第278話 森の中の家
木々に囲まれた素朴な一軒家。台所もリビングも、風呂も便所も整備済み。寝室に至っては個室が六つ用意されている。
そんな家にて、それぞれの私服に身を包んだウェンディとソラに、説明をしているのはこれまた私服姿のレベッカ。
診断書を二人に手渡し、読み終えた所で、改めて説明がされる。
「……え、嘘。嘘でしょ……」
「僕も知ってるよ、この子……今からこの子がここに来るの?」
「そうよ。そこに書いてあることが全部。患者は――エリスちゃんは、心身共に酷い傷を負っている。二頁の真ん中辺りを読んで」
二人が紙を捲ると、赤い文字で強調された文章が一際目に付いた。
「『ルナティックムーン』……」
「……僕知ってるよ。限られた魔術師しか作れない、最強の媚薬だ」
「媚薬なんて生温い物じゃない。男が女を支配するための拘束具、鞭や首輪と何ら変わりないわ」
「……そんなに?」
「そんなによ。だってこの媚薬、効能を解く方法は――」
「……? ???」
「やっぱりウェンディはそういう反応を返すと思ったわ……だから言ったでしょ、これは男が女を支配するための拘束具。拘束を解くには、時間を掛けて鎖や縄を腐食させていくしかないの」
「具体的には?」
「食事や薬、あとは適度な運動も組み合わせて、身体に少しずつ排出してもらう。治癒能力を高めていくわけね。でも何分血中濃度が高いから、どれだけ徹底してもかなり時間はかかるわ……」
「……完全に治るまで徹底的に管理されるんでしょ? やだなあ……でも、仕方ないんだよね……」
「そうよ……それに加えて、心的療法の方も進めないといけない」
診断書から目を離し、レベッカは二人を見つめる。
「何より学園もあるしね。学習の方も進めながら、何気ない日常を送る。そうしてトラウマを克服できるようにしていくの」
「……うん。レベッカはともかく、何でうちが選出されたかわかった気がする……」
「私も話を聞いて驚いたのだけど、一緒にチョコレート作って恋バナをしたんですってね? カイルに渡すチョコレートをねぇ???」
「何で後ろの方強調するのー!?」
「ふふん……でもその時の縁が、こうして別の形になって役立つって、奇妙だけど素敵な話よね」
「……確かにねぇ」
「僕がお呼ばれしたのもそれが理由か~。あ、僕はロザリンに直接声をかけられたんだよね」
「ロザ……ああ、ローザのことね。紛らわしいからちゃんと名前で言ってちょうだい」
「え~」
すると――
「着いたぞ。ここがこれから、お前の生活する家だ」
「既に客がいるな。でも大丈夫だ、お前の見知った顔だからな――」
玄関口から入り、リビングに繋がる扉を開け――二人はやってきた。
「よう。まだ説明の途中だったかもしれないが、来たぜ」
「……」
緩めのプリーツスカートとブラウスを着て、正面にはカヴァスをしっかりと抱きかかえているエリス。
小さく会釈をした後、ウェンディが徐に立ち上がり――
「ウェンディ・ルイス、上官よりの拝命を承りここに参上致しました!!! 今後貴君と共に生活していく所存でございますので、何卒宜しくお願い申し上げます!!!」
ずばっと胸に手を当て敬礼をするが、場は白けている。
「……あのねえウェンディ。ちょいと頭捻って考えてみなさい……?」
「へ?」
「まだ心の整理がついていない状況なのに……そんな堅苦しい挨拶されたら、やり辛くなるでしょーがあああああ!!!」
「うわああああ!! 確かにそうだああああああ!!」
そんなウェンディとレベッカのやり取りを見て、
僅かに口角を上げるエリス。
「……え?」
「ん?」
「はっ。どうやらいつも通りのようで、少し和んだみたいだな」
「「……いつも通りぃ!?」」
「エリス、そこに座れ。何か準備するぞ」
