第329話 第二王子クラジュ

 こうして購買部から魔力結晶を購入し、演習区に来た一同だが。




「あああああああ案の定……定位置があああああ……」

「既に占領されているな……だが」

「何よ」

「知っている顔だ」




 アーサーは先客の男子生徒達に声をかける。






「ガゼル先輩、シャゼム先輩。おはようございます」

「ん! おお、君はアーサーか! こんな朝早くにおおっと!!!」

「足元がふらふらだぞガゼルー! 俺を見習えー!」

「僕は朝に弱いんだよこんちくしょー!!」

「そうなんだ。なのに私のお手伝いしてくれて、ありがとう」




 銀の髪で赤い瞳の生徒が、魔法陣の生成を止めて近付いてくる。




「えーっと……」

「初めましてかな。私はモニカ、四年生。魔術戦に出場するんだ」

「その訓練を僕らはお手伝いしてるってわけさ!!」

「因みにクオークは寝坊助!! まあ生徒会だし叩き起こすのは止めておいている!! お慈悲ってやつだね!!」

「はぁ……」




 ふと遠目で見ると、モニカのことを見つめている生徒がちらほら。しかも男子生徒ばかりだ。おまけにどこか恨めしそうでもある。


 マドンナ、という単語がアーサーの中で思い浮かんだ。




「ガゼル君は明るくて頼りになるし、シャゼム君は力持ちだし。だから訓練のお手伝いをお願いしたんだ」

「そうだったんですか」


「で、アーサー君は何故ここに? 君は武術戦で一騎当千の活躍をしたろう? ここに来るとなると理由は大体想像つくけど?」

「ええ、友人の付き合いです。彼女はいつもこの辺りで訓練をしているのですが、既に先輩達がいたもので」

「別に訓練するのってここじゃなくてもいーでしょ?」

「そう言われればそうなのですが……恐らく彼女、ここじゃないと受け付けない性格なので」


「……そのお友達って、あの子のことだよね?」

「え?」




 アーサーは振り向き、待たせていた三人と話している人物の姿を見て驚いた。








「……」

「……!」


「ああ、二人してどうしたのかな。特にそちらのお嬢さん……僕のこと怖い、かな?」

「……コイツ今男は駄目なんだよ。だからさっさとこの場から去れ」

「僕は痛いことも怖いこともしないよ。だって、のだから」




 自虐気味に言うクラジュ。サラが唾を吐く一方で、エリスの震えは収まってきた。




「……」


『王子様 訓練の視察ですか』




「それもある。けれども一番の目的は、ここに知り合いが来ていると聞いたからなんだ」

「知り合い?」

「クラジュ様!」






 先輩三人とアーサーが、この会話に接近してきた。特にモニカは真っ先にやってきて、尊敬の眼差しをクラジュに向ける。






「……」

「……」


「前に話したことあったでしょ、二人共。私はクラジュ様の推薦を受けてグレイスウィルに入学したの。だから恩人みたいな所は少しあるかな」

「そういうことだ、ガゼルさんにシャゼムさん」

「「えっ名前をっ!?!?」


「モニカから話を聞いていたんだ。いつも仲良くしてくれてありがとう」

「「いっいやあそれ程でもー!?」」




 色恋沙汰が混じると男はこうもわかりやすいのか、とアーサーは内心思う。それが自分の首を絞めていることには気付いていないぞ。






「折角僕が推薦した二人がいるんだ、どうだろう。互いに戦って実力を確認するというのは?」

「チッ……!」



 このままモニカの存在に隠れてやり過ごそうと思っていたサラ、渾身の舌打ちをかます。



「ははっ、そんな嫌そうな顔しないで。今から訓練をするんだろう、やることは変わりないじゃないか」

「……」


「そういうことなら私は準備しますね。えっと……」

「サラ」

「サラさん。お手柔らかに、ね」

「その面潰してやるわ」



 モニカの後にガゼルとシャゼム、不機嫌に顔を歪ませるサラが続く。






「ん、ん……」

「ああ、ごめんなさい。貴女への配慮が抜けていましたね、クラリア嬢」

「アタシのこと知っているのかー!?」

「だーっ! 今まで我慢できていたのに!!」


「いえいえ、貴女はこれぐらいの方がらしくていいですよ。それからそちらのお二人」

「は、はい」

「……」




「先程は言い逃してしまいましたね。クラジュ・ラング・リューヴィンディ・エレナージュ。エレナージュ王国第二王子です、どうぞよしなに……」






 そう言って彼はゆっくりと頭を下げるが――






「ごほっ、ごほっ……!」

「!」


「大丈夫ですか?」

「す、すみませ……発作が……ごほっ」

「……」




 クラジュは延々とむせ続け、容態が変わる見込みは見られない。




『回復魔法使える人 呼んだ方がいいかな』


「そうだな……ならオレとエリスが呼んでこよう」

「そ、それ、なら。エレナージュに、僕の臣下が……ごほぉっ」

「アタシが支えてやるぜ! サラ達の所に行って座ろうぜー!」











 日も段々と昇ってきた、騎士王関連の特別展示場。意外と人の入りは良い方だ。


