第308話 客人新たに
<魔法学園対抗戦・魔術戦
一日目 午後五時 宮廷魔術師天幕区>
「……以上が、今回の対抗戦における宮廷魔術師の仕事になります」
説明が進んだのを受けて、ぼーっとしていたカベルネははっと顔を上げる。
「今回は何の気まぐれかわかりませんが、各国要人が多く観戦なされてます。彼らに対して目障りな行動は慎むこと。生徒が何かしようとしたら全身全霊を懸けて諫めること。以上は特に注意してくださいね」
それに対してまばらに返事をし、宮廷魔術師達は解散していく。
それから数分程度の時間が経って。
「……はぁ」
「カベルネさん、緊張なさってますか?」
「うわっ、は、はい……マーロンさん」
宮廷魔術師専用の談話室。その一角で、カベルネはマーロンに話しかけられた。
「ふふっ、僕も昔はそうでしたよ。生徒達の安全ばかりに気を遣って、不安のあまり食事が喉を通りませんでした。でもそれだと体調に関わりますので、しっかりと食べてくださいね?」
「は、はぁ……」
「そうそう。今回はですね、僕の娘が出場するんですよ。訓練も張り切ってて、座学も好成績を収めて……僕、もうどきどきが止まらなくって……」
「そ、そうですか。良かったですね……」
「カベルネさんも同じでしょう。弟のマイケルさん、出場するんですよね?」
「わー知られていたとは!!」
遂に恥ずかしさが頂点に達し、首を振るカベルネ。
「……今回ですね。あたし本当は留守番だったんですよ」
「そうだったんですか?」
「でも同僚達が、ここは我々に任せてお前は弟の勇姿を見てこいって……!! 別にそんなの微塵も興味ないのになあ!!」
「そうは言っても大切なご家族でしょう。いいじゃないですか、この機会なんですから。応援も頑張ってあげてください?」
「恥ずかしいですよー!! あいつの前でそんなことするのはー!!」
とか何とか叫んでいると。
「……ん?」
「……貴女も気付きました?」
「ええ……あの服装は」
マーロンは臆することなく駆け付ける。カベルネはどうするべきか一瞬戸惑ったが、後を追っていった。
「……」
ローブの魔術師が多く集っている中での、迷彩柄のスウェットに長ズボン。四角い帽子を深く被るその姿を、気に留めるなと言う方が無理がある。
彼は茫然と建物を眺めていた。入り口で立ち止まりじっと。
そして、何かに気付いて目を開いた所に。
「カストル様!」
「えっと……カストル様! こちら宮廷魔術師が使う施設になります!」
マーロンとカベルネが話しかけてきた所で、自分の疑念が確信に変わる。
「宮廷魔術師……そうでしたか、ここは……」
「はい。恐らくカストル様が行くべき場所は、貴族区の天幕かと。でしたらこちらはややズレた方向になっていますね」
「ああ……そうです。自分は開戦式を終えた後、天幕に戻ろうとして……」
「迷ってしまったんですよね? 大丈夫ですよ、そういった方は毎年いらっしゃいます! よければ案内致しましょうか?」
「……お願いします」
そう返事をしたはいいものの、カストルは目の前の施設に入ろうと歩いていく。
「ああ、カストル様。そちらに行かれると中に入ってしまいますよ」
「む……そうでしたな。すみません、どうにも自分は方向感覚が狂っているようでして……」
「……」
かなり鍛えられたであろう肉体。そこに一点だけ浮き立つ、虚ろな目がカベルネの印象に残っていった。
<午前六時 貴族区の一角にて>
「……さて! こんなもんでしょったい!」
「うむ、礼を言うぞアルシェス殿」
「どってことないですよ。男なんですもの、これぐらいは!」
「本当は、私とイリーナで張ることができればよかったのですけれど」
「そんな、貴女様の手を煩わせる程でもありません――女王陛下!」
アルシェスが遜るその女性は、頭髪が凍って王冠のようになっていた。
ヘカテ・フリズ・レインズグラス・イズエルト。イズエルト王国の女王であるその人は、
やや厚手のブラウスに、白いタイトスカートを着用した、天幕を張るのにはそこそこ相応しい服装をしていた。
「ですが魔法学園の生徒の皆様は、協力して天幕を張っておられるでしょう。なのに我々だけ何もしないだなんて……」
「女王陛下は本当に素晴らしいお方だ。常に民と同じ目線に立とうとしておられる。しかしですね、全てが全て民と同じになってしまうと、女王である意味を失ってしまうものなのですよ」
「要するに甘えてしまうのも女王の仕事ということです、母上」
「……ふふっ。貴女達には、本当に支えられてばかり……」
そこに、畏まった服装の魔術師が一人。
服装は畏まっているが、目付きは普段通りのやさぐれたものである。
「……お目にかかります、女王陛下」
「あら、貴女はローザ。貴女も来ていたのね」
「ええ……少し込み入った事情ではありますが。陛下がここにいらっしゃると聞いて、挨拶に参りました」
ヘカテの後ろでは、アルシェスが必死に口パクして興奮を露わにしている。それを気に留めないようにしながら、跪つくローザ。
「事情……そういえば、次はローザが来ると聞いていたけど、結局アルシェスが来たわよね。それに関係しているのかしら」
「はい。その……私情ではございますが、知り合いが病んでしまいまして。その治療に私が抜擢されたのです」
「まあ、そのようなことが……ふふっ。貴女みたいなとっても優しい魔術師に診てもらえるなんて、そのお知り合いさんは幸せね」
「……」
露骨に照れてやがるー! とアルシェスが口パクしようとしたその時、
「グルウウウウウウウアアアアア……!!」
威嚇をするような、低い唸り声。
