第482話 たのしい夜の時間・その三
双華の塔は全部で九階構造。一階が誰でも立ち入れるロビーで、九階が屋上。残りは学年ごとの居住階になっている。
居室階には共用の区画が四つ。憩いの広場、広い台所、静かな学習室、そしてわいわい入れる大浴場。
大浴場は階層を繋ぐ階段から真っ直ぐ進んだ、一番奥に位置している。青い暖簾がでかでかと釣り下がっていた。
「……」
「口にしなくてもわかってぞ? ビビってんだろ?」
「黙れ……」
「ギャーッ!!」
「貴様、見えているからと言って蹴り上げるのは……」
アーサー達は更衣室で服を脱ぐ。それから腰にタオルを巻いたり手に持って隠したり。
「ヴィクトールがそう言うとは……」
「男なら全員が感じる感情だと思うのだが」
「まあ正論ですねえ」
「ナイトメアは……仕舞うんだったか」
「そうそう、静かに入れってことだな」
とここで何故か静かになるイザーク。そのまま探るような目付きで股間を凝視している。
「……何だよ」
「ふむぅ……わかった」
「何がだ」
「アーサー、ルシュド、ハンス、ボク、ヴィクトールの順だ」
「だから何がだ」
「ヒャッハーーーーーボクヴィクトールに勝ってるぜーーーーーーー!!!」
「……」
「ギャーッ!!!」
「何という活きのいい平手打ちだ。とにかく行くぞ」
がらがらがらーと扉を開け、
る前に『今日の効能』と書かれた看板が目に入る。
「日替わりで効能が変わるのか?」
「そうみたいだぜ。魔力をコントロールして、適切な効能が出るようにしているみたいだ」
「とはいえ所詮は人工物に変わりないから、源泉に敵わない所はあるらしい。しかしそれでもこの湯は絶妙だと思うぞ」
「ふぅん……」
魔術文明の偉大さに感心しながら扉を開ける。
巨大な浴槽が一つ置かれ、周囲に身体を洗う為の椅子が確保されている。既に十数人の生徒が入浴中だ。
「先ずは身体を流すんだったな」
「そうそう、基本的なルールはアルーインの時と一緒」
「早く向かうとしよう、混むぞ」
そうして脇を通り抜けるヴィクトール。
やはり自然と目に視線が向く。当然と言えば当然なのだが、眼鏡をかけていないのだ。シャドウがよく変身している姿だが、今目の前にいるのは本人である。
「……何だ貴様」
「……新鮮だなと思ってな」
「そうか」
「ぷくくくく……!!」
「でーっ!?」
「頬をつねった……」
「次は両方から行くぞイザーク」
「やめてええええそれは許してえええええ!!!」
こうして身体を洗い終え、
お待ちかねの入浴タイム。
因みに今日の効能は『肩凝り』らしい。肩凝り以外にも効いている感じはするけども。
「ふー……」
やっぱりやりたくなる、タオルを畳んで頭の上に乗せるやつ。
しかしここは学生寮。それも四年生なので慣れてる生徒が多し。
そんな観光客みたいなことやってるのはアーサーだけだ。
「……オ、マ、エ、ッ、オマエさあ……!!」
「……」
無言でタオルを取った隣に、ルシュドとハンスが入ってくる。遅れてヴィクトールも湯に浸かる。
「ふー。あったかぁ」
「……毎度思うけど熱すぎないか?」
「慣れればこんなもんよぉエルフのハンスチャァン」
「てめえ……あー。温まって殴る気力が起きない」
「寝るんじゃねーぞ?」
「真面目になるな急に」
「……ヴィクトールは確か、日光が苦手なんだっけか」
「そうだが」
「熱湯は大丈夫なのか? 同じように熱いと思うのだが」
「まあ……平気だ。俺が水属性っていうのも関係しているんだろうが。何故か日光だけが駄目なんだ、魔法具や照明ならいいんだがな」
「成程な……」
「ふー……」
身体が温まるこの感覚に身を任せ、目を閉じる。
「もう毎日ずっとこれか……」
「そうだぞそうだぞー。やっぱり風呂は湯船に浸かるに限るな!」
「ああ、シャワーなんぞ比較にもならん」
「ぐー……」
「って何で寝てるんだいルシュド!?」
「もがっ。うう。ぐー……」
「ああもう、やめてよ! 風呂で居眠りすると死ぬんだよ!?」
