第202話 来ましたログレス平原 ~まずは設営から~

 観光を終えた後、馬車に乗り込みしばしの移動。四時間程度とはいえやはり世界屈指の商業都市、刺激は有り余る程に受けた。




「うへへ~……わたしもう、この観光だけで今回満足したかも」

「なーに言ってんじゃい。こっからが本番だろ~?」

「そうだぜー! アタシは早く戦いたくてうずうずしてるぜー!」




 エリスとカタリナは、丁度馬車に乗り合わせたリーシャやクラリアと共に、流れゆく景色を見ながら語らっている。



 窓から入り込む風は、自然の匂いを運んできて心地良い。強化魔術を付与された馬が、軽やかに馬車を走らせ、一面の平原を駆けていく。




「ログレス平原……はあ。広いなあ」

「言うてエリスはログレス住みでしょ」

「頻繁に外出するわけでもなかったし、したとしても景色なんて見てないもん」


「アタシもログレスに近い所に住んでるぜー!」

「ロズウェリってログレスに近いから、緑がそれなりに豊かなんだよね」

「そうだぜー! 野菜がいっぱい採れるんだぜー!」



 駄弁りながら景色を見ていると、とうとう視界に入ってくる。



「わあ……遺跡だ」

「あれがティンタジェル。かつて聖杯が存在していた、世界の中心だった町」




(そして、運命の牢獄)




「……え?」



 突然エリスが疑問染みた声を出したので、他の三人は当然きょとんとする。



「あ……ごめん。何か幻聴が聞こえたんだよね」

「幻聴って。酷いようなら先生に言うんだよ?」

「うん……」




(……)



(……今の、わたしの声? わたしの心の本音?)



(運命の牢獄って……フェンサリルじゃん。何でそんな言い方……)




 考えている間にも、遺跡はどんどん近くなる。



 それに視線を合わせる度、言いようの知れない感情に心が襲われる――しかし、今はそれに対処する手段を持ち合わせていない。






「……ついつい買っちゃったよ~。炎の騎士ガウェインのタペストリー。めっちゃかっこよくね?」

「わかるわ~。俺金なくて何にも買えなかったんだよな~。お前は何か買ったのか?」

「んーあー俺はこれ……」

「って何だよ、『フェンサリルの姫君』のステンドグラスって。お前そんな騎士道物語に憧れるタチか~?」

「妹がさ……リネス行くんならついでに買ってこいって……」

「ああそういう……お疲れさん」




 馬車の中ではクラスメイトやルームメイト、さらには知らない同学年の生徒まで、流れ行く平原を眺めながら和気藹々と話をしている。


 しかしイザークは、それに混ざらず、ただじっと窓の外を見ていた。






「……さて、ちゃんとお願いは果たしたのだわ?」



 そう言って目の前の、ドワーフの女性は腰に手を当てて胸を張る。



「……ああ、ありがとうっす。それでどうでした?」

「皆興味深そうに街を歩いていましたわ! 反応が新鮮で、見ているこちらも楽しかったのだわ!」

「そっか。それは良かったっす」



 場所は路地裏。大通りの方に耳を澄ませると、散策を終え徐々に集まる生徒の賑声が聞こえてくる。



「……ねえ。やっぱり私に頼むんじゃなくって、あなたが直接案内するべきだったと思うのだわ。年が近いんだもの、似たような感覚を持っているあなたの方が、よりわかりやすかったのだと思うのだわ」

「そんな気にはならなかったんっすよ。やっぱりこの街にいる以上、どっかでアイツに関わる機会は出てくるから」


「気にしているの?」

「そりゃあねえ」

「……」




「……あの人は今ここにはいないの。ガラティア地方で鉱石関係の商談だって言って、お付きの方と一人一緒に行っちゃったのだわ」

「知ってました」

「……」




「知ってましたよ。結局ボクのことなんて観るに値しないんだ」






「……でも! アリアやトシ子さんがギリギリまで説得していたのだわ! 折角の機会なのだから、観に行ったらって――」

「その二人は対抗戦来るんですか?」

「……っ」



 彼の瞳は、諦観しきったような、物悲しさを感じさせるものだった。



「ボクさ、訓練頑張ったんですよ。友達にも手伝ってもらって。それもこれも全部、アリアとトシ子さんのためです。二人のためです。アイツのことなんてこれっぽっちも考えちゃいませんよ」