「……向こうかしら」
「向こうですね……」
「お二方はここでお待ちを。俺とローザで見てきますよ」
さり気なく合流されたことに一瞬不快になったが、そんな気持ちはすぐに隠してローザも向かう。
「ガルア!? アアアア……!!」
「ま、待って……は、話を……」
「グアアアア!!」
「ああっ!!」
その男の一撃によって、薄いクリーム色のローブに身を包んだ青年――エレナージュ第二王子クラジュは、
紙屑のように、いとも簡単に吹き飛ばされる。
「ガルルルルア!!! ガアアアア!!!」
「貴様!!! 殿下に何たる無礼を!!!」
「ガアッ!?」
「グゥゥゥ……」
「グルアアアアアッ!!」
彼とその臣下である、エレナージュの兵士達。
それらに対して攻撃しているのは、紺色の髪に緋色の瞳を持つ男性を中心とした集団。
その男性を始め、角、爪、鱗、牙が生えた大柄な男達――竜族が集団を構成していた。
「ガルルルルルルゥゥゥ!!! ガアッ――」
竜族の男が再び振りかぶった腕を、
「――はーい! 失礼しますよー!!」
木の幹による剛腕と化したアルシェスが食い止める。
「グルァ!?」
「ガルルルル……グアアアアアア!!!」
「ギャアアアアアアア!!」
「ア……」
「ネム~」
「よしよしご苦労ネムリン」
「クルルルル……」
「グレイスウィルはアールイン家、宮廷魔術師のローザですよっと……」
「同じくアルシェス様もいるぜー! で、これはどんな状況なんです?」
一瞬竜族の誰かに訊こうと思ったが、切り替えてエレナージュの魔術師達に訊く。
苦々しい表情を湛えたクラジュが、臣下であろう魔術師の一人を制し、口を開いた。
「……我々はここで天幕の設営をしていました。その時、彼らがぶつかってきて……」
「先に手を出してきたのはそちらだと?」
「はい……きっと彼らは、僕達が道を塞いできたと思っているのでしょうが……」
「ガルルルルルルルッッッ!!!」
アルシェスに制されていた男が、拘束を振り解く。
「グオオオオオオオッ!!! ガアアアアアッ!!!」
「私の魔法を解除しやがった!?」
「ってことはこいつ、竜族の中でもかなりの手慣れっすねえ。名前は――」
「ルイモンド=ドラクル。竜族の族長殿」
竜族の背後からやってきたのは、赤薔薇の紋章の鎧の騎士達。
その中にはカイル、ダグラス、ジョンソンの姿もあった。
「いやあ助かりました、お二方。時間を稼いでくれなかったら間に合いませんでしたよ」
「グオオオオオオ!!!」
「はいはい落ち着いてくださいねえ。ていうか貴方、帝国語喋れるでしょ? 何でそれ使わないんです?」
「グッ……」
「我が盟友ルイモンドよ! お主もここに来ていたのか! 会えて嬉しいぞ!」
マジかよ、同時に呟いたローザとアルシェス。
ジョンソンの後ろから、予想だにしない人物が現れたのだ。
「は、ハンニバル殿……」
「んん!? 何事かと思ったら、クラジュ王子もいらっしゃるのか!」
「グルゥ……」
「おおうおおう、ワシは悲しいぞ。我がアルビム商会と協定を結び合った者同士が、こんな所で争うなんて。しかも聞けば、まるで子供の喧嘩のような理由だと言う! ああ、どうかこの通りだ。ワシの顔に免じて、和解してはくれないだろうか?」
それを受けて、ルイモンドが口を開く。
「……貴様ら。道、塞いだ。我々、それ、怒った」
マジかよ……! と思わず漏れてしまうローザとアルシェス。
カイルから咎めるような視線が向けられたが、幸いにもそれだけで済んだ。
「確かに大勢で設営していたので、道を塞いでいたのは事実かもしれません。ですがそれはわざとではないのです。決して、貴方方の進路を妨害しようなどとは……」
「……」
「ルイモンド! どうやらエレナージュの者共は、竜族に敵意を示しているわけではないようだぞ! なのにお主らだけが敵意を剥き出しにするなんて、それが竜族の誇りというものか? 戦う意思を無くした者に対しても、痛めつけることが?」
「……グルルル」
ルイモンドは観念したのか、来た道を振り返る。
「……許す。今回は。戻るぞ」
「ガ、ガルルルッ!?」
「グアアアア!!!」
「グルルルルルルオオオオオ!!!」
無節操な叫び声も、彼らにとっては立派な言葉。何度か意味有り気に叫んだ後、彼らはどすどすと道を歩いていく。
「……助かりました。我々は魔法については長けていますが、肉弾戦となるとどうにも……」
「気にするでない! これも何かの縁ってやつだ! がっはっは!」
クラジュとハンニバルが話している横を縫って、ローザはカイルに耳打ちをする。
「……今回偉い輩がいっぱい来てるってガチなんだな?」
「
「うっわ豪華……私、特別任務じゃなかったら腹下してたかも……」
「因みにハンニバル殿は昨日に観戦を決められたのだとか。我々も寝耳に水で、準備に追われました」
「いつ見てもすっげー迫力だよなあの方。獅子の獣人はやっぱ違うな」
「獣人? マジで?」
「丁寧に髪を整えてるからそうには見えないかもしれないけど。でも身長はニメートル超えてるからな。あと髪に隠れて見えにくいけど、耳もちゃんと尖っている」
「そんなことも知っているとは、やはり獣人ネットワーク?」
「うんうん獣人ネットワーク。猪と獅子って体格でかいからさー、情報共有しやすいんだわ」
ジョンソンが偉い人達の間に割って入り、今後の予定について話し合っている様を見ながら、うんうんと唸る若手達なのであった。
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