第28話 神聖八種族

 一つの物語の裏では、また別の物語が進行している。友人リーシャに謎の生徒が接触してきたということも露知らず、エリスはアーサーと共に授業に臨む。




「いやー早いね。五月もう終わっちゃうよ」

「うん、すごく早かった。この学園の構造全然わかってないよ」

「まだ行ってない所とかある? ボク授業の関係で美術室行ったことないや」

「授業関係で行くなら音楽室に入ったことないかな」



「あ、あたし……その、屋上」

「屋上かあ。あそこ行くのたるいよな」

「昼になると屋台が出てるらしいよ?」

「屋台ねえ。正直学食で満足してる。オマエはどう?」



「……」




 アーサーはあらゆる会話に混ざらない。しかしこれにはれっきとした理由があった。




「オマエ~ッ、本読んでないでこっちに混ざれよな!!」

「……っ」



 イザークが椅子を揺らしてきたのでエリスが割って入る。



「アーサーは今読書中なの。わたしが宿題として出しました」

「へぇ、そうなんだ? 何読んでるんだよ」

「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』。魔法学園入学するならこれぐらいはね~って」

「ほーん。それじゃあどこまで読んでるか試してやっか」



 イザークはアーサーをビシッと指差し、こう出題。



「最初の文章! めっちゃ有名なヤツな。まさかこれを忘れたなんて言うんじゃないだろうなぁ~!」

「わたしも気になるから言ってみて。どれぐらい読み込んでいるか確認です」




 イザークの命令に応えるつもりは一切ないが、エリスの命令ならば仕方がない。アーサーは口を開く。




「『巡り行く運命の狭間に

  主君と騎士は出逢いて

  奏で合う律動の軌跡に

  忠義は夢幻爪弾く』」


「『物語は世界に響き

  感銘受けし世界が

  新たに人を生む』」


「『無限に続く奇跡

  さすれば我は

  軌跡として残さん』」




「はい、よくできました。アーサーちゃんと読んでて偉いよ」

「……」


「じゃあ文章も覚えられた所で、次は感想とか訊いても?」

「ない」


「……今度は何らかの感想を得てくることを宿題とします」

「わかった」




 アーサーは返事をしながらイザークに拳を飛ばす。



 にやついていた彼の顔面の中央に直撃した。




「痛でぇ!? 何も言ってねーだろうが!」

「だが顔に出ていた」

「そんな理由で殴るのはよろしくないと思いまーす!」

「先生もそう思いまーす!」

「ぶげぇ!?」



 知らない間に、四人の前にはオレンジ色のローブを着た茶髪の男性が立っていた。



「ヘ、ヘルマン先生、おはようございます」

「いきなり会話に入ってくるのやめてもらえますか先生!?」



「いやーすまんすまん。四人が楽しそうに話をしていたからつい入りたくなってしまった。それで何が殴るとかどうだって?」

「そうだ聞いてくださいよ、コイツボクが気色悪い表情していたって理由で殴ってきたんですよ」

「……こちらは不快になったから殴った」



「そうか、不快になったならある程度正当かもしれんな! ただそういう時は殴るよりも言葉にする方が先生はいいと思うぞ!」

「……」




「結論が出た所でこの話は終わり! さー授業するぞー準備をしろー!」




 ヘルマンは教室全体に呼びかけ、それに釣られて生徒達は慌ただしく授業の準備をする。


 そして授業が始まるのだった。






「さて……今日は異種族、人間以外の種族の話をしようと思う」

「え? 魔物学でそれやるんですか?」

「グレイスウィルでは魔物学でやることになっているんだ。他の魔法学園だと異種族学っていう感じで、一科目になっている所もあるけどな」



 ヘルマンは黒板に絵を描いていく。慣れた手付きでさらさらと、生徒の様子を見ながら流れるように。



「皆も知っている通り、イングレンスで最も栄えている種族は人間だ。この人間をベースに、八の属性にそれぞれ特化した種族がそれぞれ進化し生まれていったとされている」


「属性は神からの賜物であることを踏まえて、この八種族のことを『神聖八種族』なんて呼んだりもするな」




 黒板の脇にはけ、生徒達に絵を見せる。上手とは言い難いが、授業において要点を把握するのにはぴったりの出来栄えだ。




「ここに八種族の特徴を纏めた絵を描いた。雑ではあるが特徴をある程度把握したつもりだ。この学園にも近い見た目の人が大勢いるが、知っているのはいるかな?」

「はい。えっと……右から四番目の、ニース先生っぽいです」



 生徒の一人が絵を指差して言う。肌をかなり露出しており、そこに模様が描かれている。エリスの脳裏には、ニースと一緒にヒルメの顔が思い浮かんだ。



「そうだな、ニース先生は混血の『トールマン』だ。トールマンは雷属性に特化した種族で、静電気を身体に貯め込んで操る能力を持っている。大抵は魔法に組み込んで放出することが多いから、雷属性の魔法を使わせたら手は付けられないぞ」



