第203話 開幕と涙と

<魔法学園対抗戦・武術戦初日

 午前十時 ティンタジェル遺跡前>





 古代の名残を今も雄弁に伝える遺跡の跡。中央にそびえる城、周囲を囲む街の廃墟。


 そこに続く門の一つの前に、各魔法学園の生徒が集められる。先頭の生徒――生徒会長が、校章の描かれた旗を持って立つ。




 そしてその人物が、特設された舞台に登る時――各魔法学園の旗が降ろされる。


 ハインライン・ロイス・プランタージ・グレイスウィル――イングレンスで最も偉大な王国、グレイスウィルの現国王。





「さて……今年も深緑の折、無事に魔法学園対抗戦を開催できたこと、大変嬉しく思う」




 思慮深い瞳が生徒達を見回す。有無を言わさぬ迫力に、グレイスウィル以外の生徒の思わず黙り込む。




 しかし、エリス達の視線は彼の足元に向けられており――




「……ベロア、ちゃん?」

「ベロアだよね、あれ……?」



 ハインラインの肩に乗ってきたかと思いきや、舞台に乗った途端飛び降りて、周囲をちょこちょこと歩き回り出すカーバンクル。赤毛の中に埋もれるルビーの輝きに見覚えがあったのだ。





 大層ご機嫌そうに動き回られては、国王陛下のありがたい話なんてあったもんじゃない。そして。




「……これを持って、開会の挨拶とする。では――」

「私の番ですのー!!」



 音声を増幅させる魔法具をぶん取り、ベロアがハインラインの前に躍り出る。数秒だけキィンという不快な音がした。



「あーあーあーマイクテストマイクテストですのー! よし! 絶好調! というわけで私はハインラインのナイトメア、ベロアと申しますのー!」



 先程の厳かな雰囲気から一変、おしゃまな声が響く。あまりの落差に生徒の間でどよめきが起こる程。



「まー先程まで堅苦しいことをつらつら仰いましたけど! 皆様は今日までの訓練の成果を存分に活かして、熱い戦いを繰り広げればいいんですのー!」


「今回の警備を行っている騎士様や魔術師、学園の先生方を白熱させるんですのー! もちろん私もねっ! 皆様の戦いっぷりに存分に期待しておりますのー!」




 そう言ってハインラインの肩に乗る。




「……彼女の言う通りでもあるな。私個人としても、諸君の戦いには期待している。どうか日頃の成果をここで発揮してくれたまえ――では」




 言葉を切るとすぐさま騎士数人がやってきて、彼らと共にハインラインは退場していった。






 その後各魔法学園に分かれ、これからの動きや日程についての話があった後――






「よーし……最後の仕上げやるぞ!」




 魔法学園別に用意された領地、その一部である演習区画。


 そこにイザークと共に来たアーサー。時刻は午後一時、昼食を食べて英気を養った後である。




「……どのようにする」

「それなんだけどさー、今回カカシが用意されてんだよね。だからそいつ相手にちょっとやってみる!」

「……オレも行こうか」

「いや、オマエはここで待ってて。上級生もいるんだからさ、少しでも離れると取られちまうぜ!」





 すぐに翻して駆け出すイザーク。



 十分して、かかしを一つ抱えて戻ってきたイザーク。





「へへっ、存外しっかりとした作りで驚いた……ぞっと!」




 案山子を地面に突き刺し、サイリと共にねじ込むイザーク。もう既に汗だくだ。



  『どうにも何も、奴らは要らん雑魚共だ』




「ワンワン!」

「水だな! サンキューカヴァス! アーサーもちゃんと見ていてくれよ!」



 少し離れた場所から様子を見守る自分に、笑顔をかけてくるイザーク。



『ああああああああーーーーー

 ……がんばりゅ

 やってやろーじゃん!!』




「行くぞぉサイリ! 魔力の調整は十分か!?」

「――」

「ちょまっ、起きたばっかでまだ眠いってなんだよ!?」



 サイリと問答しながら、かかしに拳を打ち込むイザーク。



『苦労することなく勝利を得られるんだ。

 それの何が悪い?』




「七十……七十一……七十二……」



 開会式以前のおちゃらけた雰囲気から変わり、真剣な眼差しで素振りを行うイザーク。



『どうだ!?

 やったんじゃないの今の!?

 うっし!!』




「へっへっへ……やるぞサイリ! 魔法パンチだあああ!!」



 右手の拳に黄色の波動をまとわせるイザーク。次にかかしに振るわれる時には、雷が走って見えた。



『勝つために修練を積んでいるのだ、

 目標が達成されることに

 越したことはないと思うが?』




「――」

「ワンワン!」

「あ……ああ……」



 かかしの右腕が焼けており、さらに手先が焼失していた。満足そうでありながらも、自分の目と力が信じられない様子のイザーク。



『その人にボクが頑張ってる所を

 見せたいなって思ったんだよ!

 世話になってるから!』




「おいアーサー!! 見てくれよ!! これボクがやったんだよ!!」



 かかしを抜き取って、自分に見せつけに来るイザーク。




「アーサー!! ボクでもこれぐらいできたんだ!!」



『いや、こう呼ぼう

 騎士王と呼ばれるナイトメア――

 騎士王伝説の主役、大いなるアーサー』




「これも全部オマエのおかげだよ!! 友達のオマエが、訓練付き合ってくれたからだ!!」



 『騎士王アーサーよ

  俺は貴様に訊いてみたいことが山程ある』




「見ててくれよ!! 明日ボク、この力で敵をばったばった倒してみせるからさ!! オマエとの訓練の成果、発揮してやるからさ――!!」






 日が暮れて、夕食を終えた後も、その訓練の風景が頭から離れない。






「……」



 仲間達が起こしていった焚き火の残滓を見つめる。彼らは前日の決起集会とか言って、他の天幕に行ってしまった。



「……イザーク」



 何の偶然か、二年生の試合は翌日。対抗戦初回の試合を飾ることになっていた。



 そしてその試合は、自分が――






「……やっと見つけた。ここで一人だったんだね」



 ふと聞こえた声に、顔を向けようと思ったがやめておいた。


 代わりに名前を呼ぶことにした。



「……エリス」





「アーサーどうしているかなって思ったの。天幕生活慣れたかな?」

「……ああ」

「それはよかった。アーサー、イザーク以外と仲良くできるかどうか心配だったんだよ?」

「……何とかやれている」

「そっかあ」



 一歩一歩を踏み締めて近付いてくる。



 そして自分の隣に座ってきた。



「……」

「……」



 彼女の顔を見る気には今はなれない。


 もはや燃えかすが残っているかも怪しい焚き火に焦点を当てたまま、沈黙を守り続ける。






「……」




「……苦しいんだね」




 優しい言葉が静寂を包む。




「苦しくて、辛くて、悲しくて……それが自分の中で抑えきれなくなっているんだよね。どうすればいいのかわからなくて、言葉にもできないんだよね」




 的確だった。




「……お前、どうして」

「わかるよ。すごくわかるの」




「だって……アーサー、辛そうな顔して泣いているんだもん」






 そうして彼女の顔を見ようと、振り向いた時、



 顔からこぼれた雫が、膝に置かれた手の甲に落ちた――






「あ……ああああ……」



「うう……あああああああっ……!!」




 みっともない声を上げて、顔を俯けた。差し出された彼女の手に、縋るように力を加える。



 瞳からこぼれる涙は、止まれという命令を聞きはしないだろう。




「助けて……助けてくれ……オレは、オレは……!!」

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