第491話 はじめてのデート
そんなこんなで授業も課外活動も終わっていき……
今日は日曜日!!!
「……よし」
洗面台の前で満足そうに頷くのはアーサー。購買部で買った整髪料で、寝癖を一つ残らず殲滅していた所だ。
「ふん……」
手を洗って服装を再度確認。この日の為に仕立てた最高の私服。紺のスラックスに柔らかい布地のボタン付きシャツ。襟がスマートで着る者に真面目な印象を与える。
「よし……では。あいつらが起きない間に行ってしま……」
後ろを振り返ると――
背後霊のように覗き込む顔が!!!
「わああああっ!?」
「ギャハハハハハハハハ!!!」
「うるせえよったく!!!」
爆笑して笑い転げるイザーク。その影響で半分不機嫌なまま起き上がるハンス。
ルシュドとヴィクトールも釣られて起きてしまった。
「お前、お前!!! 見たか!!! 見たんだな!!!」
「見たかってどうせ見るだろうがボケナスがヨォーーーーーーッ!!! ハハハ!!!」
「だからお前達が起きてこない間に行こうとしていたのに!!!」
「いや、その服装で帰ってくるんだからどうせ見るだろ」
「……」
激昂していたとは思えないハンスの冷静な突っ込みに、顔を赤らめるアーサー。
「……何の騒ぎだ、全く……」
「おお。アーサー、かっこいい」
「……そ、それは、どうも」
「何で満更でもねえんだよっ!!!」
「黙れよ!!!」
「おれ、参考、する。キアラ、デート!」
「あああ……その単語を言わないでくれ……」
もういい、と割り切ってベッドルームの箪笥に向かう。
「ブレスレット、それエリスに貰ったやつだっけ?」
「そうだが?」
「何で偉そうなのコイツは???」
「勿論着けていくさ……ああうん、勿論な」
「幻覚と話している、こいつもう駄目なんじゃねえのか?」
「腕時計、ハンカチ、ちり紙!」
「ルシュド!! 勝手に人の箪笥漁るな!!」
「あ……ごめん」
「いやいやいやいや、ルシュドは何も悪くないよ。おデートにはどんなアイテムを持っていけばいいか、一緒に考えようとしたんだよなぁ~?」
「イザー……ハンス!? ハンスか今のは!?」
「ぬへへへへ……」
「お前、お前は中立かギリギリ味方だと思っていたのに……!!」
「……セイロンでも飲むか、貴様」
「飲む!! ヴィクトールは味方、いや中立だな!!」
一方の百合の塔。現在時刻は七時、日曜日ともあればあの六人はまだ眠っている頃合いだが。
「んー、やっぱり白ワンピが一番引き立つのかなぁー」
「でも白一色ってのも違うと思う。まだそんな時期じゃないでしょ」
「だったらこれだね! 刺繍入りスカートのワンピ!」
「うーんこれ刺繍がちょっと薄いね。もっと派手な方がヘッドドレスと合うかも」
「アーサー君に作ってもらったお気にのヘッドドレスだもんね~~~~!!!! そりゃあ身に付けていきたいよね!!!」
「あ、これいいかも。ピンクフリルのブラウス。あと薄い黒のキュロットスカートにして……」
「いいねえブラウス!!! やっぱ胸は強調させたいよねー!!! エリスチャァンのMOTHIAZIですしぃ~~~~!?!?」
「悪意籠ってない? 気のせい?」
「……うう~……」
朝早くから起きて、早速準備かと思ったのに、リーシャとカタリナの着せ替え人形に甘んざるを得なくなったエリス。
終始顔は真っ赤に染まっている。
「あのぅ……」
「「何でしょう」」
「そろそろ、ご飯の時間にしたいんだけどぉ……」
「待ってね、今靴下選んでる」
「靴も……何あったかな。見てくる」
リーシャが部屋を出ようとしたタイミングで、扉が開かれる。
へろへろになったギネヴィアは、扉と部屋の境目で倒れ込んだ。
「エリスちゃぁん……朝ご飯の準備できたよ……」
「何でそんなに疲れてるの」
「サラちゃんがトーストにガーリッククリーム塗ろうとしたりガーリックスープにしようとするのを阻止してて……」
「グッジョブぎぃちゃん」
「何でそんないじわるするのー!!!」
「と言ってもアナタの相手、別に大蒜臭しても許してくれるでしょうが」
