第524話 代償を受け入れる

「……」



「うん……」






 傷の痛みに悶えながら、身を起こすと――



 そこは見たことのない木造の部屋だった。








「イザーク!! 起きたか!!」

「大丈夫、怪我!?」

「ほう、貴様が最初に目覚めるとはな」

「ええ、いっちばん怪我が浅いようだったからね」

「サラ、気持ちはわかるけどさぁ……言い方ぁ……」

「……けっ」






 状況を飲み込む前に、友人六人がベッドに近付いてきた。








「……」



 覚悟を決めて拳を握る。何かが潰れて痛みを感じたが、それどころではない。






「言っておくがここでは説教はしないぞ」

「魔法学園に戻ってからグチグチ言うことにしたから」

「まあ、あいつらと戦ってきたのに、それを差し置いてっていうのもあれだから……」

「……そっちの方がいいや」


「その……うー、あー……」

「イザーク、悪いこと、いいこと、どっちもした。だから結果、どっちも受け取れ」

「……ああ」

「……」


「ハンス、さっきから黙ってばっかだけどどうしたの」

「……別に。言いたいことがないだけ」




 そのままぷいとそっぽを向くと、扉が開く――








「失礼するよ」

「あ、皆いたんだ……」

「おっとカタリナと族長さんとその他の方々。イザークに話かな?」


「うん。どうする、外出る?」

「いや、同席させてほしい。どのような審判を下すのか、俺は友人として見届けなければ」

「ワタシ含め五人、同じ気持ちよ。狭いけど我慢してくださいな」

「……わかった」






 生徒達はなるべく隅に押し固まり、全員が部屋に入れるようにする。



 トムとカタリナが椅子を引っ張り、イザークの隣に座る。他の青年達がそこに続く。











「イザーク……さん。君のことはカタリナが話をしてくれたよ。どうしようもない雑魚で死にたくないと思って、判断した結果カムランをここに引き込んでしまったんだってな」

「……おい」

「判断材料に嘘はいらないでしょ」

「……」




 目が泳いでも、別の青年と目が合うだけだ。




「……超個人的には恨みしかないっす。幾ら一人も犠牲が出なかったっつっても、それは奇跡に近いこと。そもそもそういうリスクがやってくる方が悪い」

「……」


「でも……連中と交戦して、それからカタリナの話も聞いて。あんなの前にしたら何も抵抗する手段を持ってない奴は、そりゃあ死にたくないって思うよなあって……その気持ちも痛い程わかるんすよ」




 他の青年もそうだそうだと頷く。




「村の者も大方同じ気持ちでいるだろう。君のしでかしたことは確かに許されないが、そうなるまでの過程も理解はできる。私もそう思うよ……」

「イザークはどう思う? 今の話聞いて、率直な気持ち」

「……」




「……理解されるとは思ってなかった」

「うん……」

「ボク、これからずっとクズだって扱われるつもりでいたから……そんなこと言われると、何て言うか」

「あのなあ、言っておくけど沼の者って大概クズ揃いだぞ。だって人を大勢殺している」






 背後の窓から見えるビビア沼は、大きな音を立てて泡を吹いている。



 この瞬間にも、痛烈な毒を醸成していることの証明だ。






「……生命が住めないこの森を切り開き、撃滅の毒を扱いこなし、暗殺という汚れ仕事を請け負ってでも、生き残りたいと願った。死にたくないと足掻き続けた……それが沼の者だ」

「相手を死に至らしめるからこそ、死に対する恐怖も知っているんです。死にたくない、生き残りたいっていうのは……人間の本能ですから」

「本能を超越できるのは想像を絶する高みに至った奴だけだ。十四歳程度のガキにそんなことできるわけがないんだよ。だから、そうだな……うん……」




「あなたの行為を許すことはできませんが、認めることはできます。それに許せないと言っても、それは時間が経てば解決してくれますよ。なので、そこまで気負いせずに……」

「いや、それはダメです」






 決然と言葉を遮る。




 それをしなかったら何も変わらないと、毅然として唇を噛む。






「ボクは何かしたいです、この村の皆さんに対して。今ここで許してもらって、ボクもそれを受け入れたら、それではいけない。この傷も含めた、決断をしてこなかった代償を受け入れないと……」

