高潔にして勇敢、夜より解き放つ者

「……わああああああああああっ!?」






 ティンタジェルを再現した町から引き戻されて、やってきたのは――






「……独房!? じゃない!?」

「ここは……廊下か?」

「何で部屋から追い出され……っ!?」




 次いで襲う、目も眩む程の光。



 腕で視界を覆い、数瞬した後のこと。











「……皆。迷惑をかけたな」






 その光を放出した独房から、彼が出てきた。








「……」






「……んだよ……」






「一丁前に、鎧なんて着やがってっ!!」








 イザークが飛びかかってくるが、鎧の重量があるので簡単にはよろめかない。






「っと……ふふっ。やっぱりお前はそうじゃないとな」

「吹っ切れたなオマエー!? 顔が清々しいぞー!! あと全体的にカッコよくてムカつくぞー!?」





 白銀の鎧。熟練の職人であっても品質のものは用意できないだろう。



 赤を内にして、白で飾ったマント。



 革靴は新品同様。鎧に合い引き立たせる。



 星のような金髪と燃えるような紅い瞳はそのままに――



 白金をふんだんにあしらった黄金の王冠が燦然と輝く。



 手にした剣は聖なる輝きを纏っていた。








「これは……どうなのだろうな。気付いたらこの姿で……」

「キミの本質と願いを解き放った姿さ。つまり、キミが一番輝くのがその姿ってわけ!」



 ご機嫌な声の解説が聞こえてくる。しかしその声は、この場にいる全員が聞き覚えのない声であった。



「ってー!? 主君であるキミがぽかーんってしててどうするのさ!? ボクだよボク!!」



 そうして独房から出てきたのは――








「……あの……」



「真面目に誰でございましょうか……?」






 気高く白い毛並み。堂々とした図体。



 細く伸びた鋭い瞳からは澄んだ視線が放たれる。



 目の前にいるのは、神々しい輝きを帯びた、狼であった。






「……ん!?」



「オマエ、もしかして……!?」



「どぅぁ~れがクソ犬だってなぁー!?!?」

「ぎゃー!!!」






 叫び散らしてイザークの頭に噛み付こうとする狼――愛くるしい犬から凛々しい狼へと変貌した、カヴァス。






「何も言ってねえだろうがあっ!!!」

「さっき言っただろうが忘れはさせねえぞっ!!!」


「……おい。主君を置いてけぼりにするな」

「ん! ああそうだね、このクソ茶髪の対処はまた今度!」

「クソ茶髪ってぇー!?」






 続いて各々のナイトメア達も、主君の元へとやってきて身体に入っていく。移動が落ち着いた所で、カヴァスがアーサーの隣に侍り口を開いた。






「キミは色々あって本領発揮できてない状態だったのさ。それがたった今扉が開かれて、キミの潜在能力が解き放たれた! それに影響を受けてボクもこの姿ってわけさ!」

「そうだったのか……」

「喋れるのもその影響ね。あと二人までなら乗せて走れるよ。魔法も打てるし狩りだってお任せあれだ!」

「普通に強くない!?」

「騎士王の忠犬だからねっ! 何かクソ茶髪がボクに疑いの視線を向けてるから、ちょっと軽く捻ってやりたい気分なんだけど――」




          ダッダッダッダッダッダッダ




……おい!! こっちに生徒がいたぞ!!

……二、四、六……九人だ!! 今すぐ来い!!








