第201話 突然の茶会!

「さあさあ皆様、お召し上がりになって! フェリス家謹製アールグレイティーですわ!」

「いただきまっす!」

「ありがとうございます」



 マイケルは香りを味わいながら、マチルダは湯気が立っている物を一口だけ、ダレンは音を立てて一気に飲み干す。



「おいダレン……はしたないぞ」

「はっはっは、構わん構わん。君のことはアザーリアから聞いているからね」




 客室の上座に座る、白髪と白髭を蓄えたエルフの男性。フェリス家当主リアン、アザーリアの父親である。




「はっ! 無精ながらこのダレン、アザーリア様にはいつもお世話になっております!」

「フェリス商会の紅茶は本当に絶品ですよね。父が好んで飲んでいますよ」



 ぴくぴくと耳を動かすマチルダ。そこにアザーリアがアフタヌーンティーセットを追加で持ってきて、リアンの左前の席に座る。



「そういえばお父様は対抗戦にいらっしゃるんですか?」

「当然だ……と言いたい所だが、現在も仕事が詰めかけている状況だ。ギリギリまで頑張ってはいるものの、もしかしたらもしかするかもしれん」



 そう言って悠然と顎髭を撫でる。



「え、それでしたら僕達を接待している暇なんてないのでは?」

「知ってるかい? 限界までやることを詰め込むよりも、適度に休憩を挟んだ方が集中力が続くんだよ? 私の経験則だ」

「それなら間違いないですね。今後参考にさせていただきます」

「真面目だねえマイケル君は。よかったら将来フェリス商会に入らないかい?」

「検討しておきます」



 ティーカップを置いた後、マイケルはご馳走様でしたと言って一息吐く。



「そういえばマチルダ君の父上は、グレイスウィルの宮廷魔術師と聞いているが」

「はい。ウィングレー家に仕える宮廷魔術師、マーロン・アーミュの一人娘ですっ!」

「成程、マーロン殿の。言われてみれば耳がそっくりだな」

「お褒めに預かりまして光栄ですー。この耳は獣人の血が流れているという、確固たる証明ですからねっ」



 今日はいつもより多めにぴくぴくしている耳であった。


 そこでアザーリアが、そういえばと切り出す。



「お母様のお姿がお見えになりませんでしたけど……お部屋にいらっしゃるのですか?」

「ああ、それはだな……今はウィーエルの商会支部にいるんだ」

「何かあったのですか?」


「うむ。この間ウィーエルに小旅行に行ったんだが、そこで『悪食の風』にやられてしまってな。年の所為か段々と耐えられなくなってきているようで……帰る体力も厳しそうだから、暫し向こうで療養することにしたんだ」