「……」




「……トシ子さん、張り切っていたのだわ。貴方の為に美味しいサンドイッチを差し入れするんだって、毎日メニューを考えてて……アリアも差し入れのことばかり考えていて、仕事が手につかないことがあって……」

「そっすか。それなら……」



 座っていた塀から飛び降りて、



「頑張らないといけないなあ」



 腕を組んで上に伸ばし、日が昇りきった空を見上げる。





「……大分他の生徒も集まってきたみたいっす。なんでボクはこれで」

「……私も。アスクレピオスの本部に顔を出して、予定がなかったのなら……観戦に行くのだわ。あの人の代わり……って言うには厳しいかもしれないのだけれど」

「それはどうも。んじゃ、ありがとうございました」



 軽快な音を立てて、ぼさぼさの茶髪の少年は駆け出していく。



「――イザーク! 再びこの町に戻ることがあるのなら、また――」







「……おい」

「……」


「おい、起きろよ」

「……あ?」



「着いたぞ。皆もう降りている」

「……わかった」




「何だかお前らしくねえな……大丈夫か?」

「……酔ったんだよ」




 鞄を抱え、馬車の外に飛び降りるイザーク。



 そこに広がっていたのは一面の平原、及び点在している森林や整備された道だった。



 時刻は丁度夕刻に差しかかったようで、橙色の空とのコントラストが美しい。







「えっとこのメモの位置は~……」

「もうバカねウェンディは! 西区画って書いてあるでしょ!」


「え!? わわっ、羅針盤羅針盤……!」

「だーかーらー、私が案内するからメモ貸して!」

「……」



 エリスが歩くその数歩先で、あれやこれや揉めているのはウェンディとレベッカ。



 不意にエリスは足を止めると、



「……あ。ありました」

「「まじでっ!?」」

「カタリナ来たよー。わたしだよー」


「あっエリス。こ、こんにちは」




 他の女子生徒と協力して、天幕の設営を行っていたカタリナに声をかける。すると数メートル先を行っていたウェンディとレベッカが砂煙を上げながら走ってきた。彼女達に頼んで案内をしてもらっていたのだが、結果的には案内されることに。



