第544話 女王に内緒で

 授業や課外活動の合間に島に行き、改造を進めていく。平日にも進めていたのでやはり順調に終わり、島は以前よりも快適に時を過ごせるようになっていた。



 そうして改造も一段落した、ある週の日曜日。








「……んんー……」




 眩いばかりの朝日に照らされて、のっそりと目覚めるエリス。



 瞬きを繰り返す間に、違和感に気付く。




「……みんないない……?」




 一人だけのベッドルームは、思っていたよりも静か。






 いや、厳密には二人だけであった。






「エーリスちゃんっ。ご飯できたよー」

「あっ、ギネヴィア……寝間着でもいい?」

「いいよー! 冷めちゃうから早く食べよう!」








 リビングにはギネヴィアのお手製朝食が用意されていた。


 ふわふわオムレツに新鮮野菜を添えて。スープはトマトがベースの、玉ねぎと腸詰のスープ。花柄の器にヨーグルトが盛られてある。






「わぁ……!」

「とっておきの朝食を用意しましたー!」

「うん……朝からありがと! もう食べちゃう!」



 いただきますと挨拶をして、手を動かしてもりもり食べる。



「はぁ、美味しい。やっぱりギネヴィアは料理上手だね……」

「えへへ。料理部に入って更に腕を磨きました!」

「偉い偉い、偉いぞぎぃちゃんはぁ……」



 二人で並んで食べる朝食。



 それは次第に、普段押さえてあった気持ちを緩やかに表出させる。








「……」



「……お姉ちゃん」



「……んー? どうしたの?」

「ううん、お姉ちゃんって……呼びたくなっただけ」

「そっかそっかー」




 身体を寄せてきたエリスを、優しく抱き締めるギネヴィア。




「……実は皆に相談したの。エリスちゃんと水入らずの時間を過ごしたいって。そしたら皆了承してくれて、二人きりで過ごせるように配慮してくれたよ」

「そっか……そっか。だから皆いなかったんだ」


「エリスちゃんより前にこっそり出ていってさ。みーんな抜き足差し足でちょっと笑っちゃった」

「えー、ちょっとそれ見たかったかも」

「じゃあ帰ったら再現してもらおうねっ。ふふ……」

「えへへ……」
















 一方その頃、秘密の島はティンタジェルの洞にて。








「……なあアーサー。何でボクらこんな朝早くから駆り出されてんの」

「どうせなら最初からいなくなった方がエリスも納得するだろう」

「それは女子だけであって男子は関係ないだろ……」

「万が一姿を見かけたら不信がられるだろう」


「……寝てていい? 睡眠足りねーわ」

「ぼくも寝たいぞくそが」

「お前達はいいぞ」

「よーしできたばっかの二階で二度寝タイムだぁ」

「じゃあぼくはハンモックに……」




「ふわあ……私もまだ眠いんですけど……」

「……」

「ぐー」

「ぐー」


「サラとルシュドは寝ててもいいが、クラリアとリーシャは起きていてくれ。お前達に話をするんだ。カタリナもだぞ、こっくりこっくりするな」

「……えっと、先に仮眠取ってからじゃ駄目かな? あたしも眠い……」

「いやそれは……それは……」

「俺が起こしてやるから仮眠を取れ。その状態で魔法陣を構築しても効率が下がるだけだ」

「……そうだな、頼むぞ、ヴィクトール」








 現在時刻は午前七時。そこから二時間半仮眠を取って午前九時半。








「おっはよーーーーございまーーーーーす!!!」

「えいえいえいえいおーーー!!! だぜーーー!!!」

「うぇいうぇいうぇいうぇうぇうぇうぇうぇーーーーっ!!!」




「「「うぐえはぁ!!!」」」




「……二度寝でここまでテンション上がる奴がいるか」

「いるぜっここになぁ!!」

「はいはい」


「うーん。おはよー」

「あ゛ー。すっきりした」

「ルシュドとサラも起きたな」

「ハンス呼び戻してこーよっと」

「ならそのまま魔法陣研究区画に連れてきてくれ。オレ達も移動するぞ」

「ういー」








 だんだんと昇っていく朝日が、じりじりと地面を照り付ける。穿ってくるような暑さに眩んでしまいそうだ。




 それに負けずに黙々と魔法陣の準備をするアーサーとヴィクトール。イザーク、ルシュド、ハンス、サラの四人は周囲で地面を弄っている。





「暑い」

「耐えろヴィクトール」

「くそっ……」


「まだ午前中だ気合入れろ~? それにしても……ギネヴィアには本当に感謝しないといけねーな」

