第214話 君にお届けマスキュラー☆ハート! ~大行進マッスルキングダム~

<魔法学園対抗戦・武術戦 十日目

 午前十時 グレイスウィル演習区>





 武術戦のスケジュールも三分の一が過ぎた。この日はパルズミール、ウィーエル、リネスの対抗戦が予定されている。つまりグレイスウィルの生徒にとっては、基本的に無関係である。



 例外となるのが、いずれかに知り合いがいた場合。そしてアーサーとイザークはそれすらも当てはまらないので、普通に訓練を行うことにしていた。





「……それで何故俺も連れてこられたんだ」

「一緒に訓練した方が楽しいだろー!?」

「……」



 他の生徒が武道着に着替えて訓練を行っている中、一人だけ制服姿のヴィクトール。



「俺は前線には出ない――」

「ほらよ、ピーナッツバターサンドだ」

「……」



 そこにアーサーが遅れてやってきた。



「遅くなった。ちょっとエリスと話をしていてな」

「そっかそっかー。何話してたかなんて質問はは野暮だな、うん。あとオマエもサンドイッチ食え食え」

「どうも……って、ヴィクトールもいるのか」

「連れてこられた。俺としては帰りたいのだが」




 そんな帰りたいアピールを連発するヴィクトールの視界に。




「わーっはっはっは!! 二年生諸君、今日も元気に訓練してるかーい!?」




 白いシャツに紺の短パンを着た生徒が。






「……ダレン先輩?」

「え、後ろの人誰っすか?」


「マジカルマッチョウィッチ、アビゲイルだ」

「……ッ!!?」




 ただならぬ気配を感じて驚くヴィクトール。アビゲイルの隣にいたくすんだ色のゾンビが、気さくに片手を挙げて挨拶してきた。




「冗談はさておき、フリーランス魔術師のアビゲイルだ。こっちはナイトメアのゾンディだ。一応男だ」

「そ、そうですか……えーっと、アーサーです。茶色いのがイザーク、黒いのがヴィクトールです」

「うぐぐ……」



「ふむ……君達とは会ったかどうか記憶がないのだが、どうだろうか」

「あー……武術部でお姿だけはお見かけしました。素晴らしい筋肉美ですよね」

物理支援ストラテジスト系の魔法を研究していてな。その成果だ」

「身体強化……? それをここまで……?」

「興味があるのか。ならば数時間かけて研究成果を「おー!? ガキ共イズエルト以来じゃねーかー!?」




 後ろから声をかけてきたのは、黄土色のオークを引き連れている小さい女性。アーサーとイザークも、その姿に見覚えがあった。




「エマさん! エマさんじゃないっすか!」

「何と、姉さんの知り合いだったか」

「そうですアビゲイルさんの姉さんの……



 えっ!?!? 姉さん!?!?」




 驚愕の声を上げて、二人の姿を見比べるアーサーとイザーク。ヴィクトールは初対面なのでそれどころではない。




「そうだぞー! アビーは私の可愛い可愛い妹だー! 一つしか年が違わないんだぞー!」

「げひゃひゃひゃひゃ! しかし私はゾンディが弟だと思ったことは一度もないがな!!」

「どうでもいいわそんなん!!」


「あれ、そういえばマットさんとイーサンさんは一緒ではないんですか」

「あいつらは別の仕事中だ。私はアビゲイルが対抗戦に行くって聞いたからな、一緒に来たんだ!」

「へえ、いつも一緒ってわけでは……」





               どどどどどどど





「……ん?」

「君っ!! そうだよそこの眼鏡をかけた君っ!!」

「……」



「聞ーこーえーてーまーすーかー!?」

「どわっ……!」




 今度は転げ落ちるヴィクトール。地面にへたれ込み、だらりと力の抜けた彼の腕を掴むのはダレン。




「うむ、君ならまさに丁度いい! 『大行進マッスルキングダム』試運転の第一号になってもらおう!!」

「おお、マッスルキングダム……遂に完成したのか」


「待て! 離せ!! 貴様ラも何か言え!!!」

「……」

「……」



 乾いた瞳でヴィクトールを見送るアーサーとイザーク。



「さーさー皆もう待ってるぞー!!」

「ぐうっ……貴様っ、待てっ……!!」



 彼の連れ去られた方向には、宮廷魔術師チャールズの姿がぼんやりと見える。





