第961話 教師の覚悟・前編

<午後一時 グレイスウィル教師天幕区広場>




「よし……全員集まったな。ではミーティングを始めるぞ」


「今回皆を……五年生担当教師を集めたのは、そろそろ生徒の将来について意識してほしいからだ」




 主任教師ルドミリアの言う通り、ここには五年生所属の教師達が集められている。ハインリヒ、ミーガン、リーン、ヘルマン、ディレオの担任達、補助教師であるニースだ。




「皆が受け持っている生徒は、あと二年で卒業となる。進路によっては今から準備をしておかないと大変なことになる。よって、生徒一人ひとりが今後どうしたいかを把握してほしいのだ」




「進路相談……とうとう僕にもその時期が……」

「自信を持てディレオ先生。五年も生徒のことを見てきたんだろう? それぐらいできるできる」



 がっくりと項垂れたディレオの背中を、ヘルマンがバシバシ叩いて気を持ち直させる。



「そうだな、ディレオ先生。やることは普段とそこまで変わらない。何をしたいのか生徒から聞き出して、それを踏まえて有用な情報を調べ提供するんだ」

「は、はい……頑張ります!」

「別にぃ、人生なんて何があるなんてわかったもんじゃないですからぁ。百点は無理でも七十点ぐらい満足してもらえるようにすればいいんですよぉ」



 ミーガンが眼鏡のズレを気にしながら発言する。彼はこれまでも、そういったスタンスで担任を務めてきたのだろう。



「そうよそうよ! 私の教え子にもね、魔法が上手くて魔術師かなーって思っていたのに、農家やってる子がいるんだから! こっちが提案したのをそのまま飲み込んでくれるわけないのよ!」

「逆に言われたままに動いたら、それはそれで心配になりますけどね」



 リーンとハインリヒも口々に励ましてくる。ディレオはこの中でも一番経験が浅い故、こうしてお節介を焼かれることが多いのだった。


 あるいは彼が学生だった頃の気分が、少しだけ残っているのかもしれない。



「そんなもんですかね……まあ頑張りますよ」

「肩肘張らずに、君らしい寄り添い方を心掛ければいいんだ。私は貴族という身分に生まれてしまった以上、君のように生徒目線で考えることは難しい」

「俺もアドルフ先生にはない『化粧』っつー路線を切り開いてますからね。まあ、適度に頑張れ!」







 こうしてミーティングは終了し、各自の業務が始まる。


 対抗戦に関する業務も進めながら、ミーティングで話し合った内容について、それぞれ考えて行動に起こす。




「私にできるのはこういうことぐらいですかねぇ~。よっと」



 ミーガンは手際よくチラシを作り、それを生徒の天幕区にある掲示板に貼り付けた。内容は算術の個別授業というもの。



「あれミーガン先生だ。どうしたんですそのチラシ?」

「これはですねぇ、皆さんにもそろそろ将来について考えてもらいたいと思いましてぇ。で、中には既に進路を決めている人もいると思うんですよぉ」



 次々と話しかけてくるのは、五年二組の生徒。多少の入れ替わりはあれど、大体が彼の人となりを知っている生徒達だ。



「騎士や魔術師になる人は、試験を突破しなければなりません。それには算術も含まれますのでぇ、その試験対策と言ったところですかねぇ。大抵は実技の対策に時間が追われてしまうので」

「あ、あの……それ、建築学もいいですか?」

「ん?」




 おどおどと質問してきた生徒は、ツンツン頭のルシュドだった。ミーガンからすると、趣味の面でも気が合う釣り仲間でもある。




「これはこれはルシュド君。建築学専攻予定なんですかぁ?」

「は、はい。難しいです。でも頑張ります」

「うんうん。頑張る生徒には最大限の援助をいたしますよぉ」



 逆に頑張らない生徒には何もしないというのが、ミーガンの指導方針である。そういった生徒は自分と合わなかっただけだから、別の教師に頼ってくれてもいいと思っている。それが回り巡って生徒人気の薄さにつながっているのだが。



