第483話 たのしい夜の時間・その四

 こうして大浴場から引き上げてきた男子五人。学生服から各自用意した寝間着に着替えている。アーサーは普段通りの灰色のスウェットだ。






「ふい~」

「だらしないぞイザーク」

「オマエなあオマエなあ」


「貴様等二人揃って何を……」

「ん、これは魔術空調のスイッチ。付けるか?」

「いや、まだ窓開けてどうにかする時期だろ……」



 ハンスが窓を少しだけ開ける。彼は薄手のローブを着用しており、如何にも高級品という雰囲気を漂わせている。



「……何だよてめえ」

「いや、さわさわ~っと綺麗だなあと……ぉ?」

「絶対馬鹿にしてるだろ……」


「ふー……やる」

「何をだい?」

「腹筋。風呂上り、日課」

「そっか。じゃあぼくが押さえてあげるよ」

「ありがとー」



 黒地に炎が描かれたシャツと、赤地の短パンを履いたルシュドが腹筋を始める。因みに髪はヘアバンドみたいなもので押さえられている。



「ルシュドもそういうのするんだな」

「?」

「その髪纏めてるやつ」

「あー、これ? げほっ」


「腹筋中に喋るな。というわけで俺が解説すると、ルシュドって髪長いからよぉ。風呂入るとヨレヨレになっちまうんだ。それを抑える為ってことよ」

「でも乾くとあのツンツン頭だろ?」

「そうなんだよ。俺はずっとルシュドのナイトメアやっているが、マジ不思議で仕方ないよ」



 ここでヴィクトールが紙を一枚持ってリビングに入ってくる。手と足以外が覆われた黒のタートルネックとズボンである。



「……暑くないの?」

「魔術でどうにか」

「流石や」

「その紙は何だ?」

「ああ……これは事前に提示された時間割……」



 黄色いパーカーのポケットに手を突っ込み、白いズボンから覗かせた足をぶらぶらさせていたイザークが、うげえと吐く振りをする。



「貴様……早急に出せと指示が来ただろうが」

「勉強なんてしたくねえぞぉ~」



 そう言われると、アーサーの脳裏にある人物が過る。去年参観してきたあの人物が。






「……おいアーサー。何?」

「いや……何でもない」

「そっか」


「というか時間割が組めないようなら、先生方と面談しながら組むことになるが……」

「わー! わーった自分でやりますよ自分でー!」

「おれ、腹筋、終わりー」

「テーブル出した方がいい流れか?」

「ああ頼む。シャドウ、手伝ってやれ」

「!」











 こうして女子達がやっていたのと同様に、科目の説明を読みながら時間割を作っていく。






「アーサー何取るのさ」

「農学。一応エリスの実家が苺農家なものでな。あとは……剣術取ろうかなって」

「おお、どういう風の……って程でもないか」

「やはり剣を振って慣らしておきたくてな」

「あれ? そういえばあの剣どこにやったの? 今気付いたんだけど」



 ハンスの質問を受け、とてとて躍り出るカヴァス。



「ボクがお答えしよう。あの剣……っていうか聖剣エクスカリバーね。あれは普段魔力に変換してボクの中に入れておいて、コイツの命令に応じて必要な分だけ力を放つ仕組みになってるのさ」