ローザは棚の上に置いてあった厚紙を取り出す。ここにある飲み物を纏めておいた表のようだ。
「とりあえず良さそうなのを並べてみたが……この中に飲みたいのはあるか?」
「ココアか、よし。熱いのだったら右手の親指、冷たいのだったら右手の人差し指だ」
「冷たいのだな……物はついでだ、お前らのも聞いておいてやる」
「カモミールティーをお願いね」
「カフェオレ~」
「最近若者に話題のコーラとやらを!!」
「お子ちゃまねえ~」
「何よ!!」
「コーラは想定に入れてなかったからねえな。後で自分で買って氷室に入れといてくれ。今はレモネードで我慢しろよ~」
そしてそれぞれ飲み物が準備され、ソファーに座って机を囲む。
「ふう……アイスコーヒーは美味い。頭がすっきりするぜ」
「どうだエリス? こんな感じの木の家だが、馴染めそうか?」
こくりと頷く。未知なる生活への恐怖が、若干和らいだようだった。
「そうかそうか、それは何よりだ……もう一回説明するが、ここは心的療法に使われる、第四階層の特別な区画だ。なるべく自然に囲まれた生活っていうのを再現できるようにしてある。緑を見てると落ち着くだろ?」
「……」
「うんうん……そんな場所でお前は、私達と一緒に日常を送る。その中で元の状態に戻れるよう、誠心誠意支えてやっからな」
エリス三人に対して、一人ずつ丁寧に頭を下げる。
顔がカヴァスの頭部に埋もれてしまっているが、カヴァスは何も言うことなくじっとエリスに抱かれていた。
「よろしくね、エリスちゃん! さっきはあんなこと言っちゃったけど、困ったことがあったら何でも言ってね! うち騎士様だから! 軽い無茶ならできちゃうのでー!」
「全く、ほんっとお調子者ね~……私のことは覚えている? 武術戦の前、騎士団宿舎に殴り込みに来たじゃない。その時に会っているわ」
「……」
「ありがと、それは嬉しいわ。私騎士団の中でも医療班に所属していてね。その腕を見込まれて今回担当になったの。一緒に頑張っていきましょうね」
「そういえばさ~。エリスちゃんとその他一杯の友達が取ってくれたナツバキでさ、いい感じに頭髪料ができたよ! お風呂入る時に試してあげるね!」
「……」
またカヴァスの頭に顔を埋める。
「そのワンちゃん、確かアーサー君のナイトメアだよね? 借りてきたの?」
「……」
「そっか……そうよね。一番身近にいる人間だもの。心配になるよね……」
「……」
「でもさあロザリン、ここに僕のブレイヴとネムリンも入るんでしょ? 大分家がもこもこしない?」
「人間ばっかよりはある程度もこもこしていた方がいいだろ。ていうか、ウェンディとレベッカのナイトメアも、もこもこ系だって聞いてんぞ」
「ああ~、確かにそうなんだけど……オスのコボルトで、しかも口が悪いし。何言うかわかったもんじゃないってこの人に言われまして」
「私のナイトメアもそうやって置いてきたでしょうが。でも騎士の仕事ぜーんぶ押し付けてきたから、こっちに専念できるわよっ」
「ん~そうかそうか。それなら仕方ない」
コーヒーを飲み終えたローザがばっと立ち上がる。
「んじゃあ……一旦休憩も終わったし、二階を見て回ろう。その後で部屋の掃除をしたいと思うんだが、どうだ?」
「……」
「ええ~僕まだ飲み終わってないよ~」
「この家ではエリスの意思が第一優先だぞー!!」
「ちょまー!!」
ソラのティーカップを取り上げ、わらわらと台所まで持っていくローザ。
他の二人も飲み物を切り上げ、それぞれ片付ける。
「エリスちゃん、うち持ってくよ!」
「……」
「えへへ、今のはありがとうって顔だね。いいよいいよ、だってうちは騎士様ですしー!」
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