「!?」
「流石に起きた」
「むぅ……おれ、もうちょっと、浸かる……」
「いざとなったら股間を蹴り上げよう」
「オマッ、そういうことさらっと言うんじゃねーよ!?」
「……おれ、命、危険、感じた」
「大体合ってるわ」
一方の女子達。暖簾が桃色だったり、洗面台に魔法具が多数置かれていたり、化粧水や石鹸の広告が多く貼り出されていること以外は男子の大浴場と構造は同一。
最初に更衣室で服を脱ぐのも同一。否応なしに裸を目撃することだって同一。
「よっ……と」
「たゆんって。今一瞬たゆんってなったよ」
「真顔で言わないでよリーシャ……」
「……!!!」
「今度は何……?」
リーシャはギネヴィアの胸元を見たかと思うと、固く握手をし合った。
「同志よ……」
「まな板同志よ……」
「胸がない方が、動きやすいもんね……?」
「曲芸体操だってやりやすいし、剣術だってお茶の子さいさい……?」
「んな馬鹿なことやってないでさっさと入りなさい」
「「ぬぎゃー」」
サラに首根っこ掴まれて連行されていく二人。因みに彼女もまた眼鏡をかけていない。
「サラサラー」
「何よエリス」
「見えるの?」
「直球で訊く?」
「率直に思った。気を悪くしちゃったかな?」
「いいえ全然。疑問に思うのは普通――魔法で強化してるから見えるわよ。その分負担はかかるけど」
「あたし準備できたよー」
「アタシも行くぜー! ぜー」
「そうよ、他に人いるんだから静かに入りなさい?」
こうして浴場に入り、身体も洗い終えた。
しかし――
「……」
「……ギネヴィア?」
「あ……ごめん」
エリスの背中を庇うように移動する彼女。
そう、あの翼が見えないようにということだ。
「……奈落の刻印は黒魔法を使っている人が、仲間かどうか判断するものだよ」
「そう……だね」
「だからみんなには見えない。黒魔法使ってないからね。だから……大丈夫」
「……」
「おーいエリス! 何やってんのー!」
「身体洗ったなら入ろうぜー!」
「はーい!」
ギネヴィアを横にして、浴槽の方に歩いていくエリス。
その背中を見送った後に自分も後を追っていく。
「あひ~。気持ちい~」
「今日の効能って何だっけ」
「腰回りの血行促進……」
「あー。女子だとありがたいやつ」
「便秘気味とか月の使者とかあるからねえ……」
「で。それで、よ」
サラは暗い顔をしていたギネヴィアを小突いて引っ張る。
「いだぁ……」
「アナタねえ、本当テンションが乱高下しすぎ。そして思ってること顔に出すぎ」
「なんだとぉ……」
「誤魔化さそうとしないで頂戴。……何かあったの?」
「……」
「わたしの背中のこと……」
自分が口を開ける前に、割って入ってきたエリス。
「……あー、黒い翼がどうこうってやつ?」
「えーと、黒魔法を使っている人が、仲間を探す為の目印、だっけ」
「そうそうその通り。ギネヴィアは黒魔法使ってるわけじゃないけど、わたしのナイトメアってこともあって見えちゃうみたい」
「でもまあ……私こうして言われるまで存在忘れてたよ?」
「忘れることに越したことはないでしょ」
「サラの言う通りだぜ! そういう事情があるからってことだろ?」
「うん。そういう事情があります、以上説明終わり」
「あ、うん……」
「そんな心配しなくても大丈夫だって! 本人が受け入れてるんなら、外野がとやかく言う必要はナシ!」
「そうだ……ね。確かにそうだ」
気を取り直して、湯に身を委ねることにしたギネヴィア。
仲の良い友達とほんわかひと時。何物にも耐え難いくつろぎだ。
「はあ……あったまるぅ……」
「春夏秋冬如何なる時でも、あったかお風呂は癒しなのだぁ」
「やっぱりシャワーよりお風呂が一番……」
「もうシャワー生活には戻れなーい」
「ほんそれぇ」
こうして各自入浴の時間を堪能し、一日の疲れを癒していったのであった。
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