 学生達に混じって一般の見物客もちらほらと来訪し、展示物を読んで触れて思いを馳せている。






「いや~盛況盛況。これなら次回以降の開催も検討しようか」

「次回なんですか、総合戦ではなく」

「マーロン様もわかっておられるでしょ。総合戦はそんな暇ないんですよ皆。出場予定のない生徒だって、訓練対象の魔物の管理をしますからね」

「た、確かにそうでしたね……」


「そういえば総合戦に出す魔物の調整もしないといけないな……」

「何で僕の方を見るんですかルドミリア様」

「親子愛故にマチルダ嬢に情報を流すなということとだ。私もリティカに情報は漏らさない、我慢してくれ」

「ふふ……そうですね。お互い頑張ってほしいものですね……」


「ああ……子供はいいぞぉカベルネ。君も早く結婚するんだぁ」

「何であたしの思ってること見破られてるんですかー!!」




 そこに息せき切った男が、一人飛び込んでくる。




「す……すみません!! 私はエレナージュの魔術師であります!!」

「そのローブは……うむ、嘘ではないようだな」


「あの、今朝方こちらに、クラジュ王子がいらしていたと……!!」

「……知らなかったのか?」

「我々の目を抜いて行ってしまったようで……!! 現在捜索中なのであります!!」

「……そういえば、あたし達も知らない間に消えてましたよね」

「てっきり天幕に戻ったのかと……今朝だって、散歩だって言ってここまでいらしたんだ」

「な、なな、何てことだ……!! 殿下に何かあったら、あったら……!!」






 アーサーとエリスが再び展示区画にやってきたのは、そんな時だった。






「ルドミリア先生、こんにちは」

「ん、二人か。悪いが今は取り込み中だ、手短に」

「あの、今エレナージュの方を探していて」

「……!!!」


「それなら彼がそうだが、何用だ?」

「王子がいらっしゃるのですね!?」




 魔術師はアーサーの肩を掴んで、懇願するように叫ぶ。




「あ、ああ……クラジュ王子なら、今演習区にいます」

「何か!! 何かしらご容態に変化は!?!?」

「えっと、喘息発作ってやつだと思います。急に息が苦しくなって、咳き込み出して。それで回復を……」

「今すぐそこに案内してくれ!!! 頼む!!」

「わ、わかりました……」


「……」

「……エリス。わかってやってほしい。彼も身分というものがあるんだ……」











 その頃サラは座ったクラジュの足元に魔法陣を展開し、回復魔法を行使し終えていた所だった。




「っ……ふぅ……ふぅ……」

「ワタシからの慈悲よ、応急処置は済ませてあげたわ」

「う、うぐぅ……」


「まだ苦しんでるけど、全部治せないのかー?」

「コイツはレアケースで個別の対応が要るの。で、それを知っているのは臣下の連中。アイツらじゃないと完治は無理」

「言葉遣いが……」

「黙れ。テメエは勝手に敬意払ってりゃいいんだよ」



 モニカをよそに、今度は戦闘で用いる杖と魔法陣の調整を始めるサラ。



「……気難しいのかな?」

「まあ、あの子は僕のことも同じぐらい憎んでいるからね……」

「それってどういう……」


             殿下ぁー!!!




「……来た、かな」






 アーサーとエリスが連れてきたエレナージュの魔術師、クラジュの姿を視界に収めると嗚咽を漏らす。




「そ、そんな、騒ぎすぎだよ……」

「もしも貴方様に何かあったらと思うと、ベルジュ殿下やオージュ陛下に申し訳が立たないのです!! そうでなくとも貴方様を愛してらっしゃる国民の皆様が悲しまれる……!!」


「……ニュクスがいればまだましになったかもしれませんが、もう行方不明なので!! 護衛たるナイトメアがいない現状、今後は二度とお一人で外出なされないでください!!」

「……」


「わかったよ……」






 二人の会話を聞きながら、いい気味だと思うサラ。


 そこにやっとアーサーとエリスも追いつく。






「はあ……疲れた。凄い勢いで走っていくんだ……」

「……」


「君達ね!! 案内ありがとう!!」

「いえ、これぐらい……」




 アーサーが言葉を続けようとする前に、魔術師はその手に金貨を三枚握らせてきた。




「え、そんな」

「殿下のお命には代えられませんから!!!」

「はぁ……」




 これでサラに飯でも買ってやろうと思っていた所で、クラリアとクラリスが走ってくる。




「おーい! こっち準備終わったぜー! 今から始まるんだぜー!!」

「よし、では行くとしよう」

「殿下っ!?」


「元々僕が提案した試合だからね。いなくなるのは申し訳が立たないよ」

「そ、そうでございますか……!! ならば私が!! 不肖ながらお供させていただきます!!」

「うん、よろしくね」




 魔術師に支えられ、クラジュはゆっくりと立ち上がる。一瞬だけ魔術師が咳き込んだのを見逃さない。






「……ワンワン」

「大変だな、宮廷魔術師……」

「……」

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