「悪食の風?」




 素っ頓狂な声を出したのはダレン。スコーンをもごもごしながら首を傾げる。




「ウィーエルとログレスの南方で偶に発生する自然現象だよ。これが発生すると魔力を吸い取られてしまって、倦怠感と貧血症状に悩まされる」

「お前去年さ、『大義賊エイリーク』って劇やっただろ。あれで村人達が悩まされてたやつだよ」


「ああー、あれがそうなのか。確かそん中だと闇属性のシルフが発生させていたけど、自然現象?」

「観劇だからわかりやすく脚色しているだけだぞ。実際の原因は不明、瘴気と似たようなもんだと言われている」

「だが瘴気が黒い霧という形で表れるのに対し、悪食の風は視認が一切できない。加えて発生は不定期で避けるほとんどは不可能……本当に困ったものだよ」



 ポットから紅茶を注ぎ、スコーンと共に嗜む。厄災に悩まされるが、食事は美味しい。



「……ん? また中庭に誰か来ているようだな」

「本当ですの? ……まあ!」

「どれどれ……あ、あの子達知り合いですよ」

「それは本当か! なら彼らもここに通して茶でも飲んでもらおうじゃないか!」






 その頃の中庭。




「……到着したのだわ! ここがフェリス家のお屋敷なのだわ!」

「わぁ、このお屋敷が……」



 木造住宅が立ち並ぶ中に、一際大きい庭を持つ白亜の屋敷。エリス達はその前に立ち、門の外から周囲を窺う。



「もう、これぐらいで驚かないでほしいのだわ。三大商家のネルチやアルビム、グロスティなんてもーっと大きいのだから!」

「えへへ……ごめんなさい。あと案内ありがとうございます、ボナリスさん」




 体長八十センチ、少し縮れのある茶髪を頭頂で一まとめにし、明朗な声で話す女性。彼女は腰に手を当て、ふふんと胸を張る。




「だから言ったでしょう? 私もこの館に用があるのだから、お礼はいらないって! お互い様なのだわ!」

「それってつまり、フェリス商会に用があるってことですよね。ボナリスさんって、実は偉い人だったりするんですか……?」

「ふふん、人を見かけで判断するなんてお子ちゃまなのだわ。私はこれでも――」




 そこに駆け付けてくるのは――




「――エリスちゃん!」

「はうっ!」




「まあアザーリア! やはりというか、貴女もここにいらしていたのね!」

「久々にお父様に会える機会ですもの! 当然ですわ、ボナリス様!」


「成程ね! ところでそのお父様に通していただきたいのだけれど、お時間よろしいかしら?」

「そのつもりで迎えに上がりましたの! さあさあ、エリスちゃん達も遠慮なさらないで!」

「は、はいっ! し、失礼します!」





 あれこれあって三十分後。





「……凄い大所帯だ」

「あ、マイケル先輩お茶入れますよ!」

「ふふふ、見上げた後輩だ……素晴らしいと思わないかアーサー君!」

「はぁ……」


「アーサー、そこのミルクポット取ってくれ!」

「……」

「そうそうそういうとこだぞアーサーくぅ~ん?」




 賑やかな午前十時のお茶会。思い思いに茶と食事を挟み、舌鼓を打つ。


 不意にエリスは隣に座っているファルネアに視線を向けた。




「ファルネアちゃん、角砂糖ですわ」

「ありがとうございます、せんぱい……」




 ティースプーンでかき混ぜ、口に含んで味わう。


 その後にサンドイッチを一口食べ、ゆっくりと息を吐き出す。


 漠然とだが、彼女の所作は洗練されていると感じたエリス。




 しかし一口紅茶を口に含めば、そんな疑問は吹き飛んでいく。




「美味しい……すっきりとした味わいですね」

「フェリス家の独自ブレンドですのよ! 気に入りましたらお近くのお店でお買い求めくださいまし!」

「隙あらば宣伝かよ」

「私の娘だからな。はっはっは」



 リアンが大仰に笑うのを見て、エリスは背筋をしゃんと伸ばす。



「リアン様! ポットのお茶が切れちゃっているのだわ!」

「おおそうか。では代わりのお茶を……」

「わたくしがお入れしますわ!」



 茶葉を少々ポットに入れ、お湯を入れる。その動作すらもやはり美しかった。





「……あの、ボナリスさんとリアン様ってどういうご関係なんですか?」

「仕事上の付き合いで良くしてもらっているのだわ! 『トゥルー・リバティー・キング』ってバンドをご存知かしら?」

「……バンド?」



 ボナリスが答えようとする直前、エリスの二つ隣でアデルが紅茶を噴き出した。



「えっ……ええっ!? もももももしかしてボナリスさん、『トゥバキン』のメンバーなんですか!?!?!」

「そうなのだわ! ドラム担当の『リベラ』とは私のこと! 今皆様は有名バンドのメンバーとご対面しているのだわ!」

「あばばばばばばばば」


「落ち着け。……オレは名前も聞いたことありません」

「ええーっ!! 『トゥバキン』の名前も知らないって、アーサー先輩何して生きてきたんですか!?!?」

「ふふん、では半狂乱の君に解説をお願いするのだわ!」

「はいっ!!!! かしこまりました!!!」



 背筋を伸ばし、咳払いを挟んでから、



「説明しましょう!!! 『トゥルー・リバティー・キング』とは、リネスの街における魔法音楽の火付け役となった伝説のバンドなのであります!!!」


「ギター兼ボーカルの『フライハルト』、ベース担当の『ヴァーパウス』、そしてこちらにおられるドラム担当、『リベラ』ことボナリス様計三人で構成されておられます!!! ちなみにバンドとは魔法音楽を奏でる小集団のことを指します!!!」




「はへぇ……」




 ここに来る途中に聞こえてきた、雷が落ちるようなけたたましい音色。それが魔法音楽の音色であることは、ボナリスから聞かされていたのだが。




「……じゃあ町で魔法音楽やってる人って、みんなボナリスさんのこと尊敬してるってことですよね」

「その通りなのだわ! 火付け役として、魔法音楽を広めていくのが私の使命! フェリス商会の方々にはそのお手伝いをしてもらっているのだわ!」



 ボナリスはリアンが座っているソファーの手すりを叩く。



「商会で働く者には魔法音楽が好きな者も多くてな。娯楽としてたまに演奏してもらっているんだ」

「えっここに入るとトゥバキンのライブが聴けるんですか!?」

「そういうことなのだわ! でもまあ、最近はそんなにできていないのだけど……」

「え?」



 アデルが力なく首を横に振って解説を行う。



「さっき言ったメンバーのフライハルトがさ、四年前に海に落ちて行方不明になったんだよ。ヴァーパウスもリベラも他の仕事が忙しいらしくて……あっリベラってボナリスさんか」

「その通りなのだわ……私は三年前からずっとお呼ばれっ放しなのだわ……」



 これまでの明朗な雰囲気から一変、ボナリスははぁと溜息をつく。





「……あのっ。良かったらボナリスさんの……ドラム、聞いてみたいです」



 重くなりつつあった空気の中で、そう口を開いたのはカタリナ。



「あ……あの……そのっ」

「……魔法音楽に興味あるの?」

「えっと……あたし、知らないから……ちょっと聞いてみたいなって……」

「……」



 一瞬悩む様子を見せた後、にっと笑って。



「……わかったのだわ! なら今すぐ中庭に来るのだわ! 私はドラムを準備して待っているのだわー!!」





     どたどたばたん





「……ボナリス殿のドラムなら他に興味がある者もいるだろう。よし、ティータイムの場所を移動しようではないか!」

「わかりましたわお父様!」


「えっ……これ全部移動するんですか?」

「当たり前だろう! それ、善は急げ! 中庭まで持っていくぞ!」



 リアンは立ち上がり、ティーカップを両手に抱えて持ち運ぼうとしている。



 他の生徒達も彼の気迫に煽られて、てきぱき食器を片付けていく。




「……ああ、この親にしてこの子ありって感じする……!」



 マイケルは誰にも聞かれないように、そう呟いたのだった。

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