第394話 帝国主義に反逆夢

「はあっはあっはあっはあっ……!!!」



 彼女は走った。



「ふ、ふれ、フレイア!!! 出てきなさい!!」

「……はっ」



 責務、脅威、外敵。あらゆる現実から逃げるように。



「い、今、わたくしは!!」

「中央に向かって前進はしています。このまま行って保護してもらいましょう」

「そ、そうね!! それが名案――」



「だわっ!!!」








    しかし現実から逃げた所で、



    更に厳しい現実が襲ってくるだけなのだが。








「……リーゼ?」

「……リーラ」

「この子供は?」

「生徒ね」

「……」

「……」






「あああっ……ああああっ……!!!」

「貴様ら……我が主君に危害を加えてみろ!!」






 その女は二人組。よく似た双子で、声があっても違いが判らない。


 当然、どちらがより冷たい視線を送っているのかも。






「はあっ、はあっ……や、やっと……」






「……!!」






 遅れてやってきた少女、エリスは力なくへたれ込んだ後、すぐに後ろを振り向いた。



 どうやら今になって、石像に狙いをつけられていたことに気が付いたらしい。






「あっ、ああああっ……!!」

「……」






 しかし石像は二人の少女に対する興味を失ったらしい。


 そして二人の女も、追加でやってきた少女には目もくれない。






「貴方、こちらにやってきたのね」


「いいわ、側にいなさい。折角合流できたんですもの」


「……」






 石像はどすんどすんと音を立てて、少女が慌てて後退った空間を道にして、移動していった。








「エリスーっ!!」

「やっと追い付いたわよー!!」

「無事なようだな、よかっ……!?」




「……走って走って逃げた先に、なーんでオマエらがいんの!?」

「ていうかここはどこなんだー!? 走りっ放しでアタシよくわかんなくなってきたぞ!?」

「……警戒態勢継続ね。ワイバーンがあっちに行った」




「み、皆……? ぶ、無事かな?」

「おれ、疲れた、走る、たくさん。でも、びっくり。皆、いる」

「ていうかあのケンタウロスは……って」








 それぞれ違う魔物に追いかけられたイザーク、クラリア、サラの三人と、カタリナ、ルシュド、ハンスの三人。




 そして追いかけてきた主は、






 悠々と移動し女の隣に着いて、そのまま佇んでいる。






「あら……貴方達もこっちに来たの」


「そういえば、他の連中も成果を上げているようね」




「こんなこと、貴方達に言っても仕方ないのだけど――臨床実験は成功。これなら十分、実践投入できるわ。遂に成果が実った――」






 どういうことだと、誰かが訊くその前に、




 片方の女の手が上がる。






「ぐっ……!!! あああっ、がああああっ……!!!」

「フレイア!!!」






 首を支えて、まるで何かに締め付けられたかのよう。



 フレイアは悶えて苦しむ。カトリーヌはそれに手を伸ばそうとするが、



 彼女の肉体は苦しんだまま、宙に浮かび上がって主君を拒む。






「ああ……」




 ぐわあああああああああああああああ!!!!!











「……」



「……」






「――」






 苦悶から解放され、地に降り立った彼女が再び目を見開くと、




 そこには一面の深淵が広がっていた。






「フレイア……」



「……フレイア! やっと、魔法から解放され――」




    大勢の生徒を敵にしてまで着ていた

     アプリコットのワンピース、




    それのスカートが斬り捨てられた。








    カトリーヌは恐る恐る、下半身を覗き込む。




    真っ白の買ったばかりの下着が目に入った。








「……!!!」




 身体を震わせ、顔を真っ赤にして、涙を零す。言葉は出てこない。




 しかし、幾ら傲慢で傍若無人な彼女でも、




 大勢に下着を露わにしたという恥辱からそうしたのではない。





        主君に斬られた、反逆されたんだ。



        それ以外に動転する理由があるか?








