第960話 歴戦たる王国騎士の覚悟

<魔法学園対抗戦・総合戦

 二日目 午前七時 騎士団天幕区>




「さあ皆さん! もう号令となってきました対抗戦であります! この場において騎士団には重要な仕事を三つ任されております!」



「一つ目は自国の警備! グレイスウィル王国に楯突きそうな怪しい人物は、即刻突き上げましょう! 特に今回は絶対数が多いので、きな臭いのも結構な割合でいます。本当に怪しいかどうか考えているうちに事態が進展することも珍しくはないのです!」


「二つ目は他国の警備! 警備こそできておれど、質が足りていない地方都市なんかも多く見られます。そういった国には手を差し伸べてあげましょう! 世界の最先端をひた走るグレイスウィルが、そうして見本を見せることによって得られる物は確実に存在します!」


「三つめが一番重要! 生徒達の訓練に付き合ってあげることです! 生徒達は何よりもその道のプロの言葉を求めている! 何故ならいい戦績を挙げたいからですね! 彼らもまた守るべき国民、願いを叶えてやれなくてどうして騎士やってるんだって話ですよ!」



「以上を使命としまして、後は各々が信ずる信条の下、王国の益になるような行動を心掛けること! 赤薔薇の紋章は君達の心に、そして鎧にも刻まれ輝いている! それに恥じない矜持をお忘れなきよう!」