「エリスと一番接点があるのが彼女だからな」

「本人も二人で過ごしたいという希望があったのも実に良かった」



 ギネヴィアにエリスの相手をしてもらって、気を引いている間に紙束の復元を進めようという魂胆である。



「後でタピオカを奢ってやらないとな……で」





 既に復元した紙束は、現在カタリナとリーシャとクラリアの三人に渡して読んでもらっていた。



 ヴィクトールが魔法で魔法陣を生成している間に、アーサーはそちらに向かう。





「どうだ、読んでみた感想は」

「難しいことが書いてあるってことは理解できた」

「これを今までちまちまやってきたんだよね……凄いや」

「で、この内容はエリスには内緒! だな!」


「それだけ理解してくれれば構わない。因みに今日でそれは一気に復元させるからな」

「えっ!? じゃあ私達これぽっきりで出番ない感じ!?」

「いや、紙束はまだ残ってるからな。それは一番復元が容易そうだったやつなんだ」

「ああーそういうね」

「おぅーい、こっち準備できたぞぉーい」



 イザークに呼ばれて魔法陣の周囲に全員集合。






「で、ちらっと聞こえてきたんだけど今日でそれ完全修復させるって?」

「ああ。この四年で訓練もしてきて、魔力量も上がったんだ。それぐらいできるだろう」

「まあ紙束はまだ残っているからな。ペースは上げていきたい所だねえ」

「先に言っておくが、魔力回路が通っていない所は復元不可能だ。特に手作業で通したとなると、尚更ムラはあるだろう。青い酒の時もそうだったからな」

「そういえば肝心の名前とか復元されてなかったな……」

「それでもやれるだけやってみよう」




 ヴィクトールに用意してもらったのは十六分魔法陣。人や物が入れる領域が十六に分割され、円は大きいが入れる場所はかなり狭い。




「ここにあたし達九人が入って……」

「魔力を送るぜー! 残り七つはどうするんだ?」

「ナイトメアを入れる。取り敢えず騎士王の忠犬は確定だ」

「ガウッ! カヴァスだよボクは!!」




 カヴァスに続いて他の面々も出てくる。




「逆に誰が抜けるか話し合う感じだなこれは」

「主君とナイトメアを八対八にした方が見栄えよくないかしら」

「そうだな……ならば今参加しない奴は、後でオレの用事に付き合ってもらおう。キングスポートに行くんだ」

「青い酒の件か。なら俺とシャドウが抜けるとしよう。内容が気になるしな」

「♪」


「イザーク、恨めしそうにこっち見ているが、別に両方行ってもいいんだぞ」

「うおおおおおお飯ー!!!」

「ほら、勢いで離脱しない」




 それぞれ立ったのを確認して、中央に紙束を置く。




「これで紙束に向けて手をかざして、アーサーの合図に合わせて魔力を送るのよね?」

「ヴィクトールが合図を出す。構築したのはあいつだからな」

「まあ、そういうことだ。では俺がゼロと言った瞬間にな」

「おうっ!」




「では行くぞ、三、二、一――ゼロ」











 ピッカアアアアアアアアアアアアアアン











「……ぶはー!! びっくりしたぜー!!」

「凄い光ったわね」

「十六分魔法陣で十六人が全力で魔力を供給すればこのようなものだろう」

「さて、肝心の結果は」



 アーサーが紙束を取りに、中央に向かう。


 そして持ってきたのは。



「おお……おお! これが復元魔法か!」

「凄い……」





 おんぼろだった紙束は一見して、装丁がされて持ち運びしやすい、一般にも販売しているようなノートに様変わりしていた。





「さて……早速中身の確認だ」

「その前に、装丁からも得られる情報があるぞ」

「ほう?」


「この紋様を……図書館等で、何時の時代の物かを調べるといい。すると何年前に書かれた物なのかおおよその目途は立つだろう」

「成程、スケッチを取っておこう」

「ならあたしがやるね」



 さささっとスケッチを取った後、早速中を開いて読み進める。








 暑さがやばいと感じたので、洞に戻ってじっくりと。風を浴びながら経過すること一時間――








「これで終わりだな……」

「じゃあ、得られた情報を書き出してみよう」

「うん」

「これ、使う。どう?」

「名案だルシュド」




 伝言板を引っ張ってきて、一度真っ新にしてから書き出す。








「ええと……これは日記帳だね。書いた人は魔法学園に入学していた」

「肝心の地名も名前も抜け落ちてたけどな」