「……名前からして嫌な予感しか」

「アビーもそのマッスルなんたらを何かしたのか?」

「ああ、私の魔術理論の一部を応用しているんだ」

「だったら見に行かない道理はねーな!」

「まあ、この流れだと行くしかないでしょう」






<午前十時頃 グレイスウィル学生天幕区>






 二年二組と二年三組の天幕区、その境目付近で、行ったり来たりを繰り返しているルシュド。


 通り行く生徒は彼のことを訝しそうに見つめており、一向に事態が進展する様子はない。




「……怖いか?」

「……うん」

「でもよぉ、訊かねえと何にも始まんないんだぜ?」

「……わかる。わかる。でも」




「あの……」




 おずおずと話かけてくる女子生徒が一人。その後ろからはもう一人女子生徒が。




「ん……?」

「おお、お前はキアラじゃねーか!」

「こっ、こんにちはです!」

「ルシュド先輩、こんにちは~☆ カワイイウサギちゃんのメルセデスですぅ~☆」

「要らん自己主張」



 マレウスを叩き付けるメルセデスの隣で、キアラが切り出す。



「その、何があったってことではないんですけど……ルシュド先輩、頑張ってるかなあって」

「っ……」




 顔を俯ける。その先に三組の天幕が並んでいるので、また顔を逸らす。




「先輩?」

「……」


「あの……その……」

「……」


「困ったことがあったらメーチェ達に相談してくださいよぉ~☆ 先輩後輩の仲でしょっ?」

「おっとこれはナイスフォロー」

「……うん」



 マレウスの砂を払いながら近付いてくるメルセデスに、ルシュドは覚悟を決めた。



「……おれ、友達、ハンス。知ってる?」

「ハンス先輩……? もしかして、前武術部に来ていた先輩ですか?」

「あのエルフの先輩だねっ☆ メーチェ覚えてるよっ☆」

「うん。そう。おれ、会いに、来た」

「ハンス先輩にですか?」

「そ、そうだ」


「……それって、もしかして、今そこにいる先輩がそうなんじゃ?」

「え?」




 振り返るとそこには――




 気難しそうな顔で立っているハンスが。




「あ……」

「……」



「は、ハンス先輩! ルシュド先輩が話したいようです!」

「……あー」




 流石に何も知らない第三者にそう声をかけられたら、中々逃げられない。




「……」



「……ハンス」

「……あー」



「おれ……ハンス……」

「うー……」



「……友達?」

「……っ」




 咄嗟に顔を俯けてしまうハンス。






「……」

「……」



「……そうだ、先輩」




 普段なら後輩なんて煩わしいものだが、今はこの二人がいてくれてよかったのかもしれない。





「……え?」

「あの……前にお二人は、武術部にいたじゃないですか。だから……また一緒に、訓練すれば、お話も……できるんじゃ?」

「おおーっ、それは名案☆ 男は身体で語るというやつだね☆」

「それなら我々も同行した方がよいのではないか」

「えっ」



「そうだね、マレウス君の言う通り。私とメーチェちゃんもご一緒します」

「いや私は他に用事が」

「よろしく、メーチェ」

「……来いよくそが」

「えぇ……」




「墓穴を掘ったな」

「マレウスてめえ!?」







 そして演習区にて。




「レベーーーールアーーーップ!!! 時速は前衛部隊の行軍並!!! 確実に行軍して序盤の守りを固めろ!!!」

「はぁ、はぁっ……!!」 





 中央にどかどか積まれた謎の薄い立方体。その一つに乗せられているヴィクトール。


 何をしているのかと思えば、数歩先にいるチャールズと同じポーズを、数秒遅れて物真似している。




   他にも同様の魔法具で身体を動かしている者が幾らか。


   飛び散る汗に充満する臭い。むさ苦しい男達。




  \\\スーパーこれはひどいタイム絶賛開催中///





「これが、『大行進マッスルキングダム』ッッッ!!! 足は大地に抗い、上半身を動かしていくッッッ!!! この魔法具さえあればいつでもどこでもばっちりマッスル!!! しかもナイトメアによる肉体負担はナッシング!!!」



