一旦部屋に戻る。



 燦々と輝く太陽が、奇妙で壮麗な街並みを照らし出す。

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