「……強いな」

「大したことないです」

「謙遜するな。奴との戦闘を生き残れたのだから、何か強みを持っていることは事実だ。それに自信を持っていきなさい」

「……ありがとうございます」




「さて、村の皆に何かしたいということだが、何をするかは考えているのかな」

「……一件一件回って謝りたいです」

「千と五百程いるが」

「……」


「ふふっ、意地悪な質問をして悪かった。皆が何をしてもらいたいが、族長である私が訊いてとしよう。最も、その怪我を治すのが最優先だがね」

「……感謝します」

「では私は早速行くとしよう……」






 青年二人と共に部屋を出るトム。あと二人の青年とカタリナはまだ残っていた。






「……優しいのだな、この村の者は」

「言っただろうが七三、おれ達は死を生業にしている。死が歴史や生活の根底に棲み付いている。死に対する恐怖を……誰よりも知っているんだ」

「人から何もかもを奪って生きていく。奪うことでしか生きられない、非道だクズだと罵られても生に執着する一族……」

「……それは違うんじゃないのか?」




 傷跡を眺めていたイザークが口を開く。




「……やっぱりさ。戦える力があるっていいことだと思うよ。それが殺す為とは言っても、基本ができているのはスゴいことだよ。当たり前のように言うけどさ」


「だから……殺すとか奪うとか卑屈にならないで。もっと前向きに、できることを考えてみてもいいんじゃないのか?」




「……それが、できたら」

「苦労はしないよな。わかるよ。でも少しずつでも、変わっていくことはできるんじゃねえのかなって……ボクが決心できたように。変われると思う……あっ」




 口が悪くなっていたことに気付き、ばつが悪そうにする。




「……すんません」

「いや、カタリナの友人だもの。そこは気にしてないよ」

「それにお前……敬語とかガラじゃないんだろ。わかるぞ」

「……うっす」


「まあ、大事な場面ではシメていた方が良かったと、そういう話だな。ははっ!」

「……貴方も笑った方がいいですよ? どんな所でどんな風に生きている人でも、笑わないとやっていけません。今からっていうのも、無理があるでしょうが……」

「……ありがとうございます」


「では僕らもこの辺で。カタリナはどうする?」

「あたしは残ります。他の皆と話したいことあるし」

「そうか。それじゃっ」





 青年二人が去ろうとした時――



 扉が開かれ、トムが顔を覗かせる。





「族長早すぎる!?」

「まあ、意外と皆の意見が纏まっていたからな。彼の行為については概ね許してやろうという流れであった。で、何かをするいう話については……ええと……あの黒いのについてなんだが」

「サイリのことですか? ボクのナイトメアですよ」

「サイリさんだね。彼が何かを持っていたじゃないか。音が出るようだから楽器だと判断しているが……皆それが気になっているようだ」

「……」




 何をさせようとしているのか、自ずとわかった。




「どうか皆に聴かせてくれないかな? あの楽器から、どんな音が出てくるのか――」
















「……ぅん……」


「……アーサー?」




「エリス……」


「よかった……!」






 目を開くとそこは木造の部屋。沼の者の村の、最も大きいあの家だ。


 鼻に入る薬草の香り、身体に染み込む薬効。そして身体を動かそうとしても、重くてだるくて動かない。






「わたし……そうだ、わたし……」

「……力を使いすぎて倒れた。そして、あの野郎も――それからここまで運んできたんだ」

「……」




 右手を握るアーサーの手を、強く握り返す。




 気付くとギネヴィアの姿が見当たらない。どうやら自分の中で休んでいるようだった。普段ナイトメアと呼ばれる存在がそうしているように。






「……何か、やになっちゃうな」


「これからずっと、あいつに干渉される恐怖と戦うのかぁ……」


「……どうしたらいいんだろう?」








 悔しがらずに冷静になれ。




 できること、彼女の為になることを、脳を絞り出してでも考えろ。




 お前は彼女の騎士、大切な想い人なのだから。







「……エリス。お前はきっと、無理して剣を振っていたんだと思う」

「……?」


「まだ基本もできていないのに、それを無理やり補おうとした。上手くない奴が上手いことにするなんて、それこそ世界を捻じ曲げないとできない。そういうことだったんだよ」

「……」








 これは事実だ。甘んじて受け入れろ。




 これは愛だ。彼は誰よりも自分のことを想ってくれている。




 もう昔とは違う。時には突き刺してやることも、また愛の形なのだ。








「いや……もっと早くに言ってやるべきだったな。訓練もしていないのに、突然扱えるようになるなんてこと、有り得るわけがないんだ。なのに……」

「……ううん。わたしもちょっとだけ、やれると思っていた。聖杯の力が、選定の剣カリバーンがあるから大丈夫だって……思い上がってた」


「……本当に済まなかった」

「そんな顔しないで。今回は生きて帰れた。次に活かしていけばいいの」






 じっと目を見つめて、見つめ合って。



 言いたいことが纏まって、二人でふふっと笑う。






「アーサー、帰ったら剣術教えて。わたし、あなたに教わりたい。わたしのこと、一番理解してくれているあなたに」



「前にやった時はお試しだったけど……今度は頑張る。あなたが教えてくれるなら、わたし、投げ出さない自信ある」






「……勿論だ。お前がちゃんと身に付けられるように……懇切丁寧に、時には厳しく教えてやるからな」



「それでお前自身が、運命を断ち切れるように――」








 これ以上話すこともなくなった、そんな時だった。




 外から音が聞こえてきたのは。








「この音は……ギターか」

「イザーク……? もう起きてきたのかな?」

「何かやってるんだろうが、行くか?」

「えっと、わたし動けないもん。気になるけど無理だよ」


「ならオレがおぶる」

「え゛っ!?」

「何処か痛むような場所があったら、すぐに言ってくれよ――」

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