「魔力を調整してやることで自分の体力に合ったトレーニングを行うことが可能だッッッ!!! 本来なら投影映像を用いるが、今回は特別に某スタイルとなっているぞ!!!」



「おわああああああーーーーっっっ!!!」





 遂にヴィクトールはこけた。盛大に顔を地面にぶつけ、数秒程ぱたりと動かなくなる。





「終了ッッッ!!! 記録は二十三連!!! うむ、まあまあだな!!!」

「俺にしては頑張った方だぞ……!!」




 やっとのことで顔を上げ、周囲を見回す。


 面白がって魔法具を観察する、二年生の生徒達の中に奴はいた。




「……チャールズ殿。チャールズ殿!! あそこに鍛えがいのありそうなエルフがいますよ!!」

「なぬ!!! それは本当か!!!」



 すぐさま逃げの体勢に入るハンスだが、時は既に遅かった。



「さあさあ貴君もマッスルキングダムでレッツ!!! 大行進!!!」

「ああああああああ!!!」





「……まっする?」

「ん! 貴君は武術部のルシュド殿ではありませんか! その後ろにはメルセデス殿も!」

「うんにゃああああ気付かれたあああ!!!」



 ここぞとばかりにチャールズの中からフィリップ登場。逃げるメルセデスの服の裾を掴む。



「いやいやいやいやここは二年生の演習区画ですよね!?!? アタシ一年生なんですけど!?!?」

「筋肉の前には学年の差など些細なことよッッッ!!! さあ一緒にマッスル!!!」

「助けてキアラ!!! 何か言って!!!」

「ルシュド!?!? きみもぼくのこと助けてくれるよね!?!?」




 友人から期待の眼差しを向けられる二人だったが。




「……足、動く。身体、上、動く……」

「……何だか、面白そうですね」

「うん。おれ、思う。キアラ、一緒」




 このようにして希望は木っ端微塵に打ち砕かれた。




「はっはっはぁーーー!!! どうですかな!? お二方もマッスルしていきますかな!?」

「はい! ここに来たのも何かの縁ですし、マッスルします!」

「おれも、まっする、する」


「いいぞいいぞいいゾォーーーーーッ!!! ではここにいる四人で一緒に!!! 楽しくマッスル!!!」

「まっするまっする!」

「まっするー」

「「ざけんじゃねええええええええ!!!!!」」







 そんなチャールズ達の様子を遠巻きに見つめている、アーサー、イザーク、そしてダレンの三人。



 いつの間にかエマとアビゲイルはサンドイッチに釣られ、シスバルド商会の天幕の方に行ってしまった。




「……あんなんで本当に筋トレになるんすか?」

「魔法による増強じゃなくって、本当に己の肉体と戦っているからな! かなり効くぞ!」

「……」



 マッスルのインパクトが強すぎて、思わず忘れそうになったが――


 アーサーは思っていたことを口にすることにした。



「その、ダレン先輩?」

「ん?」

「訓練……付き合ってもらえないでしょうか」



 彼の目を見つめながら、落ち着いた声で。周囲が混沌にまみれている故引き込まれそうになるが、ここで負けてはいけない。



「……勝ちたいんです。友達のためにも、皆が一丸になって勝たないといけない。その為にも……力をつけておきたいんです」





 すぐに返事は返ってこない。遠くから悲鳴をあげる数人の生徒の声だけが聞こえてくる。一部ハンスの声が混じっていた。



 そしてダレンは、とても優しい眼差しでアーサーに応えてくれた。





「……よしわかった。向こうはきっとチャールズさんが何とかしてくれるだろうし、協力しよう」

「……ありがとうございます」


「それならボクも付き合うぜ。武器とか持ってくるよ」

「頼む。軽鎧と剣、二つずつだ」

「了解したっす」




 軽やかに駆け出していくイザークを背中に、二人は移動を開始する。

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