第217話 管理者

<魔法学園対抗戦・武術戦

 十四日目 午前六時 騎士団詰所>





「……それでは諸君、今日もそこそこ楽しんで職務に励むように!」

「はっ!」



 ジョンソンの言葉の後、胸元に右手を当て礼を行い、騎士達はそれぞれ散っていく。


 まだ太陽が昇り出した頃だが、騎士とは斯様なことは気にせず働くものなのだ。



「さあて、私も自分の仕事をこなすとしよう」

「自分もお手伝いします」

「おお、助かる」





 今日のジョンソンの仕事は書類整理。天幕区の利用許可、演習区の利用記録、購買部の販売履歴等々、後々重要になることを書き連ねた物を整理しておく。こうすると未来の自分が楽できるのだ。



 部下のカイルと一緒に作業を進める。今日はあの独特な話し方のナイトメア、イズヤが一緒にいない。大方監視業務をさせてはいるのだろう。



 今は絶賛二人きり。ということはつまり、図らずも秘密の話ができちゃうということで。





「……」

「……」




「……なあカイル」

「何でしょうか」




「お前……挨拶に行かなくていいのか?」




 書類を紐で束ねていた手が止まる。


 実直な彼が仕事の手を止めるということは、相当真剣に考えないといけない事項を、突き付けているということだ。




「……」




「いや、さ。あの方が戦えたのって……お前の助力があってからこそだと思うんだ。だからさ……」

「捨てました」



 再び手を動かす。あたかも書類ではなく、気持ちを整理するかのように。



「あの頃の自分は、ハインライン陛下に忠誠を誓った時に捨てました。あの頃の自分は愚かな騎士でした。今の自分は仲間を敬い、共に戦う、グレイスウィルの一騎士です」





「……」

「……」




 以降は黙々と作業の手を進める二人。




(……くそ。レオナ様はともかく、部下にですらかける言葉を迷うなんて。駄目じゃないか……)