「や、やったあ。ありがとうございます」

「先生、これって対抗戦の間にやる予定ですか?」

「いいえ、取り敢えずはこういうことをやりますって言う予告ですねぇ。希望人数を踏まえて改めて日程を考えますぅ」



 生徒というのは大半以上が、学業よりそれ以外の趣味を優先したい性分である。そういう生徒からは嫌な教師と思われている。


 逆に学業を優先したい生徒からすると、この上なく親身になってくれるありがたい教師であるのだ。特に二組の生徒はその傾向が強い。



「なので本格的な実施は六年生になってからですかねぇ」

「では、その時が来たらよろしくお願いします!」

「よろしくです! あ、あとそうだ!」

「ん~?」




 ミーガンが再びルシュドの方を振り向くと、彼は手紙を手にしていた。その様子を他の生徒が、にやにやしながら見守っている。




「えっと、先生、釣りが趣味。おれ、皆に教えた」

「だったら先生と一緒に釣りしたいなって……恩返しってわけじゃないですけど」


「ミーガン先生って趣味の話ほとんどしてくれなかったじゃないっすか! 私達もっと先生のこと知りたいです!」

「これはその招待状です。無理ならまあいいんですけど……来てくれたら嬉しいなって!」



 

 生徒からの不人気を自覚し慣れていたとしても、こういう優しさに触れると嬉しいものだ。


 だからそういった生徒に応えていけばいい。ミーガンは改めて自分の生き方に自信を持ち、これからもそれを貫く覚悟を固めるのだった。




「……無理なんて言いませんよぉ。必ず時間は空けておきます。生徒と関われて趣味もできる、一石二鳥のチャンスじゃないですかぁ」

「あはは、先生らしい! じゃあ当日お待ちしてまーす!」








「さて、私の進路相談の方法は……個別面談!」


「だけど! その方法で乗ってくれなさそうな子がいる……!」



 具体的にはハンスとかいう純血エルフ。その存在にリーンは頭を抱えていた。



「ハンス君かぁ~……思えばなんだかんだで五年も担任やってるなあ。元はと言えば、彼みたいのから逃げたくてグレイスウィルに来たんだっけ」


「あ、でも寛雅たる女神の血族ルミナスクランはもう解体したんだよな……んんー。私、これからハンス君にどうやって接していけばいいんだろう」




 教師用天幕の一つで仕事をしていたのだが、そこに近付く影が。




「やあやあリーン先生! 今日はこちらでお仕事ですか~!」




 あまりにも上ずった声色なので逆にわかる。ハンスだ。



 満面の笑みを浮かべて近付いてきた彼は、クラリアとヴィクトールを侍らせて参上した。




「あら、ハンス君ったら今日はご機嫌ね?」

「そりゃあもう! パーティのセッティングも終わりまして、先生をご招待に来たのですから!」

「え、私を招待って?」

「五年三組の皆でお菓子食い放題パーティだぜー! 高級お菓子が盛りだくさん!」

「……」



 がっはっはとご機嫌そうに笑うクラリアの隣で、ヴィクトールは居心地が悪そうだ。



「そう……私が行ったら皆の取り分なくなるんじゃない? いいの?」

「いーえいえ! これは三組皆の総意なんですよ! 先生も入れてこその三組だと! 皆仰ってました!」

「ふーん……そこまで言うなら、行かないわけにはいかないな」

「ありがとうございます先生!」

「アタシとハンスとヴィクトールで案内するぜー!」

「……」



「ヴィクトール! お前元気出してくれよ!? 先生の前だぞ!?」

「……ああ、すみません。最近夜遅くまで訓練をしているもので」

「ええ、それはいけないよ!? ちゃんと寝なね!?」

「先生にこう言われちゃあ寝ないといけないな~!? 勝手に天幕出ていられねえな!?」



 これまた馬鹿にするような大声で、ヴィクトールに言い放つハンス。




 しかしリーンは感じ取っていた。この誇張気味な言動は、全てわざとであると。




(ああ……私、ハンス君に利用されているな)


(一体何をしたいかわからないけど……でも彼は私を使って、何かをしようとしている。それだけはわかるんだ)






