第331話 戯曲から見るイングレンスの世界

<魔法学園対抗戦・魔術戦 二十日目>




「んっへーい、戦況報告~」

「こっち三十九~。現状維持でゴーゴー~」

「オッケー。まだ中盤だし、温存はしていこうか」

「クオーク補給部隊で出てね」

「あいよー」




「……はぁ!?」




「そんな驚くことないだろ~。ガゼルとシャゼムの三馬鹿トリオが一番モニカにくっついてるって、もう皆知ってっぞ」

「三馬鹿って言うんじゃねえよ!!!」

「それをわかっている上でお近付きになるチャンスを与えてやってんだぞ!!! 感謝しろ!!!」

「ええ……」

「もう返事貰ったからね!? 二つ返事とか関係ないからね!?」

「……」




「……わーったよ。出ればいいんだろ出れば!!!」











<試合経過一時間半 残り一時間半>






「はぁ……はぁ……」




 相手になっているのはパルズミールの生徒。獣人の生徒は嗅覚や視覚その他感覚器官が異様に鋭い。




「く、くそ……ここは、どこなんだよ……!!」




 故に魔法の影響も大きいと言える。彼の目に映る空は、黒い真夜中――






「ふふ……」



 彼女は何も無い宵闇から現れ、



「……また一人」



 手から鎖を放って生徒を拘束する。






「がああああっ……!!」






 彼女が立つ世界は青天の平原。


 その中央で、まるで鞭を振るうかのように、魔法を操る。






「よーモニカ。お疲れさん」

「あら……クオーク君。補給部隊かな」

「そうだよほら受け取りやがれ」



 魔力水を乱暴に放り投げる。三白眼が薄く見開かれた。



「ありがと……ふふっ」

「何だよ……」


「クオーク君って、見た目こそきついけど……優しいよねって」

「……」


「照れてるの?」

「違えよ!!!」



 伝声器から通信を受け取り、それをモニカに伝える。



「ここ、あと三分で光属性になるみたいだ。さっさと脱出しろ」

「むぅ、そうかぁ。流石の私も光属性は耐えられないなぁ」

「ん……? 一昨日は光属性の生徒とタイマン張って、それで圧勝したって聞いたぞ?」

「あれは二年生だったから。魔力の質が違うよ。先生方とは比べ物にならない――」






 でも、と言葉を切って舌舐めずりをする。






「その前に、他の敵を始末してからにしようか」




 彼女の目には、十数人のパルズミールの生徒が映っていた。











<午後一時四十分 中央広場>






「……彼女の戦い方。まるで本物の魔女みたいだ」






 感心しながらそう言うのはマッカーソン。イズエルトの生徒で貴族の生まれ、そしてダレンの良き友人である。



 この日彼はグレイスウィルを来訪してダレンを呼び出し、更に飯を食った仲ということでアーサーとイザークも呼ばれていた。



 今日は丁度試合があったので、現在は四人で観戦している最中。






「魔女……」

「今の舌舐めずりとか正にそうだよ。血に飢えてる感じがした」

「でも魔女って空想上の存在だろ?」

「そうだよ。だって男も女も等しく『魔法使い』だもの。特別女だけが卑しく扱われるのは小説の中ぐらいだ」




 すると、モニカの勇姿を映し出す投影映像から――


 緩い波動が感じられた。




「っ……」

「……君らも感じた?」

「ああ……何かこう、くらっとする……」

「甘い臭いもしたような……?」




 投影映像の先では、パルズミールの生徒はとろけたように身体をくねらせ、目も溶け切って上の空だ。


 その隙をモニカや他の生徒に突かれ、恍惚そうに地面に倒れていく。




「これは……魅了魔法?」

「フェロモンってやつか?」

「そんな感じだろうね。現にこっちで影響受けてるのも、男だけみたいだ」