 必死に頭を働かせ、同時に手も働かせる。



 心身の過労の果てにジョンソンは、部屋の入り口に狐の獣人の幻を見てしまった。






「……ん? んんんん!?!?」


「どうしたんですか団長……って!?」




 カイルも一緒に入り口に駆け付け、そして驚嘆の声を上げる。




「あ~……お疲れ様っす、団長……あとカイルも……」




 幻ではなかった。部屋の前にはアルベルトと他数名の騎士が、居心地が悪そうに立っていたのだ。






 それは対抗戦が始まる前、ドーラ鉱山での出来事。






「……おいユンネ。起きろ」

「ん……」



 時刻は正午付近。ラールス達が大量の魔術人形マギアロイドを引き連れ、鉱山内に進入して二時間ぐらい経った頃。



「……我の眠りを妨げし愚者は汝か……」

「冗談言うな。緊急事態が発生した。今すぐ鉱山内に向かうぞ」

「……鉱山内?」



 ユンネはすぐさま目を擦り、鎧に着替える。睡眠を邪魔され不機嫌な顔は、みるみるうちに真剣そのものに様変わりした。



「遂に鉱石ゴーレムでも発生したかしら? アダマンタイトゴーレムとか出てきた?」

「残念だが違う。それどころか下手すりゃゴーレムよりもやべえ奴だ」

「……? いえ、ハンドレッド・リッスン・ザン・ワン・シー、百聞は一見に如かずね。さっさと行きましょう」






 鉱山内は土肌が露出し、鉄や木を交えて構成された踏み台が組まれている。



 階層は全部で五つ。奥に、地下に進む度、空気は薄れ、視界は閉ざされ、



 そして魔力の密度が濃くなっていく。






「ああ……ヒリヒリする。この感覚、いつも私の心に絶え間なき痛みを与えてくるわ……」

「俺は獣人ってのもあってか、そんなに感じねえなあ。それよりもほら」

「ん……」




 第五階層、現状行ける最奥の階層。入るとすぐに鉱山夫達が集う大広場と、小屋で構成された集落がある。



 その中央に、現在人だかりができており――




「何よ、誰かと思えばラールスじゃない。鉱山をガンガン掘り進める魔術人形マギアロイドが珍しいってことかしら?」

「……角度が悪かったな。こっちから回り込め」

「え?」




 アルベルトに続いて、乱雑している小屋の一つに近付くユンネ。



 その方向から真っ直ぐ正面を見ると、それはいた。






「……ではこのような内容でよろしいですね?」

「二言はありませんか?」

「ああ……ええ、まあ」



 ラールスが目を泳がせながら返事をする。魔術人形マギアロイド達は何も言わず鎮座しているだけだ。



 彼は何か不服なことがあるとすぐに態度に出す。つまり今の状況は、彼にとって不服である――腕の立つ商人でさえも困らせる事態であると、瞬時に理解できるのだ。



「かしこまりました。我々のご要望を聞いていただき、感謝いたします」

「我々に逆らうことなく、条件を飲んでいただき感謝いたします」




 そう言って頭を下げていたのは、二人の人間だった。



 どちらも白髪、目は赤く肌が白い。男女二人組で、奇怪な服装をしていた。




 汗を流し、身体を動かして、石を採掘する鉱山。そんな場には到底相応しくない、白いチュニックと足元がすっぽり覆われるほどのロングスカート。



 屈強な男達が大半を占めている現状、明らかに浮いていた。





「……シンメトリー。シンクロ。レゾリューション……」

「どうした?」


「あの二人の動き……気持ち悪いわ。何をするにも、タイミングが一緒……」

「へぇ……?」





 再度アルベルトも、二人組の言動を観察してみる。



 頭を下げ、その後上げるタイミングも同じ。周囲にいる偉そうな人から書類を受け取るタイミングは、渡してくるのがそれぞれ異なっていたためずれていた。



 しかし書類を返した後は、速やかに元の位置に戻っていく。そして再度同じ動きで礼をする。





「言動もそうだけど、何より目ね。インサニティ・アイ。あまりにも澄んでいて、故におぞましさを感じる」

「確かに、濁った目した鉱山夫達の中にあんな目の奴がいたらなあ」

「……ん?」




 ふと、ユンネは酒場の中に目を向ける。不快な臭いが鼻についたからだ。


 そして酒場の中はというと、これまた不快な光景が広がっている。




「……ワッツハップン」

「あ?」

「酒場にすし詰めにされし苦痛に悶え叫ぶ人々……一体何?」

「ああ、それを話していなかったな……」



 声のトーンを落とし、誰にも聞こえないようにアルベルトは話す。



「あいつらさ……鉱山の奥から出てきたんだ。何も無い、全て採り尽くしたって場所から出てきたって証言もある。そしてここに来ると、大人数に聞こえるようにこう言った。この鉱山の管理者だって」

「……はぁ?」


「今までは自由に採掘してもらっていたが、この先は自分達が採掘する量を管理するって言い出してさ……ここの鉱山夫達がそれ聞いて、はいそうですかって黙って頷くと思うか?」

「……逆らった結果がこれと」




「俺が見たのはそこからで、あいつら見たことのない魔法を使ってた。近付くだけで透明の衝撃波がバシューンと……触媒らしきもんも見当たんねえし、魔法使いかもしれねえ」


「いや、そもそも、人であるか――」




 その時、周囲の人間の流れが変わる。




「……んあ? 何かまた人が集まってんな?」

「エレナージュの駐屯兵ね。あっちはアルビム、そっちはラズ」

「あー……一応挨拶しとこうってことか」

「リード・アトモスフィア。空気を読んで私達も行きましょう」







「あー、お初にお目にかかります。私はエレナージュの……」

「よろしくお願いします、黄色い鎧の方」

「ご用件は如何程でしょうか、黄色い鎧の方」

「……」



「おっほん! 我々はラズの」

「よろしくお願いします、猪の方」

「ご用件は如何程でしょうか、猪の方」

「……」




 声をかけた者のほとんどが、二人を前にして調子を狂わされているようだった。






「……失礼」



 その間を割り込んでいき、アルベルトとユンネが躍り出る。



「これはこれは、赤い薔薇の鎧の方」

「あなた方はもしや、グレイスウィルの御方ですか」



 直ちに赤い瞳がこちらに向かれるが、そこはしっかりと意思を持って。



「あー、まあそうです。今後この鉱山を管理されるとのことですから、仕事上ご一緒になることもあるかと思いまして……」

「仕事上ご一緒にですか?」

「そういう機会はないと思いますよ?」

「……は?」



 困惑するアルベルトをよそに、二人は進める。真っ直ぐ澄んだ瞳を向けながら。



「街の治安維持、取り分の分配、健康管理、鉱山夫の登録等々。あなた方が行っていたお仕事は、この先我々が全部行います」

「言ったでしょう、我々はこの鉱山を管理する者。鉱山にまつわる物事は全て管理し、影響下に置かせていただきます」





 その場にいた者全員が、二人の言葉にざわついている。





「……失礼。私もグレイスウィルの者なのだけれど、いいかしら」

「はい。我々にお聞きしたいことは何でしょう?」

「我々にお答えできることはありますでしょうか?」


「ええ、その……名前を教えてほしいのだけれど」

「我々のお名前ですか?」

「それを訊ねる理由はおありなのですか?」




「だってナンセンスじゃない、管理者さんって呼ぶのは。名前があったらそちらで呼ぶ方が、親しみもあって警戒しなくて良いと思うのだけれど。ああ、でもそのためにはこちらから名乗らなくっちゃ――私はユンネ・ヘリアリッジよ」