「また、静電気の影響で服がひっついてしまうんだろうな。トールマンは露出の多い服装を好む傾向にあるようだ」

「でもニース先生って結構長袖着てますよね」

「混血だと電気を貯め込む力が減るからな。とはいえニース先生は結構トールマンとしての力が強いらしくて、長袖と言っても薄めの物を着ているぞ。今度会う機会があれば尋ねてみるといい」



「そうそう、これは純血混血関係ないんだが、トールマンは露出した肌にタトゥーを入れている人が多いぞ。見た目が人間とそうそう大差ないから、模様を入れてアピールしているってことだな」



「あとは原生地――先祖が初めて誕生した地はエレナージュ。砂漠の地で生まれたからか、褐色肌が多いとされている。全員がそうとは限らないけどな。まあこんな感じだ、他には?」

「はーい。セロニム先生は『魚人』です。頭が魚になってます」




 生徒が答えたのに応じて、エリスは左から二番目の魚頭の人間の絵を見る。




「ほいほい。魚人は名の通り頭か下半身が魚になっている人間だ。フィッシャーとも言われたりするが、まあ魚人の方が馴染みがあるな」


「彼らは魚になっている部分を人間のように見せかける魔法を使える。セロニム先生がよくかけ忘れているのはちょっと有名だな。だが実はこの魔法、必修ってわけではないらしい。だから港町には魚のまま生活している魚人もいたりするぞ」




「特化属性はわかると思うが水、原生地は不明だ。海の中から地上に上がってきたなんて説もあるぞ。他は?」

「はい! リーン先生! リーン先生は『エルフ』族です!」



 生徒の一人が手を突き刺さんばかりの勢いで挙げる。



「随分と元気がいいな……まあリーン先生は美人だからな、仕方ない。エルフは風属性に特化した種族。世界中で姿を見かけるが、原生地であるウィーエルの森を本拠地としているぞ。魔力との調和性が高いため、非常に強力な魔法を扱いこなす」


「あと純血と混血による差が非常に顕著で、純血のエルフはなんと五百年ぐらい生きる。加えて生まれつき魔法の才能がある者が多いようだ。これが混血になってしまうと一気に人間程度の寿命になり、魔力量も落ちる。そのため純血のエルフ達はかなりプライドが高い者が多い……君達の中には知っている者がいるかもわからないが」




 最後の方は言葉を濁らせていた為、難しい問題なのだろうと推測できる。




「エルフについてはこんなもんだな」

「あれ? そういえば保健室のゲルダ先生ってエルフじゃないんですか? リーン先生と同じで耳が長いんですけど」

「あーゲルダ先生か。彼女はエルフじゃなくって『ニンフ』なんだ。ニンフはちょっとややこしくてな。右から二番目の絵を見てくれ」



 そこには四体の生き物の絵が描かれていた。翅を生やした小人が二つ、鬼とエルフのような見た目の種族だった。



「ここに描かれているのは全部『妖精』という種族だ。原生地は不明で特化属性は光。だが例外が結構多い、話し出したらキリがないけどな」


「この妖精というのはさらに四つに分けられて、一番上のが『フェアリー』。一般的に妖精と呼ばれるのはこのフェアリーであることが多い。その下が『ピクシー』、フェアリーと見た目は似ているが悪戯好きで悪意を持っていることが多い」


「その下が『トロール』、オーガやオークと見た目が似ているが、そいつらと違って友好的な者もいるぞ。そして最後がニンフ。傍から見るとエルフかあるいは人間にしか見えないな」




「トロールとニンフを見分ける方法としては、彼らは背中にフェアリーやピクシーと同じ翅を持っているんだ。蝶のように煌めいている翅だな。それで見分けるといい」


「まあ特にニンフの中には魔法で翅を隠している者もいるが。ゲルダ先生もそうなんだが、本人曰く邪魔だから隠しているんだそうだ」




「さて……次で皆に訊くのは最後にしようか。最後に行ってみる者は?」

「じゃあボクが行っちゃいますか~」



 イザークは身体を伸ばすついでに手を挙げる。



「『ドワーフ』。近所におっちゃんが住んでた。武器屋をやってたよ」

「おっ、そのドワーフは典型的なタイプだな。原生地は不明、土属性に特化した種族だ。平均身長は八十センチ程度と小さいが、その分力が強い。それを活かして鍛冶仕事とか炭鉱夫になっている者がほとんどだ」


「その影響か男しかいないイメージが多いが、実際の男女比は半分ずつらしいぞ。まあ偏っていたらここまで繁栄しないな」

「でも女のドワーフって何か違和感感じちゃうなあ……」



 言いながらイザークは机に突っ伏し、その間にヘルマンは黒板の前に移動した。





「どれ、今出てこなかった種族は……竜族とウェンディゴとヴァンパイアか。順に行こう」



 一番左の絵と、右から三番目の絵を指しながら、ヘルマンはつらつらと話す。



「『竜族』はガラティア地方を原生地とする種族。火属性に特化している。彼らは自分達の種族に誇りを持っていて、その戦闘力は計り知れない。魔物のドラゴンとはきちんと区別しないと、場合によっちゃ殺されることもあるので注意するように」