 アーサーが周囲を確認すると、生徒のみならず、教師や魔術師と思われる大人まで影響を受けていたのが確認できた。




「投影映像越しでも影響あるのか……?」

「しかも大人まで……まさか四年生にもあんな化物がいたなんてねえ?」

「んー……ここまで強い幻惑魔法を使えるなら、俺でも噂を聞いているはずなんだが」


「オレ達も会ったのは昨日が初めてでしたからね」

「へぇ、その時の状況は?」

「友人と訓練を行いました。モニカ先輩の圧勝でしたよ」

「その友人って二年生だろ? 差があるのは仕方ないんじゃないのか」

「それでも、ここまで強いとは思っていなかったんですけどね……」






 魔法学園は全部で七つ。三つずつ取っても一つ余り、どこかしら同学年と当たらない学年が出てくる。


 今回の四年生もそうで、相手のパルズミールもエレナージュも五年生が相手になっている。


 だがモニカはそれを物ともせず、敵を魅せては惑わせ、そして恐れられていた。フラッグライトが赤に染まる。






「まあやる気や気合があれば学年の差なんて誤差程度だと言われてるけど……」

「あれか。めっちゃ強いドラゴンは本気になるまで火を噴かない! ってやつか」

「存在感の薄さを考えるとそういうことかもね」

「……」


「何だイザーク」

「いや、めっちゃ集中してるんだよわかるだろ?」

「魅了されたか?」

「違えよ!! ほら、幻惑魔法って要は魔法妨害フェンサー系だろ? ボクと同じ系統だから、何か参考になるかなってさ!」

「ほう……そんなことを考えていたのか」

「いいぞイザーク、強さの一歩は観察からだー!」




 ばんばん拳を上げるダレン。


 その最中、マッカーソンが手提げ袋を持ってきていたことに気付いた。




「ん? これは……劇の台本か?」

「あっ、くそっ、隠していたのに……」

「世界は騙せてもこの俺の目は騙せんぞ!! ……なんてな。俺に見せようと持ってきたのか?」

「あ、ああ……面白いだろうなあって思ってさ」


「じゃあ早速……じゃないな、この試合終わったら見せてくれ!」

「勿論だよ。二人も付き合う?」

「なら遠慮なく」

「最後までお付き合いしますぜ!」











<午後三時十五分 購買部付近>




 四年生達が勝利を収めるのを見届けた後、四人はカーセラムに向かう。


 丁度いい話ができる場所を探した結果、昔食事をしたここに落ち着いたのだった。






「頼むのは飲み物ぐらいにしてくれないか。万が一台本が汚れたらいけないからね」

「りょーっす。じゃあボクレモネードで」

「セイロン」

「野菜ジュース!」

「アールグレイを頼もう」




 注文を取られ、店員が去った辺りで、マッカーソンは手提げ袋の中を漁る。




「色々あるな……これ、イズエルトの王立図書館から持ってきたのか?」

「それの写しを取らせてもらった。大変だったよ手首が疲れた……」

「そこまでしてくれるなんて、本当にありがとうな! さて……」




 ダレンに続き、アーサーとイザークも台本を眺める。持ってきたのは三冊だった。






「『雑食の夢魔』……これ、表紙にいるのって」

「ああ、インキュバスだよ。今は絶滅種になってしまった」

「絶滅種?」



 ぺらぺらと捲りながらマッカーソンは話す。



「イングレンスに生息していた魔物の中でも、現在は姿を見かけなくなった種族。神聖八種族にも数えられるヴァンパイア、そしてサキュバスとインキュバスがその代表格だ」

「血を吸う悪魔とかが悉く絶滅したってわけっすか」

「ヴァンパイアは人間に討伐されて滅んだっていうのは歴史の通り。サキュバスとインキュバスは夢魔とも呼ばれる魔物だけど、これはナイトメアが追っ払ってくれたことにより急速に数を減らしたらしい」

