第393話 窮地、グレイスウィル魔法学園

「さーて試合経過二時間ぐらい!! 上空から様子を見ている分にはちょっと遅れが出てきたかな!?」

「まあ少し早いように思えていたからぁ、先生方もぶっこんで来たかなぁ? にしても贈与魔物を続々と投入してるんだろうかぁ?」

「一体何処にそんな数がいたのか不思議だが触れないでおこうなっ!!!」











<試合経過二時間二十分 残り時間二時間四十分>






「……ブルーノは上手く言ってくれているな」

「全く彼の弁舌にはいつも驚かされるばかりですぞ!」

「気苦労かけた分ボーナスを支給してやらないと。それはさておき……」




 運営本部の大司令室。チャールズと共にいたアドルフは、そこから顔だけを出し、休憩スペースのベンチを見遣る。






「……おや、どうされましたアドルフ殿」

「それはこちらの台詞なのだが……セーヴァ?」


「私はただここにいるだけですよ。生徒達が健闘している、その音に耳を傾けるだけです。貴方には貴方の仕事があるのでは?」

「……そうだな」




 一旦顔を引っ込めて、チャールズと顔を見合わせる。




「……異常生命体が出てきたらしいな」

「ええ、しかし明らかに今までとは行動が違いますぞ。生徒の進軍に合わせて、力を図るかのように出てきた……」

「となると、連中を率いている奴は、しっかりと戦況を見据えているということになるが」




「……セーヴァめ、何を考えている?」











 教師達も生徒達の一挙一動に注目している。しかしそんなことは知れたこと。見られているなら全力を出して、期待に応えるまで。






「サラー!! そっちに行ったぞー!!」

「チッ!」




 舌打ちをした後、魔弾を飛ばして狂犬を軽くいなす。黒く歪んだ肉体に衝撃が走った。




「……臭くないわ。じゃあコイツは……」

「無事かー!!」

「遅れてすまんかったー!!」






 クラリアに続いて合流してくるイザーク。サラは一向に犬の耳を削ぎ落そうとするが、何故かナイフが入らない。






「なあなあ、こいつが強い奴なのか?」

「そうみたいよっ。クソ、何でナイフが……?」

「魔法の流れ弾に当たって結構弱っていたみたいだぜ。サラの一撃がとどめになったみたいだ」




      グルルルルルルル……




「……声だ!」

「何処から……」

「上だっ!!」





 上空からの来訪者により、気流に変化が起こった。







         クラリアは難無く後ろに避け、



サラは防御結界で無理矢理受け止め、



         イザークもギリギリ回避に成功。








 翼を持ち、固い青緑の皮膚で、鋭い眼光を放つ竜に似たその生物は、じっと三人を威嚇している。






「ワイバーン! これもつえー奴か!」

「狙いを定められてる……!」

「逃げるか! 逃げるしかないだろこれ!!」

「悔しいけど、道を塞がれてるからね――」






    二人と自分の脚に強化魔術を行使。



それから一方向を指で示して、



      行くべきルートを示す。






「伝声器伝声器――よし!」


「隊長! 異常なワイバーンに狙いを定められたわ。逃げるからそういうことで!」

「えっ! あ、ああ……無事でいてくれよ!?」


「じゃあ行くわよ!」

「おりゃー!!!」

「ここを踏ん張れば勝ちだー!!!」











<試合経過二時間四十分 残り二時間二十分>






「異常異常とは言うけど――」


「流石にこれは異常すぎじゃないのか――!?」





 愚痴を零しながら、マッドネスホーネットの群れを風魔法で叩き落とすハンス。これ自体は事前の訓練ではち合ったことのある、普通の魔物だ。





「がああああっ!!」

「!! ルシュド!!」

「だ、だいじょぶ……!」




 問題なのはこっちだ。



 上半身は髭の生えた中年男性、しかし下半身は馬の身体。



 ケンタウロス。絶滅したと言われているあの魔物が、今こうして目の前にいる。






「……ロビンもこんな気持ちだったのかなあ」

「ハンス!」


「きみは……カタリナ」

「ああ、ルシュドも怪我して……待ってね、今……」




      ――!!!