 騎士二人が駆け付けてくる間に、一緒に設営を行っていた女子生徒も次々と声をかけてきた。




「やっほーエリス。カタリナから話は聞いてるよ。この対抗戦の期間、寝泊まり課題によろしくねっ」

「んひゃー、そのヘッドドレスかわよっ! ウワサのカレーに作ってもらったやつっしょ?」

「な……何の話かな? それはともかく、早速だけどわたしも設営手伝うよ」

「ありがとー!」

「待って待って、騎士様が二人もいらっしゃるんだから手伝ってもらおうよ」



 それを聞いたウェンディとレベッカ、いやいやいやと首を横に振る。



「うちらの仕事は監視と防衛! 皆が平原に向かって行かないように注意するのと、こっちに向かってくる魔物を倒すのが仕事なの!」

「完全に中立だから、生徒達に干渉することはできないのよねー。だから自分達で頑張って!」

「ええーっ! じゃ、じゃあせめて監修だけでも……!」



 引き留めようとしたが、じゃあねーと言って二人は去って行ってしまった。



「……うう。きつい」

「まあまあ、わたしも協力するから頑張ってみよう」

「そ、そうだねぇ……」






「――よっと! こんなもんだな!」

「あざーっす!!!」

「……」



 アーサーがイザーク達の天幕までやってくると、既に立派に設営を終えていた所だった。


 何故かその近くにはダグラスもいたが。



「……どういうことだ」

「おっアーサー! 設営なら終わってしまったんだぜ!」

「……他の様子を見る限り、一番乗りみたいだな」

「そうだぜそうだぜ!」



 イザークと話している隣から、男子生徒が続々と集まってくる。今回自分と寝食を共にする生徒だ。



「イザークから聞いてるぜ! 剣術上手くて手先も器用なんだってな!?」

「手先……?」

「前にヘッドドレス作ってなかったっけ?」

「~~~ッ」


「まあいいや! その点も後で詳しく訊くとして、まずは天幕で歓迎会を――」




 男子生徒は天幕の方に振り向く。



 その天幕はというと、




「――あれっ!?」

「おお……」



 現在進行形で畳まれている所だった。





「なぁっ!? 俺達の天幕が!?」

「俺達のって、ダグラスに任せっ切りだったのによー言うぜとイズヤは呆れているぜ」



 ひょこひょこ近付いてくる鬼の面に妖精の翅の幼女。


 アーサーとイザークは見慣れたナイトメアだったが、他の生徒はあまり面識がないのか容姿に驚いている。




 更に天幕の近くを目を凝らして見てみると、ダグラスがカイルによって締め上げられていたのがわかった。




「いでででででええええ!! 待ってそこはダメ!!!」

「なら最後の一回にするか」

「あだあああああ!!!」


「全く……設営の手伝いはするなと言われていたのに。忘れていたのか?」

「だってぇ……! あんな大人数で頼みに来られたらよぉ……!」

「その情けを捨てろとは言わん、彼らの為だと思って我慢するんだ」



 そこにイズヤに連れられて男子生徒諸君がやってくる。



「君達、見ての通りです。ダグラスに手伝ってもらったのでこの天幕は沈めました。よって一からやり直しをしてください。監視には自分とイズヤが入ります」

「ええー……」



「後で先生方がチェックに来ることをイズヤは知っているぜ。そして出来栄えを見て評価するっぽいから、ここで頑張るのは自分達の為になるとイズヤは考えるぜ」

「そういうことです。ダグラスもいいな?」

「……ふぁい」


「結構。では早速開始してください」

「……はぁい」




 逃げられないと悟り、弱々しく返事をするイザーク一行。




 そして渋々天幕の残り滓に向かう。アーサーもそれに続こうと思ったが、カイルに引き留められる。




「活動班は概ね五人が原則であるはずです。六人目の君が入るということは、何か事情があるのでしょうか」

「……そうですね。オレは寮で生活していないので、イザークの班に入れてもらった感じです」


「ふむ……了解しました。いえ、こちらに連絡が来ていなかったものですから」

「……本当は先生方と一緒に行動するはずだったんですよ。でもエリスがここだけは譲れないって抗議して、一番親しい友人の班なら良いということになったんです。これが決まったのは四日前でした」




 当初この話を聞かされた時の、エリスの激怒っぷりは今でも忘れられない。そして脳裏にちらつくバックスの顔。


 エリスが固意地になって抗議をしたのは、あの時言っていた寮生活の話のことをまだ根に持っていたのかもしれない。




「……ん? エリス殿が抗議したのですか? それで何故アーサー殿が?」

「っ……その、オレとエリスは訳があって、一緒に生活しているんです」

「……」




 やってしまったと思ったが、ここまで言ってしまったら下手に誤魔化せない。



 至極当然、アーサーの言葉に探るような視線を向けてくるカイル。




「……カイル。ここであれこれ訊いててもしょうがないとイズヤは思うぜ」



 欠伸をしながらイズヤはフォローを入る。



「イズヤ……」

「グレイスウィルは色んな事情の生徒を受け入れる魔法学園だってイズヤは知っているぜ。だからアーサーやエリスのような、イレギュラーが一人や二人いても不自然じゃないとイズヤは思うぜ」

「……」




「……それもそうですね。失礼しました」

「いえ、こちらもすみません」


「……そろそろ話を終わりにしましょう。先程言っていたように自分が監視に入りますので、しっかりと設営をしてください」

「わかりました」

「怠けてるようならイズヤは尻を叩くぜー!」

「……頑張ります」




 アーサーも急いでイザーク達の元に駆けて行く。カイルは黙ってそれを見送った。




「……」



「イズヤはアーサーは何か悩んでいるようだと推測するぜ」

「俺もそう思った。しかし……俺達に何かできることはあるのだろうか」

「イズヤはアーサー自身、或いはその周囲が悩みを解決する力を持っていることを信じるぜ。カイルもそうした方がいいと提案するぜ」



「……そうだな。所詮は学生のこと……騎士の俺には傍観しかできない」

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