そう言いながら覗き込んでくるサラ。あとクラリアはこれだけ騒がしいにも関わらず、大鼾掻いて寝ている。
「そうだけど……そうだけど!! 雰囲気ってあるじゃん!!」
「はいはいはいはい。まあコイツの健闘も認めてね? フレンチと卵スープにしてあげたわよ」
「いつでもよそえるから言ってねー」
それだけ言って戻っていく二人。
気を取り直したのか、カタリナとリーシャはまた着替えを押しがましく手伝う。
「ね、ねえ、もういいよ……わたし、一人で着替えられるよ……」
「いやいや私達はね? エリスちゃんのはじめてのおデートをね? 最高に完璧にしてあげようとしてこうして手伝ってあげてるわけですよ???」
「頼んでないし! もう、こっそり一人でやろうとしたのに!」
「でもこれで関係悪くなったら嫌だから……」
「アーサーはそんな人じゃないもん……わたしのこと、理解してくれてるもん……」
「そういえば髪はどうする? 三つ編みとかポニーテールとかにしてみる?」
「あ、ご飯は自分で食べる? 服汚れちゃうとあれだから食べさせてあげようか?」
「もうー! 話聞いてよー!」
これからはすれ違うことがないように--
二人の間で決めた約束。
特に予定のない場合、日曜日は必ず、二人でデートをすること。
一日中二人きりで城下町を散歩する。その際、週毎にどちらかの要望に応えること。
「「あ……」」
百合の塔一階のロビー。待ち合わせにしていたベンチに、やってきたのは同じタイミング。
「……ま、待った?」
「い、いや、今来た所」
「……」
「……」
「……ははっ」
「えへへ……」
緊張も解けたのか、歩み寄る二人。
「……胸見ないでよぉ」
「わ、悪い……」
「えへへ……なんちゃって。アーサーなら別にいいよ」
「そうか……?」
「だって……アーサーだから。わたしの大切な人だから」
「……そうか。ありがとう。いやありがとうと言うのも可笑しいが」
「ふふ……」
「……あ、ポケットからキャンディ出てる」
「なっ!?」
「ひょいっと。何で入れてたの」
「いや、入れた記憶が……イザークだな、あの野郎……!」
「ふふ……そっちも絡まれてたんだ」
「……お前もか?」
「この服、ほとんどカタリナとリーシャに見繕ってもらったものだし……サラには軽く妨害されそうになったし……」
「はぁ……人の色恋沙汰だからと言って、揶揄いすぎだ。そう思わないか」
「思う思う。全くいい迷惑だ。こっちは……恥ずかしいのに……」
「ははは……」
ある程度会話もした所で、
そっと手を繋ぐ。
指を互いの指の間に入れる恋人繋ぎ。
固く握れば握る程、互いの熱を感じられる。
「……じゃあ行こうか」
「うん。エスコートお願いね、騎士さま」
「……任せてくれよ」
今日は初回なのでエリスの要望を叶えるということに。といってもぶらり散歩なのには変わりないが。
「はへえ……お店混んでるぅ」
「並ぶか?」
「ううん。今日はアーサーとの時間を大切にしたいから」
立ち止まって見ているのは、営業を再開したグリモワールの店。今日も女子生徒や若い女性が押しかけている。
「きゃっ……」
「おっとぉ?」
余所見をしながら歩いていたものだから、人にぶつかってしまった。
しかしその人物は見知った顔。
「ガレアさん……?」
「おんやあ誰かと思ったらエリスちゅぁんと……アーサーくぅんじゃないの」
「珍しいですね、学外で会うなんて」
「ガレアー、ソフトクリーム買ってきたぞー……って」
やってきたのはこれまた意外、魔法学教師のケビンであった。
「ケビン先生、こんにちは」
「ああ、こんにちは。そうだそうだ、二人は魔法学を取らなくてもいいから、私と会う機会も滅多に少なくなってしまったんだな」
「でもまさか学外で会うなんて思っていませんでした」
「全く同感だ」
「ソフトクリームうまー」
ガレアとケビンが食べているのは、茶色の円錐状の物体に、白いクリームが渦を巻いて乗っている食べ物。溶けていることから冷たいのだろうと推測できる。
「美味しい物ですか?」
「美味しい美味しい。基本はアイスクリームと一緒だと思ってくれればいい。牛乳のコクが素晴らしいぞ」