「『ウェンディゴ』は『氷の人』とも呼ばれる種族だ。イズエルト諸島が原生地で、氷属性に特化している。体内に冷気を溜めており、それが溢れ出した影響で身体のどこかしらが凍っているのが特徴だ」


「暇があったら現イズエルト女王であるヘカテ女王の肖像画を見てみるといい。彼女もウェンディゴ族なのだが、髪が王冠のように凍っている。それはもはや芸術レベルの美しさだぞ」



「さて最後は『ヴァンパイア』だが、こいつはかなり特別でな」




 ヘルマンは突然一番右端の絵、マントで身体を羽織った尖った耳と色白の肌の存在の上に、大きくバツ印を描く。教室からどよめきが若干起こった。




「ヴァンパイアは闇属性に特化した種族という他に、生き物の血を喰らうという魔物という一面も併せ持っている。しかも大半の者の思想は魔物寄りだったそうだ。故にそれを恐れた人間達によって討伐され、現在では絶滅している」

「え、何だよそれ。それじゃあ八種族じゃなくって七種族じゃねーか」

「俺も学生時代に同じツッコミをしたよ……ははは。まあ覚えることが減ったという点では、学生にとっては都合がいいのかもな。そんな理由で滅亡したんではないだろうけど」




 ヘルマンは教卓に手を置き、教室全体を見回しながら話す。




「さて皆も気付いていると思うが、今話した種族以外にも何種類か異種族がいる。今日は詳細について解説しないが、その中でも特に獣人という種族については押さえておいてほしい」



「獣人はその名の通り獣の特徴を持った人間。属性も系統も様々で、原生地も不明。彼らの国はパルズミール地方にあるが、あそこは獣人の新興地として栄えているだけで原生地ではないぞ。その発生については、酔った勢いで動物と交尾したら偶然孕んでしまった……という眉唾物の説が最有力とされている」



「歴史書の記述によると、昔は獣人の種類も結構いたようだ。だが生存競争と帝国からの迫害により数を減らし、現在残っているのは……知っている人はいるかな?」

「はい。えっと……狼、兎、猪、猫、狐、獅子の六つです」




 手を挙げて答えたのはカタリナだった。思わずヘルマンは拍手を送ってしまう。




「パーフェクト、正解だ。勉強頑張ってるな!」

「あ、ありがとうございます……」



 照れながら座るカタリナに対して、エリスはよかったよと耳打ちするのだった。




「まっ、今挙げてもらったように獣人の種族は六つだ。このうち狐と獅子以外の獣人は、独自の自治領を獲得している。パルズミール四貴族ってやつだな。この辺は他の授業でやったかもしれないから省略!」


「それよりも重要なことは、獣人を見た目で凶暴だとか弱そうだとか判断してしまうことがあるかもしれないということだ。皆の中でもついそうしてしまう者がいるだろう。だがそれは殆どの場合侮辱になってしまう。人間相手にも言えることだが、見た目だけで相手を判断しないようにな」




「さあさあ、ここまでずっと話し放しだったがこれで最後だ。これらの異種族とナイトメアの関係性についてだ」



 最後と聞いて教室の空気が一気に引き締まる。



「結論から言うと、神聖八種族の者はナイトメアを発現しないことが多い。彼らは一属性に特化している。これが証明するところは、生きていく上で十分な位の魔法を行使することができるということだ。ナイトメアなんていなくても魔法だけで生きていける……という考えの者が多いようだ」


「この辺りは考え方の違いでもある。ナイトメアを単なる使い魔と考えるか、それとも共同生命体と考えるか。個人の考えにはどうしても介入はできないから、仕方ないところはあるな」


「もっとも混血だと種族の力は弱まるからナイトメアを発現するというパターンもある。あと獣人もナイトメアを発現しているのをよく見かけるな。まあそうだな……異種族にも色々な事情があるから、一括りにするのは良くないってことだな」




 ここでヘルマンは時計を見遣る。長針が終業まであと五分といった時間を指して示していた。




「……よし。皆頑張って話を聞いていたし、今日の授業はここまでにしよう。疑問点とかあったら俺の元に来てくれ。大体一年四組にいるからな」



 それを授業の締めにした後、ヘルマンは荷物をまとめて教室を出ていく。






 教室内には一気に解放された空気が訪れる。一旦休憩時間、気を休ませて次の授業への準備だ。




「はぁー……! 疲れた!」

「熱心にノート取っていたなあ、エリス」

「だって面白い話だったんだもん……手は疲れたけど」

「こりゃあ期末試験大勝利だな。んじゃ後でノート見せてー」



「……黙れ」

「痛っでぇ!!! 足踏むなアーサーァー!!!」

「……お手柔らかにね? アーサー」

「カタリナさんもこう言ってることですしい゛っ!!! もうやみ゛でぇーーー!!!」

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