「……丁度いい所に獲物が!」

「というか、今はどういう状況なんだ!? わかっていると思うが、オレはずっと独房だったからな!?」

「それについては追々、戦闘しながらだ!」


「地下にも偵察に行かせてるってことは、多分増援が来てるわね……!!」

「獲物なら溢れる程いると思うぜー!! やっちまうぞー!!」
















「うおおおおおおお……ごはぁっ!!」

「アデルくぅーん!!!」


「ぐっ……かはっ。内蔵やられたかな……」

「もうお前は下がれ!! ファルネア、治療を!!」

「は、はい……!!」






 校舎の中庭の軒下。柱を影にするようにして、ファルネアはアサイアと共にアデルを連れ込む。






「治れ、治れ、治れ……!」

「ってー……もう何回目かな。ファルネアに世話になっちまうの……」

「い、今はそんなこと……あうっ、言わないで……!」

「……悪いな……」





 涙ぐみながら治療行為を繰り返すファルネア。



 アサイアが茫然とそれを見ていた所を、ルドベックに叩かれて引き戻される。





「おい、アーサー! お前はどっちに行くんだ!?」

「……え?」


「戦闘を続けるのか、撤退するのか! 棒立ちでいられるのが迷惑だ!!」

「ルドベック!! 気持ちはわかるけど落ち着いて!! こんな戦場見せられて、思考を止めるなって方が無理あるんですよ!?」

「……っ。そうだな、ネヴィル……」






 本格的に魔物も投入され、いよいよ校舎も校庭も血の色が目立つようになってきた。




 死体が放置された臭いが立ち込める。当初は意気揚々と戦っていた生徒達も、次第に撤退を始め、代わりに本職の騎士や魔術師が戦闘を続けている。






「……いや。駄目だ。駄目なんだ」



「ボクは……私は。行かなきゃ……この、名前にかけて――」






 アーサー、騎士王と同じ名前、アーサー。



 例え偽物であっても、誰かの支えになりたいと願い、この名前と衣装を纏ってきた。



 しかし――






「ぐ、う……」

「アーサーさん!」

「アーサーくん……! ねえ、待って……!」




 アデルへの治療を終えたファルネアが駆け寄るも、それを気にすらしない。








「……聞け!! 私は、騎士王アーサーはここにいる!! 燃え盛る戦禍の炎の中、こうして立っているぞ……!!」





 もしかしたら、支えが欲しかったのは自分自身だったのかもしれない。



 どこかの劇で見た台詞を引用した名乗りは、自分に言い聞かせているようにも。



 足音に掻き消されるとわかっていても、そう叫んだ。





「うおおおおおおおおおおおお……!!」





 駄目だ、戻れ、という声を背に、



 聖教会とキャメロット、王国騎士と宮廷魔術師がごった返す、






 戦闘に身を投じようとした--




 その刹那であった。











    校舎から輝かしい光が溢れ出たのだ








「……っ!?」

「な、何だ今の……?」






 生徒も大人も唖然とする中、



 彼と、彼等は悠然と歩いて出てくる。






 白銀の鎧に身を包んだ大いなる騎士――






 その姿を視界に収め、もう一度見間違いかと確認しようとすると、




 霧がそれを覆い隠していく。











「……これは酷いな」

「だろ? まあボクも改めて見るけど」

「カル先輩無事かなあ……ミーナにネヴィル君も……」

「キアラ、心配……」

「あ、ルドベック見つけたよ!」

「アデルもだぜ! メーチェはいるかー!?」


「……で、皆してこっち見てるわけだけど」

「だから俺は反対だったんだがな……」




 ヴィクトールの視線は、アーサーの右手に握られた剣に向けられる。




聖剣エクスカリバー……確かに眉唾物だと小言を吐いたが。その真価を見てみたいとぼやいてしまったが」

「ところでこれは目の前の連中もオレが駆逐するべきなのだろうが」

「前提として味方が混ざっている。そして貴様の正体は易々と知らしめるべきではない。そうだろう?」

「ああ、そうだったな。力に溺れて我を忘れる所であった」


「ねえねえ! 随分と話し込んでる気がするけど、あっち一向に動く気配がないのは何で!?」

「ワタシが認識阻害の魔法を早急にかけてるからよ感謝しなさい」

「感謝しながら……そうだな、演習場だ。あそこなら海が見える」

「そこでエリスのいる方向を感知するんだな!?」

「そういうことだ。では、移動するぞ」

「がおー!!」


「急に叫ぶんじゃねえよく……!!」

「クソ犬って言い留まった……」
















 人が虚構に慣れ親しめるのは、それが虚構であるとわかっているから。



 虚構ではない、偽りのない本物を目の当たりにすると――



 それが持つ輝かしさ、美しさ、形容のできない威光に、心が締め付けられるのだ。



 触れることすら叶わないと、本能が察してしまう。








「……アーサー? おいアーサー!?」



「うーしオレもう戦場に出るぞー!! アーサーお前はどうするんだー!?」



「……アサイアちゃん! こっち向いて!」

「わっ……」





 ファルネアが肩にのしかかり、重心が傾いてようやく我に戻る。





「あ、えっと……ご、ごめんね……」

「ん……でもきっと、無理ないと思う! さっきのぴかーってすごかったもん……!」




       グィィィィィエエエエエ

        ヤァァァァァーーー!!!