「え……?」

「な、何だよコレ……?」



     --殺りなさい



「「「「――!!!」」」」
















<試合経過三時間十分>






「南西軍、ただいま到着しました!」

「ご苦労、君達がナンバーワンだぞ!」




 やってきた生徒達を労わっていくルドミリア。彼らは続々と地面に倒れ込んだり、互いに労わったり、それぞれ分かち合っている。


 しかしある生徒の一人が、疲れていると言うのに神妙な面持ちでやってきた。




「先生……」

「どうした、何かあるなら言ってみてくれ」


「生徒が三人、はぐれてしまって……結局合流できないまま、来てしまいました」

「……名前は?」

「二年生のカタリナ、ルシュド、ハンスです」


「……そうか。よし、こちらで捜索しておくから、今は身体を休めるんだ」

「ありがとうございます……」






「……」






 臨海遠征に引き続き、また巻き込まれたのか。



 自分の力のなさに苛まれながら、遠くを見遣る。






「ルドミリア!」

「その声……シルヴァか」

「そうだよシルヴァだよ。っていうのはさておき……生徒達は?」

「今南西軍が戻ってきた。北も南東もぼちぼち来るそうだ……」

「ううーんそれはよかった。いや現在進行形で良くないんだけど」




 シルヴァが見つめる方向は、アドルフに教えられた、妨害魔術が展開されている領域。




「あの方向から強い魔力を感じるんだ。セーヴァがいるのか?」

「わからんちょ。しかし強い力を持つ何かがいるのは確か」

「そこに生徒が巻き込まれているかもしれない」

「……マジ?」


「ああもう……居ても立ってもいられん! アドルフに合流する!」

「私もしたい所だけどセーヴァを追うんでこれにて失礼!」






    それじゃあ、互いに達者でな!!!






「「……無事でいてくれよ、生徒達……!」」











「――」



「フレイア!! やめなさい!! わたくしの命令が聞けないの!!」

「――」



「あ……」




「ああああああ――!!!」






 その剣士は臆することなく刃を向けてきた。






「ぐっ……!!」

「イザーク!!」

「……んだよ、これ……!!」






 飛竜は火を噴き、狩人は槍斧を振るい、






「うっ、うおおおおっ……うう……」

「これ、ただの火じゃ――何が混ざって――!?」

「ま、まだ……」

「ルシュド!! くそ、間に合え――!!」






 そして石像は、驚愕すべき速さで、豪快に殴り掛かる。








「ぐぅ……!!」





   --貴方は実にいいわね

   --《・》

     改造してきた甲斐があるというもの








「ああああっ……!!」

「クラリアッ!!」

「あぢい、あぢいよぉ……!!! うあああ……!!!」

「回復――ぐっ!!!」





 それらに共通してあったのは、



 明確な殺意。




「……魔法が、間に合わない……!! カトリーヌ!!」

「……へ?」

「そこにいたら死ぬ!! 間違いなく!!」

「で、でも……」





 殺意を向けられた相手は、



 現状に対して迷いを見せた者から、淘汰される。





「きゃあああああああああ!!!!」



「カトリー……があああああああああっ……!!!」











 どうしてこうなってしまったんだろう。




 今まで勝敗を賭けた戦いをしていたのに、




 急に生死を懸けた戦いになってしまった。








「ぐ、うう……」

「ボク、流石に駄目だわ……」

「ヴィクトール、イザーク……!」






 片膝をつきながら立とうとするアーサー。



 しかし、執拗な魔法がそれをさせはしない。






「ぐっ……」



(剣を抜くのを、見抜いて……)








 暴虐が雨の様に降り頻る。当てられたら心臓が破裂するまで痛痒を与えられるだけ。



 回避する為の傘なんて用意してないに決まっている。






「――っ!!」

「カタリナ!!」

「あ、ああ……」






 石像の一撃を割り込んで防いで、



 そのまま糸が切れたように倒れ込むカタリナ。





 庇われたエリスはそれを見てるだけ。



 他の皆が抵抗を見せる中、



 自分だけはその手段を持っていない。











反逆夢イヴィルメア――この六十年で我々が造り上げてきた、叡智の結晶」



 リーゼは語る。夢を見るように。



「使い魔共は我々に従う。その心に憎悪を侍らせて」



 リーラは語る。力を誇示するように。






「「全ては栄光――かつてイングレンスを統べていた、帝国の栄光の為に」」




 二人の声が揃う。




 この場にいる者に、




 服従を強いるように。











「……いや……」




 赤髪に緑の瞳を持つ彼女は、



 力を失い、地面に膝を投げ出して倒れている。



 丁度血みどろの戦いが繰り広げられている、中央だった。








「貴方達の命は取らないであげます。我々の同胞となるのならば」



     『嫌……』



「共に帝国の栄光を取り戻そうではありませんか」



     『嫌だよ……』



「貴方達はグレイスウィルの生徒。我らが主君も温かく迎え入れてくれるでしょう」



    『どうして、みんな、また……』



「まあこの現状。貴方達に選択肢はないも当然なのですが」




    『わたしは、何もできないの……?』




「弱者は強者に屈するだけです。命令を聞きなさい」




    『手を伸ばして、祈ることしか――』




「さもなくば――更に痛め付けるまで」








『やめて――!!!』




『こんな、こんな酷いことなんて、』




『いっそなかったことにしてよ――!!!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る