 朝の定例ミーティングも終え、早速騎士達は業務に入る。




「ふあー……まだねみーや。冬は一生布団で寝てたいんだよ」

「獣人故本能も獣に寄っているというのか?」

「俺に聞いてどーすんだよそんなこと」

「ハイハイ行くぜ行くぜェ~。早く生徒達に教えなきゃなんねエ、一秒たりとも時間が惜しいんダ!」

「ふふふ……」




 アルベルト、ユンネ、デューイ、レーラ。騎士団の中でも指折りの実力者達が、現在こぞって演習区に向かおうとしていた。




「デューイは一体何を教えんだ? 魔物に遭遇した時の逃げ方?」

「まさにソレサ。どうしても疲弊して戦い切れないって状況は有り得るダロ? 戦況を踏まえた撤退は不名誉じゃネェ」

「不名誉云々は抜きにしても、逃げるタイミングって判断が難しいのよねえ」

「無理と感じたら足を動かすッ! これが基本ね」

「とはいえ咄嗟に動けるかは別問題だけどナ――」




 このように、訓練の予定について話し合っていたのだが。





「……ン?」

「あ゛?」

「クククッ……腕が鳴るな!!」

「変なこと言わないのユンネ。……」




 四人の進路を突然何者かが塞いできた。青いローブを被った人間である。




「あの……茂みから急に出てきて、何なんですか」

「貴方がた……特に青い髪のお姉さん」

「……」



 辟易こそするが様子を伺う。手を下すにはまだ情報が足りない――



「青は水の象徴! つまり大いなる海の力をその身に宿しているも当然! なればそれを極めてみたいと思うのも道理でしょう?」



「我々は海についての研究を行っているのです。底知れぬ水の底に沈んでいった神秘、それを共に探してみません?」



「まずはお話だけでも! 時間がないようでしたら、そちらの天幕までお伺いしますよ! さあさあ遠慮せずに――あ――?」






 付け入る隙も与えずに接近しようとした時点で、もう条件は整った。


 まずはデューイが懐に攻め込み、腹に一発入れて上空に吹き飛ばす。




「落ちるゼ、あと三秒!」

「心得た!」



 次にユンネが銃を取り出し精密射撃。当然のように彼女は当てる。



「ぎゃあああ!!」

「気絶するに早いぜバーカ!!」

「こいつらは結構頑丈だから、遠慮せず殴っちゃって大丈夫よ」



 地面に叩き付けられた所をアルベルトが馬乗りになり、ボコボコにする。レーラはその隣で捕縛用の縄を準備し騎士団本部へ連絡を行っていた。






「チューわけでェ、学生やその他諸々相手に勧誘を行う過激派組織の一員ダゼーイ」

「あろうことに私達の前に姿を見せたものだから、ひっ捕らえてきたわ。厳重注意お願いします」

「あ、はい」



 慣れた手付きで強制連行を終える四人。対応した騎士団長ジョンソンが、手際の良さに唖然とするばかりだ。



「海の調査団か~……また増えてきたよなあ」

「私のように生活を彩る物としての追及なら赦せるのだけどね。実生活に支障をきたすものは流石に許容できないわ」

「お前のそれは十分実生活に支障きたしてるだろ」



「三騎士勢力に紛れて胡散臭いのもやってきましたからね。怪しいと思ったら即刻突き上げ! でしょう?」

「この彼に関してはレーラさんの私怨が混ざっている気がしないでもないね」



 彼女にしてみれば、海について研究しているという時点でもうアウトなのだ。



「まっ、実際被害上げてるから仕方ないけどさ……うん、ありがとう」

「……団長、なんかもじもじしてますよ。俺らに言いたいことあるんすか?」

「……じゃあアルベルト君の親切に甘えて言っちゃうよ?」




 ジョンソンは椅子から立ち上がり、部下四人の顔を見据える。


 屈託のない意見で部下を褒める際の態度だ。




「君達四人……デューイはいないことがあるけど。いつでも最高のコンビネーションを見せてくれるよね」

「……そっすか?」

「……そうですか?」

「我は感服の極み也」

「団長がベタ褒めとか珍しいナァ?」




 露骨に照れるアルベルトとレーラ。ユンネはあれこれポーズを変えているので、彼女もまた照れていることには変わりない。デューイはリアクションを特に示さないが、嬉しいのは間違いないだろう。




「いや、今回もこうして成果上げてきてくれたしさ。入団してからの仲で、ほんとここまでよくやってきてるよ」

「それは俺の台詞でもあります。こんな濃い奴とよくもまあ絡んでいられるもんだ」

「確かにレーラは妖艶且つ美麗で目に入れても痛くはない、完全に同意だ」

「貴女のこと言ってんでしょユンネ」

「いやレーラも相当濃いキャラじゃないカイ?」



 素直に賞賛を受け取れないのは、彼らが大人で熟練の王国騎士だからだろう。



「その調子で今後も頑張ってくれよ……頑張れば昇進の道が開けるからな」

「えっ、団長は俺達に昇進してもらいたいんですか?」

「当然だろう、立身出世は軍に属する者の名誉だ。でもアルベルトはそうじゃなさそうだな」

「わかってますねぇ! 俺は今の面子でだらだらやってる方が性に合ってますわ!」





 そのような会話を最後に、騎士団本部を出た四人。気を取り直して演習区に向かう。





「……今の面子でだらだら、ねえ」

「んだよレーラ、お前はそうじゃないのか?」

「ん~、私はアルベルトと違ってちょっとは出世も視野に入れる。今の環境が楽しくないわけじゃないけどさ」



 どうせなら上を目指したいじゃない、とレーラは腕を伸ばしながら言う。



「更なる高みへ! 出世欲とは即ち人間に与えられし本能! 抗えぬ血の宿命!」

「んな言われ方されちゃあ、出世したくない俺が人間としてイカれてるみたいじゃねーか」

「イカれてんのはオイラもだぜ。オイラはずっと騎士と魔法音楽の両立しててーんだわ」



 デューイはあくび交じりに賛同する。ユンネも同様に頷いた。



「実は私も出世は避けたい派よ。だってロマンを追い求める時間がなくなっちゃうじゃない。でも出世すると金が稼げて、もっとロマンに金を使えるのよねぇー!!」

「給料も今のままで満足かな……俺って前に色々あったからよ。特に偉い立場にならなくても、仕事して生きてるだけでありがてぇーって思うんだわ」



 その言葉には、全員揃って強く共感を示した。



「ふふ、確かにそうね……特に私なんて、場外戦闘で何度死にかけたか覚えてないもん」

「去年のニアーチェスターの時とかな。確かアーサー達がやってきて一転攻勢だっけか?」

「そうそう、彼らに感謝してもし切れないわ。私達が教えてきた生徒に、助けられたこの命……」


「今からするのはその教える行為ってことダ。コイツらもいつかオイラ達を助けてくれるかもしれねーナァ?」

「くふふ……! 妄想しただけで興奮が止まらないわッ!!!」

「お前もそういうの考えて興奮するんだな」




 話している間に、とうとう演習区に到着した。既に生徒達は訓練を始めていて、彼らの訓練の相手をしている騎士の姿も目に入る。




「よぉーしやるぞぉー! 自分の身の振り方を考えるのは後だ! 今は俺達が求められている役割に準ずる!」

「熟練の騎士として、培ってきた技術を若者に伝達する。もう私達の人生は『育成する』という段階に入ってきたのかもね」

「私よりロマン溢れる物言いをするのね、レーラ!」

「こういうのには敗北宣言するんカーイ」

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