「……何だこの断末魔!?」

「この戦場で初めて聞いたぞ!? 魔物か!? えげつな!?」

「あ、足音が……!」

「敵か!? 皆、構え――て――」








 戦場からやや隔離された軒下。




 そこを彼は移動してきた。




 やや駆け足で、剣には血が付いていた。それだけであの断末魔は、彼が上げさせたのだろうと確信できる。








「……」

「……お前は」

「……はっ、はいっ」


「……アーサーか。素晴らしい衣装だな、それ」

「えっ……」






 間違いない。目の前にいるのは紛うことなき『本物』だ。




 星の様な金髪には、塗料で固めた金色など敵わない。魔術水晶をくべた赤い瞳も、真なる紅には劣るのだ。小遣いを切り詰めて買ったような鎧なんて、誰かが丹精込めて仕立て上げた特注の鎧と比べることすらおこがましい。




 それらを差し引いても――態度、姿勢、視線。




 全てが違っていた。生まれながらの差というものを、魂に染み入るまで感じられる。






 それは憎悪することもなく、悲観することもなく、ただそうしてあるというだけの事実として視界に広がっていた。








「……アーサーせんぱいっ!!!」




 直立不動のまま固まっていたアサイアを押し退いて、ファルネアがアーサーの前に出る。




「……ファルネア。お前も無事でいたか」

「せんぱいも息災で何よりです!! あの、今からどこに向かうおつもりですか!?」

「……この凄惨な戦場で共に戦いたい心持だが。オレは行かないといけない。エリスの所にな」

「そうですか!! えっと、だったらこれ、せんぱいに渡してください!!」




 そうして差し出したのは、彼女がいつかの日に貰った巾着袋だった。




「苺農家の人が……エリスせんぱいにって。その人、ずっとせんぱいのこと、心配してて……」

「……ユーリスさんか」

「そう! そうです! ユーリスさんに託されたんです!」






「でもわたしは力不足で、せんぱいがどこに行ったのかもわからないし、せんぱいを助け出すこともできない……でも、アーサーせんぱいなら!」




「エリスせんぱいと一緒にいるアーサーせんぱいなら……! きっと、きっと!」






 力強く言う顔は今にも崩れてしまいそうで。



 彼女はここに至るまでの間、その小さい身体で様々なことを経験してきたのだろう。






「……わかった。託されたよ、ファルネア。そして、ありがとう」

「お礼を言うのはわたしの方です……! ねえ、アーサーくん!」




「……えっ?」




「アーサーせんぱいはエリスせんぱいを迎えに行きます! だから二人が帰ってくる場所、わたし達の手で守り抜くんです!!」

「ああ、ファルネアの言う通りだ。アーサー……いや、アサイア」






 肩にそっと手を置く。



 向けられる視線は、先輩のものであった。






「お前にはお前にしかできない戦いがある――自分を信じるといい」








 そう言葉を残して、彼は友人達の方に振り向く。








「そっちも挨拶は済んだか!」

「ああ、十分だ! じゃあなアデル!」

「無理する、駄目! あとキアラ、頼む!」

「メーチェにもよろしく伝えてくれよなー!!!」

「了解しましたぜーーーーーー先輩っ!!!」


<アデルゥ!!! 尻尾踏むなぁ!!!

<あだーっ!!! デネボラ、痛いーっ!!!




「ルドベック、セシルにも伝えてね! 無理しないでって!」

「了解しましたよ、カタリナ先輩」

「ネヴィル君もだよ!! カル先輩とミーナのこと、気遣ってあげてね!?」

「ンひいイイイ全てはリーシャさんの命令のままにいいいいいいいいいいい!!!」






「……二人はいいのか?」

「ワタシの知り合いは後方支援。ここに来るまでに挨拶は済ませてきたわ」

「俺も同様だ。何、彼奴は只では死ぬような奴ではない」

「ふっ、そうか――では行くぞ!」

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