「へえ、思わぬ所にナイトメアの恩恵が。夢繋がりかな」


「ナイトメアを持つ人間には手を出さないって言われてるぐらいだ。なのにナイトメアを持たない人間も襲われていないのは、多分繁殖能力が落ちたからだろうね」

「殆どの人間がナイトメア持ってるからなあ。餌に困って喘いでいるって所か」




「で、これはどんなおはな……うわあ」






 数頁覗いただけでも、人を選ぶ構図。




 蝙蝠のような羽に左右非対称な角、細身で紫の肌をした男が、女はともかく少年や青年にまで手を出している絵が多く続く。






「雑食って名の通り、男も女も等しくいただきますしていたインキュバスの話だ。最後はハッピーエンドだから安心してね。割と適当だけど」

「……これを見れる方もやらせようと思う方も」

「適当に見せてって司書に言ったら、持ってこられたのがこれ。面白がって持ってきた所はあるから、あんまり気にしなくていいよ」

「そうさせてもらうよ。流石の俺でもちょっときつい。因みにこれって公演されたのか?」

「帝国時代にやっていたことはあった。今ではほぼ発禁扱いで観られることはないね」






 発禁とされる作品も見させてもらえるあたり、マッカーソンは相当王立図書館に入り浸ってるということなのだろう。






「男も襲うインキュバスって、そんなのアリなんですか?」

「性欲を溜め込み過ぎて爆発したって作中で言われてる。インキュバスなのに変な話だよね。あと結末が割と適当って言ったけど、適当過ぎて考察がされている程だ」

「そんなにお粗末なんですか?」

「典型的なデウス・エクス・マキナ。マギアステル神の裁きが下って死ぬ、以上。その時点で嬲った数は数百ぐらいに上る」

「うっわ~……何か、こう、違うっていうか……」


「尻萎み過ぎて作品としては非常に低評価。しかしこの作者は、完成度とかはどうでも良くて、観劇という媒体を通して劇の内容を伝えたかったのではないかとの考察がある」

「つまり……この話であったことは事実だと?」

「そういうこと。だから益々、性欲を溜め込むインキュバスっていうのが不可解に思えてくるんだけどね……」




「うん……これについてはこんなもんかな。あまり話すと気が滅入っちゃうからね」

「じゃあ次の台本を見るか。えーと、『猛騎士と狩人の死闘』……」






 ここで飲み物が届いたので、各自口に含んで手と口を休める。






「ぷはぁ。んっと、これはケンタウロスとロビン・フッドが死闘を繰り広げて友情を認め合うっていう、帝国時代初期を舞台にした作品だ」

「ロビン・フッド系か。コイツホント色んな作品に出てるよな」

「まあ事実かどうかわからないものが大半なんだけどね」

「……」



 話についていけないのでセイロンを飲み干すアーサー。



「オマエ早くないか!?」

「ん、ああ……無意識だった。その……ロビン・フッドって?」

「知らないの? 冒険小説では格好のヒーローなのに。まあ最近寛雅たる女神の血族ルミナスクランがうざったくて、エルフの話題に嫌悪感示す人も少なくないからなあ。そういう人と関わっていると話題に聞かないかも?」

「エルフなんですか?」




 表紙に描いてあるロビンと思われる男性は、耳が上手く隠れて発見が難しくなっている。敢えてそのように描いているのが窺えた。




「そうそう。帝国が建国された頃、当時のエルフは圧政を受けていたらしくてね。搾取される同胞を哀れんだロビンは、弓と風魔法を手に帝国の支配と戦った。その結果エルフは領土を与えられ、自治を認められたんだ。これがウィーエル国の始まりだよ」

「へえ、そんな古くから。じゃあウィーエルにとっては始祖みたいなものなんですか」

「そうなるね。昔は結構崇められて、お祭りとかあったみたいだ。首都のユディには石像とかあったのを記憶しているけど、今はどうなのかな。寛雅たる女神の血族ルミナスクランはロビンを目の敵にしてるっぽいから、破壊されててもおかしくないね」

「ふーん……」




 何故目の敵にされているのか考えている隣で、ダレンが手を叩く。






「何だよこれ! 三つとも絶滅種を題材にした観劇じゃないか!」

「グリフォンは絶滅してないだろ! 確かに人前に姿を見せることは滅多にないけど!」

「えっボクも絶滅してたと思ってたんすけど!?」

「頭が結構良い魔物でね、人間が立ち入らない森の奥深くや絶壁に巣を作ってるんだ」

「あ~時々いますよね、めっちゃ頭の良い魔物」


「それでも言葉は話せないんだけどね。人間の行動を予測して、自分達が生き残る方法を探せるぐらい」

「まあ所詮は魔物ってことなんすかねえ」

「でも空想の世界では、そう言った魔物が人間と同じように扱われることもある。この『羽ばたくグリフォン』だってそうさ」




 表紙には雲と一緒に空を飛ぶグリフォンが描かれている。




「実はこれイズエルトだと、聖教会から発禁喰らってるんだよね。僕はこっそり見せてもらった」

「聖教会……つまりどういうことです?」

「星の彼方の海を夢見たグリフォンが、そこにいるという創世の女神に会いに行くっていうストーリーなんだけど、女神に会うという行為が連中は気に入らなかったらしい。無礼とか何とか言われてる」

「お堅いヤツらだなー。いいじゃんそれぐらいー」

「僕もそう思うよ……文化の迫害なんて、生む物は何もないのにね」


「でもグレイスウィルなら普通に演じられそうだな。レオナさんは喜んで観に来そうだ」

「そう思って君に見せにきたんだろ」

「んー……よし! これは持って帰って検討してみよう。あと台本は全部貰うぞ、個人的に気になる内容も多いからな」

「ならその袋もあげるよ。今全部入れてあげよう」






 そうして手提げ袋ごと台本を受け取るダレン。






「それ魔力回路が少し通ってあるんだ。ちょっとやそっとじゃ壊れないし、少しの重さなら重力を和らげて力がいらなくなる」

「お前が通したんだろ?」

「っ……」

「素直じゃないな~も~!」

「見抜く方も相当じゃないっすかね?」






 それからちびちびと飲み物を飲んだ後、四人は外に出たのだった。

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