 こうしてリーンは女子生徒天幕区に到着。そしてさっと挨拶をした後、



「これからの三組の活躍を祈ってカンパーイ!」

「「「かんぱーい!」」」



 ジュースを注いでもらって生徒達と盛り上がる。





「今回のお菓子はですね、皆が好きなものを持ってきてもらったんですよ!」

「高級お菓子が多いのはそういうことね。皆舌が肥えているからね~」

「アタシはこれだぜー! ターナ地方名産、黒猫舌クッキー!」



 クッキーの入った箱を、リーンに押し付けるクラリア。その他の生徒もリーンに持ってきたお菓子を見てもらうべく詰めかける。



「わーっ、私お菓子に埋まっちゃうよー! じっくり見ていくから皆食べてー!」

「「「はーい!」」」

「わかったぜー!」




 それからも五年三組の生徒達は思い思いの時間を過ごすが、大半の生徒がリーンに近付いていることが多い。




「ね、ねえ皆私に近すぎじゃない? これじゃあ汗掻いちゃうよ~」

「だって先生とお話したいんですもん!」

「……私と? それは嬉しいなあ」



 自分では結構話をしているつもりだと思っていたのだが、彼らにとってはまだ足りなかったようだ。



「先生って担当科目が農学じゃないですか。それ取らないと会えないから、どうしても距離ができちゃうって言うか……」

「ああ……そう言われれば、そっか」



 ちゃんと面談の時間は取っているが、逆にその時間でないと話ができない生徒がいるのだ。


 気軽に話せる雰囲気とは簡単に言えるが、どうしようもない事情でそれが阻まれることがある。



「うう、それは反省点だなあ。なるべく時間は作っているつもりだったけど……実はね、皆と話をしたいのは先生もだったんだ」

「先生がお話ですか? 一体何を……」




 そうしてリーンは、それぞれが考えているであろう進路についての話をする。




「卒業まであと二年って思うかもしれないけど、二年はあっという間だよ。こうしてパーティしたことが昨日のことのように思えてきちゃうの。だから今から進路については考えていかないとね」

「……先生」



 これまで黙っていた生徒の一人が、少し目を潤ませて手を挙げる。



「ん? どうしたの?」

「先生、私の実家は商人なんですけど……私、商人じゃなくって、魔術師やりたいんです……」


「で、でも、お父さんが怖い人だから、今まで言い出せなくって……どうしたら……」

「……そっか。それは辛かったね」




 彼女に釣られるように、他の生徒もぽつぽつと将来の不安を口に出す。


 裕福な生徒はその分将来も安定していると思われがちだが、それは間違いだ。裕福には裕福なりの悩みがある。




「よし、だったら……先生がお手紙を書こう! この子は魔術師を希望してますって! 今までもね、そんな風に保護者に向けて書いたことがあるんだ!」

「え、いいんですか……!」

「いいのいいの! 皆が望んだ将来に進めるなら、先生はなんだってするよ!」



 伊達に百数年も人生やっていない。人脈と経験、そしてそれからくる行動力は豊富にある。



「だからいい? ちょっと強い言い方するけど……皆は先生のこと、いざという時には『道具』みたいに使ってもらっていい。きっとそれが『頼る』ってことだと思うから。先生は人生経験長いから、ちょっとやそっとの重労働じゃ倒れないんわよ!」




 過激な物言いが出てしまったのは、きっとあのエルフのせい。そして彼を受け入れることができたのも、狼の少女と眼鏡の少年のおかげだろう。


 時には自分を道具のようだと割り切る。そのような覚悟を固めるのは、それこそ寿命の長いエルフでないとできない所業だ。




「……先生、ありがとうございます。僕、先生とちょっと距離あるかなって思っていましたけど……今ので元気しました」

「うんうん、本当にごめんね! そしてありがとう! さっ、先生の話はこれでおしまい! まだお菓子あるんだから食べてしまおう!」

「はい……! 我らがリーン・ブレッド先生に、かんぱーい!」



「わ、私に乾杯はしなくていいよ!? 恥ずかしいから……!」








 一方その頃。




「よーうクソ野郎。パーティはまだやってるぜ? どこに行こうとした?」

「……天幕に帰って自分の仕事をする」


「自分はとっととずらかって、菓子に毒を仕込んだのにシラを切ろうとしたんだろ。ダボカスが」

「……俺の手際にいつ気付いた」


「そりゃあもう、最初から。こういうパーティで手を打たないてめえじゃないだろ。風魔法で毒耐性を付与して、それでも弾き返されそうだったから……あの女を使った」

「リーン……か?」


「せ~め~て~お前は『先生』付けようぜ? あいつって純血エルフだから、ぼくの魔力と親和性高いんだよね。それでお前の体内に仕込んだ風の魔力、あれの威力を増加させた」

「……そうか。先程から身体の中で渦巻くこれは……」





    \どたどたどたどた/





「何やってんだよー!! リーン先生が有難い話をしてくれたのに、お前らずっとここにいたのかよ!!」

「悪いねクラリア。あれって進路に迷っている連中に向けた話だろ? ぼくにはそんなの関係ないから」

「俺も……まあ……」



「そうか! んでもパーティはまだ続いているから、戻ってこい! お菓子食おうぜ!」

「……ああ、それは遠慮なく食べさせてもらうよ。なあヴィクトール?」

「そうだな、折角出されたものだから……行こう」

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