第43話 宿題と男子
「終わらねええええええええええっっっっっっっっっっ!!!!!」
ある日の算術の授業の後、天を仰いで叫んだイザーク。
背後からの大音量攻撃を受けて、頭を抱えて嫌がるアーサー。
「……黙れ」
「だって終わらねーんだもん!!! 何でこういう時に宿題追加するかなあ!!! 終わんねーよチクショー!!!」
後ろの席のそいつが頭を抱える様子を、アーサーは冷ややかに見つめる。
「ええ、今課題いくつあるよ? 帝国語の基本文字に造形文字、魔法学、地理学、グレイスウィル史、魔物学の魔物と異種族、芸術はやんなくてもいいとして今回増えやがった算術……やっぱり終わんねえええええええ!!!」
「そうやって叫んでいるからだろう」
「うるせえよ!!! 大体オマエなあ、そうやってスカしているけど、オマエはどうなんだよっていう――」
「人の鞄を漁るな……!」
イザークはアーサーの鞄から、我が物顔でファイルを一冊取り出し、中を見る。
「おいおい!! この帝国語のプリント一週間前のやつじゃねーか!! 期限はまだ先だけど!! あーこっちには魔法学総論のプリントがありますあります!! オマエも全然終わってねーじゃねーか!!」
「……地理学と魔物学は終わらせた」
「でもこっち終わってねーじゃん!!! つまりボクもお前も宿題難民!!! イッツオナージ!!!」
「……あぁ」
ケビンから与えられた魔法学総論のレポート。六月に色々あったせいで中々内容が書けず、それのせいで他の課題が追いやられている――とは口が裂けても言えなかった。
そんなアーサーを尻目にイザークは頭を掻きむしる。だが急にその手を止めた。感情が不安定だ。
「よし。こうなりゃ上等だ。オマエ明日の十時……はダメだな!! オマエ料理部だから!! 日曜日午前十時に薔薇の塔のカフェに来い!!」
「……何をするつもりだ」
「この驕り昂る不埒な敵共に全面戦争を仕掛けるッッッ!!!!」
「はあ……」
イザークは机を思いっきり叩き、プリント類を数枚床に散らせる。今エリスが、カタリナと一緒に花摘みに行ってくれてよかったと、心底思うアーサーであった。
そういうわけで、アーサーはイザークの言葉に難色を示していたが――
(……ここでいいんだろうな)
日曜日の十時にはちゃんとカフェの入り口にいた。
エリスを誘おうとしたが、彼女も約束があるからとどこかに行ってしまった。そのため現在はアーサー一人である。
「……こいつを遣わせるべきだったか」
「ワン!」
来たのはいいものの、入るか入らないか迷っていると――
「ようアーサー! 実はなんともう席は取ってあるんだぜ!」
勢いよく扉を開けて出てきた。誘ってきた張本人が自ら。
「……あんたにしては珍しく早いな」
「どうやらみーんな同じこと考えてるらしい。早くしないと席が埋まるって聞いたから、もう三十分前には取っておいたぜ!」
「……」
「まあボクとしてはオマエの方が珍しいけどな。エリスと一緒に来るもんだと思ってたから、ケーキ六人分頼んじゃったぜ」
「約束があるそうだ」
「ふーん。まあアーサーが許したんなら安全だろ。とにかく中に入れ」
こうしてアーサーはカフェに入る。
そして席に案内されると、既に先客がいた。思わぬ人物にアーサーは白目を剥く。
「あんたらは……」
「……貴様も来たのか」
「ああ? またてめえとかよ」
「こ、こんにちは」
席にはヴィクトールとハンス、そしてルシュドが座っていたのである。
既に注文をしており、食べかけのカップやケーキが並べられているが、この面子を前にしてはそんなことは些事であった。
「そうだ、見ての通り席めっちゃ狭いからナイトメアはしまっておけよ!」
「……ああ」
「何でまたてめえらと……」
「いいじゃんかハンスー! 皆でつるんで仲良くなろうぜー!!」
「……くそがぁ……」
ハンスは乱暴に机に足を出す。目が軽く見開いているのを見て、当然アーサーは訝しんでいる。
「……これはどういうことだ」
「宿題を殲滅する最も確実な方法。それは、既に宿題を終えている奴に訊くッッッ!!!」
「……」
「んでぇーヴィクトールは眼鏡かけてるし生徒会だから終わってそうだと思った。ハンスはそのおまけ。そんでさっきロビーでルシュドがぶらぶらしてたから連れてきた」
「……」
アーサーの目が半分ほどジト目になっている。彼の中で呆れの感情が生じていたのだ。
「オマエルシュドの隣な。あと飲み物持ってくるから飲みたいの言え」
「……紅茶。ストレートだ」
「オッケー!」
イザークはスキップをしながらカウンターに向かった。その背中をアーサーは、紅茶が飲めるのなら少なくとも来た意味はあったと思いつつ見送る。
「……今日のあいつは何故あんなにもおかしいんだ」
「俺が知りたい」
「だろうな」
ヴィクトールに尋ねながら座り、アーサーは鞄からプリントを取り出す。
「あんた、宿題は終わったのか」
「貴様等と違って渡されたその日に終わらせている」
「そうか」
「猿共の評価なんて無意味――」
「あんたには訊いていない」
「あ゛あ゛っ!?」
「や、やめろ、仲良く、仲良く」
ルシュドはアーサーとハンスの間に入り、慌てた様子で引き離す。
「るっせーな……きみはもうちょっと身分をわきまえた方がいいよ?」
「あ、ああ……今、おれ、悪い」
「ルシュドと言ったか。此奴の言うことには耳を貸すな。今は下手したら殴り合いが起こる所だった。場を収めようとした貴様が正しいぞ」
「そ、そうか……」
萎縮するルシュドとは対照的に、ハンスは足をぶんぶん揺らし、今にも眉間に皺が浮かびそうだ。
