第330話 サラの魔術訓練

 数メートル程開かれた中央に、サラとモニカは向かい合う。片やにこやかに、片や不服そうに。


 起こってしまったものは仕方ない。後は流れに身を任せ、実力を振るうだけ。






「雷の神、ウェッシャー神に祈りを捧げ……」

「前口上言うならこちらから行くわよ」

「もう、喧嘩っ早いんだから。それでは――」



「行きます!」「行くわよ!」






 無詠唱で呪文を行使し、杖から魔弾を飛ばす。


 クリーム色と紫色の魔弾が中央で衝突し、霧散した。






「闇属性……っ!!」




 モニカが動くのが早い。彼女は杖先を下に向けながら前進し、


 そこから噴き出す霧に紛れていく。




「サリア、出てきなさい!」

「――!」




 花を団扇のように仰ぎ、霧を飛ばす。


 サラの周囲だけは霧が晴れたが、それから先は依然として紫紺のまま。




「こっちも本気、見せてあげる――!!」






 恐れず霧の中に突っ込む。






幻想曲と共に有り、ニブリス高潔たる光の神よ・シュセッ!」






 軽快に足を運び、魔を紡ぐ。




 杖先から放たれた光は地面に落ち、それは円を描いて模様を為す。






「さて、と――」


発動ヴェイト!」





 鋭く切り込むように、命令を紡いだ瞬間、




 設置した魔法陣から光の帯が噴き上がる。






「っ……やるね!」

「これまでの研究の成果よ」






 霧は光によって全て振り払われ、辺りにはちらちらと光るものが舞う。モニカはそれに囲まれるように立っていた。






「魔法陣か……」

「ここら一帯に展開したわ。もう観念したらどう?」

「いやいや、まだ終わらせるわけにはいかないよ!?」






 モニカは妖しく、頭上で弧を描くように杖を動かす。サラは出方を窺っていた為、直に効果を食らってしまった。






「ぐぅ……」

「――」




 視界が歪む。足の感覚が狂い、地面に立っていないかのような感覚に襲われる。


 目の前には数人のモニカが飛び回り、魔弾を放つ。幾つかは命中して身体に痺れを与える。




「視覚、聴覚、嗅覚もか……」


「幻惑系、それもかなり手慣れて――こういう時はっ」




 サリアを手招きし、身体に入ってもらう。




「内部の毒を――追い出すように!」






 大きく深呼吸して、末梢まで力を巡らせる。








「んー、抵抗力もあるのか。魔力を高める訓練もばっちりだね!」

「何様……!」




 何回も瞬きする頃には、視界は霞む程度に落ち着いてきた。音は辛うじて聞き取れるが、雑音が混じる。




「でも私の魔法は、そんな簡単に回復はさせないよ」

「ああ、残念だけどそうみたい……!!」




 まだふらつく足で駆け出し、魔弾を放つ。しかし狙いは上手く定まらず、彼方まで虚しく飛んでいく。






「チッ……!」




 気が付くと魔法陣は殆ど消滅しており、何とか残っている一つに滑り込む。




発動ヴェイト――一先ずはこれで」




 魔法陣の中にだけ結界が張られる。




 その中で立ち上がり、モニカを瞠視し仁王立ち。






「うん、魔力は回復できたかな?」

「は……?」

「これでお終いにしよう。渾身の一撃で、かかっておいで――」




 杖を掲げて、巨大な魔弾を生成するモニカ。






「ああもう――」



「――ずっとアイツのペースだったわ!!!」











「っ……」




「……終わったみたいだね」






 魔弾がぶつかり、その煙が晴れた所には、



 サラが膝をついて倒れ、モニカがそれを下視していた。






「サラ……!」

「サラー!! お疲れだぜー!!」

「ひゅーかっこよかったよモニカちゃーん!!」

「さっすが俺らのモニカちゃーん!!」






 アーサーとクラリア、ガゼルとシャゼムが飛び出し、二人を介抱する。






「ふう……ちょっと本気出しちゃった」

「僕らも目がくらっとしました!! 本当にすってきーでございます!!」

「ありがと……あ、お水貰ってもいいかな」

「こちらにごぜーます!!」


「……あ゛ー」

「立てるか」

「一応……」


「モニカ先輩強かったな!? 魔法の速さが段違いだったぜ!?」

「正直、見くびってた所はあった……魔法陣は上手く生成できたのに。クソ、今後の反省点だわ」

「そりゃあ四年生だもん、君より二つ年上だよ?」




 サラを見下ろしながら、不敵に微笑むモニカ。






「私から言いたいことは以上。貴女からは?」

「……ないわ」


「魔法教えてください、とかはないんだ?」

「アナタとワタシはスタイルが違うし。そもそも誰がアナタなんかに……」






 そこにクラジュとエリスも近付いてくる。両者とも魔法の影響を受けたのか、気分が悪そうだ。






「……」

「エリス……っ」


「……」

「……ワン?」




 アーサーに寄りかかるように倒れた彼女が、何をしたかと言うと――




「寝息……寝息か? これ……」

「朝早くから起きてきた上で魔力の波の影響受けたんでしょ。そりゃあ疲れるわよ」

「なら暫く天幕で休むか。だからまだ起きていてくれよ、歩くからな」

「……」




「……すー、すー……」






 耳に入った彼女の寝息を聞いて、ほんのり微笑むアーサーであった。








「うぐぅ……ぉぇぇ……」

「殿下、無理はなさらずに」

「ああ殿下、ごめんなさい。貴方のことを全く考えていませんでした」

「い、いい、んだ、はぁ……」

「……?」




 サラの目には、戦闘したのはモニカであるのに、それ以上にクラジュの疲労が激しく映る。


 今にも吐きそう、と思っている間に吐き出した。




「ちょっとエリス、あっち向いてなさい。汚いわよ」

「……?」


「クラジュ殿下、大丈夫ですか?」

「……」


「殿下はお答えする力も無くなってしまったようです。なのでここで失礼して……生徒の皆様、殿下の我儘にお付き合いくださり、本当に感謝いたします」






 エレナージュの魔術師は頭を下げ、ペガサスを一体呼び出す。ナイトメアであろうそれにクラジュを乗せ、演習区をゆったりと去っていく。






「んじゃー僕らで片付けすっかー!」

「あ、吐瀉物は私やるよ」

「お願いモニカちゃん!! 俺らでこっちやっとくわ!」


「先輩方に任せてもいいでしょうか。オレはエリスを送り届けてくるので」

「オッケー、それぐらいなら任せてよ。養生するんだぞ!」

「はい、ではこれで失礼して」

「ワオーン!」






 用事がなく残されたのはサラとクラリアだけになる。






「……どうしようこの後」

「アタシはサラに付き合うつもりで来たからな! 何でも言ってくれ!」

「……乗り気な所悪いけど、ワタシも一旦休憩するわ。まだ不快感が抜けない……」

「それなら保健室に行ってちゃっちゃと治してもらおうぜー! シャゼム先輩、いいよなー!?」


「ああ、構わないぞー! サラは魔術戦に出場するんだろー!? だったら体調には気を遣っておけー!」

「ありがとうだぜー! よーし、アタシがおぶってやるぜー!!」

「ちょっと、いい、いらない、そこまでしなくていい……!!」






 ばたつかせていたが、疲れていたので抵抗はあっさりと諦め、クラリアにおぶられていくサラなのであった。

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