「へえ、じゃあ命令がない限りはあの鎧姿にならないと」

「そういうこと~」

「中々便利な仕組みになったよ。今までは剣を抜いたら問答無用で解放していたからな」

「そうだったんだ……これも覚醒の恩恵ってわけだな。ねえイザーク……イザーク?」




 彼は絵に描いたようにぼけっとしていた。



 どうやら剣術の話が始まった頃から、意識が飛んでいたようだ。




「……あ、ああ。んで何の話してたっけ?」

「力を自由に使えるって素晴らしいね~って話」

「違うぞ授業を何取るかという話だ」

「現実に引き戻さないでぇ……」


「というかアーサー、属性魔法学と系統魔法学は必須だぞ。自分の属性と系統なのだが、貴様の場合はどれを取るんだ」

「ああそれは……先生と話して、取らなくてもいいことにしてもらったんだ」

「そうだったのか」

「まあ必須で取らなくていいってことになっただけだから、趣味で取るには別段問題ないけどな。結局取らないが」

「魔法は性に合わないか?」

「そうだな。やはり剣が一番しっくりくる。ふむ……弱点を研究する為の生物学でも取るか」




 そんなアーサーの隣ですらすらと時間割を書き進めていくルシュド。




「おれ、こんなもん」

「見して見して~」


「帝国語、古代語、武術、魔法学の火属性か。きみらしいな」

「ハンス、何取る?」

「え?」


「おれ、まだ取れる。でも取りたい、ない。友達、一緒、いい」

「……そうかぁ。そうだなぁ……」




 ここに来て初めてハンスは時間割に視線を落とした。




「……魔法工学でも取るか?」

「魔法工学?」

「魔術回路が通る金属製品の製造、装備に対する付与効果についての勉強だってさ。男は結構取るんじゃないか?」

「あとは魔物学とかどうだ。これから一生付き合っていく相手のようなものだし、知っておいて損はないと思うな」

「むー……」


「それに取りたいのがないなら、空けておくのも一つの手段だ。貢献活動もあるし、何より一つの授業に対する課題が多くなるからな」

「これって残りの四年で指定された科目取ってればいいってことだよね? どんぐらい取ればいいの?」


「指定科目……クラス活動、属性魔法学一種、系統魔法学一種、算術、帝国語、化学四種のいずれか及び錬金術、政治学か経済学。必須のそれらを抜いた選択科目十二以上、それでやっと卒業認定だ」

「十二……選択科目は最低でも一年に三つ取らないといけないのか……しんどっ」

「四、五年生のうちに取っておけば後で楽ができるぞ。加えて十二以上取れば、それだけ基礎成績に加算される」

「それはわかるんだけどさぁ……」



 ぱらぱらと時間割の説明を読むイザーク。



「まあ貴様のことだ、学習するつもりはないとわかってはいたがな……」

「延々と貢献活動とか趣味とかやっててえ……」

「イザーク、ならオレと一緒に何か取るか? 農学とかどうだ?」

「いや……大丈夫。経済学と経営学取るわ」

「……?」






 どういう風の吹き回しだと思った。



 あの日見た態度は--かなり反抗しているように思えたが。






「なぁにこんなん楽勝よ……ほいほい」

「そうだ、音楽を取ったらどうだ? 一年の時取っていただろう?」

「音楽ねえ。音楽つっても古典音楽だから、あんまりボクに合わなかったんだよ。だから取るつもりは毛頭ない」

「そうか……」


「ぼくもまあ……こんな感じかな。ヴィクトールのはどうなの? 見せてよ」

「ああ」



 ヴィクトールが差し出した時間割は、思ってたより空きが目立つ。



「……オマエのことだからびっしり詰め込んでるんかと」

「基本的に授業は週二回。片方空いていてももう片方が不可能ということが往々にしてあるからな。貢献活動には興味はないが生徒会の仕事もある、魔術研究も行いたいとなると……こうなった」