「アイスクリームは球体にして提供されるけど、ソフトクリームは見ての通り流動体に近くて、渦を巻いて提供されるんだよねー」
「へえ……どこで買ってきましたか?」
「そこの……えーと、ピンクの屋台。そこで売ってるよ、銅貨二枚と青銅貨五枚だ」
「青銅貨……地味に計算が面倒臭いやつだ」
「わたし食べたい……」
「そうか、それなら行こう」
失礼しましたと挨拶とお辞儀をし、去っていく二人。
去り際に手を離していたことに気付き、恋人繋ぎに戻した。
「青春だなあ」
「青春だ」
「何だかんだ言ってもまだ少年には変わりないですもんね、
「
「ケビン先生、偶の休暇なのにそんなお堅い言い回ししないで。僕は
「そ、それは済まない。如何せん
こうして買ったソフトクリームをぺろぺろ。
食べながら歩くのははしたないので、噴水広場付近のベンチに座った。
「きゃっ……ベンチに落ちちゃった」
「ほら」
さっとハンカチを取り出して渡す。
「ありがと……」
「……」
「……露骨に照れすぎ」
「い、いや、いいだろ。できる男って感じがしてさ」
「確かに今のはきゅんとしちゃった」
「そうだろうそうだろう……なあっ!?」
「あはは、ズボンに付いちゃったね」
「く、くそっ。臭いが凄いな……」
「……」
その汚れをじっと見つめるエリス。
「……どうした?」
「……うん。わたしが魔法を使えば、一瞬で汚れも綺麗になるのかなって」
「……それは」
「……でも、まだわかんないんだよね。どれぐらいの力でやればいいのか……自分でも自制ができない」
「……」
エリスは座ったまま距離を詰め、アーサーの左腕に抱き着く。
「……時々感じるんだ。あいつの存在みたいなの。ぞわぞわして、痛くて、気持ち悪いの」
「魔法を使ってない時はいいんだけどね……使う時がちょっと怖いんだ。それが増幅するような気がして……」
「……」
アーサーは残ったソフトクリームを三口で平らげる。
「……エリシュ」
「……ん?」
「ひんぱいはひなくていいと思うぞ」
「励ますならちゃんと食べてからにしてください」
「ぐぅ」
「……でも、ちょっと元気出たかも」
「……しょうか」
やっと口が空いたので、空いた右腕でエリスの身体を抱き締める。
「そういった気持ち、遠慮なくオレに行ってくれ。直ぐに対応できるかはわからないが……最善は尽くす」
「……」
「ぞわぞわするならそうだな……こうして抱き締めればいい。人肌を感じると嫌なことは忘れるだろう?」
「ん……」
体勢を変える。身体をもっと密着させて、吐息も感じられるように。
「……すぅ」
「眠いか?」
「……気持ちいいの」
「そうか」
ふと噴水広場の方を見遣ると、特徴的な人物が目を引く。
とんがり帽子の吟遊詩人。早速竪琴を片手に、詩を綴る。
「む……フェンサリルの姫君……」
「ああ、今目の前でやってるぞ」
「そっか……」
振り向くという選択肢より、アーサーに抱かれるという選択肢が優先された。
「……アーサー」
「何だ?」
「素敵な歌……だね」
「今更。お前はとっくに知っているだろう?」
「でも……何か、いつもより素敵な歌に聞こえるの」
「それはオレがいるからだな」
「アーサーはぁ……何でそんなことが臆せずに言えるのぉ……」
「ふふっ……お前といると、素直になれるからだ」
「むぅ……ふふっ」
春の日差しが零れ落ちていく。
ぽかぽか陽気に草花は歌う。建物でさえも、心地良い光に喜びを見せてる――
「……うっ」
「何だ?」
「……視線を感じるぅ」
「そうか……でもまあ、いいじゃないか」
「何がいいのよぉ……」
足をばたばたさせるエリス。一向に抱き締め続けるアーサー。
すると、その視線の主の二人が、近付いてきた。
「……」
「……」
「……んっ!?」
「な、何……きゃあっ!?」
眼前まできて様子を観察していた女性二人組。
鎧を着ていたのですぐにわかった。王国騎士のウェンディとレベッカである。
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