「ここまで綺麗に抜け落ちていると、敢えて魔力回路を通してなかった可能性があるな。もしくは人名に関しては抜け落ちるように仕組んだか」

「まあ固有名詞がわかんなくても、内容から目星はつく。ある人物の名前が頻繁に出ていたから、この人はウィーエル魔法学園に通っていた。それこそが――」

「アルトリオス……」




 度々出てきたその人物の名前に、全員が考察を重ねていく。




寛雅たる女神の血族ルミナスクランの一番偉い人。その名前が出てきて、内容は……」

「うざいだの死ねだの意味不明だの……本人が見せたら許してはおかねえだろうな」

「何で同じクラスなのか、という文があったな。というかあの男は昔からエルフを鼻にかけていたんだな……」

「ハンス、寛雅たる女神の血族ルミナスクランって、そんな昔からあった組織なのかー?」


「ええと、今が帝国暦1063年だろ。確か1038年の結成だったから、二十五年前だ」

「あれ? 結構最近できた感じなんだな」

「アルトリオス様がエルナルミナスから託宣を頂いたのがその年ってことになってる。まあ、本当かどうか知らないけどね……」




 ふわあと欠伸をして言葉を切るハンス。




「……ならこの内容って、寛雅たる女神の血族ルミナスクランができる前の話だったりするのかなあ」




 謎は深まるばかり。








「……で、それとは別なのかどうかは知らないけど。呪文を使ってあれやこれやしてたわけね」



「『善良な教育』」




 サラの言葉に応じるように、何処からか蔓が現れ――


 イザークの頭上で彼の頭をぺちぺち叩く。




「何でボクなんだよぉ」

「寝てると思ったけど寝てなかったわね」

「結構痛いぞこれぇ。今サイリに内部から強化してもらってっからいいけどよぉ」

「ふむ、有用な攻撃魔法という所か」


「とは言ってもさあ、ぶっちゃけさあ、ここに書いてある呪文ってそんな使うか?」

「確かに咄嗟となると、普段使ってる魔法が出ちゃうわね」

「まあでも、呪文を開発できる程頭の良い奴が書いたって情報にはなるだろう……」



「『実りと知性』」




 アーサーの言葉に応じるように、何処からか深い青紫色の魔弾が現れ――


 リーシャの背中にどすどす当たる。




「何で私なんだよぉ」

「寝ていると思ったが寝ていなかったな」

「これ結構痛いんだけどぉ。スノウちゃんに内部強化してもらってなかったら辛いんだけどぉ」

「これも有用な攻撃魔法……魔法攻撃ウィザード系か?」

「じゃあこれは物理攻撃ファイター系かしら。一応鞭って物理攻撃なわけだし」


「とすると前に見つけたやつも、どれかの系統には分類されるな」

「『陶酔と忘却』が魔法妨害フェンサー系、『慰めと癒し』が魔法支援ビショップ系だな」

「凄い、ヴィクトール」

「さっすがヴィクトールだぜ!」

「「そんなことよりこれどうにかしろよ」」




「……どうやって止めるのかしら」

「わからん」

「念じるとかあるでしょう!」

「よーし止まれー」




         ぴたり




「本当に念じたら止まったよ」

「お手軽だなあ」

「止まった所で次の予定を話せ」


「まだ魔力が提供できるようなら、もう一冊復元しよう。それを解読したら今日の復元作業は終わりだ」

「で、アーサーはアーサーの用事だな!」

「青い酒だよね。そういえばフィールドワークの時に買ってたよね」

「見たいぜ!」

「断る。あれをじっと見ていると、気が参ってしまいそうになるんだ」

「ぐぬぬ。じゃあアーサーと一緒に行って、そこで見るぜー!」

「いっそ全員で向かうってのはどうなのかしら」

「あまり広い店ではなかったから、来るにしても少人数にしてくれって言われてるんだ」





 残りの紙束と、布に包んだ青い酒を漁りながらアーサーは話す。





「なら先に言ってた四人でいいかしらね。アーサー、ヴィクトール、イザーク、クラリア」

「その間私達は紙束読んで……あとはここでのんべんだらりとするか~」

「キングスポートって持ち帰りやってないの? やってるならそれお昼ご飯にしたいんだけど」

「確か店内だけだった」

「うえ~。じゃあエリスに見つからないように適当な店で食料調達だ~」


「そんなんにヒヤヒヤするならギネヴィアに言っておけばよかったんじゃねえのか。第一階層には来るなーって」

「下手に制限をかけたらエリスが怪しがるだろう」

「そういうもんか……おい。腹の音」

「お、おれ……」

「ははは、全くルシュドは……」

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