「おっまたせーい! 紅茶のストレートだよーん!」
早歩きで戻ってきたイザークが、アーサーの目の前に紅茶を置いた。その様子をハンスは唖然として見つめる。
一方のイザークはそんな視線も気にせず席に着いた。
「さあ、五人揃ったしやろうぜやろうぜ!」
「あ、ああ……そうだな」
「……」
先程までのぎくしゃくさはどこへやら、このテンションだけが取り柄の軽薄男を見て、誰もがわだかまりなんぞどうでもいいと考えた。そうでないと学園帰りより疲れる。
ひとえに言うと、勉強しようという
「……それで何が訊きたいんだ貴様」
「この世の真理」
「よしハンス帰るぞ」
「待って!!! 今のはジャブ代わりの軽い冗談だって!!! それぐらいわかれや!!!」
「折角の貴重な休日を割いてやってきているのだ。手短に答えろ」
「え~っと……じゃあまずは魔法学総論から!」
イザークは鞄からプリントを取り出し広げる。
「何だこれは。ほぼ白紙ではないか」
「だってわかんないんだもーん」
「……せめて何がわからないか言え」
「わからないのがわかりません!!!」
「一番タチが悪い奴だな貴様!!!」
口論が勃発している間、ハンスは白紙のプリントを舐め回すように見ていた。
「……触媒に呪文ねえ」
「興味、あるか?」
「全然? ただ、人間ってそんな道具に頼らないと魔法も使えないなんて……不便だねえ」
「あんた――」
「ほう。ならば高潔なエルフ様はどうやって魔法を使うか教えていただこうか」
瞬時に切り返したヴィクトールが、首を回して視線だけをハンスに向ける。
「……あ?」
「どうした? エルフ様は触媒も呪文も使わずに魔法を使うのだろう? それは人間とは違うものだろうから、教えていただきたい」
「……それは、あれだよ。あれあれ」
「あれとは何だ? 白痴な我々にもわかりやすく伝えてくれ」
「うるせえな……!!!」
ハンスはヴィクトールから視線を逸らす。
しかし逃げた先では、ルシュドが目を輝かせて待っていた。
「……ゆっくり。ゆっくり。おれ、おまえ、気になる」
「え……」
「魔法、使える、すごい。おれ、無理。だから、気になる」
「そ、そうか……」
このツンツン頭の生徒の、無垢なる瞳から逃げられない雰囲気を悟ったハンス。そして頭を抱えた後、だんだんと話し始めた。
「こう、手を挙げて、びゅーんと……そうだ。風に呼びかけるんだ」
「呼びかける?」
「スッゲー詩的」
貴重なエルフの実体験なので、ルシュド以外の三人もついつい耳を傾けてしまう。
「そうだよ。エルフは風属性との共調性が高いから、それでその、風については知り尽くしているんだ。風と話せるとでも言うのかな。強く吹けと言ったら強く吹くし、止まれと言ったらぴたりと止む。そんな感じで風を操れるんだ」
「……凄い……」
肝心のルシュドは前のめりになってハンスの話を聞いていた。
「エルフ、凄い、凄いこと、できる……」
「あ、ああそう……」
たじろぐハンスを見て、若干気分が上向きになったヴィクトールであった。
「それで貴様、どこがわからないか見当付いたか」
「こっちに話戻すぅ!?」
イザークのプリントを小突きながら、ヴィクトールは淡々と問いかける。
「時間を稼いでやったのだ。有難く思え」
「うーあーうーあー! じゃあまずこっから! 呪文の書き取り全部!」
「初歩の初歩ではないか……!」
アーサーの正面で二人は言葉の応酬を続けている。
「ていうかアーサーも魔法学終わってないだろ! オマエも混ざれ!」
「……オレはあんたがうるさいから来ただけだ。一人でやる」
「わかんないから終わってないんだろー! 違うかー!?」
「これは今からやろうと――」
「どれどれ見せろ見せろー!?」
「ぐっ……!?」
イザークはアーサーのプリントを覗く。
「ヴィクトール先生! コイツ魔力の概念についてわかってないみたいですぜ! 教えてやってくだせぇ!」
「じゃあ貴様その間に質問を考えておけ!」
「イエスマイジョウカーン!」
ヴィクトールはイザークから目を離し、アーサーのプリントを眺める。
「さて、魔力の概念についてわからないんだったな? どこから教えてやろうか?」
「……」
こんなものは自分でできる。そのように言おうとした。
『――いいか、物事の基本は『キク』ことだ。聞いて訊いて情報を仕入れそれを自分で解釈して口に出す。人間なんてのはその繰り返しで生きていくんだ。何も知らねえのに口に出したって上手くいかない』
『同じなんだよ、戦うことと人と関わるということは。その点では騎士も学生も何ら変わりねえ――』
「えー新時代魔法学における最重要人物!!! なんかスッゲー様々な色んな理論を展開したヤツ!!! ウォーディガン!!!」
「貴様呪文から逃げるな!!! あとウォーディガンについて覚えるなら、功績まで全て覚えろ!!! 亜空間及び仮想空間理論、魔力回路の効率上昇の研究、魔術における精神干渉の程度についての実験――」
「ぎゃあー難しいことばかりで耳が破裂するぅー!!!」
それは今目の前で、必死に机に齧り付いている彼の言葉だった。
「……そもそも、魔力の概念というものがいまいちわからない。魔力回路もだ。この時は……殆ど授業に出ていなかったからな」
「成程、それなら仕方ないな。どれどれ……」
「テンション差が激しくねえかヴィクトール!?」
「貴様は早急にそのプリントを埋める作業に戻れ!!!」
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