「ちっ!!」

「きゃあっ!!」

「ぐあっ!!」





 携えたハルバードを振り回し、首を狙ってきた。



 目は淀んで感情は読み取れない。しかし放つ意気が殺意を向けていることを証明している。





「逃げるか……!」

「どっちに!?」

「こっちだ!」

「おれ、行く!」

「あたしも……!」




 そうして逃げ出した先は、部隊とは真逆の方向であった。











<試合時間二時間五十分 残り二時間十分>






「ああーもう、うざったい!!」

「ヴィクトール、魔法陣は!!」

「あと数秒待て……!!」





 北軍においても異常生命体との交戦は続けられている。アーサー、リーシャ、ヴィクトールの三人でラミアの群れを殲滅していく。ラミアは上半身が人間の女性、そして下半身が赤い蛇の構造になっている魔物だ。





「あの青いのうざったい!! 一々こっちの邪魔しないでよー!!」

「リーシャ、魔物に何を叫んでも無駄だと思え!」

「わかってるけど!! イライラするんだもん!」



 異常生命体のラミアは青色。それは戦っている個体から一歩引いて、妨害魔法を行使している。



「魔法陣展開するぞ!」

「了解!」






 上空に突如として現れた黄色の魔法陣。



 ヴィクトールが手を鳴らすと雷が降り注ぐ。






「これで弱ってくれるか……!」

「無理だったら流石に先輩呼ぼう!! うん!!」











 そうして生徒達が用い得ることのできる手段で、戦闘を続けている中。


 後方でも死闘が繰り広げられていた。






「や、やめてっ……! そっちに行かないでっ……!」

「キィィィィィ!! もう嫌ですわ!! 何故わたくしがこんな所にいなきゃいけませんの!! 臭いし怖いし危ないし、もう嫌ですわー!!!」




 ヒステリーというやつだろう。カトリーヌは死に物狂いでロープを千切ろうとして、エリスと綱引きを繰り返している。




「ああっ!! もう何てことなの!! こんな痛い――ああああ!!! 霰まで降ってきましたわっ!!!」

「え……?」






 今日は春らしい晴れ晴れとした天気なのに。



 黒い雲が発生して、それがどんどん覆い尽くしてきて、



 ものの数秒で、鈍色の空に様変わり。






「この天気、何……?」

「ふおおおおおおおっ!!」

「あっ!! 待って!!」




 空に気を取られて力を抜いてしまう。再びロープを掴もうとした時には、カトリーヌは脱け出した兎のように走り出していた。




「いつ凶暴な魔物が襲ってくるかわからないのに……! 待ってー!!」











「っ!?」

「エリスっ!! 待て!!」





 ヴィクトールの呼びかけにも応えず、一目散に走るエリス。カトリーヌは戦闘をしている横で行ってしまったらしい。





「こ、これ追わなきゃ不味いんじゃ……!?」

「くそっ!! エリスはそういう性分だから仕方ないとしても、あの女……!!」

「無事でいてくれよ……!」




          どすん






「……え?」




    どすどす      どすどす






「い、今二人を追いかけていったのって……!」




       どどどどどどどどどどどどどどどど






「……例の石像だな……!!!」











<試合時間二時間五十五分 残り二時間五分>






「妨害魔術……! 出たか!!」

「今すぐ解析と解除をなされよ!!」

「はい!!」




 運営本部で、アドルフと彼の配下の魔術師達が次々と魔法具を起動させ、それが指し示す結果を固唾を飲んで見守る。




「これは……!!」

「……ひっでえ構造! どれが結界なのかわかりやしねえ……!」




 幾多の魔術が重なり、読み解くだけでも一日が終わりそうだ。


 現状でわかるのは、今まで見られた妨害魔術は、まだマシだったということ。




「誰かが追加で妨害魔法かけてますね……!!」

「ああ、何となくそうだと思ったよ……!!」




 またアドルフは部屋から顔だけを出すが、セーヴァは一歩たりとも移動していなかった。ずっとベンチで外を仰いでいる。




「……とにかくやるぞ! 俺の指示に従え!」

「「「はっ!!」」」

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