「政治経済経営……天文学。めっちゃ難しいの取ってるぅ~」

「帝王学とかあるんだ……へえ」

「これは事前を行い、適性有りだと判断されたら選択を許可される。大方大体裕福な身分であるなら許可は下りるようだ。ハンス、恐らく貴様も可能だと思うが」

「興味ない」

「そうか。まあそこは自由だ……」




 ここでシャドウが茶菓子を持って入ってくる。




「気が利くな」

「ありがとう」


「まっ……まだまだ夜は長いんだ。じっくり考えてこうぜ」

「そうだな」

「締め切り明後日だけどな」

「何だってぇー!?」











 一方の女子達。時間割についても大方決め終わったので、リビングではなくベッドルームにてくつろぎ中。






「……はへえ」

「エリスさっきからずっと天井見てる……」

「だってぇ……二階建てベッドなんて初めてだもん……」



 白いワンピースに身を包み、割座でぽけらーとしているエリス。


 それを咎めるリーシャは白い半袖シャツと紺色の短パンを履いて、ナイトキャップで髪を纏めている。手鏡とにらめっこしながら化粧水をひたひたしている最中だ。



「毎日ここで寝るのにそれじゃあ神経追い付かないでしょ」

「アタシも二段ベッドには驚いたから大丈夫だぜー!」

「これ、動くな。尻尾の手入れの最中だろうが」

「にゅー!」



 ちゃんと獣人用に穴が空いたショートパンツに、熱を追い出す作りのティーシャツ姿のクラリア。現在尻尾の手入れをクラリスに任せ、自分は手に生えている毛や爪をちまちま弄っている。






「……ギネヴィア」

「何ー?」

「わたしも……髪、梳かしてよぉ」

「いいよ!! 今昇るね!!」



 エリスのベッドの一階部分から昇ってきたギネヴィアは、ピンクのワンピースを着ていた。可愛い妹分のお下がりである。



「どれどれ~さわさわ~」

「わっ……ふふっ」


「エリスの髪ってやっぱりさらさらだね……」

「カタリナもでしょー」

「お嬢様も手入れについては負けておられませんからな」

「セバスン……もう」




 黒いネグリジェを着ているカタリナは、三つ編みを解いてセバスンに櫛を入れてもらっている。



 ここで薄手の黄緑のローブを羽織ったサラが、欠伸をふかしながら戻ってきた。




「あ~……眠い」

「何してたのよぉ」

「眼鏡手入れしてた……っと」



 リーシャの下のベッドに潜り込むサラ。


 正面にあるベッドの一階にはクラリア、二階にはカタリナ。右奥にあるベッド、ベッドルームに入って正面にあるベッドにはギネヴィアとエリスが寝ることになっている。



「市場で魔法具見つけてね。曇りにくくなる布ですって」

「えー何それ。効くの?」

「使い始めて二日しか経ってないからわからないわ」

「試作品……?」

「銅貨二枚だったからままよと思って買ったのよね~」






 リビングのものとは違い、暖色系の照明が部屋を包む。加えてリビングで焚いたお香もそのまま引っ張ってきたので、視覚と嗅覚が眠りへと誘ってくる。現在時刻は午後十時だ。






「じゃあもう……寝る?」

「寝るか~。早く寝るに越したことはないし」

「お肌にもいいしね!」

「体力も回復するぜー!」

「んじゃあ消すわねー。皆お休み」

「お休みなさい」



 魔法具なので遠隔操作で電源を入れることが可能。サラが照明を消し、そのまま流れるようにして眠りに入っていく。
















 ……



 ……ちゃん



 ……お姉ちゃん











「……ん……?」






 自分を呼ぶ声に気付いて目を開けると、



 誰かが自分を抱き締めているのを感じた。






「あ……エリスちゃん」

「……」




「……急にごめんね」

「いいよ~……よし。向き合おう」






 もぞもぞと体位を変える。






「ふふ……懐かしいね」

「うん……昔も、こうやって」

「エリスちゃんがおねだりして、抱っこして寝たよね……」

「お姉ちゃん……昔と変わらない。大きくてあったかい……」

「エリスちゃんも小さい。やっぱり変わらないんだね」



 そのままギネヴィアの胸に埋まるエリス。








「あのね……今日はお月さまが綺麗だったの」


「綺麗だけなら別にいいんだけど……その……」




「言わなくていいよ。思い出しちゃうんだね。嫌なこと」


「……うん」








 入浴の時は何も気にしていないように振る舞っていたが――



 やはり、心のどこかで燻っているのだ。








「一人で眠れるかなって思ったけど……やっぱり怖くなっちゃった」


「だからお願い……月が綺麗な時は、こうして潜ってきてもいい?」




 緑の瞳がこちらを覗いてくる。


 初めて会ったあの時から、一切変わっていない輝きを湛えている。






「……全然大丈夫。好きなだけ甘えていいからね……みんなにも後で説明しよう。わかってくれると思うよ」


「……生まれ変わっても、わたしはずっとエリスちゃんのお姉ちゃんだから。騎士さまだからね……」

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