 隣にいたアルベルトを肘で小突くユンネ。現実に立ち返った彼は、状況を察することができた。




「えー……アルベルトっす。一応、グレイスウィルの者っす」

「他にも人数はいるのだけれど、とりあえず今は私達だけ。どうかしら? 名前を教えていただいても?」




「……」

「……」





 返事をするかと思いきや、突然二人は目を瞑った。





「……え?」




 周囲の視線を気にも留めない行動だった。



 視線の主達はこそこそ言葉を交わし、動向を待つ。





 やがて突然閉じられた目は、また突然開かれた。



「我はキルッフと申します」

「我はオルウェンと申します」



 名乗った後は、また澄んだ目を向けてくる。





「え、えーと……男の方がキルッフさんで、女の方がオルウェンさんね?」

「男とは?」

「女とは?」


「え……じゃ、じゃあ、耳元から下の髪を刈り込んでいる方がキルッフさんで、腰まで長い髪の方がオルウェンさんね?」

「……」

「……」




 互いの髪を確認した後、はいそうですと二人揃って返事をした。




「よろしくお願いします、アルベルトさん。他に何かお聞きしたいことはありますでしょうか?」

「よろしくお願いします、ユンネさん。なければ我々は早速仕事に取りかかりますが?」


「ええ……まあ、私達からはこれだけ。あと他にも挨拶しておきたいって人はいると思うわ」

「進言ありがとうございます」

「そうですね、我々に用がある方はこちらに並んでください」




 そう言われた駐屯兵達は、案外呆気なく指示された場所に並んだ。




「では、私達はこれで。失礼します」

「ごきげんよう、赤い薔薇の鎧のお二方」

「旅路に幸あれ、赤い薔薇の鎧のお二方」

「……」




            ハハハハ……








 休憩がてらその一部始終を聞いていたジョンソンとカイルは、珍しく終始ぽかんとした顔をしていた。




「……饒舌なユンネ先輩がたじろぐとは」

「そんなの寝耳に大滝だぞ? 本気で言ってる?」

「本当ですよ。その証拠にちゃんと書類だって準備してもらったんです」

「ええ……」



 疑り深く書類に目を通すジョンソン。全部目を通した後、はぁと溜息だけが漏れた。信じざるを得ないという様子だった。



「それでその……何だって?」

「だから、管理者があれこれしてくれたせいで、俺達の仕事がなくなっちゃったんですよ。それで国王陛下と団長に報告スッゾコラーってなって、俺達は団長の所に。部隊長はユンネ達を引き連れてアルブリアに戻っていきました」

「うーん……そうか、そうか……」



 腕を抱え、悩ましく唸るジョンソン。年齢相応の疲れた表情が浮かぶ。



「色々聞きたいことはあるが……他勢力はどんな感じだった?」

寛雅たる女神の血族ルミナスクランとか酷かったですよ、もう。管理者が地上に出てきた途端、大勢で捲し立てて抗議して。でも例の圧力スマイルで逆らうのを諦めたようでした」

寛雅たる女神の血族ルミナスクランが?」

寛雅たる女神の血族ルミナスクランが。あの強引さでは右に出る者はいないと言われている、寛雅たる女神の血族ルミナスクランが。他の勢力もまあ大体そんな感じで……」

「えぇ~、それもう只者じゃないって言ってるようなものじゃないか!」




 ジョンソンが憤慨しながら頭を抱える。カイルがすかさず紅茶のお代わりを入れてくれた。




「……まあいいや。鉱山の今後については、セーヴァ様が何とかしてくれるよ、うん」

「あー、そういえば鉱山に進出しようって言い出したの、セーヴァ様でしたっけ」

「そうだよそうだよ。無理矢理国王陛下に許可を降ろさせたせいで、こちとら余計な仕事に人員を割かないといけなくなったんだぞ。ぶっちゃけ仕事が減る分にはありがたいな!」

「それについては完全に同意。あいつらが来てくれたお陰で――」



 アルベルトが窓の外に目を遣ると、対抗戦を終えて訓練に勤しむ生徒達の姿が見れる。



「俺もこうして対抗戦を観に来ることができた! しかも合法的に! ひゃっほい!」

「まあ先輩のことだから、そうだろうとは思っていましたよ」

「だが騎士である以上仕事はこなしてもらうからな。何せ急遽三十日目が生えた」

「……は?」



「最初の試合で魔術大麻の持ち込みがあってな。直前で発見されて、その日の試合は中止。完全に中止にはせず、最後に持ち越して行うことになった」

「……組み合わせは?」

「グレイスウィル、ケルヴィン、パルズミール。二年生だ」

「二年……」




 アーサー、イザーク、ルシュドの顔がすぐに思い浮かぶ。




「……あいつらはんなことするタマじゃねえよ」

「持ち込んだのは指揮官の方です。ヴィクトール・ブラン・フェルグスという名前です」

「ああ、そっち……んでも知らねえ奴だわ」



 ティーカップを残したまま、アルベルトは徐に立ち上がる。



「だから今から知りに行くわ」




「え?」

「どうせ止めても行くんだろうから言うけど、変なことはするなよ?」

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